欲しいもの。

欲しいもの。

僕の欲しいものは、いつだって一つだけ。
それ以上も、それ以下も望まないのに、あとたった十五センチの距離はなぜ埋まらないのだろう。僕たちには何が足りないから、生まれないんだろう。

たまの待ち合わせの日。ご飯は食べたり、食べなかったり。でも、僕らはお酒が好きだから食べないにしろ飲み歩く事はよくある。会わなかった間の事を断片的に話し、笑い、時に互いの腕を交わし、手を繋いで帰る。ただ、それはお酒を飲んだ時だけ。飲まない日は、触らない。あまりにもその行為を普通に君が行うものだから、最初こそ勘違いして今はしっかり重症な訳だけど、他の人にもこういう状態なのだろうか。もしそうならとてつもない不安と汚い嫉妬が僕の中を駆け巡る。
僕たちは恋愛の話をしない。いつもいつも、お酒の話、行きたい場所やイベントの話、次に会うまでの話。そんな話でも、話す時間が足りないほど話す事が沢山あるのだ。そういった深い話に入る前に、君を家に返さなきゃならない。一時の気の迷いだの、酔った勢いだの、そんな事で僕の大事に育てた想いを崩すなんてもっての他で。僕にも君にも恋人はいないけど、友達と呼ぶにはきっと互いの身体に触りすぎる、恋人と呼ぶには互いが大事じゃなさすぎる、そういった相手がいるのはなんとなく僕も感じているところがある。悪いと思うことはあまりない。だってそういう大事じゃない人は、お互い様だろうから。

そんな相手とキスをすれば君とするキスのワンシーンを頭の全神経が作り上げる。君の小さな唇とはグラス越しに何度も間接的に触れ合ったことはあるけど、直接触れるその唇には僕がどれだけ想像力を豊かにしても届かない世界なんだと思う。君と会う日は、君はわざわざ僕のお気に入りの煙草をさりげなく持っているからきっと唇を重ねたら君の煙草の香りがして、僕からは君がくれた煙草の香りがするんだ。そんなことを思っているだけで僕の下腹部と呼吸は少し早くなる。相手に噛み付くようなキスをした後、親指で下唇をなぞる。少し前にそれは癖なのか聞かれたこともあるけど、僕にとってはたった一度だけ君の唇に直接触れた親指の記憶を呼び覚ましているだけなのだ。当然そんなことを相手に言えないけど。君がさらっとカップ数なんて僕に教えるもんだから、同じサイズの乳房に触れるともう頭はそれで一杯だったりする。もう最早犯罪レベルで自分を変態だと勿論思うけど、鎖骨から少しづつ膨らみをもつ曲線に人差し指と中指を滑らせて親指で重みをなぞる。触れても、弾いても結局聞こえてくる声は君の声だと思うようにする。そうしないと出さないと苦しいのに出せなくなってしまうから。

そうした僕の汚い妄想の中から吐き出された僕の汚い感情はどこへ行くわけでもなく散布されて短い生涯に終わりを告げる。

君の唇。手の平。二の腕。お腹。太腿。アキレス腱。足の甲。いつも身体を隠すような服ばかり着ている君の見れない部分が見たい。見て、触れて、小さな声で震えながら口を押さえる君の姿を眺めて、きっと君は見るなって言うんだ。

すぐ壊れる関係は要らないんだ。じっくり時間をかけて、僕だけに反応してくれる、見たい反応をしてくれる君が欲しいんだ。だからまだこのまま、僕じゃないと駄目ってなるまでじわじわ君を追い詰めるんだ。

欲しいもの。

欲しいもの。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-11-27

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