喪失のてびき


顔に化粧を施されたとき
あなたは素顔をうしなう
かわいいとかブスだとか かってに点数をつけられる

ハイヒールを履かされたとき
あなたは素足をうしなう
自由のない足元で 不利な動きを強制される

婚姻届を提出されたとき
あなたは名字をうしなう
改姓の手続きは粛々と行われて なんとかの奥さんと呼ばれる

マタニティドレスを着せられたとき
あなたは安全をうしなう
電車でいやがらせをうけ 妊娠は病気ではないのだから甘えるなと言われる

子供を生まされたとき
あなたは名前をうしなう
なんとかの奥さんと並行して なんとかのお母さんと呼ばれる

闘争は二十三個目の染色体を持って生まれたそのときから始まっているのだ
だれも教えてはくれないけれど
すべてのひとに
すべてのひとを
左右しかねない二十三個目の染色体

あたたかな石油ストーブのぬくもりと 古い紙のにおい
そんなものからは程遠い
胎外へでてきてようこそ、と


泣くことを我慢したとき
あなたは性別を強制される
男だから泣くなと言われて
感情の表出を妨げられる

包丁を握るとき
あなたはそれを頻繁にしてはいけない
料理するなんて女々しいと言われる
あなたは弱々しくわらう


地獄を見るためにぼくらは生まれてきた
ぼくらはそれぞれの地獄を選択する

産声をあげたぼくらの
それはきっと断末魔だった
こんな世界に生まれてきたくはなかった、と

ひとりにつき一冊の
喪失のてびき

地獄へ生まれてきたぼくらは歓迎される
この世界へようこそ

ぼくらはそれぞれの地獄を選択する
腐りきった世界へようこそ

ぼくらはそれぞれの地獄を生き延びる

喪失のてびき

喪失のてびき

詩です

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-27

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