心に咲く5

第五章「見てください」

始業式の一週間後。

「桜木さん、次はどこへ移動でしょうか」
微笑みながら、先生は私の顔を見る。こんなにも、自分の名前が綺麗に聞こえることがあるのだろうか・・・・・・。
そんなことは口に出さず
「えと、北校舎四階の映像室です・・・」
囁くようだが精一杯の声を出し、先生と並んで歩く。



校長先生に倉持先生との行動を指示されてから一週間になるが、実は一緒に動いているのは昨日、今日の二日間だけだった。
それまでの間、倉持先生は、朝学校へ来てからずっと職員室にいたからである。何をしてたかというと、一日中自分の机で山のような書類に目を通していた。
ここ、S校は芸術分野に力を入れているだけあって、個展を開くような作画家が本校出身だったり、県内外いろいろな美術館とつながりがあったりするからか、何かと来客数が多い。校則ですれ違った来客には挨拶をすること、決して失礼のないようにすること、などといった来客に対しての決まりがあるくらいだ。生徒だったらその決まりを守っておけばいいのだが、教師の場合、そうはいかないらしい。
美術館の関係者ならば、まず挨拶をし、少し世間話をしたら、本題に入る。本題というのは、現在置いてある作品や画家についての情報、最近の絵の傾向などである。教師はそれらを覚え、自分の授業へ生かす。すべては、生徒が少しでもよい作品をつくれるようにという気持ちからだ。


臨時講師としても、その気持ちは持っている。と、いうより「すべては生徒のため」・・・桜木先生はそういう人。
他の教師でも覚えるのに三週間はかかる関係者リストを、本人曰く‘気合’で五日で覚えてしまったらしい。
そして他にも生徒の作品の資料だったり、学校に関する建物の資料だったりする、本当に山になっていた書類にも目を通し、
ひと段落ついたというところで私に声をかけてきた。
「桜木さん、遅くなってすみませんね。よろしくお願いします。」そう言ってたと思う。


やはり、楽しみが増えれば、学校生活もそれなりに楽しいものなのだと気づく。
それまでは会話する人もなく、学校では絵を描く時間のみ楽しんでいた私だったが、先生と行動するようになってからは、
周りがきらきらしている様にさえ見えてきた。先生の隣を歩けるというだけで、とても嬉しい。



でも、私はそれだけで満足するつもりではなかった。
恩師である先生に、自分の成長を見てほしかった。
私が見てもらえることといったら、やはり絵しかない。でも、きっと先生と一緒に行動できる時間は限られている。
どうしても一緒にいられる間に、私の作品を見てほしい。桜木まこの今を知ってほしい。


それは、先生と再会したときにふと思い、強く感じるようになったことであった。

心に咲く5

横道にそれてばかり・・・・・・

心に咲く5

桜木まこさんの視点で進んできています。

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更新日
登録日
2012-07-11

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