マブシンのアゼル(その1~4)
第一話 アゼルは舞い降りた!
それは期末試験が終了し、夏休が目前に迫った七月のある日のことだった。
ホームルームが始まる直前、クラスメートのヒデアキがいつものように俺に話しかけてきた。
「よー、どうしたツトム。またギャルゲーに熱中して徹夜か?」
「バカ!何いってんだよ」
ここは都内にある私立特光大学園高等部1年B組の教室。
俺の名前は水谷ツトム。
この春ここに入学したピカピカの一年生だ。
「ダメだぜ、いくら若いからってやり過ぎるのは。XXXXは一日三回までな!」
「あのなー、ヒデアキ、おまえと一緒にするなよ」
いま俺に話しかけてるヤツは安藤ヒデアキ。
中学からの腐れ縁で、どこの学校にもいるいわゆるムードメーカーというヤツで、悪い男じゃないんだが、どうにも性格が軽い。
「ハハハハ、冗談はさておき、オヤジさんたちが外国に転勤してからもう一月だろ。どうよ、一人ぐらしの感想は?」
「思ってたほどいいもんじゃないよ。家事とか全部自分でやらなきゃいけない分、かえって自由に使える時間が減ったよ」
俺は素直な感想を述べた。実際お袋は一人で毎日こなしてたわけで、今さらながら頭が下がる。
そのお袋も単身赴任している親父を追って二週間前にブラジルに行っちまった。
「セイジ君(俺の親父の名前)を一人にしておけないわ!お母さんがついていなきゃダメなの~~!(余談だが、お袋は元宝塚ジェンヌだけあっていい声してんだよな)」
お袋はこう言って、一人息子を残し日本を去った。
まったくいい歳して何いってんだか。
言われたこっちが赤面しちゃうよ、ホント。
「またまたよくゆーよ。家事なんて島村の奴にやってもらえばいいじゃんか。いいよなー、隣に幼馴染の彼女が住んでるなんて…ちくしょー!うらやましいー!ギブミー幼馴染!」
ヒデアキのヤツが急に話しを変えたので、俺は慌てて言い返した。
「アホか、それにサエコのヤツとはそんなんじゃないって。本当にただの幼馴染みで……」
俺は必死に言い訳したが、ヒデアキの奴がしつこく食い下がってくる。
「えーえー、そーですとも。彼女のいる奴はみんなそーゆーんですよ。一人モンに遠慮してさ。でも、かえって残酷なんだぜ。そーゆーの」
このての話になるとしつこく絡んだよな。実際幼馴染なんて世間の男子たちが憧れるほどいいもんじゃない。
自分のガキの頃の恥ずかしい話を他人に覚えられてるなんてすげー嫌なだけだ。特に相手があのサエコだと思うと。
「イジケるなっつーの!第一サエコのヤツ家事なんて女らしいこと、まるっきりできやしないんだから」
「マジかよ?…意外だな。」
そうなのだ。
島村サエコ。
俺の家の隣に住む幼馴染で、同級生。
一見大和撫子風の美少女なんだが、外見に誤魔化されると酷い目に遭う。
一年生ながら剣道部のエースで、全国大会に出場したほどの腕前なのだ。
しかも運動だけでなく勉強もできるという完璧超人なので、昔からなにかと比べられてきた俺としては大変面白くない。だが、そんなあいつにも弱点はある。
「マジも、大マジ!特に料理なんて酷いもんだよ!」
サエコのヤツ、家が洋食屋のくせに料理がからっきしダメなんだよな。
ああ、神様って本当にいるんですね。
これで家事なんかも完璧だったら、俺はもう何を信じて生きていけばいいのやら。
「いやー、一度あいつの作ったカレー食ったけど、その後二週間お粥以外身体が受け付けなかったよ」
だがその時、背後に密かに忍び寄ってくる人影に俺は気がつかなかった。
「まー、あれはある意味天才といえるかもな。カレーを作るハズが全然別の物質を作り出したワケで、ほとんど魔界の錬金術師といっても…」
「お、おい、ツトム!」
突然ヒデアキが叫び、背後にただならぬ気配を感じた俺は後ろを振り返った。
「だ~れ~が魔界の錬金術師ですって~!」
その時俺が目にしたのは、鬼のような形相で仁王立ちしているサエコの姿だった。
「ひっ!サエコ!…いえ、サエコさん、い、いつからそこに?」
俺は爆発しそうな心臓を抑え、なんとか笑顔を作ってサエコに話しかけた。
「あたしが家事がまるっきりダメってあたりよ。で、ツトム、誰が魔界の錬金術師なのかしら?」
サエコは冷たい目で俺を見下ろしながら、尚も詰問した。
「えーと、そんなこと俺言ったかな?なあ安藤君」
俺は薄氷を踏む思いでヒデアキにボールを投げた。
頼む!お前の天才的な口車で、なんとかサエコの爆発を抑えてくれ!
ヒデアキはこれ以上ないというくらい素敵な笑顔をつくり、そして。
「ええ、それはもう完全に疑う余地もなく、パーフェクトに仰いましたよ」
と、答えた。
「………」
茫然自失とする俺を尻目に、笑顔でヒデアキに向かって親指を立てるサエコ。
「安藤、グッジョブ!」
「キタねー!!ヒデアキ、裏切りやがって!」
俺の涙ながらの訴えもヤツには届かない。
「すまん……誰しも自分の身が一番大事なのだよ!アデュー!」
そう言うと奴は俺たちを残して、教室から脱兎のごとく姿を消した。
ちくしょー、男の友情なんて、やっぱこんなもんかよ。
「こらー!一人で逃げんじゃねー!」
俺は見捨てられたのだ。
敵陣のど真ん中で。
ああ、孤立無援!絶対絶命のピンチ!
「ふふふ、さーて、それじゃツトム、ゆっくり二人で話し合いましょうか」
たった一人取り残された俺にサエコが近づいてくる。
その姿は獲物を捕らえた捕食獣。
まさに女プレデター!!
「ま、まて、サエコ、話せば、話せば分かる。ほら、僕らに必要なのは戦うことじゃない、愛し合うことだって言った人もいただろ?え、知らない?ちょっとネタが古すぎたかな。まあ、俺たちの生まれる遥か以前の番組だし、でも最近リメイクされたし…てっ、ちょっと、何なんだよ、その木刀は!いくら剣道部だからってそんなモン教室に持ってきていいのかよ!サエコさん?…悪かった、本当に反省してるって、だから、ねっ、お願い許して……」
その後俺の断末魔の悲鳴が教室に響き渡った。
「はーい、みんな席について。ホームルームを始めるわよ!」
始業のチャイムとともに、担任の土井先生が教室に入ってきた。
土井ミナト。
一年B組の担任で、今年28歳の女教師。
美人で面倒見もよく、多くの生徒から慕われている反面、直情型で思い込みが激しく、突っ走しったら止まらない性格で、あだ名は「暴走特急」。
「いててて。チクショー、本気で殴りやがって。少しは加減てもんを考えろよ」
くそー、暴力女め。
俺はサエコの会心の一撃でできたタンコブを撫でながら、恨めしそうにアイツに文句を言った。
「大げさね。ちょっと小突いたくらいでしょ」
サエコは呆れ顔でそう言った。
「ふざけんじゃねー!」
俺は怒りのあまり思わず大声で言い返した。
「ちょっと小突いたぐらいで、こんなタンコブができるかよ!」
「何よ、そもそもツトムが悪いんでしょ!人の悪口陰でコソコソ言うから」
むかーっ、堪忍袋の緒が切れた!
「悪口じゃない!厳然たる事実だろ。おまえの料理が大量破壊兵器なのは!」
「何よ、大量破壊兵器って!」
「そのまんまの意味じゃ!」
俺たちはホームルーム中だということも忘れて、大声で怒鳴りあった。
そのうち外野から「いいぞ、もっとやれー!」などと野次が飛びかい、クラス中大騒ぎと化した。
だが、こんな無法地帯を「暴走特急」が黙って見ているハズがない。
おもむろに教卓の中から特大のハリセンを取り出すと…。
「シャーラープ!!」
と、大声で叫び、黒板をハリセンでバシバシと叩いた。
一瞬のうちに教室の中が静まりかえった。
「二人とも夫・婦・喧・嘩はそのへんにしなさい!続きをしたきゃ、家に帰ってからにしてちょうだい。今はホームルーム中よ!」
土井先生の目が据わっている。
やばいぞ、これは。
「それともなに?あんたたち、恋人いない歴7年、28にもなってまだ独身街道爆走中のこのアタシに対する嫌味でやってるわけ?」
そういえば、先生この間18回目のお見合いもダメだったって言ってたっけ。
わざわざ生徒に言わなければいいと思うのだが、どうしても自分の失恋話というものを人に話しまうのが人間の悲しいサガなのだろうか?
とにかく俺は自分の軽率な行動を後悔したが、後の祭りだった。
「えーえー、こちとら見合いの破談回数新記録更新中、行き遅れの三十路目前の女教師でございますよ!」
土井先生の声が、地獄の底から響き渡る亡者のうめき声の様相を呈してきた。
こうなった土井先生は、もう誰も止められない。
「だいたいヒロミのやつなにが『もう男なんかいらないわ。これからの女性は自立した生き方を選ぶべきよ』なんてぬかしてたくせに、見合いでいい男ゲットした途端『やっぱ女の幸せは家庭にあるのよねー』なんてほざきやがって!あたしと結んだ独身女同盟をいとも簡単に破棄して!くそ~裏切りモノ~!」
ほとんど場末の飲み屋で、酔っパラって、クダをまいてる中年親父である。
普段が美人で知的なイメージが強いだけに、そのギャップがもの凄い。
「いいこと、女子はよーく憶えておきなさい。花の命は短いってよくいうけど、女の賞味期限はもっと短いのよ!今はちやほやされてても、すぐに飽きられてポイされるのがオチなんだから。米やウナギの偽装表示はできても女の賞味期限の偽装はできないんだからね!」
事態を収拾すべく、意を決してクラス委員長の久川(もちろんメガネでお下げという最強装備の)が捨て身の直訴に打って出た。
「あ、あの~、先生…いまホームルーム中なんですけど」
その少々涙声まじりの声を聞くや、先生の顔が見る見る温和な表情へと変わっていった。
なんだか大〇神みたいだな。
「そ、そうだったわね…こほん、それじゃあ、気をとり直してホームルームを始めます」
先生は教壇にハリセンをしまうと、何事もなかったかのように話し始めた。
「えーと、実はですね。このクラスに転校生がやってくることになりました。(ドアの方を向いて)いいわよ、入ってらっしゃい」
先生がそう言うと、一人の女の子が前の扉を開けて、教室に入ってきた。
転校生?
もうすぐ夏休みだっていうこの時期に?
「みんな紹介するわね。今日からこのクラスの仲間になるアゼル・シュタイナーさん。みんな仲良くしてあげて下さいね」
俺たちの目の前に現れたのは、流れるような金色の髪、エーゲ海の海を思わせる碧い瞳、透き通るような白い肌を持つ、まるでファンタジー小説に出てくる妖精のような美少女だった。そして美しい完璧な日本語でこういった。
「アメリカから転校してきました、アゼル・シュタイナーです。みなさんよろしくお願いします」
それが俺とアゼルとの最初の出会いだった。
「アゼルさんはお父様の急な転勤で日本に引っ越してこられましたが、子供の頃日本でくらしていたことがあるそうで、ごらんのとうり日本語はお上手です。だからみんなも遠慮せず、どんどん話し掛けてあげて下さいね」
土井先生が彼女を紹介する間に、このクラスの男子は例外なく、ほぼ全員彼女の虜になっていたと俺は断言できる。(それにはもちろん俺も含まれているわけだが)それぐらい彼女の……アゼルの美しさは圧倒的なものだった。
「えーと、それじゃあ、アゼルさんの席だけど、とりあえず水谷君の席の隣が開いてるんで、あそこに座ってちょうだい」
「はい、わかりました」
「新学期になったら改めて席替えをしましょう。それじゃあ、さっそく授業始めるから。えーと、今日はこの前の続きだから…」
ウソだろ!マジかよ。
彼女は俺の席の方に向かって、まっすぐ歩いてきた。
「よろしくお願いします。水谷君」
「あ、いえ、こ、こちらこそよろしく」
俺は緊張のあまり舌を噛みそうになった。
情けないとは思いつつ、サエコ以外の女子と普段まともに会話したことのない俺にとって、まさに今は非常事態!
助け舟のつもりなのかどうか知らないが、斜め後ろの席のヒデアキが話しに割り込んできた。
「オレ、安藤ヒデアキ。ヒデアキって呼んでよ、アゼルちゃん!」
「はい、よろしくお願いします。ヒデアキさん」
続いて、彼女の後ろの席のサエコも話かけてきた。
「なに馴れ馴れしく話かけてるのよ!私はサエコ、島村サエコです。困ったことがあったら何でも相談してね、アゼルさん」
「ええ、ありがとう島村さん。こちらこそよろしく」
そんなこんなしてるうちに、ようやく授業が始まった。
「水谷君、アゼルさんに教科書みせてあげてね。まだ持っていないそうだから」
「あ、はい、えーと、じゃあ今日はここからで……」
俺は教科書を開くと、隣の席のアゼルが読めるように席を近づけた。
彼女の甘く官能的な香りが俺の鼻腔をくすぐる。
女の子ってこんなにいい匂いがするのか。
俺は心の中で密かにささやかな喜びをかみ締めた。
昼休み。
転校生のアゼルを囲み、クラスの女子たちがにぎやかにおしゃべりしている。
「アゼルさんって、いつ頃日本に住んでたの?」
「10年ほど前、私が小学校に入学するまで住んでました。私が小学校に入学するのと同時にアメリカに戻ったんです」
「どの辺りだったの?」
「神戸です」
「ご家族は?兄弟は?」
「父と母と、あと妹がいますけど、妹はアメリカで祖父と一緒に住んでます」
「えー、どうして?」
「バカ、そんなこと訊くもんじゃないわよ」
「あ、ごめんなさい」
「いえ、いいんです。妹はちょっと……身体が弱くて……」
気まずい空気がその場に流れた。
慌てて他の生徒が話しかける。
「それより、アゼルさんって何か趣味とかあるの?好きな音楽は?」
「あ、そうですね。クラッシックとか……」
そんな和気あいあいな光景を遠くから男どもが羨ましげに眺めている。
「いいよな、アゼルちゃんて」
「ホント、ホント、美人でおしとやかで性格もいいし」
「それに気品ってもんが感じられるよ。ありゃー、きっとどこか名門の血筋だよ。ご先祖様は貴族とかじゃね」
「ったく、それにしてもうらやましいよな、水谷のヤツ。ただでさえ幼なじみの彼女がいるってーのに」
「くそー不公平だ!俺たちは恋愛不公平格差の是正を要求する!」
教室にいるとロクなことがなさそうだ。
さっさと学食へ行こう。
財布を握り締め、俺が教室から出ようとした時、いきなりヒデアキのヤツが抱きついてきた。
「おいおい、ツトム。この幸せモンが!」
「よせよ、席が隣になっただけだろ。すぐに夏休みだし、新学期になったらどうせ席替えさ」
「いいや違うね。この世のことは全て運命づけられているんだ。アゼルちゃんがおまえの隣の席になったことも然り。きっと大いなる意味が存在してるのさ」
俺はヒデアキを振り払い、めんどくさそうに答えた。
「バカバカしい。俺はおまえと違って運命論者じゃないんでね。そんなこと信じやしないさ」
「そのうち分かるさ、おまえにもな。世の中理屈じゃないってことが」
ったく、よく言うよ。
それより早く学食に行かないと、本当に昼飯を食いっぱぐれることになりかねない。
「はいはい、わかりましたよ。それよりさっさっと学食に行こうぜ。俺は自分の昼飯の運命の方が気になる」
「ロマンのないヤツだよな。おまえって」
俺たちは足早に教室を後にした。
「どうしたの?」
俺たちが教室から出て行くのをジッと見つめていたアゼルにサエコが尋ねた。
「ねえ、水谷君って、どんな人?」
アゼルの口から出た思いがけない言葉にサエコたちはどよめきたった。
「え、なに、興味あるの?まさか一目ぼれとか」
女子の一人がそう尋ねると、サエコが横槍を入れてきた。
「バカなに言ってんのよ。そんなことあるワケ……」
だが、サエコが言い終わる前にアゼルは答えた。
「ええ、すごく興味があるんです」
一同絶句。
もはや誰も笑ってはいない。
アゼルは穏やかに微笑みながら言葉を続けた。
「彼が……水谷ツトム君のことが」
昼休みが終り、俺は教室に戻ってきた。
アゼルの周りで騒いでいた女子たちも自分の席に戻り、次の授業の準備をしている。
やれやれ、ようやく落ち着いて授業を受けられそうだ。
「さて俺も次の授業の準備をするか。次は古文だっけ、居眠りしなきゃいいけど」
自分の席に着き、古文の教科書を机の中から取り出そうした時、俺は机の中に見慣れない封筒があるのに気付いた。
「ん、なんだこりゃ?」
俺は手紙を取り出し、差出人をチェックする。
「まさか!ウソだろ」
俺は慌てて、言葉を飲み込んだ。
差出人はアゼルだった。
慌てて隣の席の彼女に目をやる。
だが、彼女は俺とは目を合わせず、黙ったままジッと窓の外を見詰めていた。
何で彼女が俺に手紙を?
ま、まさかラブレター?
バカな、そんなことあるワケ……だけど。
まだ時間はある。
俺は居ても立ってもいられず、誰にも見付からないように手紙をポケットにしまうと、ダッシュでトイレまで走って行き、男子トイレの個室に飛び込むと、カギをかけ、俺は震える手で手紙を取り出した。
「い、いくぞ!とりゃ!」
勢い良く封を切り、俺は彼女からの手紙を読んだ。
「水谷ツトム様。是非ともあなた様にお話ししたいことがあります。二人だけでお会いしたいので放課後屋上まできていただけるようお願い申し上げます。初対面のあなた様にこのような手紙を差し上げたご無礼をどうかお許し下さい。アゼル・シュタイナー」
俺は手紙を握り締め、立ち上がりながら叫んだ。
「キター!ついに来ましたよー!」
彼女いない歴16年のこの俺に、ついに春がきたのだ!
しかも相手があの超絶パッ金美少女ですよ!
これが喜ばずにいられようか。
いやない!断じてないのである!
「うおー!俺は今猛烈に感動してる!神様ありがとー!!」
俺は誰が何と言おうと世界の中心で愛を叫んじゃいます!
反対意見なんか却下!
所詮恋愛は惚れられたモンの勝ち!
「それにしても俺の魅力に気付くとは、さすがはメイド・イン・アメリカのお嬢様。東洋の島国の娘ッ子どもとは一味も二味も違いの分かるゴー〇ドブレ〇ドですな。う~んマ〇ダム」
もう自分でも何を言ってるか理解不能。
でも気持ちは察してくれよ。
なんせ色恋沙汰でこんなに舞い上がったことなど、我が16年の短い人生において経験がないんだから。まさに今の気分は、今ここで朽ち果てても我が人生に一片のくいなし!ってな感じですよ。
「嬉しい、来てくださったのね」
「あたりまえじゃないですか。それにしてもアゼルさん、あなたから手紙を頂けるなんて、最初信じられませんでしたよ」
「はしたない女の子だと思われたのじゃなくて?」
「まさか。とんでもない」
「良かった。わたくしこんな気持ち初めてなの。最初あなたを一目見た時から胸の高まりが収まらなくて」
「僕も同じですよ。きっと僕たち二人は運命の赤い糸で結ばれているに違いない」
「ええ、きっとそうですわ」
「アゼルさん」
「水谷君」
すみません。
全部俺の魍魎……じゃなくて、妄想です。
俺の脳は完全に臨界点を突破しちゃいました。
いや~、妄想の暴走って簡単には止まらないもんだな。
とにかく絶対に失敗は許されない。
まさに世の全ての男子にとって背水の陣!
三国志的には赤壁の戦いであります。
「くぅ~、ファーストキスが学校の屋上なんて出来すぎじゃねー?」
傍から見ればただのアホかも。
でもいいのさ。
多分この先こんな幸運二度とないだろうから。
こうして俺、水谷ツトムは授業が終わるまで一人でトイレの個室で延々と喋り続けたのでありました。
自分でいうのもなんだが、救いがたい大馬鹿野郎だよな、俺って。
「よし、これで完璧だ!」
俺は終業のチャイムとともにトイレから屋上に向かってダッシュした。
つまり午後の授業を完全にサボったわけだ。
階段を駆け上がり屋上に出ると、すでにそこにはアゼルの姿があった。
夏の眩しい日差の中にたたずむその姿は神秘的なほど美しかった。
「もう来てたんだ」
俺は話しかけながら、ゆっくりと彼女に歩み寄った。
「いきなり手紙なんかくれるから ビックリしちゃったよ」
うわー、キモ!
自分で言ってて鳥肌が立っちゃうよ。でも女の子ってこういうベタな展開が好きだってヒデアキが言ってたし。
彼女は俺に背をむけたまま、フェンス越しに遠くの空を見つめている。
(我慢、ここが我慢のしどころだ)
俺は無理やり自分にそう言い聞かせ、話し続けた。
「でも嬉しかったよ。君が、そのー、僕に好意を持ってくれるなんて」
「!」
彼女の肩が一瞬小刻みに震えたように見えた。
彼女も緊張しているのだろうか?
俺は話を続けた。
「白状するとね、僕も最初君に一目会った時から、君のことがなんだか他人とは思えなくて」
……もうダメだ、そろそろ限界っす。
「……」
一瞬何か呟いたようだが、声がか細くてよく聞こえない。
俺はもう一度訪ねた。
「今なんて?」
「歯をくいしばれ」
「はいっ?」
次の瞬間、彼女は振り向きざまに俺を力一杯張り倒した。
「歯をくいしばらんか!この大バカ者!」
俺は屋上のコンクリートに叩きつけられた。
何なんだ一体?
「な、なにするんだよ、いきなり?」
「さっきから黙って聞いてればいい気になりおって!この軟弱者めが!」
呆然とする俺を尻目に、さっきまでとは別人のような鋭い眼差しで、彼女は俺を見下ろして言った。
「午後の授業をサボって何をしてるのかと思いきや、女を口説く練習をしてるとは、まったく救い難いヤツだなキサマは」
痛いところを突かれた俺はシドロモドロに反論する。
「バ、バ、バ、バカいえ、だ、だ、だ、誰がそんなこと」
彼女は胸ぐらを掴み、俺の身体を引き起こした。
そして俺の目を真っ直ぐ見つめてこう言った。
「いいかよく聞け水谷ツトム。キサマは今ここで死ぬんだ!」
「死ぬ!?」
ショックのあまり俺は言葉を失った。
彼女、今なんて言った?
確か俺が死ぬって言ったよな。
何で俺が今ここで死ななきゃならないんだ。
「死ぬって、この俺が?」
俺は聞き間違いだと思い、もう一度訪ねた。
だが、彼女は表情一つ変えず。
「そうだ水谷ツトム。キサマは死ぬんだ」
と、答えた。
聞き間違いではなかった。
彼女の話はまだ続いているようだが、もう俺の耳には届かない。
殴られたせいで、俺は完全に冷静な判断力を失っていた。
俺は本当に死ぬのか。
今ここで。
なぜ?
どうして?
どうして死ななきゃ、いや殺されなきゃならないんだ。
俺が彼女に何をした。
善からぬ妄想したからか?
妄想であんなことやこんなことやそんなことをしたからか?
でもどうして俺の考えが分かるんだ?
エスパーなのか?
彼女はエスパーなんだな!
とすると今俺の考えていることも筒抜けなわけで。
当然逃げることなんか無理なわけで……。
「水谷ツトム、今ままでの怠惰で無気力なキサマはここで死に、今日から新しくまったく別の人間に生まれ変わ……」
「いやだー、死にたくねー!だって俺、まだあんなことも、そんなことも、ヤってないのにー!二人で夜明けのコーヒー飲んでねーのにー!」
俺は絶叫し、半狂乱に陥った。
彼女は呆気にとられて、俺を見つめている。
「お、おい、ちょっと落ち着け!最後まで話を……」
「うわー、こんなことならヒデアキのヤツに誘われた時、アキバの怪しげなメイド喫茶行っときゃ良かったー!バカ、バカ、バカ、俺の自制心のバカー!」
「いいから落ち着かんか!」
「そうだ!ベッドの下のアレだけは始末しないと……ああ、もし、アレを誰かに、特にサエコのヤツに見られでもしたら……いやだー!そんな屈辱耐えられない!陰険なアイツのこった。毎回法事の時に、親戚や知合いの前で……。ああっ!くそー、こうなったらマイトと抱えて、全校生徒道れに校舎もろとも木端微塵に」
次の瞬間、鋭いパンチが俺の目の前に飛び込んできた。
「いいかげんにしろといっておるだろーが!」
彼女の鉄拳制裁を受け、俺はようやく落ち着きを取り戻した。
「……ず、ずびばせん」
「まったく、いらん手間をかけさせおって、いいか二度と同じことは言わんぞ。水谷ツトム、今日からキサマは別の人間、言い換えるなら人類史上最高の頭脳と肉体を持つ『至高の存在』へと生まれ変わるのだ」
俺は自分の耳を疑った。
「し、至高の存在?」
何を言ってるんだ?この娘は。
「そうだ。そしてこの私、魔界の13大貴族の一員にして、栄えある魔界武装親衛隊少尉であるアゼル・フォン・シュタイナーが貴様を直々に指導、監督してやるからな」
「魔界……貴族……親衛隊?」
ってことは君は悪魔かなんかなワケ?
「そうだ。貴様を鍛え上げるため、禁断の魔法を使い、わざわざこの世界にやってきてやったのだ。感謝するがいい」
「……感謝ね」
あのね~、お嬢さん。
「私の訓練は厳しいぞ。徹底的に鍛え直してやる。これからキサマは毎日血ヘドを吐き、血の涙を流し続けるだろう……」
日本はともかく、まさか全世界的に若者が総オタク化してるとは。
「キサマは私を憎み、殺したいと思うに違いない。だが、いつの日にか貴様は私に感謝することになるだろう。私との特訓で貴様が成し遂げた偉大な成果に対して……ん、おい、こら、ちょっと待て!待たんか!」
俺は屋上の入り口に向って、とぼとぼと歩き始めた。
これ以上付き合いきれん。
帰らせてもらうよ、俺は。
「はぁ~、せっかく生まれて初めて女の子に告白されたと思ったのになぁ~」
「こら!待てといっておるのが聞こえんのか!」
「そりゃ俺だって、マンガもゲームも好きなプチオタだけどさ。学校の屋上でファンタジーラノベごっこするほどハードコアじゃないよ」
「命令だぞ、止まらんか!」
「だいたい何で俺が血ヘド吐くような特訓受けなきゃなんないわけ。別に天下一武道会に出るんじゃあるまいし。それに何なんだよ、至高の存在って!そんなどこぞのマンガの料理対決じゃあるまいし。どーゆう設定だよ、アニメの企画なら即没だよ、そんなの」
マンガやアニメは日本が世界に誇る文化だとか、やたらテレビとかで持ち上げる輩がいるけど、そういう連中に限って少し前までマンガやアニメなんか有害で低俗なものだとか、言ってたんだよな。今までは、『ふざけんな!』とか思ったりもしたけど、でも、まあ、確かに有害かもしれないな。異国の純真無垢な少女に、ここまで異常な行動させるようじゃ、やはり輸出の自主規制の必要も考える余地があるんじゃ……う~ん、難しい問題だよな。
「待てといっておるだろーが!水谷ツトム!」
その時、凄まじい突風が吹き荒れ、歩いていた俺はバランスを失い、屋上に倒れこんだ。
幸い軽く身体を打っただけのようだ。
俺は身体を起こし、立ち上がろうとした瞬間、彼女の声が俺の耳に届いた。
「口で言って分からぬなら、しかと見よ!真の我が姿を!」
俺は声のする方に目をやった。
そこに立っていたのは確かに彼女、転校生のアゼル・シュタイナーだった。
だが、さっきまで俺が知っていた少女とは違う姿をしている。
さっきまで着ていた俺たちの学校の制服(今じゃ珍しいオーソドックスなセーラー服)の代わりに、そこに立つ少女は上下黒で統一されたネクタイと上着、それに(ちょっとミニな)スカートという、まあ一見どこにでもありそうな制服に身を包んでいたが、俺には、俺のような人種には直ぐに分かった。
それが普通の学校の制服ではないことが。
「これが大魔界帝国陸軍、皇帝武装親衛隊少尉、アゼル・フォン・シュタイナーの真の姿だ」
彼女が着ていたのは、悪名高きナチスドイツのアドルフ・ヒットラーの尖兵にして、第二次世界大戦中最強の兵士たちと恐れられた、ナチスドイツ武装親衛隊、通称武装SSの制服にそっくりなものだった。
……そ、そんな、まさかこんな事って。
「フッ、どうやらようやく私の言葉を信じる気に」
「すげー!なに、その超マッハなコスプレ着替え術は?!」
俺は思わず大声で叫んだ。
「な、なに、コスプレだと?」
「いや~ホント、スゲーよ、その技!『コスプレ会場での着替え室の混雑緩和の切り札』とかいって、ブログで公開すれば一週間で一万ヒット間違いないよ!」
興奮のあまり我を忘れて話し続ける俺には、彼女の変化に気づくことが出来なかった。
「……水谷ツトム」
「でも女の子でミリタリーもののコスプレって珍しいよね。それも武装SSなんてマニアックな」
「……キサマ」
「ナチのコスプレするヤツって男が多いじゃん。それもチ〇、〇ブ、ガ〇なヤツらが。あ、でも、本物も上の連中は、〇ビ、デ〇、〇リばかりだったから考証的にはむしろ正しいのか」
「……いい加減に」
「うちの親父がモロにタミヤ世代で、もう家中親父のミリタリーもののプラモでいっぱいでさ。俺もガキの頃から親父のプラモ作り手伝わされてたから結構詳しいだ、そのての趣味に関しては」
「い・い・加・減・に!」
「まあ、ナカナカ良く出来てるよ、その制服。でもスカートはいただけないな。ちゃんと乗馬ズボンにしないとね。あ、エロカッコイイ目指してるとか?でも、それじゃあ、ちょっと物足りないな。やっぱナチのエロカッコイイを目指すなら、上半身裸で、乳首隠しの吊りバンしかないでしょう。『愛の嵐』のアレ。う~ん、けど、さすがに露出が多すぎて無理か。あ、でも肌色のタイツを着ればなんとか……」
「いい加減にしろー!この腐れ外道がー!!」
次の瞬間、アゼルが右手の人指し指を天高く掲げると、上空に黒雲が渦巻き、その中心から俺の目の前に凄まじい落雷が落ちてきた。
「うわー!ま、眩しいー!」
あまりの閃光の眩しさに、俺は両腕で顔を覆った。
一瞬世界からあらゆる音が消え失せたかのような沈黙が訪れ、その後屋上に彼女の冷徹な言葉が響き渡った。
「やはりキサマのような人間には、言葉ではなく、身体で理解させるのが一番のようだな」
俺は恐る恐る目を開けた。
嘘だろ!
俺は、俺は夢でも見ているのか?
いや、夢じゃない。
その証拠にさっき彼女に殴られた痕が鈍く痛む。
じゃあこれは現実なのか。
本当に、今目の前にあるものはここに存在しているのか。
「紹介しよう、水谷ツトム。これが魔界陸軍最強の使い魔であり、私の忠実なる下僕、魔界陸軍駆逐戦車、ヤークト・パンサーだ!」
「こ、これは……」
一瞬、俺は茫然自失となった。
だって、いきなり目の前に第二次世界大戦中ドイツ軍で使用された突撃砲タイプの戦車が現れたんだぜ。
突撃砲ってのは戦車の一種で、砲塔がなく車体前面に大砲がついてるもののことだ(つまり前方しか攻撃できない)。
安上がりに生産できるので、第二次大戦中は各国で作られたが、今じゃ絶滅寸前種。
その中でもドイツ軍のヤークト・パンターは突撃砲(もしくは駆逐戦車とも呼ばれるタイプのもの)の最高傑作と言われている戦車だ。
まあどっちにしろ現代の日本の高校の屋上に置いてあるには、あまりにも不自然で、物騒な物には違いない。
「ふっ、どうだ、驚いて言葉も出ないか」
勝ち誇ったかのように、俺に声をかけるアゼル。
俺は恐る恐る戦車に近づき、その巨大で見る者を圧倒する外見を持つ鋼鉄の豹を見上げた。
そして…。
「ちぇ、なーんだ、ティーガーじゃないのかよ。やっぱ最強ったら、ティーガーⅠでしょ。ティーガーⅠかケーニッヒス・ティーガー 。突撃砲タイプって微妙なんだよね。個人的には好きだけどヤークト・パンターも」
と、呟いた。
「なっ!」
ったく、よくやるぜ、こんなデカイ模型どうやって屋上に運びこんだんだ?
彼女の支払ったモロモロの苦労に感心している俺に、アゼルは大声で怒鳴りつけてきた。
「なんだと!突撃砲タイプのどこが悪い!カッコイイだろ。正面から正々堂々と戦うのだぞ。こそこそ逃げ回ったり、後ろから不意打ちを食らわす普通の戦車なんかより、よほど男らしいじゃないか。それになんだ、さっきからティーガーとかパンターとか。何をいっておるのだ!」
「え、軍事マニア的には タイガー戦車がティーガーで、パンサー戦車がパンターでしょ。常識だよ。日本のマニアとの会話で『タイガー戦車ってカッコイイよな』なんて言ったら笑いものになっちゃうよ」
別に英語読みか、ドイツ語読みかの違いだから、どっちでもいいんだけどマニアって些細なことにうるさいからな。
俺は親切心のつもりだったのだが、どうやら彼女には通じなかったようだ。
「何が笑いものだ!どう聞いてもタイガーやパンサーの方がカッコイイだろ!『ティーガーが来たー!』とか言っても誰も怖がらないぞ!むしろ微笑ましいくらいだ。森のお友達が来たみたいで」
う~ん、言われてみれば確かに全然怖そうじゃないよな。玄〇哲〇さんの声で「オイラ 〇〇〇〇、よろしくな~」とか聞こえてきそうだし。
「でもなあ~、やっぱ『ヤーパン』が最強って言われてもさ」
主砲が同じ88ミリ砲でも、やっぱ戦車としてのステータスが違うよな。
タイガー戦車はいろんな戦争映画に出演してるし、やっぱ貫禄が違うよ、ヤーパンとは。
「ぶっ!ヤ、ヤ、ヤーパン?!」
アゼルのヤツ、顔を真っ赤にして俺を睨んできた。
やべー、地雷踏んだかな。
俺は慌ててフォローした。
「三号戦車の突撃砲が三突。四号戦車の突撃砲が四突。ならヤークト・パンサーはヤーパンかなーとか思ったりして」
「なんなんだ、そのまぎわらしい呼び方は!」
「え、……ああ、そうか、アレね、アレと間違いそうになっちゃうよね」
「そうだ、気をつけろ!まったく」
「ヤーサンとかね」
「ヤークト・パンサーだ!いちいち略すな!」
フォロー失敗……つーか、むしろ状況を悪化させただけか。
一応断っておくが、三号戦車、四号戦車どちらもタイガーやパンサーと同じく第二次大戦中のドイツ軍で使用された代表的な戦車だからな。
それにしても、ああ~、彼女完全に激怒してる……もういいや、どうにでもなれ!
「ところでさ、パンター戦車って、パ〇ティーセンサーとか間違いそうにならない?」
「ないわ!そんなこと!それに何なんだ、パン〇ィーセンサーって、そんなものあるか!」
「え、ないの?某政党の本部の出入り口に付いてるって、ネットで書いてあったんだけど」
「そんなネもハもないこと書くから直ぐに他のメディアに『ネットは有害』とか叩かれるんだぞ!もっと書き込みは慎重にせんか!」
「いや、別に俺が書いたわけじゃないし」
さすがにこれは不味かったかな。
でも、なんかこういう真面目で優等生タイプの娘って、ついからかいたくならない?
特に下ネタとかで。
それにしても魔界から来たわりには、やけにこっちの事情に詳しくない?
「まったく頭痛がしてきた。だが、とにかくこれでキサマにも分かっただろ。この私の真の力が」
何だかまだラノベごっこやってるようだが、まあ、これ以上怒こらすのもなんだし、それに何だかんだいってもこの模型はスゲーよ。
「いや~。それにしてもよく出来てんな。一分の一サイズの模型なんて初めて見たよ。何コレ?材料はベニア板?」
「こら、私の話を聞かんか!」
どれ、ちょっと上に乗らしてもらいますか。
俺は車体のでっぱりに手をかけて、車体の上に乗っかった。
「すごい!この細部まで凝りに凝った完成度!さすが舶来のオタクはスケールが違うな」
「おい、勝手に乗るな!私のウォルフィは綺麗好きなんだ!そんな汚い手でべたべたさわるんじゃない!」
何だ?今、魔界の武装親衛隊少尉殿の口から不釣合いな言葉が飛び出してきたぞ。
「へー」
「何だニヤニヤして、気持ち悪いヤツだな」
「ウォルフィね。ウォルフィ、ウォルフィかあ」
「戦車に名前をつけて悪いか!」
「とんでもない。むしろ安心したよ、やっぱ女の子だなって」
ミリオタで、中二病でもね。
「その生暖かい眼差しで人を見るのはやめんか!」
それから……。
「それじゃあ、いよいよ……の中も拝見させていただきますか」
「バカ!勝手に女の子の大事な……の中を見るな!」
「うあー、すげー、ピンクだよ!ピンク!」
「バカ、バカ、バカ、バカ!」
って、おいこら、エロい想像してるヤツいないか?
俺はただ、戦車のハッチを空けて中を覗き込んでるだけだからな。
それにしても……。
「あのさ、いくら何でも戦車の内装、何から何でもピンクばっかって、やりすぎじゃねえ?」
「そ、そうだな、確かに私もちょっとやり過ぎたかなとは思ってはいるのだ」
「それにフリルも多すぎ、邪魔だし」
「そうか?私的にはちょうどいい感じなのだが……って、おい!何で私が貴様に説教されなきゃならないんだ!」
なーにがいい感じだよ。
彼女、見かけとは裏腹に相当乙女チックな趣味してるみたいだけど…おい、これって、まさか。
「うわー、手作りクッション!しかもハートの刺繍入りかよ」
戦車長の椅子の上の可愛いらしいクッションを見られたアゼルは恥ずかしさのあまり慌てて俺の足首をつかみ、強引に引っ張り出そうとする。
「さっさと出んか!この腐れ外道!」
俺はハッチにしがみつき、首だけ中に入れたままでいる。
「くそー、嫌なこった。せっかく乙女の神秘を垣間見てるのに」
「かまわん!ウォルフィ、ハッチを閉めろ!」
業を煮やしたアゼルがそう言うと、いきなりハッチが自動的に閉まった。
「うぎゃー!首が、首がもげるー!」
堪らず、俺はハッチから首を抜き、その拍子に車体から屋上に転落した。
「痛てっ!」
仰向けの姿勢で、大の字になっている俺。
とりあえず怪我はしてないみたいだが、身体が痛くて起き上がれない。
くそ~、酷いことしやがって。
ん?アゼルの足音が近づいてくる。
「はあ、はあ、はあ、まったくここまでどうしようもない大馬鹿者だとは……どうだ少しは懲りたか?」
そのままの姿勢で上を見上げると、アゼルが腕を組み、仁王立ちの姿勢で俺を見下ろしていた。
でも、おい、この角度って……ちょっとマズイだろ。
「……縞……パン?」
思わず俺の口から禁断の一言が漏れる。
「!」
そこには、俺の眼前には、彼女の絶対領域が広がっていた。
「死ねー!!」
グシャ!!
破滅の音が屋上に響き渡った。
アゼルさん……頼むからブーツの踵で人の顔を踏むのはやめてくれよ。
「あ~もう、ヒデーことするなよ。別にワザと見たわけじゃないだろ、不可抗力だよ。不可抗力」
俺は愚痴を言いながら起き上がったが、何の反応もない。
彼女の方に目をやると、アゼルの奴、何やら誰もいない方を向いてブツブツと呟いてる。
「……もういい、キサマを、キサマを更生させようとした、更生できると信じた私がバカだった」
彼女の身体全体から怒りのオーラがメラメラと湧き上がっているのが見えた。
俺はなるべくフレンドリーに話しかけた。
「あのー、アゼルさん?」
「古人曰く『馬鹿は死んでも治らない』とあるが正にそのとおりだ」
「アゼル・フォン・シュタイナーさん?」
「もはや私に残された道はただ一つ……」
「魔界武装親衛隊少尉のアゼル・フォン・シュタイナー様?」
う、これはマズイ!
俺は本能的にそう感じたが、全ては遅すぎた。
彼女の怒りは、とっくにメルトダウンしていたのだ。
「キサマを殺して私も死ぬー!!」
彼女がそう叫ぶや、戦車のエンジンが起動し、俺に向かって突進してきた。
「うそだろ?走るのかよ、これ。まさか本物?」
「これ以上生き恥をさらすくらいなら死んでやるー!いけー、ウォルフィ!」
ったく、真面目な奴ほどキレると手に負えないとかよく聞くが、こいつはその典型だな。
俺は突進してきた戦車を間一髪で避わした。
45tもある鉄の塊に踏み潰されたら、文字どうり跡形もなくペッシャンコだ。
いくらなんでもそんな死に方はごめんこうむる。
「いいから落ち着けって!若い女の子が軽々しく死ぬなんてゆーなよ」
「やかましい!みんな……みんな、キサマのせいだろうが!」
「俺のせい?何でだよ?何で俺のせいになるんだよ!」
「キサマがバカで、マヌケで、スケベで、怠け者のど-しようもないクズだからだ!」
「だから、どーして俺がクズだとオマエが困るんだよ!」
「それは……とにかくオマエが悪いんだー!」
ムチャクチャすぎる。
うちの学校の屋上はかなり広いが、それでも大型の戦車が走り回れるような広さではない。
すぐに屋上の端に追い詰められてしまうが、その度に俺は器用にすり抜け、必死で逃げ回った。
「自慢じゃないが逃げるのは得意中の得意で、昔から鬼ごっこだけは捕まったことはないんだよ!」
「ちょこまかと逃げ回りをって!水谷ツトム、いさぎよくキャタピラの錆になるがいい!」
「ふざけんな!そんな死に方嫌にきまってるだろ!」
そうこうしているうちに、下の方が騒がしくなってきた。
そりゃそうか。
放課後とはいえ、まだ学校には教師や部活の連中がかなりいるはずだ。
屋上でこんな、45tもある大型戦車が走り回ってりゃ、下に居る連中が気づかないはずがない。
ん?おい、これってかなりマズイんじゃないか。
うちの学校は創立50年で、この校舎だってもう築30年以上経ってるはずだ。
そんなオンボロ校舎の屋上で45tもある戦車が走り回ったりしたら……。
「アゼル!戦車を止めろ!」
「ふっ、今さら命乞いか?」
「バカ、そうじゃねー!こんなもんここで走らせたら……」
この校舎が45tもの重みに耐えられるわけがない。
俺が言い終わらない内に、バキ、バキ、という凄まじい破砕音が辺り一面に響き渡った。
そしてその直後、アゼルの立っていた辺りに大きなヒビが入り、屋上が崩落し始めた。
「え?」
一瞬、何が起こったのか理解できず、呆然とするアゼル。
「危ない!」
俺は猛然とダッシュし、アゼルの腕を掴み、崩落していない屋上に彼女を放り投げた。
「水谷ツトム!」
彼女を放り投げた反動で俺の身体は、崩壊した屋上から空中に投げ出された。
そして俺の身体は地上に落下し、上から巨大なコンクリートの塊が落ちてくるのが見えた。
マジかよ、俺、ここで死ぬのかよ。
「水谷ツトムー!〇〇ー!!」
地上に激突する寸前、俺の耳に届いたアゼルの最後の言葉が気にかかったが、その直後、俺の意識はぷつりと途絶えた。
どのくらい気を失っていたのだろう。
朦朧とした意識が次第にハッキリしてくる。
俺はゆっくりと目を開けた。
夜空に浮かぶ満月が、俺の目にぼんやりと映る。
あれからどのくらい経ったのだろう。
周囲の暗さからすると、今は夜の8時か9時といったところか。
ということはあれから6時間ぐらい経ったのか。
俺は身体を起こそうしたが、ピクリともしない。
その時アゼルの声が聞こえた。
「気がついたか」
「……アゼル」
彼女の顔が真上から俺の顔を覗き込む。
この時初めて、俺は自分が彼女に膝枕されていることに気づいた。
「まだ動くな。今、私の魔力で身体を再生中だ」
「……確か屋上から落ちて……崩れてきた校舎の下敷きになって」
「まったく、あの後大変だったんだからな。校舎を元どうりにして、学校にいた者の記憶を消して、結局キサマの身体を直すのが一番最後になってしまった」
左右に目をやると壊れた屋上が元どうりになっていた。
昼間のことが夢じゃないとするとアゼルの力で復元したってことだよな。
って、ことはマジにこいつ……。
「あのさ、首から下の感覚がないんだけど、今、俺の身体って」
さっきから気になってしょうがないことを、俺は恐る恐る彼女に尋ねた。
「ああ。それはもう見事なくらいグチャグチャだ。なんなら身体を起こして見せてやろうか?」
と、アゼルはいともあっさりそう答えた。
「いいえ、結構です」
スプラッターが苦手な俺は申し出を丁重にお断りした。
「心配するな。あと2~3時間もすれば、元どうりになる。良かったな頭が無事で。さすがに頭が潰れてたら私では再生できなかった。運の良いやつだ」
「運が良いね」
俺は少し皮肉交じり、そう答えた。
それからしばらくの間、俺たちは一言もしゃべらず、ただ黙って夜空の星を眺めていた。
東京でも結構星って見えるもんなんだな。
そんなことを何となく考えていたら。
「あ~、その、なんだ、」
と、アゼルが照れくさそうに話しかけてきた。
「さっきは……その……ありがとう。まさかキサマが自分の身を犠牲にするとはな」
お礼って、改まって言われるとやけに恥ずかしいもんなんだな。
「……はずみだよ、その場のいきおいでやっただけさ」
俺も恥ずかしいのを気取られないように、そう答えた。
「そうか……そうであっても、私は嬉しかったぞ」
ドキ!
俺の心臓が激しく鼓動した。
何だ、今の感覚は?
そりゃ、さっきまでの傍若無人な態度が嘘みたいに思えるほど、今のアゼルは素直で可愛らしい。
でも漫画やゲームじゃあるまいし、そんな簡単に恋に落ちるなんてことあるはずがない。
いいから、落ち着け水谷ツトム!
俺は自分にそういい聞かせて、こんがらがった頭を整理することにした。
昼間あったことは夢じゃない。すべて現実だ。
こいつは人間じゃなくて、魔界とやらから来た悪魔か何かで、使い魔を召還したり、死にかけた俺を再生したり、壊れた校舎を復元したりすることが出来る力を本当に持っている。
ここまではいい。
「信じるよ、オマエの話」
「え?」
「つーか、もう信じるしかねーよな。これだけいろんなもの見せられちゃ」
「水谷ツトム」
俺は現実主義者だが、自分の目で見たことは信じることにしている。
だから、彼女が魔界武装親衛隊少尉アゼル・フォン・シュタイナーだってことは認めてやるさ。
でも……。
「でも、一つだけ教えてくれ。どうして俺なんだ?オマエが言ったとうり、俺はバカで、スケベで、何のとりえもないただの高校生だ。他にいくらでもいるだろう、適任者が。よりによって、どうして俺なんかが選ばれたんだ?その至高の存在ってヤツに」
そうなんだ、これが最大の疑問。どうして俺がなんだ?きっと何か理由があるんだろうけど、俺にはさっぱりだ。俺なんかよりもっと強い奴や頭のいい奴は腐るほどいるだろ。そいつらを選んだ方が、誰がどう考えても利口じゃないか。
「それは……」
バツが悪そうに目をそらすアゼル。
よほど言いたくないんだな。
ホントなら女の子に言いたくないことを言わせるなんて俺のポリシーに反する。
でもここまで関わっちまったんだ、お前には答える義務があるんだアゼル。
俺はそのまま話を続けた。
「それにさっき屋上から落ちる時、俺の名前の後に何か叫んでたよな?」
「……」
「あれって良く聞こえなかったんだけど、確か」
そうアレは……。
「……それはキサマが」
ようやく観念したかのように、彼女は重い口を開けた。
そして聞こえるか聞こえないくらいのか細い声で。
「……父親になる男だからだ」
と、答えた。
一瞬俺の頭の中は真っ白になった。
俺が理解できてないと彼女には分かったみたいだ。
即座に大声で、もう一度繰り返した。
「それは!キサマが!将来私の母上と結婚して、私の父親になる男だからだ!!」
数分、いやもしかすると数十分の沈黙の後。
「はい?」
そう答えるのが精一杯だった。
今の俺には。
ブラジルに居るお父さん、お母さん、お二人に初孫ができたみたいです。
俺……初チューもまだなんだけど。
マブシンのアゼル(その1~4)