小説感想は行作家
「エウスカディ」馳星周
【上巻】
馳星周さんは、初読み。
最初にパラッと捲った時にはパレスチナが出てきたので、パレスチナ解放運動の話かな。と思ったのだけれど、違った。
スペインのバスク自治区解放運動の話だった。
正直、スペインに関してはバルセロナオリンピックと地中海と闘牛士程度の知識しかなく、ヨーロッパでのテロというのが想像がつかなかった。
ただ、奥田英朗さんが好きなのと、警察小説が好きなのと、パレスチナに関しては「パレスチナから来た少女」にハマった時に、その手の資料は読んだので、赤軍やテロ思想はある程度、予備知識があった。
その条件をクリアー出来れば、この小説は楽しめる。どちらかの思想に偏ってはいないし、なによりト書きである主人公の語りが、皮肉の効いたジョークで小気味よく、飽きない。
難点は美味そうな料理描写がたくさん出過ぎて、腹が減ることくらいだ。
下巻も楽しく読めそうです。
2010年12月24日のblog記事
【下巻】
上巻では、日本人の父がバスクのテロに傾倒していく経緯と、息子が何も知らない両親の過去を紐解いていく過程を交互に書いてあった。
父と息子の心的距離の近づきに合わせるようにして、下巻では「組織内の裏切り者は誰なのか」を現在でも過去でも追うことになる。
アイデンティティーとは、信仰心とは、国境とは、主義とは、正義はどこにあるのか、革命は必要なのか、
様々な人間を深く描くことで、緊迫感や疾走感をエンターテイメントとして楽しませつつ、読み手のなかの正義と理想を煩悶させる。
カッコイイなぁ。馳さん、大好きになった。
なにより、バスク人がとても好きになった。
良い読書でした。
2010年12月27日のblog記事
「夜光虫」馳星周
平成10年8月25日 角川書店
ノーヒットノーランを達成し、成績も良かったが肩を壊し、借金をして起こした会社はすぐ倒産。自堕落な生活を送っていたが、台湾リーグで野球が出来るようになった加倉昭彦。
金儲けの為にヤクザとつるんで八百長試合をしていたが、やがてヤクザの抗争に深く関わるようになっていく。
ヤクザ映画を観ているような気分になった。転落の物語だ。120回直木賞候補作らしい。え、直木賞? この作風で? と思って詳しくサイトを巡ってみたら5回もノミネートされていた。作風は選評から言って変わらないと思う、この作風で候補にあがるのは業界の人がかなり馳さん好きなんだろうなぁ。
悪党を描くのがひたすら巧いなぁ、と毎回思う。ただ今回は主人公があまり好きなタイプじゃなかった。狂気を表現したいんだとは思ったけど、恐さに振るか、サイコに振るか、どちらかにしてほしかった。脇役もエウスカディやマンゴーレインに比べると物足りない。まぁ10年以上前の作品と新作比べたら、そうはなるよね。
余談だけど、この作品には「日本人は、普通は八百長しない」という台詞が、しょっちゅう出てきて、その横で、相撲の八百長ニュースが報道されまくっているのが妙におかしかった。
2011年2月4日のblog記事
「マンゴーレイン」馳星周
平成12年3月29日~平成13年2月26日、新聞連載
バンコク生まれの日系二世、十河(そごう)将人は幼馴染みの日系三世、富夫に偶然再会し、中国人の女をシンガポールに運ぶ仕事を依頼される。
表向きは、悪党たちの駆け引きや立ち回りを緊迫感たっぷりに書いたエンタメ。
けれど、読み手は、「これは世界大多数の現実だ」と引き摺り下ろされる感覚を味わう。
人身売買に関するエグイ表記が随所にあり、ラストの〆かたは過去に読んだ「闇のこどもたち」を連想した。内容は全く違うが読み手に訴えるメッセージが近い。
後味は悪い。だが、この内容なら、後味は悪い方が良い。
私は、この手のものを良く、読む。
それが事実を元にしているからだ。
世の中には哀しい現実や、どうにもならない惨状がたくさんある。
それに対して一人の人間が出来ることなど何一つなく、無力だ。
それでも「知る」ことは重要だ。
「知っている人間」が増え、それが多数になれば「うねり」となって世界を変える。
私は、その「うねり」を信じて歯車のひとつになるべく、知ることを止めないでいたい。
だから、グロいのも、ヒドイのも、読むのだ。
2011年1月17日のblog記事
「ミート・ザ・ビート」羽田圭介
平成21年12月号「文學界」
東京の大学合格を目指し地方都市で予備校に通う浪人生「ベイダー」と、彼のアルバイト先の建設現場の仲間との交流の物語。第142回芥川賞候補作。
税理士試験の勉強をしながら働くザキさん、走り屋で車の改造の為にホストをしながら現場でも掛け持ちで働くレイラ、レイラの客でデリヘル嬢のユナ、ユナに憧れる車の内装にこだわるケン、ユナで童貞を捨てたブヨという面子が送る日常を淡々と書いている。
うー……ん。若者のありのままを書きたかったのかな、とは思える。
筆者は高校生の時に文学賞を獲ってTVニュースで流れたのを覚えている。その時は読もうとは思わなくて、今回が初読み。
芥川賞を狙ってるのかな? 作風がそれっぽい。
読書慣れしていらっしゃるかたは、そう書けば予想つくだろうけど、エンタメ性はない。読んでいても楽しくはない。
けど、やっぱり文章は巧いなぁ。若い時に受賞する作家さんは大体、そうだ。読み難いってことはなかった。
書き下ろしの短編がもう一作入っていて、そちらも正直よく分からない。「デブがジョギングして競馬場に行く話」だ。
なんとなく、こういう話を書きたかったのかな、と思うことはあっても、それをblogで書いてみなさんにオススメしようとは思えない。
ただ、「ワタクシハ」は読みたくなった。若者の心理描写が巧いからだ。
この作者、既読済みで、こっちの作品はどう? っていうオススメありましたら教えてください。
2011年4月14日のblog記事
「ワタクシハ」羽田圭介
平成23年1月17日「講談社」
山木太郎は大学3期生。就職活動真っ只中。
だが、太郎は【TARO】として、高校生の時にヘヴィメタルバンドでメジャーデビューしたギタリストであり武道館ライヴも行った過去がある。
バンドが解散になった現在も、プロのギタリストとして事務所には所属しておりバックバンドやCD制作の生音録りなどの細々とした仕事を続けていた為、就職活動に本腰を入れられずに居た。
以前に読んだ「ミート・ザ・ビート」は、偶々図書館にあった為、読んだ。本命はこっちだ。これを読みたかった。
筆者は高校生の時に文藝賞を受賞し、17歳で小説家デビューしている。その後も作品が2度、芥川賞にノミネートされていて、読書慣れされてるかたは解るだろうが、いわゆる正統派、本格派タイプ。エンタメ性は低い。
この作品を読みたいと思ったのは作者へのテレビインタビューを観たから。
実際に、取材の為に100社以上の面接を受け、会社説明会にも何度も足を運んだらしい。作者本人がギタリストとしてアマチュアバンドを組んでもいる為、リアリティは相当期待できる作品なのだろうと考えた。
期待通りというか。
期待以上でキツイ。
読んでいて苦しい。胃がキリキリしてくる。
私は、とにかく、早く社会に出たかったし、給料を貰えるなら仕事は何でも良かった。
父親のコネで、あっさり就職したので、まともな就職活動をした事が無い。
それでも読んでてしんどくなった。
何十社と落とされていき、焦りと苛立ち、自己否定の繰り返し。
自分が何者にもなれないどころか最低限の生活すら出来なくなるかもしれない恐怖。
それが淡々と克明に描かれている作品。
アイデンティティーってなんだろうと考えることさえ無駄だと切り捨てられる。
仕事ってなんだろう。
働くってなんだろう。
生きるってなんだろう。
そんな事をず~っと考えさせられる作品。
オススメはしない。
けど、駄作じゃない。
読んで良かった。
2011年7月17日のblog記事
「黒冷水」羽田圭介
平成14年11月30日「河出書房」
高校2年生の兄、正気(まさき)の部屋を変質的にあさる修作。
兄はそれに気づきながら監視を続けていた。
兄弟は冷戦状態でお互いに自身のプライドを保持しながら嫌がらせを仕掛ける。
やがてそれはエスカレートしていく。
罠、盗撮、精神的暴力。
筆者のデビュー作。17歳の時に、文藝賞を獲った作品。
ビビったろうなぁ……。審査員。コレを17歳で書いたのか。
若くして文章が巧い作家さんってのはわりといらっしゃる。
ただ、ここまで「抑制された狂気」を17歳が書けるものなのか。
弟サイドと兄サイドで話が進んでいく。最初は、弟の異常さが目につくが、兄の狂い加減が徐々に見えてくる。
けれど両親も充分気持ち悪い。普通なだけに余計に。
この『見ないフリ』は普通なんだろう。それが最悪の結果をもたらしていることに一向に気づいてないところが怖すぎる。
話の進み方だとか、結末とかはありきたりだし、仕掛けもそんなに驚かされるものはない。
ただ、「狂い方」の表現力がすさまじい。
メインキャラクターは全員狂ってる。
それでいて実際にそのあたりに居そうな人物ばかり。
誰も殺されないし、犯罪者も居ない。
なのに心底ゾッとする。
思うからだ。
『もしかしたら、自分自身も狂ってるかも』
どす暗い気分になります。あまりオススメはしません。
サイコ系、カルト系が好きな人はどうぞ。
2011年8月15日のblog記事
「流」東山彰良
けっこう手こずりましたが読み終えました。面白いんですけど、私は歴史苦手なので。1975年の台湾が舞台の作品なのでイメージがまったく沸かず、登場人物がみんな中国名なのもあり、しょっちゅう巻頭の登場人物を確認しながら読んでました、半分までは。
主人公は台湾の高校生「秋生」なんですが、読みは「チョウシェン」です。幼馴染の「毛毛」が「マオマオ」なのは日本読みに近いのですぐ覚えられますし、「美玲」が「メイリン」は中国系の漫画でよくあるので覚えられます。
読みが日本語に近くもなくあまりお目にかかったことのない中国名のキャラは覚えるのが大変でした。いっそのこと勝手に「あきお」と呼んでしまおうかしらと思ったのですが、やはり雰囲気を大事にしたかったのでキャラ全員の読みを覚えました。
台湾の人達は、やっぱり中国が帰るべき故郷と考えるのだろうかと思う表記があったり、台湾人としてのアイデンティティやルーツとは、などが作中で語られます。最初の印象は「大河小説っぽい感じなのかな?」だったんですが、青春小説でした。
全体的に粗暴な人達ばかり出てきます。街並み描写も不潔で汚いです。中国人へ抱く悪いイメージそのままで、うわー住みたくはないなぁと思うのですよ。思うのですけれど。
羨ましいな、と強烈に思う部分もあるのです。
国や会社ではなく、一族を大事にするんですよね、それが台湾人である作者さんの紡ぐ地の文からもひしひしと伝わってきます。
秋生の幼馴染に悪友が居るんですが、そいつがもうどうしようもないチンピラで街のヤクザの舎弟になってしまうんですよ。それで揉め事を起こしてヤクザに命を狙われるんですが、そんなの自業自得だろうと放っておいても別に弱虫だとか薄情者だとか思わないじゃないですか、私達の感覚では。
秋生は高校時代ヤンチャで喧嘩もしますけど基本的には秀才で大学に進学して日本語を勉強して日本で働こうとするタイプです。ヤクザに身をやつした奴なんて放っておけばいいのにと思うのですが。
助けに行くのに躊躇しないんですよ、微塵も。
小戦(シャオジャン)は意地悪なチンピラかもしれないが、わたしの友達である。その友達が人生最大の危機に瀕しているのに、もしここで袖手傍観などしてしまったら、わたしはこれから先、臆病さを成長の証だと自分に偽って生きていくことになるだろう。そんなふうに生きるくらいなら、わたしは嘘偽りなく、死んだほうがましだと思う。人には成長しなければならない部分と、どうしたって成長できない部分と、成長してはいけない部分があると思う。
そう考えてヤクザの根城に百貨店で購入した包丁を持って突入するんですよ。
いやいや、ムリ! 危ないから!
慎重を臆病って言い換えて無謀なことしてるだけでしょ? ねぇ?
と、私は思うのですが。
やっぱり、心のどこかで、めちゃくちゃ羨ましいとも思うのです。
戦争を終えてすぐの頃という時代背景もあるでしょうし、お国柄もあるでしょう。粗暴でむちゃくちゃで絶対に関わりたくないはずなのですが、憧れるのです。
家族を命懸けで守る男。そんな男に守られてみたいなぁと。
2016年7月19日のblog記事
「ドーン」平野啓一郎
平成21年7月9日「講談社」
この世界には、二つの価値しかありません。善か悪か。必ずどちらかです。ある人間が、その境界をさまよっているならば、ある国家が、その境界をさまよっているのであれば! 問いかけましょう、どちらに加わるのかと。我々は、我々の体現する善の世界への参入者を祝福と共に迎え入れます。しかし、悪の側へと向かうならば、徹底的に罰するべきです!
この大統領選の演説をゾッとした気持ちで聴きながら、けれど、憎しみや怒りまでは行かず、なんとか落とし処を見つけて巧く付き合って行こう。
そう思えるのが日本人だ。
有人火星探査機【ドーン】の帰還成功の後に、探査機クルーが大統領選に巻き込まれていく2036年のアメリカと、
2033年の火星にたどり着く前の緊迫した密室でのパニックサスペンスヒューマンドラマを交互に描いた小説。
視点は、クルーや、それぞれの大統領陣営に替わるが、中心は日本人医師クルー明日人(アメリカでは宇宙飛行士-アストロノート-とかけて"アストー"と呼ばれている)
それによって読者には【日本人から見たアメリカ】が随所に差し込まれるので大統領選がイメージしやすいようになっている。
2036年のアメリカは、また共和党が仕掛ける戦争経済に国民が慣れてしまっている状況。
最初に引用した演説を国民の7割が支持し、戦争縮小を訴える民主党が圧倒的に負け戦という、日本人にはちょっと信じがたい状況になっている。
が、これは仮想現実だが、アメリカの生鮮現実でもある。
日本人は元々の国民の質が【理屈】に強い。
日本語の複雑さを見るだけでそれは明らかで、
多様であることを美徳として捉えられる。
大統領演説の民主党サイドの言い分は、理にかなっていて、冷静で、現実的で、頷ける事が多いにも関わらず、「理解りにくい」「弱腰」「非国民」などと言われてしまう。
そのアメリカの痛々しい現実と、戦争問題、外交問題、人種差別に圧倒的なリアリティで切り込む思想小説。
この小説を読みたいと思ったのは評論家が【芥川賞作家が思想小説を完璧にエンタメ小説に昇華した逸品】と評したから。
まったくその通りだった。
まさに【大作】
間違いなく今年のマイベスト
2011年10月21日のblog記事
「日蝕」平野啓一郎
平成9年8月号「新潮」
京都大学法学部在学中に投稿した作品がそのまま新潮に一挙掲載、当時の史上最年少芥川賞受賞作。
キリスト教の【神学】と【哲学】の対立が基本テーマ。
聖書なら読んだ事はあるし、哲学書も読んだ事はあるけど、それは研究者によって解りやすく紐解かれたもののさわりをかじったに過ぎない。
初っぱなから普遍論争だの唯名論だのトマス主義者だのが出てきて、もちろん一切解説も註釈も無い。
何故ならこれはドミニコ会の神学者ニコラによる1482年の旅を記した回想を小説にしているから。
ほとんどは読めない漢字だった。一回一回読みを調べていたら、読み終わるのにあと1ヶ月はかかりそうだったので前後の文章から意味が解るものは解らないままにして読み進めた。
普遍論争と唯名論は解らないと、きっと混乱するのだろうなと思ってwikiを辿ったら、解説のwiki文章中にも知らない単語がたくさん出てきて、それをさらに辿って知識を補充しないと読めない。
大学で宗教学を勉強した人とかなら解るのかな?
改めて思う。ネットは便利だ。ネットが無かったら、目的の単語に辿り着くのに何冊もの文献を読まないとならない。
若い頃に読んでたらすぐに投げ出したと思う。
そして感嘆する。
平野啓一郎さん凄すぎるでしょ。
大学で宗教学を授業として受けた時に「面白かったから」って理由で、20歳で、こんなん書けるんかい。
どんだけ頭いいの。
この小説はエンタメ要素は全く無いです。
利点は神学の知識が増やせるくらい。
勉強すること自体が好きな人にはオススメ。
私は平野啓一郎さんという人物を知りたくてデビュー作を読みました。
半分から後半は「魔女狩り」がテーマなので。それは漫画や映画などあらゆる媒体で触れる機会もあるから解りやすいし、敢えて読みにくい作品を読む必要は無いですしね。
前半が面白かった。
神の存在が絶対だった時代に科学技術の発展で少しずつヒビが入っていく危うさとかを当時の神学者の立場から思考していく流れが興味深い。
とりあえず、頭が疲れました。
ただ、コレをこなしたんで、次から平野啓一郎さんを読む時に分厚い長編もサクサク読めそう。
それが私にとってはかなりのプラスかな、と。
2011年12月2日のblog記事
「滴り落ちる時計たちの波紋」平野啓一郎
白昼……平成14年4月8日朝刊「読売新聞大阪版」
初七日……平成14年6月号「文學界」
珍事……平成14年11月号「群像」
閉じ込められた少年/瀕死の午後と波打つ磯の幼い兄弟/les peties Passions/くしゃみ……上に同じ
最後の変身……平成14年9月号「新潮」
『バベルのコンピューター』……平成15年1月号「文學界」
散文や詩、ショートショートのような短さのものから短編、あるいは最後の『バベルのコンピューター』は、メディア・アート・フェスティバルに出展されたイーゴル・オリッチの作品への評論であったりが収録されていた。
ただ、テーマは似通っていて、章が分かれた長編のように思えないこともない。
評論が長編の一部分というのも無理があるか。
「最後の変身」が好きだ。
カフカの「変身」をモチーフに書かれてる。
私はカフカは読んでない。訳文は苦手でほとんど読まない。原書を読めるほど英語が解ればいいのだけど、そんな能力は無い。
ぼかして書いてはあるがおそらく東大出身の引きこもりの青年の独白なのだが、コレ、めちゃくちゃ面白い。
そして、これを読んで私は何故、平野啓一郎さんの作品にここまで傾倒したかが解った。
彼は私の理想だ。
男性にはこうであって欲しい、こんな思考をしていて欲しい、という妄想。
それは大概、一部分しか叶えられないし、一部分だけでも合致すれば十分に魅力的で大好きになるのだけど。
全部、合致するのである。心酔である。もはや平野啓一郎さんは私の偶像であり教祖であり神である。
心を揺り動かされた文章を引用。
この世界のどうしようもない不出来! 俺は父親というのが、神のメタファーであり得ることを、俺の浅薄な濫読の中で発見していた。ああ、神は死んで、世界は放り出されて、その途方もなさを持て余して、人間は絶望的な無駄な努力を強いられるようになった! しかも人間は、人間の手による世界を絶対に気に入らないのだ!
もうひとつ書評について語られたのがコレ。
罵倒というのは、賞賛よりもずっと簡単で――何故ならそれは「理解」も「発見」も必要としないのだから――
しかと、心に書き留めた。
2011年12月18日のblog記事
「あなたが、いなかった、あなた」平野啓一郎
やがて光源のない澄んだ乱反射の表で……/『TSUNAMI』のための32点の絵のない挿絵……平成17年7月号「新潮」
鏡……書き下ろし
『フェカンにて』……平成16年12月号「新潮」
女の部屋……平成16年1月号「新潮」
一枚上手……平成17年7月21日号「週刊新潮」
クロニクル……平成18年3月号「新潮」
義足……平成17年10月号「野生時代」
母と子……平成17年7月号「新潮」
異邦人#7-9……平成17年7月号「新潮」
モノクロウムの街と四人の女……平成18年2月号「新潮」
慈善……平成18年1月号「すばる」
平野啓一郎さん本人によると、平野さんの作品は第一期【ロマン主義三部作】と第二期【実験的短編】と第三期【分人主義三部作】に分かれるそうだ。
「日蝕」は第一期なのだとか。
前回読んだ「滴り落ちる時計たちの波紋」と今回の「あなたが、いなかった、あなた」は第二期になる。
文字を絵画的に見せる趣向を試していたり、「滴り落ちる時計たちの波紋」では回文を使用した小説が出てきたが、
今作の『母と子』では、ゼロから4の合計5つの作品が同時進行し、文章が全く同じ部分があちこちに出てきて、小説なのに輪唱のようになっていた。
なるほど、実験的だ。
そして、面白い。
平野啓一郎さんは絵画への造詣が深くて、blogでの、絵画とデザイン画の違いに、フレームの外の世界の秩序に準じるのが絵画で、フレームの中で秩序を保つのがデザイン画だと書いてらして、それも実に興味深く読んだ。
この作品はそういう【視覚効果】を文字で生み出せるか、という実験を繰り返している。
小説を読んでいるようで、平野啓一郎さんの講義を受けに行ったような心持で大変楽しかった。
特に『フェカンにて』の【自殺】に関する思考が面白かった。
この思考を経て、「ドーン」の分人主義に繋がっていくのだ。
平野啓一郎さんはあなたが、いなかったけれど、あなたの物語だったかもしれない、という意味でタイトルを決めたらしいが、私は『フェカンにて』を読んでこのタイトルを強く感じた。
ま、作品を読んで、何を思うかは読者の自由だよね。
2011年12月21日のblog記事
「かたちだけの愛」平野啓一郎
平成21年7月22日~平成22年7月9日「読売新聞」夕刊連載
プロダクトデザイナー、相良(あいら)郁哉(いくや)は嵐の夜に自身のデザイン事務所近くで起きた交通事故に遭遇する。
2台の衝突事故。片方の車の運転席では運転手が気絶。その車に女性が下敷きになっていた。
その女性の知り合いと見られるもう1台の運転手は警察には自分で連絡出来ない、スキャンダルになるから、と相良に現金を押し付けて逃げてしまう。
なんとか女性を車の下から助け出せ、一命をとりとめたが、彼女は左脚を大腿切断手術によって失った。
彼女はモデル兼女優の叶世(かなぜ)久美子。"美脚の女王"と呼ばれ、スキャンダラスな不倫報道で有名だった。
相良は彼女の義足をデザインする仕事に就く事になる。
"脚が無くて可哀想"と言われるのではなく、"伊達でもあの義足なら装着したい"と言われるようなデザインを。
それが依頼者の要求だった。
平野啓一郎さんの分人主義3部作の3作目。
恋愛小説である。
しかし、色気はない。
哲学、心理学方面からとにかく、【恋愛って結局なんなの?】と理屈続きだ。
コレは女性には不向きな恋愛小説かもなぁ。
ただ、恋愛小説が苦手な男性にはかなり楽しめるんじゃないだろうか。
私も恋愛小説は苦手な、一応、女ではあるが、やはり主人公の男性に共感出来て、久美子にはあまり共感出来ない。
なんでそんな行動取るんだろう、と疑問は沸くものの、彼女が障害者であり、絶望から物語が始まるので。
相良や周囲の献身で彼女が回復し立ち直っていく姿に、人間として彼女を応援したくなるので、嫌悪感は湧かなかった。
そういった人間ドラマを織りなしていて普通にエンタメとして読めるが、やはり思想小説なのは変わらない。
平野啓一郎さんはデザインや絵画関係に造型が深い為か、デザインの仕事関連の描写が薄っぺらくない点がいい。
ただ、専門用語も多くて「美術館? 行ったことない。」ってかたは混乱する? かな。もしかすると。
恋ってなに?
愛ってなに?
と頭で考えるのが好きな人は是非ご一読を。
分人主義観点からの恋愛への定義はなかなかに面白い。
2012年1月9日のblog記事
「高瀬川」平野啓一郎
清水……平成11年5月号「波」
高瀬川……平成15年1月号「群像」
追憶……『21世紀 文学の創造9 ことばのたくらみ―実作集』
氷解……平成15年2月号「新潮」
平野さんは谷崎潤一郎を読み終わるまで我慢すると言っていたのに耐えきれず読んでしまいました。
この作品は第2期ですね。実験的にいろいろなスタイルで書いている時期です。
『清水』平野さんが良く書かれてるテーマ"死の近づき"ですね。現実味が無いような描写と散文や詩に近い表現が特徴的。
「また、したたった。」
という一文が何度も使われます。だんだんと近づいてくる水音、清水。
それが背後に迫ってくる。
怖くて、綺麗な描写です。
『高瀬川』平野さん本人を投影してるであろう小説家"大野"の物語。平野さんは自伝は書かないと宣言してますが、
大野の物語は実際の平野さんの仕事とリンクしているので、仕事に関する思考は平野さん本人のものなのかなあと想像して楽しんでいます。
小説風のエッセイと捉えるのもありなのかしら。
"古典描写"をする事への思考を書いてらっしゃいますね。
古典描写は第1期です。
『追憶』
アタシはこのシリーズが一番好き。
"文章で絵画が表現出来るか"
という試みシリーズ。
見開き1ページに書かれた文章を虫食い状態にして何度も掲載するという型。
けれど、そのまま読んでも詩のように意味が通じるんです。
そしてそこに絵画を見る。
『目は口ほどに物を言う』を味わったことあるでしょう。
あの時に感じ取れるものを文章で表現出来ますか?
私には無理です。
このシリーズはその感覚が呼び覚まされて、脳が気持ち良いです。
『氷解』不倫をしている30代女性と、中学1年生のわけありの男の子がある誤解を互いに持って見つめ合う物語。
上段が少年の物語、
下段が女性の物語、
時系列が被り、表現が被り、互いの気持ちが錯綜する。
そして時に、混じり合い離れる。
天才、ですね。なんでこんなの書けるんでしょうね。
小説でしか表現出来ない事をこれだけ巧くやられたら溜め息しか出ません。
まさに
"ことばのたくらみ"
でした。
2012年3月31日のblog記事
「マチネの終わりに」平野啓一郎
平野啓一郎さんを読むのは久しぶりです。
もう信者かというほど心酔しております。崇拝もしてます。敬愛しています。理想の男性で憧れの人です。
そういう作家さんをずっと続けて読んでいると影響を受けすぎてバランスが悪くなるので離れていました。えぇ、もちろん文庫は購入しつつ。続けて手元にある「決壊」を読みたくなりましたが我慢します。
マチネの終わりには恋愛小説ですね。私は恋愛小説が苦手でほぼ読まないのですが、平野さんの作品であれば別です。恋愛もの少女漫画は好きなんですけどね、小説になるとなんか萎えてしまって。
そこは平野さんですから、というかご本人がマチネの終わりに特設サイトで「そこは僕の小説ですので~」と語ってらっしゃいました。普通の恋愛小説にはなってません。と。
危険なのであえて距離を置くようにする以前は平野さんのSNSも細かくチェックするほどのめりこんでましたので(恋かというほど)デザインに造詣が深いことは知ってましたけど。趣味で楽器を弾かれるのも知ってましたけど。
ここまで書けるのですか……と惚けるほど音楽描写が深いです。あなたはどれだけの分野で専門家になるおつもりですか、と。
神学を大学の講義で習って面白かったから書いたというデビュー作を読んだ時から思ってましたが、なぜここまで掘り下げて思考して、まったく別の視点に辿り着けるのでしょう、天才ですか?
平野さんの作品を読むといつも新しい視点をもらえて、読んだあとしばらくそれに支配されるのです。
あぁ。これでは小説の感想ではないですね。ラブレターですね。
あらすじを書いてしまうと短いのです。
クラッシックギターの天才演奏家である蒔野は周囲には気づかれないのですがスランプの予兆を感じて落ち込んでいました。楽屋から40分も出てこないので、さすがに面会者の多くが帰ったなか、面会を希望して待っていたレコード会社の担当から紹介された女性、洋子に恋をします。彼女は蒔野が多大な影響を受けていた映画監督の娘でした。
作品はふたりの恋愛と別離と再会を描いたものです。
文明と文化、喧噪と静寂、生と死、父と娘、など様々なテーマが重なりながら物語は進んでいきます。 蒔野と洋子は実在する平野さんの知り合いがモデルだそうで、エピソードも脚色しつつ書かれたそうです。
けれど私は、天才がゆえに苦悩を強いられる蒔野の姿に平野さんご本人を重ねてしまって、蒔野が洋子に愛を伝えるシーンでは胸がキューっとなってときめいてしまいました。あぁ、なんて羨ましい! こんな理想の男性に、こんな切ない告白をされるなんて、と。アホですね、私。
ですが洋子が「こんな天才がなぜ私なんかを?」と愛される理由がわからなくて不安になった気持ちに、そうだよねぇ、やっぱり自分に相応の「愛されてることに疑問を持たなくてもいい」相手と結ばれたほうが幸せだよねと頷きました。
広く、深く、様々なテーマに、そういう考え方もあるのかと驚きつつ、メインの恋愛小説もきっちり楽しめました。【ページをめくる手が止まらない小説ではなく、めくりたいけどめくりたくない、ずっとその世界に浸りきっていたい小説】を意識して書かれたそうです。
読み終わりたくなかったですが、読み終えたあとも浸っています。
2017年1月20日のblog記事
「オレンジ・アンド・タール」藤沢周
平成12年5月 朝日新聞社刊
スケボーに熱中する男子高校生カズキ視点の「オレンジ・アンド・タール」と、カズキがよく訪ねていく伝説のスケートボーダー、トモロウ視点の「シルバー・ビーンズ」の2篇が収録されている文庫。
読もうと思ったのはアメトーーク「読書芸人」でオードリーの若林が一番好きな小説としてあげていたから。写真にあるように帯と後書きを若林が書いている。
内容的には、使い古されたテーマだと思う。若者特有の自意識だとかピーターパン症候群とかそのあたり。
展開にもそこまで驚くことはないかな。
それでもスゲーなぁ、これ、と思う。
何故か?
生々しいのだ、すごく。文章が。プロフィールから作者は41歳の時にこの作品を書いた計算になるのだけど、男子高校生の生の感情が卜書に溢れてて、青さとか愚かさとか、刹那的な思考とか、自意識の高さとか。
大人の男が外側から見て、あるいは俯瞰して書いて、どうやったらこんな若い、血がたぎるような地の文が書けるんだろう。
10代の頃の脆さ、死の近さ、は思い出して苦笑することは誰でも出来る、みんな通った道だから。
けれどその時の感情を、その頃の雰囲気のまま表現する、しかも文章で、となると相当難しい。
小説ってこういうことが出来るんだよな、だから読書も、小説を書くこともやめられない。
そんな気持ちで読み切ったあと、若林の後書きを読んで震えが来た。
偉そうな、評論家みたいな、かっこつけた文章だったら、鼻で笑うとこだった、お前、芸人だろ、と。
けれど、そこには、芸人としての芸人の誇りを持ったまま、それでもこの作品がすごく好きなんだ、という熱がそのままあって。
かっこつけてなくて、カッコ悪いことを吐露してるのに、めちゃくちゃ愛おしいくなるような男の文章がそこにあった。
アタシは自分の好きなものの為に、めちゃくちゃカッコ悪いことが出来る男がたまらなく好きだ、惚れる。
だから、アタシも後書きの最後にあった若林の友人と同じ言葉を若林に送りたい。あの後書きは多くの人に読んで欲しいな。
読書芸人から、若林がかなり好きになっていたのだけどますます好きになったよ。
私も、日々の小さな事を積み上げながら「無」になることを目指してく。その瞬間はありがたいことに何度か味わえている。なかなかのもんだろ? トモローさん。
年取ってから解ったんだけどさ、「若さ」って年齢じゃないんだよな、私はまだ「怒れる」し「熱く」もなれるし「ときめく」ことも「憧れる」ことも出来る。
人の言葉に、表現に、涙を流して心を震わせることが出来る、そういう人間になれて良かった。私の人生は今、そこそこ楽しいんだ。
そんな熱を持っている人なら楽しめる作品。生々しさにうわって思えばいい。自分の熱さを確認してみるのも乙なもんだ。
2012年11月8日のblog記事
「テロリストのパラソル」藤原伊織
平成7年9月14日「講談社」
第41回江戸川乱歩賞
以前から、名作ってあちこちで言われてたし、プロの作家さんにもファンが居る今作。
ずっと読みたいと思っててようやく読めました。
いいですね。古さ全然感じないです。あとカッコいいです。
タイトルからガチガチのノワールなのかな? とか思ってたのですが、ハードボイルド色が強いですね。
大学共闘の話はけっこう読んでいるので、その描写部分には手こずる事も無かったんですが、
あまり馴染み無い人には引っかかるのかな。特に補足説明もなくセクトとか自己否定とか用語がたくさん出てきます。
このあたりの知識はちょっとだけ入れておくとより楽しく読めるでしょうね。入門編としては奥田英朗さんの「サウスバウンド」がオススメ。
キャラクターがすごく良いです。
悪役含め、嫌いなキャラクター居ませんね。
特にヤクザの浅井。良い男です、好み!
元、対暴の刑事って経歴、インテリヤクザ、女と薬だけは売らないって信念と、所詮自分はヤクザものって自嘲。
カッコいい、昔のヤクザ映画みたい。仁義の世界ですね。
その浅井と主人公のおっさんの会話が楽しいです。敵ではない、味方ってわけじゃない、けど、なんとなく友情めいたものが発生する展開に無理がない。
2人の共闘と、主人公のおっさんの恋。
主人公を振り回すヒロインもいいです。
たぶん、こういうの「はすっぱ」って言うんでしょうね。現代の女性には居ないタイプ。
気が強くて、頭が良くて、孤独で、可愛い。
ハードボイルドとして十分に楽しめるけどミステリー部分もしっかりとある。
きちんと伏線が張られていてパチパチと後半にかけて繋がって行きながら、闘いが佳境に向かって盛り上がって行きます。読んでてアドレナリンが出ます。ファイティングポーズ取りたくなります。
あぁ。楽しかった。
古い作品ですが、是非読んでください。オススメです。
2012年4月19日のblog記事
「だから日本はズレている」古市憲寿
本屋に長く居座ることが可能になったので
(以前は5分で終わらせろって言われてたからなぁ)
いろいろと眺めていました。自己啓発本は好きではないので読まないです。あと流行りものは趣向に合っていてもあまり読まないです。極東アジアは嫌いですが、その手の本がいま溢れかえってるのでちょっと。
それと自分が保守、右寄りの中道派なので、自分とは意見が違う人の書物を読んでおこうという“中和”を意識しています。そんな経緯で購入しました。
著者によると原案タイトルは
「おじさん」の罪
だったらしいです。意図的におじさんと若者を対立させて国内問題点を論じていく手法を取っています。
魅力的な点は著者が政治討論番組だけでなく、内閣主催の会議にも“若者代表”として出席する論客だということ。そしてその時に体験したエピソードを“実名で、相手の言葉を引用して、それにチクリと嫌味を書く”ところ。クスリと笑えます。小気味よいですね。東大博士課程の現役で、自身の頭の良さを謙遜しないところもいいです。
でもまぁやっぱり首を傾げる点は多々あります。意見が合わないというわけではなくて、どうしても幼さと騙って見える部分があります。それは著者本人も触れてはいますけどね、経験値が少ないから(若いから+恵まれていて挫折も苦労も少ないから)と。知識量はすごいですし、文章も巧いのですが、人生の侘寂というか渋味みたいなのは無いですね。私が老成に価値を求めるタイプなのもあると思います。
意見の合う、合わないは、誰の本を読んでもあることなので。それは吟味して取り入れたり、つっぱねたりすればいいだけです。私は居住区、商業区、保護区と区画整理してライフラインを小さくする社会には賛成ですが、政治に与えられてる役割を狭く、小さくするのは反対です。「民間でも出来る」ことは全部移せばいいってのは浅はかだと思うな。小さな細かい部分が犠牲になるよ。民間でも出来ることだとしても公務のままにしておいてほしいことはたくさんあるし、保育士は公務員にすればいいのにと思う。
2040年の日本未来予想図が最終章にあるのですが、それが一番面白かったです。ちょっと突飛過ぎますけど。「このまま、何も対策を打たなかったらこうなる」という予想図なので大袈裟なのは著者も前置きしてます。それを踏まえて楽しめます。なんだかこれに近いことはいくつか起こるんじゃないかと思えるし。あと自己啓発本ってだいたい抽象的なんですが、この著者は具体案を沢山提示するところが素敵です。意見は違ってもその姿勢に好感を抱きました。お茶をにごす感じもなくはっきり自身の意見を言い切るところもいいですね。実名でたくさんの団体や個人を批判していて、それはおそらく相手に何か言われたら徹底的に反論する用意がありますよ、という意思表示でしょう。
根拠のない悪口や、ただ相手を傷つけたいだけの否定には腹が立ちますが、事実をもとにきっちりとされる批判は読んでいて面白い。
良い読書でした。
2014年6月5日のblog記事
「風の向こうへ駆け抜けろ」古内一絵
馬かな。芦毛が好き。競走馬育成ゲームでしか飼えないよね。馬主になるなんて金はとても稼げない。
まぁ競走馬じゃなく、乗馬用の馬ならいつか飼えるかもしれないな、住んでるの北海道だし。一戸建てを山の中に建てれば可能か。Let'sハイジ生活!
親友が4月だから「桜」にちなんだ小説を紹介したいって仕事に協力するべく、いろいろ漁ってたわけですが、どうもめぼしい「桜」小説がない。
視点を変えて「桜花賞ならどうよ?」ってことで手にとったのがコレ。
Webで検索して本屋で注文して購入したけど、書店に並んでたら買わなかっただろうな。この帯みたら。私はひねくれものなんでね。「泣ける!」とか「感動間違いなし!」とか言われると読む気なくすわ。
主人公は騎手養成学校を優秀な成績で卒業した17歳の女性ジョッキー。競走馬育成牧場で厩務員として働いていた敬愛する亡き父の影響で生涯、馬と共に生きていくと誓った女の子。成績優秀で勝気な女の子、うん、好みだな。ジョッキーっていう男社会でセクハラや僻み、出る杭は打たれる、マスコミのミーハーなもてはやしなどに抗いながら、ひたすら努力と根性で地方競馬から勝ち上がって、中央競馬に殴り込み。そんなの読んでてワクワクするなってほうが無理だな。
んで、素晴らしいのは「馬描写」と「レース描写」ね。こういうスポーツ物ってのはいかに読み手がそのスポーツをやった気分になるかってのが重要だと思う。読んでて馬に乗ってる気分になる。ひどい調教でボロボロになった馬が出てくると可哀想で泣けてくる。いろんな馬が出てくるというか、主要登場人物と同じくらいの数の「登場馬」が出てくる。主人公のライバル馬が骨折して安楽死処分決定なんて出てきちゃったらもうヤバイね。
調教師、厩務員、養成学校の同期、馬主、様々な立場、過去、境遇を丁寧に描きながら、台詞はすごく少ない。掛け合いも少ない。だって主人公がちょっとときめくイケメン厩務員は失声症だし。ここらあたりの心の交流がどうなるのかも読み手は追っていくわけ。私はイケメン厩務員より、主人公には主人公のことを小馬鹿にしてきた中央競馬のエリート同期と恋愛関係になってほしいが(笑)三角関係を経てね。そんな「萌え」もあるんです。
いやー、良かった。馬たん萌え!
ちょっと切ないけど青春スポーツ物としてオススメです。あ。ちなみに恋愛関係は私が勝手に妄想しただけで、一切出てきません。もう馬! とにかく馬! 馬にハマり、馬を愛し、馬オタク、馬バカばかりが出てくる馬小説です。
(桜はどうした)
2014年4月8日のblog記事
「歌舞伎町セブン」誉田哲也
平成21年12月号~平成22年8月号「web小説中公」
歌舞伎町全体に空中遊歩道を設け、地面を多層化し、より安全に遊べる街に生まれ変わる――『歌舞伎町リヴァイヴ』事業計画
推進委員会会議からの帰り道、歌舞伎町一丁目町会長の高山和義が何者かに拉致され、殺害された。
しかし、警察は『心不全による事故死』と発表。
交番勤務の巡査部長、小川幸彦は、父親を同じ状況の心不全で亡くしている。彼は不審死と見て単独捜査をする。
フリーライターの上岡慎介も、被害者と最後に話していたという理由で任意で事情聴取を受けた際に、警察の対応に違和感を覚え、取材を敢行する。
取材や単独捜査でのぼる『歌舞伎町セブン』という都市伝説、見えてこない敵の狙い。悪党による裁き『必要悪とは何か?』を問いかける作品。
うん、非常に好みだ。誉田哲也さんは初読み。
『ストロベリーナイト』をドラマで観た時に、そのグロさより警察の在り方を問う観点が好きで、読者登録しているブロガーさんも勧めてらしたので以前から読みたかった。
巻頭で『これは殺人だ』と示しておいて、殺人だとは分からないでフリーライターと警官が調べていく視点と、
殺人だとは分かっているが犯人が誰か分からずにいる何かを隠した男たちの視点から語られ、
心不全って人為的に起こせるものなのか?
という疑問と。
『歌舞伎町セブン』って何だ?
と考えているうちに、グイグイと引き込まれて、
中盤、謎が解ると、黒幕誰?
え、最後どうなんの?
とハラハラしっぱなし。
それでいて『刑法の限界』とか『必要悪』だとかの警察小説の醍醐味もあり、人情小説っぽい向きもある。
それに、ト書きもユニークな表記があっていい。
他の書評では『グロい』と良く書かれていたが、この作品ではあまりそう感じなかった。
警察小説が好きで、視点がクルクル代わり、やがて収束する系が好きなかたにオススメ。
次は『ストロベリーナイト』が読みたい。
2011年4月15日のblog記事
「ストロベリーナイト」誉田哲也
目をえぐられた女 切り裂かれるその喉元 噴き出す鮮血
――あなたは これを 生で 見たい ですか
ノンキャリアながら2度の昇進試験をパスし、27歳で警部補になった姫川玲子。
殺人事件現場に向かうとビニールシートにくるまれた奇妙な死体が待っていた。
頸動脈をスッパリと割った致命傷以外に、細かなガラス傷と多数に食い込んだガラス破片。
死後切開されたと思われるみぞおちから股関節にまで達する切創。
私刑――リンチによる他殺?
捜査本部が設置され、姫川は部下と捜査にかかる。
読みたい! と思ったのはドラマがきっかけ。なので、完全にネタバレ状態で読んだ。
それでも十分に楽しめた。
なんと言ってもイイのはキャラだ。キャラが立ちまくり。
こりゃ映像化しやすいよな。
事前知識で「グロい」と思わされていたけど、あまりそうは思わなかったな。
普段からグロいのを読みすぎなんだろうか?
ドラマで姫川の法廷証言シーンを観て警察の『熱い』描き方に惚れ惚れして読んだ。
超満足。
ただ、思った。
これ、注釈や解説無しに警察用語がガンガン出てくるんだけど、警察小説慣れしてない人は楽しめるんだろうか?
その辺の魅力が分からないと『執拗に不快を煽る』なんて評価になりそうだ。
警察機構のグレーゾーンの正義(買収とか違法捜査とか)を際立たせるには、犯罪はえぐく、情け容赦なく不幸なのが良い。
そういう考えで警察小説が好きな人には文句なくオススメ。
コレはシリーズ全部読みたい。
2011年5月10日のblog記事
「主よ、永遠の休息を」誉田哲也
平成20年12月号~平成21年8月号「月刊J-novel」
共有通信の社会部記者、鶴田吉郎29歳。
ある日、帰りに弁当を買いに寄るいつものコンビニで、コンビニ強盗の現場に出くわした。
携帯電話で撮影をしながら犯人を追いかけると現行犯逮捕に協力してくれた通りすがりの正義の味方が警察が来る前に立ち去ってしまった。
名刺だけを渡しておいたその人物から連絡をもらい、会うとコンビニ強盗とは関係のないヤクザ事務所についてのタレコミをもらって取材をする事になる。
その中、14年前の猟奇事件に繋がる情報が出てきた。
誉田さんは警察小説でのガッチガチの熱いおっさんの話ってイメージが強いのだけど。
今回は文体がガラっと変わって軽い。
主人公が29歳の今時の若者記者という設定に合わせたのかな。
ただ、文章が巧いのに変わりは無いので読みにくくはなかった。
コンビニ強盗事件をきっかけにコンビニ店員の芳賀桐江と知り合い、桐江視点と交互に展開されて話が進んで行くのだけど。
それが巧い。
時系列が被るんですよ。同じ会話のやり取りで、お互いが何を考えていたのかが読者には良く解るようになっていて。
それが後半の別場所での同時進行に活きてくる。
誉田さんのいつもの後半のスピード感あふれる展開は顕在。
ただ、二転三転するミステリー部分は無くて、序盤には桐江の秘密は解ってしまうけど、わざとだろうな。
秘密では無くて、桐江の心情を描きたかったのかな、と思うんですよ。
女性にオススメですね。桐江のだした結論も行動も思考も、とても共感できます。
誉田さんは男性なのになぁ、巧いなぁ、この表現力。
桐江視点では、「女性の独り言」のように描かれているのですけど。
うん、リアル。結構こういう、目の前で起きてることと関係ない色んなことを独り言のように考えるよね、女って。
頭の中の思考も理屈続きの男性には無いだろうな。
こういうのを描けるから、姫川という魅力的なキャラを生み出せるのですね。
男の頭の中身と女の頭の中身とを交互に描きながら展開されるサスペンス。
他では見ないスタイルですが、良かったです、誉田さんの新しい一面が見れました。
2011年8月2日のblog記事
「レイジ」誉田哲也
誉田 哲也 平成22年1月号~11月号「別冊文藝春秋」
装丁はライブ映像写真。
読む前からワタルと礼二の視点で描かれるバンドマンの話だろうな。という予想は付く。
ワタルと礼二が中学時代にバンドを組んで文化祭ライヴをした時代から30代半ばまでの、
自分と周囲の人生を視点を変えて交互に語っていく作品。
最初はちょっと読みづらかった。
洋楽のバンド名や逸話などが沢山出てきて、音楽に疎い私にはさっぱりわからなかった。
ただ、作曲をするシーンや家撮りのシーンが増えてくると付いていけるようになった。
高校時代の男友達がこういうライヴ活動を良くしていたからだ。
音楽には疎くても、夢を追いかける辛さと楽しさと友情と軋轢は誰しも経験があることと思う。ジャンルは違えど。
そんなほろ苦い青春が詰まった物語だった。
誉田さんの小説は殺伐系しか読んだことが無いのだけど。
こういうのも巧いんだなぁ。武士道シリーズはこんな雰囲気なんだろうか、すごく読みたくなった。
あとやっぱりキャラが良い。誉田さんの小説はホント、キャラ魅力が素晴らしい。
バンドメンバーは4人の男の子が居るんだけど、みんな個性的でタイプばらばら。でも全員好き。
特に均(ひとし、だけど『きんちゃん』)が好きだ。惚れる。
ちょっと中学時代の表記が『ジャイアン』っぽいので、
「ジャイアンなのにドラマー才能ありって。プププッ」
とか勝手にウケてたけども。
あとは女性にオススメ。ワタルと礼二の関係がね。スラムダンクの流川と花道だから、マジで。
お互いの才能を知っていて、でも認めたくなくて、僻んでて、意地の張り合い。
このあたりの素直になれない男の子心理とか、けど「結局、お互い好きなんじゃん!」ってツッコミたくなるとことか、女性は楽しくて萌えると思う。
女にはこれ無いよね~。女友達で好きだったら「大好き~!」って言い合うもんな~。
後半はもうね。だいたい、予想通りの結末なんだけど。
予想通りなのが嬉しくて嬉しくて泣けます。
男性はどんな風に読むのかなぁ。感想を聞いてみたいですね。
誉田さんグロくて苦手と避けていた女性は、この作品だけでも是非
2011年8月20日のblog記事
「あなたの本」誉田哲也
帰省……平成22年7月刊・アンソロジー「東と西2」
贖罪の地……書き下ろし
天使のレシート……平成18年3月刊・アンソロジー「七つの黒い夢」
あなたの本……平成23年5~6月「中央公論社web連載」
見守ることしかできなくて……平成21年4月刊・アンソロジー「Over the wind」
最後の街……平成19年11月刊「C★N25―C★NOVELS創刊25周年アンソロジー」所収
交番勤務の宇宙人……平成23年6月「中央公論社web連載」
誉田哲也さんが書いたら「世にも奇妙な物語」はこういう脚本になるんじゃないのかな、と思った。
どんでん返しとブラックユーモアが好きな人はハマる作品。
私はブラックユーモアは好きだし、どんでん返しもそれなりに好きだけど、苦手なものがある。
都市伝説系のホラーが苦手。
あと幸せな光景から急に堕とされるのが苦手。
あなたの本 と 天使のレシート がそんな感じ。ひにゃぁぁっ!って心で叫んだ。おぉ、怖ぇ、やだょ、こういうの(涙)
ダークなのもグロいのも平気だけど、それは全編通してダークだから平気なのだ。
あと暗いけど、希望の光は見えるというか、どこかに救いがあるというか、辛いけど辛いなりにしたたかにひたむきに生きていこうみたいなのがあれば大丈夫なんだけど。
急に不条理に、しかも救いようが無く落とされるのは苦手。追体験して沈む。きつい。
特に誉田哲也さんはその青春小説とグロテスクな猟奇小説のあまりのイメージの差に、ファンから「黒誉田」「白誉田」と揶揄されているわけで。
白誉田だと思っていたポップな展開から急に!!ギャー!!みたいな。
そんなのホラー映画である、苦手だ。
世にも奇妙な物語は怖くないよ、といろいろな人から言われる。
怖くないのがあるのも知ってる、そういうのは好き、けどたまに私にとっては怖いのが入る、私はそれに遭遇したくない、観たくない、記憶に留めたくない、だから最初から観ない。
変だね、とは言われるのだ、何故、あんなに暗くてグロいものやサイコスリラー系は読めて、都市伝説系は苦手なの? と。あなたが読んでるそっちのほうが怖いじゃない、と。
そんなのは聞かれても困る。気がついたら苦手になっていたのだもの。
というわけで、私には苦手だったのだけれど。
相変わらず展開、キャラ、文章力はスゴイので安心して読める。
実際他の短編は怖くなかったから大丈夫だった、楽しめた。
特に「交番勤務の宇宙人」が好き。こういうお遊び大好き。
都市伝説系が好き、怖いの平気、って人にはとってもオススメです。
2012年12月20日のblog記事
「ドルチェ」誉田哲也
袋の金魚……平成18年10月号
ドルチェ……平成19年10月号
バスストップ……平成20年5月号
誰かのために……平成20年11月号
ブルードパラサイト……平成21年11月号
愛したのが百年目……平成22年11月号
以上「小説新潮」
連作短篇。主人公は所轄の巡査部長、魚住久江42歳独身。
捜査一課に居た経験があり、何度も捜査一課に戻らないかという打診を断りながら強行犯係を志望して所轄を回っている。
仕事が出来る、刑事としての誇りや意気込みもある。
ただ、捜査一課は【殺人事件】を扱う。
久江は【殺人未遂】を解決したい、殺人を食い止めたい。
そう考えているのだった。
誉田さんの新しいスタイルですね。
誉田さんと言えば『黒誉田』『白誉田』とファンに揶揄されるほど、爽やかな青春ものとグロテスクな猟奇殺人ものに2分されていたのですが。
この作品は『グレー誉田』なんですかね。
人は死なないです。
"おばちゃん刑事"というと2時間サスペンスのようなかしましいおばちゃん刑事や、宮部みゆきさんが書くような穏やかなお母さんみたいな刑事を連想しますが、久江はそれには当てはまらないです。
"姫川が歳を取って丸くなった"みたいな雰囲気ですね。
ちょっと恋愛要素もあり。まぁ今の40代女性綺麗なかた多いですしね。
『バスストップ』と『誰かのために』が特に好きです。
価値観のぶつけあいと信念。いいですね。久江カッコいいです。
派手な盛り上がりやセンセーショナルな結末は無いですけど。
燻し銀というカンジ。
犯罪の哀しさと被害者の切なさと刑事のひたむきな情熱。
胸がジワリと熱くなるようなカッコよさです。
警察小説や短篇が好きなかたは是非。
2012年4月30日のblog記事
「ケモノの城」誉田哲也
「ケモノの城」誉田哲也さんの新刊を読み終えました。
少し以前に起きた監禁事件がモチーフになってるんでしょうね。相変わらずグロ表現が巧いので、読んでてだいぶ目を背けたくなりますが展開にグイグイ惹き込まれるので一気読み。
主要登場キャラクターに同棲をしているカップルが居るのですが。白誉田で眩い青春小説も書ける氏が書くものだから甘酸っぱさや切なさやキュン度が半端ないわけですよ。そんでいてその二人が事件に関わっていく過程はね、読んでてスゲー怖い。彼女が聖子ちゃんっていうんですけど、これがまたとっても健気な良い娘で。ちょっと暗い生い立ちが臭うから、なんかもう、酷い目にあったらどうしよう、頼むから巻き込まれないでくれ、と願いながら読んでました。
そしたらまんまと騙されました。くそう、ヒントはたくさんあったのにまったく気づかなかった。
ひとつ不満点があるとすれば、誉田哲也さんと言えば『警察小説』なのに。普段の警察描写の冴えがあまり感じられなかったこと。事件が凄惨過ぎるのと供述が印象強過ぎるから仕方ないのかもしれませんが、ちょっと残念でしたね。
グロさよりも洗脳の過程がリアルで怖いサイコホラー要素もあります。そっちのが怖かったな、暴力は受けてないけど、受け続けてきた暴言の中にそっくりまんまな台詞が出てきて背中がゾクっとして泣きそうになった。今一緒に居る大事な人に「こういうのまだ読まないほうがいいんじゃない?」と心配されたんだけど。でも小説をよく読む人には解ってもらえると思う。“本を読むことで痛みを小さくしていく”のが読書趣味には一番効果があるってこと。だから似た境遇の作品をあえて読みたい。
2014年5月17日のblog記事
「増山超能力師事務所」誉田哲也
もともと短篇より長編、しかも長ければ長いほど好きです。短篇を避けてるほどではないのですが、私は誉田哲也さんの短篇は苦手かもしれません。重いのが好きで、ライトテイストが苦手ってことでもなさそうです。レイジは好きでしたし。
警察小説というジャンルが好きで誉田哲也さんの作品はよく読むのですが、今作は超能力を持つ探偵たちが主役のお話。
そうでした、探偵も苦手なんでしたっけ、私。
超能力を題材にした場合、悪用するテロリストに、正義の為に超能力を行使するべきだと立ち向かう主人公たちってのが王道ですよね。
この作品ではそういう悪人は出てこなくて、超能力に悩まされている案件を探偵業として解決していく話です。解説ではその目の付け所が斬新だと言ってるし、確かに目新しいなとは思うのですが、やっぱりちょっと地味で物足りなく、読んでてあまり楽しめませんでした。
いまだと超能力でハマってるのはモブサイコです。最終話すごく良かった。
言霊って概念が好きなので、感動しました。
人は他者の言葉で死にたくもなるし、絶望から救われることもある。
2016年10月2日のblog記事
小説感想は行作家
一番好きな作家さんは平野啓一郎さんです。「ひ」から始まるので編集で追加するのが大変。挿入をもう少し楽にして欲しいです。