廃墟、日本棋院にて
プロの棋士を目指していた少年、丸は夢に破れてしまう。棋士になれなかった彼が囲碁に対する思いをぶつけた話。
廃墟、日本棋院にて
廃墟、日本棋院にて。
ずっと昔の話だ。僕は囲碁が好きだった。東京という便利な街でうまれた僕だったが東京のビルの頂上より、友達が遊ぶ公園より、碁盤の前が好きだった。毎日毎日碁会所に通っていた。元々父や母は囲碁はしなかったが、おじいちゃん子だった僕はおじいちゃんがやっていた囲碁にハマった。それが小学三年生の頃。子供ながらにして、いや子供だったからだろうか。僕の棋力はどんどん上がっていった。敵わない人はたくさんいたが、それはそれで面白かった。むしろそれが僕のモチベーションアップに繋がっていたのだと、子供ながらにして想った。次第に僕はどんどんレベルの高い大会に顔を出すようになった。これが小学六年生の頃。はじめは初戦敗退を繰り返していた僕だったが、次第に結果を残していくようになった。優勝とかそういうのは取ったことはなかったが、プロの先生に可能性を見出してもらい僕は院生になった。院生のライバルは大会なんかより数倍は強かった。これがプロになる道の敵なのだと、将来のライバル達なのだと、強く想った。僕は必至に勉強した。プロの先生達の勉強会に足を運んだり、先人の残した数千に及ぶ棋譜をひたすら並べた。六つに成績順で分けられていたクラスも勉強が功を奏したのかBクラスにまであがっていた。このままいけば今年中にプロ試験が、今年は無理でも年齢制限に引っかかるまでにはプロになれる気がした。そんな気がしただけったった。
11月25日 PM04:25
ついさっき僕の夢は途絶えた。いつだっただろうか。棋士になると僕に誓ったのは。いつだっただろうか。棋士にはなれないと諦めてしったのは。とっくに無くしてしまったのだ。夢も悔しさも。
「丸君残念だったね。今年で最後だろ?プロ試験受けられるの」
「でも最後まで成績は悪かったよ。最初から才能なかったんだよ」
そう聞こえた。僕は逃げ出したかった。別に最終日だからと言って決まる試験ではない。僕が三連敗した日からこうなるってわかってたことだった。誰もが必至だった。僕だって。何かが狂って僕が成績一位にならないだろうかとずっと考えていた。だから日本棋院の前で待っていた。けどそんなことは起こらなかった。当たり前だった。
11月26日 AM10:20
今までに囲碁の棋士になるためにならと、いろんな未来を捨ててきた。大学を進学しなかったのもそうだし、誰かと色恋沙汰をすることだって、今は目の前のことに集中したいからと全て捨ててきた。気が付けば今までしてきたこの選択肢はつまらないものだったと、後悔をしてしまいそうになってしまう。いや、無駄だった。無駄だったのだ。棋士になれない未来など、未来ではないのだと。行き詰まりを感じていた高校生の頃も、小学生で囲碁に出会った時も、携帯に残った棋譜も、頭によぎった過去も。すべて無駄だった。
いつもの癖で日本棋院まで来てしまった。別にこれといって予定はないのだけど。何かぽっかりと心臓をえぐられたように彷徨う。
「おはよう丸君。今日は研究会?」
そう声をかけてきたのは院生の頃の後輩だった。
「いや、今日は特に用事はないんだけど」
そう答えたあと、彼は二年前にプロだったなと気づいた。僕とは大違い。
「そういえばプロ試験どうだった?」
「全然ダメだったよ」
僕は笑ってしまった。ダメダメな自分に。後輩に先を越された自分に。囲碁が嫌いな自分に。
「そうなんだ、じゃあ来年がんばってね。僕は今日対局だから」
そう言って彼は去っていった。来年はないんだよ、とは言えなかった。僕も彼から逃げるように屋上に行った。この時間なら誰もいないだろうと思ったからだ。予想通り誰もいなかった。
屋上に立った自分はなぜか冷静だった。僕がこれまでに何か成せたことがあっただろうか、と考える。23年間の人生で、夢に断たれたことしかない。これまでの人生で、今までやってきたことが全て無駄だったと、言うしかない。これから先になにがあるだろうか。普通に働いて普通に結婚して、子供が出来て僕は幸せなのだろうか。わかっている。わかっている。今僕が望んでることはワガママなのだと。わかってるけど、僕はどうしようもなく囲碁から逃げ、ソッポを向いて、でも夢に取りつかれたように、逃げることはできなかった。
「なんて醜いんだ」
僕は屋上から飛び降りた。
11月28日 PM10:35
夢を見た。小さい頃の夢だ。僕はまだ囲碁を始めたばかりで、母親に必死に碁盤を強請っていた。母親はいきなりそんな高価なものを与えられなかったのだと思う。でも僕に必死に応えようとしていた。すると突然ネットで見つけた古い碁盤と欠けた碁石が出てきて、母親が僕に満面の笑みで語り掛ける。好きならとことん強くなりなさいね、と。僕は答える。プロになるよ、と。
廃墟、日本棋院にて
小説は読むのは好きですが、書くのには慣れていません。お手柔らかにおねがいします。あと、丸君は生きています。