ち ぐは ぐな時 計塔
或るきれっぱし
塔の時計を定期的に点検を行う事がちぐはぐ君の仕事でありました。塔はこの街の中心にあり夜になるとランプがピカピカと光って辺りを照らしました。そして町のシンボルでもありました。
さて、ちぐはぐ君の話になりますが、ちぐはぐ君の帽子は赤と黄色と茶色に縫われています。ついでに言えばちぐはぐ君の膝まで伸びた長い作業服も茶色と緑と紫の布で貼り合わさられてあるので、ちぐはぐ君の作業着はみっともありません。髪は乱雑に散髪されていて長い毛先もあれば短いもみあげもチョコンと生えています。そして首を隠す様にこれもまた何処かで拾ってきた布切れが幾つも貼り合わさられて、ちぐはぐなスカーフが肩に垂れています。
そんな彼が塔の梯子を慣れた様子で上へ上へと進んでいきます。空気が薄くなり冷たくなり剥げた鳥が廻りを旋回してもビクともせずに登っていくのです。ようやく大きな円盤の下に到着したちぐはぐ君はため息を吐いて正面を向きました。そこには赤レンガのアーチ状の扉が堂々とあって南京錠と鎖が守っていました。ちぐはぐ君は扉の方に降りて、ポケットから青く錆びた鍵を取り出して錠を回しました。そこでちぐはぐ君はきしむ音と共に回転して鎖を外し重い扉をゆっくりと開けました。
中に入ると偉そうな歯車がせっせと動いていて機械仕掛けの巨大な生き物はカタカタと鳴いているようです。秒針を刻む為に一生懸命そうでありました。そこで足を止めて眺めていたちぐはぐ君は決心した表情をして背中に背負っている革袋から大きさにバラツキがある歯車を出し始めて何やら考え深く見始めたのです。と、ちぐはぐ君はまず初めに赤い大きな歯車を手に取って、或る機械の歯車と交換しました。
こっこっこっこっ、こっ、こ……歯車は小さく喋る。
するとです。塔の中は非常に高い熱が立ち込めてくるのです。ちぐはぐ君の額にもフツフツと汗が湧いてきます。傍にある丸い窓から外を見ると、青い飛沫が海岸に跳ねてビーチパラソルで休む人たちが騒いでいます。どからともなく蝉の合唱も聞こえてきます。ちぐはぐ君は或るネジを軽く捻りました。今度は窓の日差しはなくなり夜となり始め、遠くから太鼓を叩く音と花火の火薬が鼻につきました。そこでちぐはぐ君は首を傾げて納得のいかない顔をして赤くて大きな歯車を取り外したのです。気温はたちまち低くなりました。
今度は革袋から一回り小さい青々した歯車を取り出して、或る機械の歯車と交換しました。
きっきっきっきっきっ、きっ、き……歯車は小さく喋る。
身体の芯に冷気が襲ってきました。塔の中は急激に温度が下がり始めます。ちぐはぐ君の唇も青くなって、白い肌がさらに白くなりました。再び傍にある丸い窓を覗くと雪景色が広がり綿が踊っていてスキーや雪合戦をしている少年の声がワイワイ聞こえてきます。ちぐはぐ君は或るパイプを曲げて窓を見ました。月光の淡い光が侵入してちぐはぐ君の足元を映します。下を見下ろすとマフラーを巻いた通行人と焚火、小さなランプの蛍が浮いています。そこでちぐはぐ君は首を傾げて納得のいかない顔をして青々とした歯車を外して袋に戻しました。気温は徐々に落ち着いていきます。
小さな亀裂の入った歯車を革袋から取り上げてから、そして或る機械の歯車と交換しました。
ちっちっちっちっちっ、ちっ、ち……歯車は小さく喋る。
鼻孔の奥に若々しい草木の香り、梅とミツバチの匂いが優しく撫でました。ちぐはぐ君は髪の毛をボリボリと掻いて丸い窓から下を見つめました。桜の花びらが川に浸り桃色の絨毯を飾りその光景を微笑んで見る二人が居ました。ちぐはぐ君と一人の女の子であったのです。
そこでちぐはぐ君は虫を噛んだ苦々しいシワを作り悲しそうな声を出した後、革の袋からダイヤモンドの歯車を取り出して或る機械の歯車と交換しました。
とっとっとっとっとっ、とっ、と……歯車は小さく喋る。
ちぐはぐ君は窓からさっき見ていた場所へと視線を送りました。そこに女の子は居ましたが、ちぐはぐ君の姿はなく、代わりに別の青年が居ました。とても幸せな二人でありました。
ちぐはぐ君はぽつりと「これでよかったんだよね……」
時計はボォオン、ボォオオンと奏でました。
ち ぐは ぐな時 計塔