妄想ドロップ

妄想ドロップ

妄想からドロップアウトするのは一体誰だ?

答えは、物語をラストまで共にできた者みぞ知る。

(o^^o)
Sizuku Wesugi

虹色ドロップス


あなたの人生が一冊の本だとしたら、それはどんなお話だと思う?

唐突に尋ね回ってみたくなる。とくに今みたいに、昼下がりの各駅停車に乗っている時。満員電車で揉みくちゃになっている間には、こんな考えは浮かばない。一応備わっている社会性を総動員してウズウズを抑えなければならないのは、乗客のほとんどが座れるような、席がまばらに空いていて、座りたい人は座り、立ちたい人は思い思いの場所に立てるような、こんな時だ。
「あのメガネのスーツのお兄さんはビジネス小説。サラリーマン向けの週刊誌に連載。」
「入り口付近に立っている高校生のカップルは、少女漫画。甘さ満点のポップなお話。でもきっと、今は想像もつかないような、切ない別れが待っている。」
とつい思い巡らせてしまう。


じゃあ私は?というと、おそらく浮かばれないアラフォー女の自伝的小説になってしまうだろう。これでもか、ってくらい絶妙に物事がうまくいかない、かといって悲劇のヒロインになれる程の出来事もない。だからそんな中途半端な話を誰かに聞いてもらうのも憚られて、吐き出したいことも飲み込むしかない、そんな私の人生。本人は意外としあわせを感じていたり楽しんでいたりするが、文字にしてしまうとそうなってしまうんだろうなあ。しかし、、本になったところで、こんなつまらない話、一体誰が読んでくれるのだろう。いやいや、こんな地味すぎる私だからこそ共感してくれる読者がいるはず、、、。


私は妄想が大好きだ。妄想が趣味なんて変態みたいだが、私の妄想の内容はR指定なしで、なんなら幼児向けの紙芝居にしても害がなさそうなので、ご安心いただきたい。現在も自分の人生が本になるならば、章のタイトルはなんとなく色とりどりでそれぞれ味があるものがいいなあ、なんて、実際は書きもしない小説の、しかも表紙や紙質など内容以外の構想を練っている。例えば缶に入ったフルーツドロップだとか瓶詰めのジェリービーンズだとか。新宿駅にあるマカロンのお店のように、カラフルにしたい。内容が地味目な分、装丁で読者の目を引きたい。・・・などと空想の世界に浸っている真っ只中に降車駅に着く。

ドアが開くと共に、ついさっき美容院でカットした髪を風が撫で、冷やっとした感触に身震いする。久しぶりにショートヘアにするならば、春が来るのを待てばよかったと葉が落ち裸になった木々を見上げる。ホラーやラブコメや純文学など様々なジャンルの登場人物が、一斉にわたあめ機のように白い息を吐きながら改札に向かって歩き出した。そんな無秩序な人々を淡々と見守る駅員は、鉄道ミステリーで刑事に情報提供するキーパーソン!などと考えてしまうのは安直すぎるだろうか。

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ルームシェアしているアパートまでは駅から徒歩20分。築32年の2LDK。1年前に物件を探す際、同居人が建築関係の法律がなんやかんやと言って、「お前の年齢より若い建物なら安心だ。」と大雑把な線引きでしつこくそこにだけこだわった。

郵便受けには、厚くてツルツルした上質の紙で作られた不動産関係のチラシと、ひいきにしているお茶メーカーの新作情報の冊子がビニールにパッケージされて入っている。サンプルのお茶のティーパックが1個だけついてくるのが嬉しい。2月はジンジャー紅茶。めちゃくちゃ濃く淹れたのに牛乳を注いで、チャイっぽくして飲もう。プンプン漂う販促臭ささまでぶっ飛ばす、強い癒しの力。

私は履歴書に書くような取り柄はなく、就活の際は自分を盛って書くのに苦労したが、「小さな幸せをめいっぱい味わう」能力は長けていると自負している。「幸せ感度1級」みたいに、資格してくれたら威張ってみたいたころだが、ひけらかしたところで白い目で見られるがオチだろう。しかしこれは、人生を豊かにするのに必須な、崇高な能力であると私は自信を持って断言できる。私の人生やスペックは、箇条書きで表すと、もしかしたら不幸な人とラベルを貼られてしまうかもしれない。私を知る人からは意外がられるだろうが、私の幸せ度数は高い。その人がしあわせかどうか、それは本人にしかわからないといつも思う。そもそも、人生を箇条書きにすること自体、意味がないのだろう。しあわせはいつも、文字にならずに行間に溶けている。

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少子化だとか晩婚化というのは本当なのだろうか?勤務しているクリーニング店では6人しかいない社員のうち4人が既婚者である。
独身は私の他に24歳の女の子が1人いるが、彼女はしっかり大学で捕まえた彼氏と婚約中の身である。


プライベートがいまひとつ冴えないのは私だけ。ならば仕事くらいは鮮やかに花を咲かせてみせましょうと、花咲か爺さんよろしく足繁くセミナーに通い、自分なりにスキルアップしているつもりである。けれど店長に言わせると、「クリーニング店のイチ店員が接遇のセミナーに行く意味がわからない。」のだそうだ。「松井、闇雲に勉強するほどパワーが余っているなら、それを職場で使え。地に足つけろ。」と嫌味なのか助言なのか業界に対する卑下なのかわからないことをいつも言うのだが、反発心を悟られると後が面倒なので、ひとまず生返事に聞こえないように、その一点にだけ細心の注意を払っている。


行き当たりバッタリに学んでいるつもりはない。13年間ここで働き、学べたら自分の血となり肉となり、さらにはきっとお客様をしあわせにできるはず、と考えたものに厳選している。しかし私はもう知っている。「勉強してますアピールなど、何の得にもならない」ことを。やる気がある部下が好まれると思い込んで、「自分はこんなセミナー行ってきました。」とまわりに話していたこともあった。自分が知った情報を他の職員にも伝えられれば、と。しかし、店長が望むのは、「やる気はあるけれど、自分より知識の少ない頼ってくれる部下」であり、私がまわりに「このひとの話を聞きたい」と思ってもらえる人間に育っていないうちは、だれも私の話に耳を貸してくれないことにも気づいた。


私の対極の存在として、大楠さんがいた。彼は年は自分より3つ上の38歳で、華やかではないが、人を不快にさせる要素を完全排除したような人だ。イメージとしては、彼が事務所に一歩踏み入れると、部屋全体の空気がレモングラスやペパーミントの類の香りに変化するような、中年男性らしからぬ爽やかさ。いつもネイビーの身体によくフィットしたスーツを着ている。オーダースーツ以外を着用しているのを、見たことがない。頭の回転も速く、機転が利いて、皆が何をどうして欲しいか理解しているような仕事をする。でも自分の能力を主張することが全くなくて、むしろ有能であることを知られたくないようにさえみえる。私には理解しがたい人物だった。本に例えるならば、ファッション誌のデート特集に出てくる素敵すぎる年上彼氏想像するが、とにかく私とは必要最小限の業務連絡しかし合わない、人生が交わらないひとだ。きっとお互いのストーリー内では互いに背景に近い脇役同士なのだろう。


「店長〜、松井さんみたいにやる気のある若者をつぶす気ですか?パワハラで訴えますよ〜。」
と、私が言われっぱなしの時には、なかなかの破壊力の内容を柔らかい口調で言い、店長独壇場状態を壊してくれるのは高宮さんだ。彼女は先の6人の既婚者のうちの1人。ワーキングマザーでもの腰柔らか。後輩を可愛がってくれるし仕事も要領がよいし、なんといっても40代になってもモデル体型の美人。モデルなんて実際に肉眼で見たことはないが、こっそり目測ではかってみたら8等身だったので、モデル体型と言っても大げさではないだろうと思う。旦那様は隣の市にある大手飲料メーカーの企画部にお勤めで、子どもさんは有名私立中学に通っているらしいと、大学生バイトが給湯室で噂していた。社内でもお客様にも取引先にも、とにかく人気者なのだが、私にはなかなか辛い存在だ。

一度「高宮さんは子育てもされて家事もして仕事もこなして凄いですね。」と言ってみた。
すると不純物を含まない笑顔で
「松井さん、私ね、子どもが生まれてからの方が仕事が楽しい。子育てって、仕事に役立つのよ。子育てってほら、自分のペースで動けないじゃない。それに慣れると仕事の段取りを組むのが前よりしやすくなった気がする(以下略)」と即答され、気が遠のいてしまった。結婚は墓場、子育ては辛い、独身時代が懐かしい、ワーキングマザーがこぞっていうセリフを言って欲しい。私の前では、人生に不満がある、フリでもいいからして欲しい。高宮さんの本は、キラキラ女子に始まり艶やか美魔女に終わるのだろう。普段自分の人生に満足度高めでいられるのは、他と比べていないからだ。リア充すぎる誰かの話を聞くと、つい「これでいいのか」と揺らいでしまう。揺らいでも何かが劇的に改善されるわけではないのだから、「これで〜いいのだ〜。」と受け流せるようになれたらいいのに。


同居人がいるではないか、お前もリア充ではないか、というとそれは全く違う。同居人は戸籍上と血縁上「父」である。

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同居人は戸籍上と血縁上は「父」であるが、それ以外に「父」らしさの粒をかき集めても小さじ一杯にもならず、多く見積もっても「1つまみ」程度で、私には「同居人」という言葉しか当てはまらない。一応流れで「お父さん」とは呼んでいる。しっくりこないが、「松井さん」だとか「光義さん」なんて呼ぶ気にはならないので消去法で「お父さん」に落ち着いている。


父も私も名字は「松井」である。母は離婚する際、旧姓に戻さなかった。理由を問うと、
「私が長女なのに、妹に家を継いでもらって自分はお父さんの家に嫁いだから、今更安西の名前に戻せない。これはお母さんなりの礼儀。」だと言う。理由を聞いても、そういうものなの?としっくりこなかったし、父と母のやりとりを見ていので、もう父と同じ名前を名乗りたくなどないのかと思っていたので、とても意外だった。しかし、母の肚は決まっているようだった。名字が変わらなかったので、言いさえしなければ家庭の変化を周りに心配させることもなかったし、(そもそも父がいる時期から心配されてもいたが。)余計な詮索を受けず好都合なところもあった。近所のおばさま方には、松井家のゴタゴタは絶好のお茶飲み話だったようだったから。しかし、離婚したことに気がつかれずに、父がこしらえた飲み屋のツケなために、母が呼び出されるようなことが変わらずに続いた。母も母で、言われるがままにツケを払ったり、払えない時は皿を洗ったりしていた。そんな母を不憫に思う気持ちが重なり、いたたまれなくなり、母に対しても「名字を変えてはっきりさせればいいのに」と苛立つ気持ちもあった。しかし口に出すことはなかった。離婚は家族の問題でもあるがは、苗字のことについては、「父と母の問題」であり、娘であっても口出ししてはいけないと感じていた。


父には何かしらの障害があるのではないかと幼い頃から思っていた。学力だけはあるのでその業界、(私が幼い頃は建設業界にいた)では取得が難しいと言われる資格を持ち、毎度責任者になるものの、仕事をうまく回せず逃亡してしまう。毎回年単位で逃亡する。現在までの逃亡記録は、半年で帰ってくることもあれば、丸4年消息がつかめないこともあった。そんな状態なので、父はその間居候したり住み込みでバイトしていたのか他の場所に寝泊まりしていた様子だったが、母と私が住む家にも突然ズカズカと当然のことのように入ってくるという不思議な家庭だった。


確か私が中学にあがる少し前のことだったと思う。あるとき父がふりかけご飯を食べていると、「給料も入れないで、私が買ったもの食うな!」と母が珍しく大声を出した。父が悪いとは理解しつつ、ふりかけご飯で怒鳴られる父に少し同情した。母が激昂して当然。むしろ今までよく我慢していたなあ、などと思っていたら、程なくして父と母は離婚した。離婚、は父と母にとっては大きな決心だったのかもしれないが、ずっと父が家に帰らない家庭の娘としては、生活に何の変化もなく、父にはマイナスの感情しかなかったので、むしろせいせいしたくらいだった。これで、母がのびのび暮らせれば良いと思った。


親権を持つ母と暮らし、父とは縁切れたものだと思っていたが、世間はそうさせてくれなかった。父の会社の関係者から「お父さんどこに匿ってるの?娘なのに知らないわけないでしょ?」と罵倒され、そのたび「私にもわからないんです。すみません。」と謝るしかなかった。本当にわからないのだからそうとしか応えようがない。父の関係者が怒りを私や母にぶつけるのは物心ついた3歳頃から既にあったし、記憶がないだけでもしかしたらもっと以前からあったのかもしれない。幼児が何を言っているのか理解できないと思ったら大間違い。言葉をなんとなく覚えていて、後に意味を知る年齢になると、随分酷い言葉を浴びたものだと、やれやれ、と父にも言葉をぶん投げた相手にも呆れていた。なぜ父の関係者は父の所在にこだわるのだろうと、一種の嫌がらせなのだろうかとも思っていたが、今思うと、責任者であった父が仕事を放り投げたことによる損失など、法的なものや金銭的なことが絡んでいたのかもしれない。あの頃は形式上は父の迷惑を娘が詫びるのは当然と思っていたが、自分が成人を過ぎた頃に、通学途中の子ども達が談笑するすがたを見て、ふと思った。まわりの大人は子ども時代の私になぜあんな酷いことが言えたのだろうと。自分のことなのに、親戚の小さな子を想うように「あの子がかわいそう。」と10年以上の時を超えて泣いた。


父が姿をくらましている間、何をして過ごしているのかよくわからないし興味もないが、戻ってくるときは決まって毛根の限界まで挑戦したかのような長さの髪と髭で、衣服も同じく繊維同士の繋がりを断つか断たないかギリギリのところまで伸ばして、仕上げに砂埃をふりかけたような風貌だった。私が物心ついた頃には父はずっとそんな状態なので、家族としての父の思い出はほとんどない。思い出らしいものはない中で、強烈な「記憶」が私の中に1つあり、今も胸の奥底に沈んでいる。


あれは4歳の秋の夜だった。とっくに寝ていた私は、パジャマ姿のまま父と母に両手をそれぞれ引っ張り合われていた。恐らく夫婦ゲンカでもして、やれ離婚だ、実家に帰るだとやりあっていたのだろう。私は両手を逆方向に引っ張られ、どうしてよいかわからず、ただただ引っ張られるがままに立ち尽くしていた。母があまり激しく泣くので、涙を拭ってあげようした弾みで父の手を振り払ってしまった。「あっ」と思った。その後の父の顔は見れなかった。いくら父が親として最悪だったとしても、子に手を振り払われるのは辛すぎると思った。


母に手を引かれるままに、家族で使っていた緑色の軽自動車に乗り、田舎道を走り抜けた。蛍光灯だけの点々の夜景を「蛍みたいできれい」と眺めているうちに祖母の家に到着した。そのままその日は泊めてもらい、行き届いた温かいものたちに私と母だけ包まれてしまった。 父1人を残して。この時の父への申し訳なさは、いまでも胸を締め付ける。手を振り払う前の時間に戻れたら、他にどんな選択肢があったのだろう。もうあの瞬間はやり直せない。

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なぜこんな父娘が同居しているのか、親戚には不思議がられている。鎌倉の叔母は「葉奈も親孝行を考える年齢になったんだねえ。」と、勝手に決めつけて賞賛してくるが、実際のところは利害が一致しただけだ。そう、ここは強調したいので2回言わせていただく。利害が一致しただけなのだ。


働き始めてすぐ、給料を貰うようになった私に父は時おりお金を工面して欲しいと連絡してくるようになる。こんな酷い親でものたれ死んだら一生「自分のせいで、、」の念につきまとわれるだろう。貸すか貸すまいか散々迷い、いやいや一度貸したら金ヅル一直線という結論に毎回至り、心を鬼にして「お父さん、私には無理だよ。私1人暮らすのが精一杯。」と断る。これを10年間で25回繰り返した。


こんな父でも一刀両断できずに悶々と悩んでいたのは、唯一の「記憶」が鯉の鋭い骨のように喉に刺さっていたからだ。食用の鯉に馴染みのある方はご存知だと思うが、鯉の骨は竹串のような太さがあり、とても鋭利だ。鯉の骨が刺さるのも一大事だが、病院で処置してくれるだけ幾分かマシだ。私の架空の骨は、耳鼻咽喉科に行っても取り除いてもらえない。


一度、「はっちゃんが借金してお金をこっち回してくれないか。」と言われた時は、この人のために悩むなんでバカバカしいことだと心底思ったし、国民的アニメに出てくるお父さん像と自分の現実との隔たりに悲しくなった。親という存在は、無条件に子どもを慈しむものだと、こんな父を持ちながらも無意識に洗脳されていて、心の端のはしあたりで期待している自分にも嫌気がさした。私にとって「親」と自然に心から思えるのは母ひとりだ。この自分の身に起きた現象を「精神的母子家庭」と名付けた。なんだかモヤモヤしてネガティヴループに入ってしまうもの対して一度名前をつけてしまうと、その後グルグル考えなくて済むことにある時気づき、いつしか自分を苦しめる思考のサイクルから避難する1つの手段になっていた。

私が「人生を自分で終わらせてしまいたい」だとか思わずに過ごせているのは、母の存在が大きい。父と結婚しただけあって、母もだいぶ変わり者だったが、母の異質さが私をたびたび救った。例えば母には「謙遜」という概念がない。同級生のお母さんに「葉奈ちゃんは明るくてかわいいわね。」などとお世辞かもしれない褒め言葉をもらうと、母は開口一番「そうなのよ〜。はなちゃんは、明るいんです!」と言葉をそのまま有り難くいただく。友人のお母さん達はそんな時「そんなことないのよ〜。この前もね、、」と嬉しそうに、でも否定してさらには子どもの欠点と思っているらしいことまで付け加えるのが常だ。母は世間知らずというか、ずれているところがあったが、日本の謙遜文化は子どもの前では毒にしかならないと私は思う。母の対応もあながち間違ってはいないと。母の褒め言葉への対応は、日本全国のお母様方に推奨したい。


母はとにかく私が特別に素敵な子どもと本気で思っていたようだ。ミスユニバースに申し込みたいだとか、神さまから預かった子どもだとか、現実の私の立ち位置との乖離が凄まじかったが、家の外で「あの父親の子」と冷遇を受け続けながらも自尊感情が地に落ちなかったのは、母がバランスをとってくれたからに他ならない。

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1年前の秋。その日は仕事が休みで、朝から万年床になりつつある布団の上にノートパソコンを広げ、賃貸アパートを検索していた。その当時住んでいた「コーポひまわり」は家賃が相場より安いのと仲介した不動産屋の「大家さんが人柄がよいのがイチオシです!」の一言に惹かれ住んでいたが、押入れの天井の板が若干落ちてきたり床が軋んできたりとガタがきていた。家賃が安いのだからこれくらいは仕方がないと一回は契約を更新したが、その押入れの隙間から巨大な蜘蛛が出没し、大家さんに伝えたが聞く耳を持たなかった。大家さん、人柄どうした?!と思ったが、この話を高宮さんにしたら
「人柄がオススメポイントって、その物件にさして良いところがないのと同義じゃない?松井さん、お人好しすぎ。」と笑われた。


オバケより生きている人間の方がよっぽと怖いし、事故物件も全くナシではないかなあ、、とクリックを繰り返している時、着信音にしている「My revolution」が聞こえるギリギリの音量でかすかに鳴った。脈絡もなく急に鳴り出す音が苦手で、いつも極力音量はしぼってある。画面には「父(仮)」と表示されていた。


「はっちゃん頼む!来週にはお金が入るんだ。それまで10ほど何とかならない?金が入ったら必ず返す。今家賃を払えないと、この家を出て行かなくてはならない、、」いつもように出し抜けに父が言う。10万を単位無しで10と言うあたり、借金慣れしすぎていて嫌になる。父にとって「お金を貸して」は、「最近どう?」と同じようなノリで言えることなのかもしれない。


まともに聞く気力も失くし、「うん。」「そう。」を話の内容もよく聞かずくりかえしているうちに、父が「ありがとう!本当に助かるよ。やっぱり結局は血筋だよなあ。」と感謝の言葉を連発していることに気がつく。いつの間にか適当に空返事をしているうちに、父が今の住居を出て、我が城に転がり込んでくることになってしまっていたらしい。冗談じゃないと思ったが、どうやって事態を変えようかと考えあぐねているうちに、「父との同居は私にとっても好都合なところもあるかもしれない」と思えてきた。経済的に厳しいのはは父も私も一緒。家賃を折半すれば今より広いところに越しても1人あたりの負担が減るし、父が料理を担当すると言ったのも私の背中を押した。父は資格マニアでなぜか仕事とは全く畑違いの調理師免許を持っていて、これがまた意外やなかなかの腕だった。こちらは万年金欠のくせにモノグサで自炊せず外食ばかりだったので、父が食事を作ってくれたら食費も浮くのでは、と期待し、実際それは思ったとおりになり、自分は家事を楽するために散財していたのだと後に自覚することとなる。

父との同居に際し、私は  条件を出した。
一つ、今の1DKの間取りではプライバシーが守られないので、早急に新居を探し引っ越す。
一つ、お互いの部屋には一切出入りしないこと
一つ、お互い家賃と諸生活費として毎月共通の財布に各々6万円入れること。それ以外のお金の貸し借りや贈与は一切しない。(新居の家賃によって、この金額は変動する。)
一つ、お互いのプライベートに干渉しない。
父は私が条件をあげるたびに
「ええ〜!水臭い!!はっちゃんのオムツも交換したし、3歳まではお父さんがお風呂に入れてたんだぞ。はっちゃん、俺が買ったくまの人形抱っこして寝てたの覚えてるか?」などと言う。記憶が呼び起こされることもなく、そとそもそのデータは脳にインプットされていたかさえ疑わしいと思いつつ、父とのやり取り自体が面倒で、「くまの人形という言い方に違和感がある。くまはまず人ではない。ぬいぐるみが適当だろう。」などといつも話題をスライドさせてその場をしのいでいる。以前から私は父に馴れ馴れしさを感じていたし、父にはたびたび他人行儀であると指摘された。距離感にギクシャクしたものを感じていたが、それは「記憶の差」が影響しているのだと同居して父との会話を重ねる中で分かってきた。私には唯一の「記憶」しかないのに対し、父には父娘の思い出がちゃんと存在しているのだ。これには正直驚いた。ふいに、店長が自嘲気味に話していたことを思い出す。「赤ちゃんの頃よく面倒をみていた15歳年下の弟に久しぶりに会ったら、敬語を使われてしまった。」と。思い出や記憶と距離感の相関関係は、差はあれ皆あるのだろうと思う。そしてそれは差が開くほど人間関係を複雑にする。

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人間関係、といえば、私は恋愛にもクセがあるらしい。自分としては大恋愛というか、彼氏ができるたびに恋に溺れる。恋をすると生活の第一優先が彼になり、社会人としての理性が若干損ねられる。仕事中も関係なく、四六時中彼のことばかり考えてしまう。恋の終わりは毎回身体中の水分が奪われんばかりの涙を流す結末を迎えるが、それも含めて恋の醍醐味だと、私を哀れむ人は本当の恋をしたことがないんだと疑わなかった。


歴代彼氏の容姿や年齢はバラバラであるが、共通して皆それぞれ夢を持っていて親の脛をかじっていた。それに気がつくのは、5人目の彼氏と付き合いだして1ヶ月目のことだ。当時「ダメメンわんだ〜」という漫画が流行しており、それに心理屋が解説をつけた本も販売されていた。ダメメンわんだ〜とは、「ダメ」な「メン(男)」をさまよう人、つまりダメな男とばかり付き合う女のことを指す。人に「ダメ」などと言える立場でない、とも思っているし、人様に「ダメなどと烙印を押せる人間なんて1人もいないんじゃないか」という考えも持っている。しかし、「自分の行動が強く影響して生活が破綻している人」をこの本で言うダメメンと、自分なりに定義づけて読んでいたら、共感どころの話ではなく、これは私を漫画化したものかと、そもそも私は誰かが創作した2次元の登場人物で、この空の果てにはページをめくる読者がいるのではないかと、実際に天を仰ぎみてしまった。


某心理屋の解説コラムが巻末に添えられていた。それによると、
ダメメンにハマる女は、父親が十中八九ダメ男で、父親のようなダメな男を好きだと「錯覚」しているのだそうだ。子どもは自分ひとりで衣食住を成り立たせることができないことから、親に好かれないと生命を維持できない。また、親にとっては自分を求めない子どもはかわいくない。自分に酷い扱いをする親であっても、子どもは親を必要とし、好かれるふるまいをしないと生きていけないのだ。生物の本能が作用し、身を守る術として「父が好き」と思い込み、、その思い込みが成長しても抜けず無意識に父親と似た男ばかり求めてしまい、ダメメンわんだ〜の完成!、、のようなことが書いてあった。ということは、私が今までしていたのは「恋」ではなく「思い込み」だったんだ・・・!


そのタイミングで一緒に電車に揺られていた当時の彼氏が、呑気さを顔面全体に貼り付けて「コンビニの面接、一応受かったけど、ヒゲを剃れって言われて半日で辞めてきた〜。いいよね〜。」と言ってきた。彼氏の横でそんな本を読む私も私だが、さっきまで愛しくて仕方がなかった笑顔が、もう父と重なり胡散臭く見えた流れで、光の速さで別れた。


それからの私は改心して「本当の恋」を探そうとするが、ときめくのは父に似た夢見がちで依存的な男ばかり。それでも人恋しくて、錯覚とわかっていても離れられなくて、そんなこんなで割と彼氏らしきひとは常に居た。28歳までは。30歳が近づくと今度は「重い」と言われるか、人生の破綻しか予想できないようなプロポーズを受けるかの、極端なセリフばかりもらい、気がついたらたら世間で言うところの「干物女」になっていた。ダメメンわんだ〜ならいっそのこと、後先考えずに飛び込めてしまったら、幸か不幸かはさておき今頃結婚できていたのかもしれないが、「キングオブダメメン」と結婚した母の苦労を長年見てきた私は、臆病さも慎重さもフル装備していたのだ。


同居してから父が「はっちゃんも彼氏くらいつくりなよ。」と軽口を叩くたびに、「誰のせいだよ」と本格的に怒りが湧いて小一時間話ができなくなる。
「はっちゃんは俺に似てよく見ると美人なんだけどなあ。」
ムカつくことに、認めたくないが父は毎年「抱かれたい男ランキング」に名を連ねる俳優に似ている。「抱かれたい」というワードに嫌悪感倍増だ。父は父で、私をイラつかせる要素をふんだんに装備している。

借り8

妄想ドロップ

続く(平成29年2月更新予定)
乞うご期待ください( ´ ▽ ` )/

妄想ドロップ

あなたはどんな妄想をしますか? 幼い頃の傷を胸にしまったまま大人になったアラフォー女子「はな」が、心理的な殻に閉じこもった妄想生活からドロップアウトを試みる物語。 年季の入った「妄想ドロップ」は、なかなか手ごわいのです^ ^ Sizuku Wesugi

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-24

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  1. 虹色ドロップス
  2. 紅茶味 琥珀色
  3. ブルーベリー味 ネイビー
  4. チョコレート色 ビタースイート
  5. オレンジ色 太陽を浴びたブラッドオレンジ
  6. みどり色 酸っぱいキウイフルーツ
  7. 赤紫 ラズベリー味
  8. 借り8