MOMOTARO
あるところに、ちびという少年がいました。ちびはとても変わった方法で生まれた男の子でした。
なんと、彼は山の川を流れてきた大きな桃の中から生まれたのです。
ちびが生まれた桃が発見されたのは山の中腹あたり。穏やかな流れに乗ってゆっくりと移動していました。しかし途中、大きな岩に引っかかってしまい、動けなくなったところを山の動物たちが引き上げたのです。
動物たちは驚きましたが、元気に泣き声をあげるちびを仲間と認め、山で育てることにしました。ちびは山の厳しい雨風にも負けず、すくすくと元気に育ちました。
動物たちは、ちびのことを優しく、時に厳しく育てました。
人間であるちびは動物たちと比べると肌が弱く、山中の鋭い岩や枝ですぐに傷ついてしまいました。かわいそうに思った動物たちは、仲間の毛皮や植物の蔓を使って肌を守る服を作ってあげました。
また、人間が動物たちと共に山の中で暮らすには体力が必要です。動物たちはちびを木に登らせたり、一日中走らせたり、崖から突き落としたり、危険から身を守るための方法を厳しく教え込みました。
ちびには特に信頼している三種類の動物たちがいました。
まずは犬。彼らは頭が良く、冷静で山のリーダー的な存在でした。頭領と呼ばれる一際大きな犬が何匹もの犬をまとめて群れを作り、協力して生活しています。ちびを育てるのにも熱心で、メス犬たちはちびにたくさんの愛情を注ぎ、オス犬たちはちびと共に山を駆け回ってちびを強くさせました。
ちびは、毎晩犬たちと身を寄せ合って眠るのが好きでした。寒さにも弱い人間のちびは、夜間の冷たい風をしのぐ必要がありました。つらい夜は毎日やってくるけれど、犬たちの体温と心音に囲まれるととっても安心するのでした。
次に、猿。彼らは活発な性格で手先が器用でした。猿たちにも頭領がいて、たくさんの猿たちで集まって群れを作っています。ちびの教育にもたくさん協力しました。ちびが暗い夜に眠れなくて不安になった時や木から落ちて痛みに耐える時には、いつもそばにいて励ましてあげました。
ちびは猿たちと木登りをするのが好きでした。木登りに慣れない頃はすいすいと登っていく猿たちを必死で追いかけ、何度も落ちました。でも、今では猿たちにも負けないほどすばやく登ることができるようになりました。
最後に、雉。彼女らはとても鮮やかな羽を持っていて、空を自由に飛ぶことができました。彼女らは特に群れを作ることはなく、それぞれが自由気ままに生活しています。ちびに対しては、常につんけんした態度をとって、よくちびの頭をつつきましたが、ちびが怪我をして落ち込んでいる時には、なんだかんだ言っていつもそばにいてあげるのでした。
ちびは自由に空を飛べる雉たちに憧れて、いつも木を登ったあとに雉たちを追いかけて跳んでは墜落し、動物たちを心配させました。それでも諦めずに雉たちのあとを追いかけて跳び続けた結果、ちびは雉たちのように長く飛び続けることは出来なくても、木から木へ跳びはねて移動できるくらい遠くまで跳べるようになりました。
今あげた動物たちに限らず、ちびは山の動物たち全てと仲良しです。犬と猿と雉に厳しく鍛えられたおかげで、ちびはもうなんでも一人で出来るようになり、さらにたくさんの愛情を受けたため、ちびはとても心優しい少年に育ちました。
猿たちのまねをして自分で服を作れるようにもなったし、小鳥が巣から落ちて泣いていたら、得意のジャンプで巣に返してあげました。
ちびは人間ですが、動物たちといつも一緒にいるため、動物たちの言葉を理解することができました。人間と動物。種族が違ってもコミュニケーションがとれたのです。
その代わり、ちびは人間の言葉が話せませんでした。
そして、ちびが十五歳の頃、そのせいで少し困ったことが起こりました。
ちびはいつも通り日の出と共に起き、準備運動に木登りをし、その後は山中を駆け回って動物たちに挨拶をしていました。
ちびはその日、いつもと違う道を使ってみようと考えて、いつもは通らない崖を飛び降りました。背の低い木が生い茂っていましたが、ちびはそんなのへっちゃらです。枝から枝へ、すばやく飛び降りながら軽々と地面に着地しました。
そこで、ちびは人間の女の子と出会いました。
女の子は体中の皮膚が切れて綺麗な着物が血と泥で汚れてしまっていました。ひどく弱っているようで、小さく震えながら浅い呼吸を繰り返していました。
ちびは驚きました。自分と同じような肌を持ち、手足や指の数、目と鼻と口の並びが自分とそっくりだったからです。山にはちびと同じ姿をした動物は、一匹もいなかったのです。
ちびは初めて見る、自分そっくりの動物に少しどきどきしながら、おい、と声をかけました。
しかし、女の子は一際強く震えてちびのことを見るだけで、何も言いません。
もしかしたら、今の言葉はわからないのかも。そう考えたちびは、次は猿と話すときのように、きい、と呼びかけました。それでも女の子はよく分からないようで、今度は雉と話すように、きぇん、と呼びかけてもだめでした。
ちびは訳がわからなくて、どの鳴き声なら女の子に通じるのか必死になって考え、山に住む全ての動物の鳴き声で話しかけました。
どうして怪我をしているの。はだしのままだと痛いでしょ。寒いの。昨日雨降ったもんね。どこに住んでるの。
何度話しかけてもだめでした。
ですが、女の子はそんな一生懸命なちびを見て緊張がほぐれたようで、ふふっと小さく笑いました。
「面白い人なんだね」
女の子は顔をほころばせて言いました。しかし、また苦しくなったようで、激しく咳き込みました。
ちびは女の子の言葉がわかりませんでした。やっと返事をしてくれたと思ったら、返された言葉はまったく理解できないものでした。
ちびはショックを受けましたが、それ以上に苦しそうに咳をする女の子が心配になりました。
どうしたらいいだろう。きっとこの子にも仲間がいるはず。動けないのかな。だから仲間たちのところに帰れないのかな。お互いに言葉が通じないのはどうしたらいいのかな。
ちびは必死に考えて、やっと答えを出しました。女の子を仲間のところまで運んであげればいいのだと。
ちびは苦しそうに息をする女の子に近づき、身振り手振りと声で仲間の住む場所はどこかと尋ねました。
女の子がちびの言いたいことを理解するのには少し時間がかかりましたが、ちびの言いたいことを理解した女の子は、山の下のほうを指差して山から下りたいことを伝えました。
ちびは、わかったと言って、女の子を軽々と抱えあげました。そして女の子が指差した方へ走り始めました。
ちびは岩を飛び越え、崖を滑り降りてまっすぐに山を下り続けました。
ちびは山を下りたことが一度もありませんでした。山の下には何があるのだろう。少しの不安を抱きながら走り続けました。
ちびが山を下りたのは太陽が一番高くなる頃でした。本当はもっと早く走れるけれど、怪我をした女の子を気遣ってゆっくり走ったため時間がかかってしまいました。
山のふもとでは、ちびがもっと驚くことが起こりました。自分と女の子と同じような容姿をした動物がたくさんいたのです。
山のふもとの村人たちは、ちびの変わった服装に驚きましたが、怪我をした女の子を助けたことがわかると、ちびを歓迎し、村のなかに引っ張っていきました。
ちびはとても驚きました。村人たちがとても幸せそうな顔をしているので、振り払うわけにもいかず、無言で村の奥まで進むことにしました。
やがて、女の子と少し顔が似た男と女がやってきて、ちびに抱きついて何度もお礼の言葉を言いました。
ちびには何を言っているのか相変わらずわかりませんでしたが、びっくりすること続きで疲れていたちびは、みんなが嬉しそうならそれでいいのかな、と思うことにしました。
村人からの熱烈な歓迎を受けたちびは、その後、お風呂にいれてもらい、村で採れた野菜と米をお腹一杯食べさせてもらえました。
そろそろ日が沈んでくる頃、ちびは山に帰ろうと思いました。温かいお風呂はとても気持ちが良くて、米は味が薄いがほんのり甘くて美味しかった。でも、そろそろ帰らなければ山の動物たちが心配してしまうからです。
村人たちはどうして山に行くのかとたずねてちびを止めました。
ちびはまた身振り手振りを交えて、どうしても山に帰らなければならないことを伝えました。
村人たちはちびを村の一員として迎えたがっていましたが、ちびがどうしても帰りたそうにしているので、しぶしぶ諦めることしました。
ちびは村人たちの前で一度だけ深く頭を下げて、山へと戻っていきました。
ちびが山に戻ったときにはすっかり日が暮れていました。動物たちはひどく心配した様子でちびを迎えました。
みんなちびに怪我が無いことがわかると安心しました。しかし、ちびの体からいつもと違うにおいがするので、動物たちはみんな嫌そうな顔をしました。
ちびは犬の頭領に呼び出されました。
犬の頭領は、ちびの体のにおいを嗅いだあと、やはり少し嫌そうな顔をして、ちびに昼の間なにをしていたのか話すように命令しました。
ちびはその日一日の出来事を全て話しました。
犬の頭領は言いました。
「お前が今日出会った者たちは人間というものだ」
「にんげん?」
「そう、お前と同じだ」
ちびはよくわからない気持ちになりました。
「僕が人間?」
「そうだ、今まで話してこなかったが、人間は弱く浅ましい生き物なのだ。だが、お前は違う。容姿は人間だが、我らが人間としては育てなかった」
「よく、わかりません……」
「それでもいい。だが、よく聞け、ちび」
「はい」
「今後一切人間と関わってはならない」
「どうしてですか」
「奴らは、山を汚す忌々しい生き物だ。そんな者共と関わってはお前が穢れてしまう」
「……」
「異論は認めん。わかったな、ちび」
ちびは何も言いませんでした。犬の頭領もこれ以上は何も言わず、ちびを置いて去っていきました。
その夜、ちびは眠れませんでした。人間について考えていたからです。山のふもとを見渡せるくらい高い木の枝に乗って、村を照らす松明の明かりを眺めて、一晩中考えました。
山を汚すのは許せない。でも今日会った人たちは、温かくて優しくて、とてもそんなことをするような人には見えなかった。たくさん触られたけど、別に触られたところが汚くなったわけでもない。
頭領の言っていたことは本当に正しいのだろうか。僕は人間だけど人間じゃないのか? よくわからない。僕はこの山で生きる動物で、たくさんの仲間に囲まれて楽しく暮らしてる。それだけで、とっても幸せなのに。
考えているうちに、ちびはだんだん眠くなってきました。考えるのも疲れたちびは、もう眠ることにしました。木の上で眠るのは危ないから、木から下りて、犬たちが眠る穴蔵へと戻りました。
一瞬遠くから地響きのような音が聞こえました。ちびは振り返ってみましたが、たくさんの木々に阻まれてよく見えませんでした。特に近くに危険があるようにも思えません。ちびは気にせず眠ることにしました。
ちびが人間と出会ってから数日、大きな異変が起きようとしていました。
ちびが数日前の夜中に聞いた地響きがだんだんと大きくなってきたのです。
山の動物たちも不審に思いましたが、音の発生源は山からかなり離れているため、現時点では危険はないと、頭領たちは判断しました。
山の動物たちは少しだけ警戒しながらも、いつもどおりに暮らしていました。そんな中、ちびだけはもやもやとした嫌な予感がしていました。
そして、ちびの嫌な予感は当たってしまいました。
いつもよりも強い地響きを感じてちびは飛び起きました。動物たちも慌てた様子で起き出しています。
ちびは村を眺められる高い木に登って様子を見ようとしました。
ちびの目に、信じられない光景が映りました。
村には巨大な体に大きな角を持ち、太い棍棒を振り回して暴れ回る鬼の姿がありました。村人たちは泣き叫びながら手にした農具で鬼を追い払おうとしましたが、圧倒的な力に成す術もなく跳ね返されてしまいました。
ちびは居てもたっても居られなくなって村へと走り出しました。
しかし、犬の頭領がちびの行く先を塞ぎました。
「頭領! どいてください!」
「駄目だ。行ってどうするつもりだ」
「だって、このままだと人間たちがみんな死んでしまいます!」
「人間共はこうなる運命だったのだ。尊い自然を荒らした罰をくらっているのだ」
「それでも、放っておけません!」
「なぜ人間にそこまで情けをかける。奴らは山を汚すだけでなく、お前を……」
「なんですか、頭領」
「奴らの中にはお前を捨てた者も居るだろう。命を簡単に捨てられる非常な者共だ。私は、それが許せん……」
「……確かに、僕がここに居るということは、誰かに捨てられたのかもしれません。でも、僕はここで生きていて、頭領たちと出会えて、それだけで幸せなんです! 今更捨てられたとか、どうでもいいです! どんな理由があってもあの人たちが死ぬなんて納得がいきません」
「……ちびよ、大きくなったな」
「え?」
「もうお前にちびという名は似合わん。新しい名をやろう。そうだな、桃から生まれた強い子だから、お前は桃太郎だ」
「ももたろう……?」
「行ってきなさい。だが、我らも行こう」
犬の頭領は遠吠えを一つあげました。すると、山の奥から猿、雉、鹿や猪まで、全ての動物が下りてきました。
「桃太郎だけに大変な思いはさせないぜ」
「そうよ、人間たちには、ここで恩を売っておけばいいわ」
猿と雉が言いました。
みんなで一緒に行くなら、怖いものなんて何もありません。桃太郎は動物たちに向かって一度だけ、深く頭を下げてお礼を言いました。
「ありがとう」
それから動物たちは、一斉に山を下り始めました。桃太郎は一際高い木のてっぺんに登って、村を荒らす鬼の姿を探しました。人間の身長を軽く超える巨体を三体。簡単に見つけることができました。
桃太郎は足に目一杯力をこめて、全身全霊で鬼に向かって跳んでいきました。鬼の頭上から一撃を加えようと考えたのです。
桃太郎は十分鬼に近づいたところで、体重をかけて急降下を始め、右足のつま先を鬼の頭めがけて打ち込みました。
鬼はまさか頭を攻撃されるとは思っていなかったのでしょう。大きな目を見開いて、驚く声を上げる間もなく地面にめり込みました。桃太郎は鬼が手放した棍棒を奪い取りました。
「人間たち! 早く逃げろ! できるだけ遠いところに行け!」
桃太郎は叫びました。村人たちにはただの雄叫びにしか聞こえませんでしたが、すぐにその意味を理解しました。
桃太郎の背後から大量の動物たちが押し寄せていました。村人たちは一目散に反対方向へと逃げました。
「なんだ? また小さいのが増えた!」
もう一匹の鬼は、逃げ惑う人間たちを踏み潰してやろうと右足を振り上げました。
桃太郎は棍棒を手に、鬼の右足へ突っ込んでいきました。棍棒を鬼のひざに向かって一薙ぎすると、鬼の足はちぎれて飛んでいってしまいました。それからとどめを刺すべく、桃太郎は鬼の足を蹴って跳び上がり、鬼の顔面にジャンピング右ストレートを決めました。
動物たちは村人の避難を誘導していました。怪我をした者や老人は動物の背中に乗せて安全な方へと導きました。
残る鬼はあと一匹。他の二匹と比べると一際大きな鬼でした。
「よくも、俺の部下たちをやってくれたな。ちびすけが、俺に勝てるとでも思っているのか!」
「俺はちびじゃない! 桃太郎だ!」
桃太郎は叫んで、鬼の顔面へと飛び込んでいきました。目にもとまらぬ速さですが、鬼はそれ以上の速さで、まるでハエを叩くように桃太郎を跳ね返してしまいました。
桃太郎は地面に叩きつけられてしまいましたが、なんともないような顔で起き上がり、今度は鬼の足を払おうと向かいました。しかしそれも跳ね返されてしまいます。
「やるな。普通の人間なら死んでいるのに、なぜだ?」
「さあ、俺も知らない。人間だけど人間じゃないからかな」
「そうか、わからん。どうでもいいことだな。死んでもらおう」
鬼は桃太郎の身長を超えるほどの大きな拳を打ち込んできました。早すぎて何も見えず、桃太郎はただ吹き飛ばされてしまいました。
なにかにぶつかってやっと桃太郎は止まることができました。
「大丈夫か、桃太郎」
「頭領!」
桃太郎の体を受け止めたのは犬の頭領でした。そばには猿の頭領と雉もいました。
「強くなったな。さすがだ」
「ありがとうございます。でも、まだあいつには敵わないのかも……。今の、全然見えなかった……」
「奴は強い。我らも手伝おう」
「協力すればなんとかなるだろ」
「私も行ってあげる。目くらまししてやるわ」
「桃太郎。やれるな?」
「はい!」
犬、猿、雉は一斉に鬼へと向かって走り出しました。鬼の攻撃を受けて吹き飛んでも諦めずに向かっていきます。
やがて、鬼の足元に辿り着いた犬と猿はそれぞれ両足に噛み付きました。雉は鬼の目玉をつついて邪魔をしました。
桃太郎は走り出しました。犬と猿と雉のおかげで格段に動きが鈍っています。今しかチャンスはありません。
全力で走り、助走をつけて一気に鬼の胸へ飛び込みました。
「しまった……!」
桃太郎は鬼に防御する暇も与えずに、全力で拳を打ち込みました。鬼の皮膚は破裂し、骨は砕け、桃太郎は鬼の胸を突き抜けていきました。
それから数分後、桃太郎は地上に戻ってきました。
「ただいま。頭領」
「桃太郎、飛びすぎだろう」
「戻ってくるのか心配したぞ(笑)」
それから村には再び平和が戻りました。
鬼が全て倒されたあと、動物たちはすぐに山へと戻ってしまったので、桃太郎に会うことはできませんでした。
村人たちは、村を救ってくれた動物たちと英雄に感謝して、山を神聖なものとしてお祈りとお供え物を捧げるようになりました。
山の動物たちも平和に暮らしています。山は以前よりも綺麗になって緑がより豊かになりました。
「あ、今日も何か置いてくれてある。野菜だ! 雉さんたちと食べようかな!」
桃太郎は最近、村のお供え物が楽しみなようです。
めでたしめでたし
MOMOTARO