うつ病休職者の一日は案外楽しい
うつ病休職者の一日は案外楽しい。
うつ病休職者の一日は案外楽しいんです。
これは事実です。
何故か?
働かなくてもいいからです。
にも拘らず、月給の三分の二は傷病手当金としてお金がもらえるので、食っていけるからです。
そしてもはやその会社での出世栄達の見込みはほゼロなので、
逆に踏ん切りがついて、今後の人生を自由自在に構想し、またこれに向けて準備をすることができるからです。
朝の7時に家を出て、満員電車に1時間揺られ、朝の9時には始業になり、晩の8時にこれからが本番とばかりレッドブルを一杯煽り、終電で帰れればラッキーといった具合の生活をしておられる各位、このようなちゃらんぽらんな男をみてどうお感じになりますか?
ある人は怒るかもしれない。お前は病気だからお休みを会社から頂いているのに、なんだってそんな遊んでばかりいるのだ?そんなに元気ならさっさと働け!
いやいやあんたさん、会社は半病人を復職させちゃくれないんです。休職期限満了にして首にした方がよっぽど会社の為になりますからね。
ある人は僕が無責任だと思っているかもしれない。お前がやっていた仕事はどうなるんだ?元の部署の人たちがそれを分担して必死に仕事を回しているんだぞ!
いやいやあんたさん、仕事なんてね、代替の利かないものはそうはありません。そんな仕事をしているのは、芸術家位なものです。
誰かが抜けると困る困るといっていたって、一度抜けてみれば案外仕事は回るものです。だって四の五の言ったって今いる員数でやるしかないんですから。その員数で出来る仕事だけをするようになります。人間いくら鞭でぶっ叩いても一日24時間より多くは働けません。
ある人は蔑むかもしれない。お前は社会の落伍者だ。お前は負け犬なんだ。そして俺は勝ち組だ。
いやいやあんたさん、あんた会社という有機体の残酷さをまだ知らないね。会社は活きのいい人間はほんの少し昇給と原価タダの「役職」で誉めそやしてさらに働かせ、活力の平均的な人間には、成績の悪い者を「使えないヤツ」というレッテルで貶めることで脅かして、もう幾分か余計に働かせる。そして成績の悪い者は勝手に心身をぶっ壊して会社に出てこられなくなり、やむにやまれず辞表を出してくるのを、一見心配するような顔をしながら待っている。
活きのいい人間、活力の平均的な人間、そして成績の悪い者、誰が一体幸福ですか?誰が一体得をしているのですか?
みんな得をしていない。エネルギーをみんな会社に搾り取られてしまう。
(ある意味アウシュビッツと同じ特質を持っているとさえいえる。
アウシュビッツは労働不適合者は即ガス室行き、労働可能な者は搾り取れるだけ絞ってぶっ倒れたらやはりガス室行き。
そして収容者の一部をカポーとして選抜してほんの少しだけの特権(例えば週に12本のタバコ)を与える。そしてこのカポーにその他大勢の収容者の支配をさせる。気持ち悪いくらいに今の日本の会社に似てないでしょうか。)
にも拘らず、会社はいつだってあなた、今勝ち組でいるあなたを失職に追い込むことができるのですよ。
その理屈はちょっと長くなるのでまたの機会にお話ししましょう。
でもね、今言っておきたいことは、自分のエネルギーを殆ど全て会社に搾り取られた後、そして会社にぽいっと棄てられた後、あなたに残されているのはお金の話しかしない嫁とまともに自分に口も利かない子供、そして住宅ローン子供の学費その他諸々の支払いだけですからね。
ちなみに、僕が今失職した時の失業手当がいくら出るか計算しました。なんとびっくり18万円が3か月出るっきり。
このご時世、そんなお金で生活できる間に、どうやってまともな転職先が見つかりますか。
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さて、朝6時にわが子の寝顔を見つつ起床します。
以前から気になっていた『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』をYoutubeでレンタルして視聴。
これは、身内に病人が出て柴又の帝釈天にお守りを買いに行ったとき、ふらっと寄った「寅さんミュージアム」で面白そうだなと思った作品です。
ラブストーリーとしてもなかなか味がありますし、当時の色々の階層の人間同士の係り合い、価値観の差異がデフォルメされた作品として見ても興味深い。
朝10時、昨日夜泣きしてまともに寝れなかったわが嫁の為に、コンビニで朝飯を買いに行く。
物事なんにせよ良い面悪い面あるわけでして、月給も三分の二になれば夫の家庭内での地位も三分の二になる。まあこうやってご機嫌取りもやっておかないといけないわけですね。
真面目な話、うつ病患者を夫に持った奥さんの心配たるや、それは大きなものがあるでしょう。僕はうつ病患者という身分に甘えず、嫁には良くしておくべきだと思っています。
朝10時半、近所の教会に出かける。
ここに通い始めたのは、上の子の幼稚園探しでここの付属幼稚園の説明会を聞きに行ったのがきっかけです。
その時園長先生、まあつまりは牧師さんがですね、
「子供の個性は神様から与えられた賜物ですから、これは個々の性質に応じてよく育てていかなくてはいけません。」
とおっしゃったのがきっかけですね。
僕は「空気の読めない使えない男」というレッテルを張られていびられ続けていましたので、こういう個人主義的な考え方にとてもホッと致しましたね。
と、翻って自分の過去を振り返ってみると、僕の母はミッションスクールを出ているんですね。ですから、僕には元々キリスト教的な発想があるのだと思います。
と同時に、日本にキリスト教がなかなか根付かない理由もわかる気がします。
なんたってキリスト教は、自分の頭で考えて自分で腹をくくって「今日からキリストさんのお世話になります」とキリストさんにお願いするという宗教ですからね。
課長が「行くぞー!!!!」といったら、課員一同「おおー!!!!」とやるような発想とはだいぶ隔たりがあります。
12時、礼拝が終わる。子供を連れていていたので、それを肴に教会の人たちとおしゃべりして、お暇する。
13時、世田谷に住む学生時代のサークルの先輩と同期の家ですき焼きのごちそうになる。
二人とも、ストレートに就職まで行くことができず、4,5年の右往左往を経てようやっと社会に居場所を見つけた苦労人です。
しかし苦労は買ってしろとはよく言った者で、同期は建築学科を首席で卒業、先輩も入社した会社で既に社内勉強会の講師をやる位上手くやっているとのことです。
特に建築学科を出た子とは、もはや2,3年会ってなかったような子でしたからね。本当に休職を契機に縁が戻ってよかった。
なんといってもね、会社にいるうちは、会社で結果を出すことだけが頭にありますからね。こんなフリーターみたいな奴、位に考えていたのです。
当時の自分を振り返って思うに、実に視野が狭量、そして意地が悪い人間だったなと、自分が自分で恥ずかしくなります。
17時、一旦家に帰る。4時に帰るはずだったじゃないのと嫁にいびられるので、しょうがないと子供二人を電動自動車に乗っけて街の中をぶらぶらする。なんかお土産でも買ってきてやるかとたこ焼き屋に寄る。15分かかるというので待っていると、上の子がキャーキャー言いだして、地面に下すと何を思ったか靴を自分で脱ぎだして、そしてあさっての方向に全力疾走する。こいつを首根っこからひっ摑まえると「ノーノーノー」とかにやにやしながら言っていやがる。要は第一反抗期なのですね。
嫁は子供に対して強権主義者ですが僕は至って穏健なので、まあ僕は子供に舐められているわけです。まったくしゃーねえ奴だと思います。
19時半、白山に住む大学時代の同級生のお好み焼きパーティーにお呼ばれする。もうあの日あった人たちの中にはね、4年あってないような子もいましたよ。それでも話は尽きない。いやむしろ話に広がりが出るんですね。なぜって、みんな世の中で揉まれて、それなりに感じるところ考えるところもあり、これがしたいとかあれをする気だとか、この問題はどう解決すべきかとか、そういう話題が色々出てくるんですね。
僕は学歴で人を見ませんが、学校で考え方の癖は出ると思います。
うちの学校はですね、やはり白紙の上に自分で理屈を作っていくことを教える学校です。いや、教わるも何も、周りの人がみんなそんな具合なので、知らず知らずにそうなっているという方がより正確である。
すると、世の中に出てどうなるか、これは同じことを会社でやってしまう。或いはあえて黙っていたとしても、そういう目の前にある現実を批判的に検討する、或いは距離を取ってみるといった態度がどうしても出てしまう。
と、これは会社の先輩や上司にとってみれば生意気極まりないですよね。
何故って、自分達が歯を食いしばって血と汗と涙を流してやっと習得したノウハウ、方法論、考え方を、学校を出たばっかの若い奴が論破しにかかる。
(本人は現実を見たまま、それを自分なりに咀嚼して伝えようとしているだけなんですよ。多くの場合。)
或いは自分のやり方、実績に敬意を示そうとしない。
(本人は「良いものは良い、悪いものは悪い」と思っているだけです。)
しかも、俺が折角ものを教えてやっても「おお、それは一つの考え方で理屈ですねえ。」とかなんとか、妙に尊大な態度しかとらない。
(本人は、この嫌味極まりないセリフを最大限の賛辞だと思っているのです。なにせ我々にとって、正しいことを理解しそれを表現できることは、これは非常に重要な特質ですから。)
僕が会社で苛められた理由は、やはりこの学校で吸収した空気、そこに一因があると思わざるを得ません。
しかし、ではこのような思考態度は「社会人」として捨て去るべきものなのか?「学生気分が抜けていない」として反省すべきものなのか?
否。断じてそうではない。
むしろ積極的にそのような態度を強く押し出していかなくてはいけない。
一から現実を批判的に再検討して見たときに明らかになる現実の非合理性は、これを全て一旦テーブルの上に並べなくてはいけない。そして本来の目的に照らして今のやり方の要素個々を取捨選択し有害不要なものは切り捨てる、不足しているものがあれば広くアイデアを世界に求めてこれを取り入れなくてはならない。これを一から十までやれとは言わない。しかし、少なくとも、世の中の問題に対して優先順位をつけて、優先順位の高い問題についてはその非合理性を何としても徹底的にあぶりだして、これを改善改良しなくてはいけない。少なくとも、先日電通で東大生の新入社員を自殺させたような社会病理は、その発生のメカニズムを根本的に解明した上で、その是正すべきは是正されなくてはならない。そういう社会運動、政治運動が起こらなければならない。
「お前は理屈しか言わない」とか「机上の空論だ」とかいう物言いは、現状の有り方に対する批判に対して合理的な反論ができないが故の苦し紛れの言い訳に過ぎない。しかし、物事というのは理屈だけでなく権力によっても決まりますから、反論できない方が権力を持っていれば、世の中は変わりません。結果、世の中は合理的に動かず、それが故に諸々の悲劇、貧困だとか理不尽だとか、そういうものは決してなくならない、いやむしろよりその深刻さを増していくこともあるでしょう。
結局太平洋戦争は当時軍部が合理的なディスカッションをしなかったから負けたのです。
そしてその風土は、要は「理屈を言うな」という雰囲気は、それは今日21世紀にあってもなお相変わらず残っている。
このまま行ったら、恐らく来るべき、米中のパワーバランスの不均衡ないし中国社会の内部崩壊に起因する第3次世界大戦で再び日本は負けるでしょう。そうすればまた日本は、1945年の敗戦から営々築き上げてきたものをまた一から作り直さなくてはならない。
とはいえ、合理性一辺倒では世の中動かない。我々は合理的な態度と同時に、三つの特質を学び、実践する必要がある。
一つには勇気ないし行動力、或いは強さ。二つには社会変革に伴って必然的に生ずる緊張状態をふわっと緩和させるユーモア。そして三つには、恐らくこれが一番大切な特質だと思いますが、目の前にいる人々への優しさ。どんな人をも偏見なく人を人として扱う姿勢。
この三つがないと頭の中のアイデアが形になりえません。人がついてきません。
22時半、影響力三分の二の僕は嫁に気兼ねしてお暇する。
23時。仲良くしている新大久保のタイ人の街娼とちょっとおしゃべりして帰ろうと思って新宿駅を降りる。
23時15分。西武新宿の駅前で妙な中国人のマッサージ嬢に声を掛けられる。
「ねえ、お兄さんチョットデートしよう」
大体この通りのマッサージ嬢は「お兄さんマッサージ」としか言わないので、この時点で「ん?」と思うわけです。
「何でデートすんの?」
「お兄さんかっこいいから。」
「どこが?」
「ずっとにこにこしながら歩いてきたから。」
確かに、僕は機嫌が良かったのでにこにこしてましたね。だってこんなにも一日に色々ないいことがあったんだもの。
よくこの女は人を見てるなあ、面白いなあと思って、
「じゃあどこでデートするのさ?」
「あそこの店。」
「今お金ないよ。」
「うん。日本人お金ないの知ってる。だから3千円だけ。」
良く日本社会をご理解なさっていることで。
「ね、新陳代謝もチンチン代謝も3千円。」
ほお、よく分かんないダジャレだけど、なんか寅さんのたたき売りみたいでちょっと笑ってしまいました。
まあ、何か面白いモノを見せてもらったので、お菓子の一つもおごってあげようかなと思って
「お菓子だったらかったげるよ。安いから。」
僕も若干計算をしていて、こういう妙なことをやっておいて次本当に彼女を買うことがあると、多少とも何か面白いことが起こるものが多いのです。
彼女はなんか日用品みたいなものもまとめて買っていて払いは千円位になりましたが、
ここで文句を言うとこの千円が死に金になるので、そこは黙って払っておきました。
「ねえ、マッサージ。」
「今日はダメ。給料日前だからね。」
給料もらってないけどね。
「じゃいつ来るの?」
「来週。」
彼女が何度この適当なセリフを聞かされてきたかしれません。
それでも千円分の恩義は感じていたらしく、最後はにこっとこういってました。
「ねえ、お兄さん、ありがと!」
「あいよ。」
っと片手をあげて、そのコンビニの前を後にしました。
ここで後ろを振り返らないことが肝要ですね。まあ、振り返ったところで彼女は元の縄張りに戻ってるでしょうけど。
23時半、件のタイ人は普段の根城にいなかったので、僕は電車に乗っていて家に帰りました。
0時、家に帰る。嫁が例によって韓国ドラマを見ている。
「おい、帰ったよ。」
「ああ、ああ、分かった。さっさと寝なさいよ。」
「なんだってそんなにつれないのさ。」
「ぐじゃぐじゃいわないで。いまいいとこなんだから。」
「お前旦那が帰ってきたんだからもうちょっと挨拶が会ってもいいだろうよ。」
「だいたいあんたしつこいね。ゴキブリみたい。ゴキブリのまねしてみたら?」
といって、両手指を一本ずつ、鬼の角のように突き立てて見せました。
二人子供を産んで腹の弛んだ嫁とは、抗鬱剤の副作用もあって最近すっかりご無沙汰なのですが、
健全な夫婦生活には健全な性生活が必要ということで、僕はひそかにリハビリを始めているのです。
ということで、今日もゴキブリのまねをしながらベッドの女に覆いかぶさる男宜しく「わー」と覆いかぶさりました。
「あー、もう、サイテー!」
と、黄色い声を上げる嫁と再び床を共にする日も、そうは遠くないように思います。
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こうやってこの一日を振り返るとき、ある古い歌が思い起こされます。
「朧月夜」
2.
里わのほかげも 森の色も
田中の小道を たどる人も
蛙の鳴く音も 鐘の音も
さながらかすめる 朧月夜
月は世の中の一切を見下ろしているのです。
きっと月から見下ろした世界は、日本は、東京は、
正しいことだけでなく悪いことがあったとしても、美しいものだけでなく醜いものがあったとしても、嬉しいことだけでなく悲しいことがあったとしても、
なお全体として青く美しいに違いないと思います。
しかしながら、悪いこと、醜いもの、悲しいことに対して人間がしっかりと向き合う姿勢があればなお、この青い美しさはなお一層際立つに違いないと思います。
うつ病休職者の一日は案外楽しい
僕は月から清濁合いまった世界を描くような書き物をやりたいと思っています。
同時に、憎むべき社会病理をしっかり見つめ、そして解消していく人間になりたいと思っています。