外法少女★マジカルぶつり
響くは二対の咆哮。おどろおどろしい雷雲を湛えたその空を、誰もが固唾を飲んで見守っている……。
「さぁ!今こそ、マジカルワンドの力を解放してトドメを刺すメポ!」
その攻防を見ながら、遠くで、犬型の精霊が裂帛の叫びを上げた。声には微かな焦りと、妙な迫力があり、それは多少人々の心を打つものであった……憐れみと言う形で。
「チッ」
それもその筈、魔法少女はあろうことかその犬を見下すように一瞥した上、舌打ちまでするではないか。おまけに、そんな余所見をしながら敵の猛攻は一度として食らわないのだから先程の叫びは完全に三文芝居に成り下がってしまっていた。
安心してください、レギュレーション順守です。
誰が言ったかその瞬間、魔法少女がやる気なく放ったデコピンが対峙していた黒龍の額に命中した。
「グジャッッ!」
なんとも間抜けな、水を吸ったスポンジを握りつぶす様な音がビル群の隙間を縫って電波の風に乗り世界に放映された。その瞬間、全米が、(哀れな精霊に、)泣いた。
「ウグワァァァァァッ!!」
腕すら伸びきっていないしまりのないポーズで繰り出されたそのデコピンの直撃点から、暗闇を貫くように一閃、二閃とレーザーのように眩い光が大地を照らした。絵としては最低最悪のその技を受けて──地球支配を目論んでいた凶悪の権化が親玉、その名も「ロード・カラミティ」は、短い悪名生涯に幕を閉じることとなった。
勿論、人々は彼女を魔法少女という呼称で呼ぶことはない。
「なんたる外道。あれでは魔法少女などではない、『外法少女』ではないか」と。
* * *
戦闘が終わるとすぐさま、彼女は人々の前からかき消えた。エンディングロールなど知ったこっちゃない、と言わんばかりの威風堂々の帰還である。
「すごいすごい、また勝ったね!!」
一人の少女が、たった今降り立った外法少女、「エクスマキナ」に声をかけた。無邪気な笑顔の少女は、エクスマキナの唯一の理解者である。
その声を耳にしたマキナは、無駄に凛々しいその表情を少女に向けて対峙する。抜けるような青空をバックに、二人の少女がそっと手を取り合い、爽やかな風が吹いて……。
「マキナちゃんすごい!!すごい!!今日もすーっごくかっこよかった!!」
「兎衣が応援してくれたから当然よ、ふんっ」
「すごーい!! すごい!!」
「ふんっっ!」
台無しだった。
先程のなけなしの爽やかな立ち姿はどこへやら、最強の魔法少女は一瞬で破顔した。兎衣と呼んだ少女に決めポーズのまま撫でられているマキナ、その衣装から伸びたペンジュラム型の装飾は左右にぶんぶんと振れ、人によっては犬耳すら幻視するような陥落っぷりである。
その一方で、
「あぁ、在庫が……在庫が……!」
横では、精霊が白く燃え尽きていた。おおよそ魔法少女のマスコットとしては似つかわしくない打算的なセリフが聞こえる。こちらは魔法少女達とは対称的に、その草原にぐったりと横たわっている。輝きの失われた毛並みと冷や汗で、可愛らしかった過去の姿は見る影も無かった。もはやただのペットにしか見えない。唯一彼を精霊にせんとしている三対六翼の水晶色の翼も、白く濁りきってしまっていた。
「何を凹んでいるのかしら、馬犬は」
「お前メポ……お前のせいでグッズの販売が立ち行かないメ痛い痛いごめんごめんなさい許して」
翼竜をなぎ倒したデコピンを放つその指で掴まれる恐怖を誰が味わいたいのだろうか。精霊はすっかり縮み上がっている。それが自分が蒔いた種だということはもはや忘却の彼方であった。
「まぁまぁ、この子もお仕事なんだし、失敗しちゃって落ち込むのは仕方ないよ」
「む……」
伸ばされようとしていたマキナの手を、慌てて兎衣が掴んだ。彼女が宥めたことで少し腹の虫が収まったらしく、魔法少女はその手をパッと離した。あまりに急だったため地面に打ち付けられたものの、『素手でできる!高圧数秒クッキング』の食材にされるのと比べればあまりにも慈悲的な処置であろう。
「女神がいる……女神がいるメポ……」
「例え何の役にも立たなくて、グッズの販売が立ち行かなくて、視聴率が下がって、上司に怒られて、業績が下がり、社員数名が路頭に迷ったとしても。それはただの能力不足だから仕方ないよ!」
「前言撤回、もうやだこの職場」
朗らかな笑顔から放たれた焼夷弾に焼かれて、精霊は清々しい笑顔を浮かべながら卒倒した。慌てて、元、女神が両腕を伸ばして此方へと向かってくる。
彼を唯一救ったのは、その腕に拾われる前に意識がぷっつりとかき消えたことのみであった。
* * *
彼は途切れた意識の中で、夢を見ていた。
(……あぁ、これは)
忘れもしない、初仕事、「一話」の時の思い出である。
そもそも、兎衣とかいう方の人間に魔法少女を頼むつもりだったのだ。今思えばそれも問題なのだが、そちらの方が幾分かマシだったに違いない。
予定より早く表れた敵。眼前に本当に現れた三つ首のケルベロスを前に、怖じけついたままの兎衣。そんな親友を思って、覚悟を決め、彼女は腕輪を天に掲げる……
そこまでは良かったのだ。逆に言えばそこからが問題なのだ。
変身するや否や、彼女はあろうことか何の説明も受けずに単機でケルベロスの前に躍り出ていったのである。
これには流石に焦った。いくら最高速度マッハ三十、地を砕き闇を払う魔法少女だとしても、一度捕まってしまえばそこに待つのは「死」。テレビ放送されている上に実際に世界は滅びの危機にあるため、心臓その他もろもろが口から出てきそうなほどの焦燥を覚えたものだ。
ちなみに実際どうなったかと言うと、なんと驚くほどの善戦だった。
初めて体感するであろうマッハ三十を自分の意思でコントロールしながら、ケルベロスの火球と牙を去なしていく。世界中が歓声を上げ、手に汗握る。応援するもの、目を覆うもの、ヤジを飛ばすもの。そんな中……。
彼女がおおよそ可愛らしさのない声で放った、ストレートの拳が──ケルベロスを、一撃で肉塊に変えたのであった。
……おしまい。
(この時点で諦めるべきだったメポ)
可及的マジカルに処理された血抜きされていない生肉の映像、最早アレは放送事故であった。世界中の親が、子供の目を両の掌で覆い隠したに違いない。
彼女の快進撃と言う名の殺戮はこれにとどまらない。
──二話、彼女は出現した敵をものの数秒で物理的に葬る。
六話、敵の幹部が喋っている最中に彼女に倒される。
八話、彼女にビビった敵が逃亡する。
十一話、渡した魔法のホウキをヤ○オクで売り飛ばす。
等々、他余罪多数。
(あ、これ、各方面の企業に殺されるやつだ)
生産予定だったプリティでキュアキュアなグッズ群は軒並み発売停止になり、全世界のおもちゃメーカーが倒産の危機に陥った。
また、テレビ局も第三者委員会に叩かれに叩かれた挙げ句放映を中止してしまった。以後数週間、魔法少女タイムだったはずの日曜午前八時半は砂嵐が流れるという事態を引き起こし、全国の健全なちびっ子と一部の大きなお友達がガチ泣きするという地獄絵図を生み出した。
ドアップの子供の泣き顔が目に飛び込んできた……その瞬間。
意識が、引き戻される。
* * *
耳元で風の音がして、ようやく、自分が立ちつくしている事に気がついた。
「あら、やっと起きたの」
「……マキナ」
傍らに、いつもの、魔法少女の格好のままでマキナが佇んでいた。
(いつもこうなら、よかったメポ……)
夕日を正面から顔に受けて、すらりと、だが力強く両の足で立っている。戦傷の背中の痣、燃える瞳は自分の意思の遂行者に相応しい猛々しさを放っていた。
そんな彼女が臨戦態勢にあるならば、やることは一つしかない。彼女にはきっと、倒すべきモノが見えているのだ。
「敵を、倒すメポ」
だから自分の使命は、そう命じることだ。共に敵を倒すことだ。魔法少女に関してウダウダ言っている場合ではない。倒せればそれでいいのだ。むしろ、敵を倒さなければ、ならないのだ。
さもないと──取り返しのつかない事になってしまう。
顔を上げれば、自分の影に重なって、何やら蠢く影がもう一つ見えた。
「グオオオオッッ!!!」
思考を切り裂く背後からの叫び声に、一瞬心臓が止まったような錯覚に襲われる。鼓動は早鐘を打ち、息が詰まる。
「……チッ」
すぐさま、マキナが唐竹割りの要領で敵を頭の先から両断する。相変わらず容赦が無い。敵は、マジカルのマの字も無いままこの世から没シュートされた。
勿論、残骸は後に残った。
「ありがとうマキナ、私、危ないところだったメポ」
「何言ってるのよ、まだ沢山居るじゃない……油断してると、殺されるわよ」
殺される。そう。そうだ、倒さなければ、殺される。今まで幾度となく殺されそうになってきた。それより酷い仕打ちだって受けた。正当防衛だ。
マキナに向かって力強く頷いた瞬間、今度は僕らを至近距離で取り囲むようにして沢山の敵が現れた。醜い、醜い顔をしている。
一人一人が全員、気味の悪い声とも言えないような声を発しながら僕たちを見つめている。
だがそんな彼ら、マキナが鋭い眼光を向けたその瞬間に身体を翻して逃げ始めた。脱兎のごとく、俊敏に、散り散りになって……
予想だにしていなかった展開だ。私は、狼狽する。
逃げる。なぜ?なぜ逃げ出したの?なぜ、逃げていいの?
マキナはすぐさま、地を蹴って逃走する敵へと肉薄した。あまりに鬼気迫る表情のせいで、もはや魔法少女というより一方的なリンチにしか見えない。テレビ放映されていたら色々と危なかった、そう確信させるに足る勢いであった。
一人。二人。彼女が刺したり切ったりする度に、花火のように肉片が舞い上がった。花火のように血飛沫を吹き上げながら倒れる敵、いったいどこの放映基準なら加工なしで報道できるのだろうか。
日曜八時半、いや、むしろ二十六時半から放映してもアウトなのではないかと思うくらいの凄惨なスプラッタ虐殺ショーが開催されている。
「何だろう……惨い……惨すぎるよね……?」
口をついてしまった否定の言葉を否、と断じる。これはそうされるべき人々なのだと、割りきる。
私は飛んでくる肉片を時折払いながら、やつらがあげる悲鳴を半眼で聞いていた。
この顔くらいは許してほしい。本当に、聞くに堪えない声をしているのだ。目の前で机を蹴り飛ばされるような、そんな音なのだ。心の底から不快感が沸くような断末魔。皆が次々倒れていく。
──そろそろ机の間が死体ですし詰めになってきた。歩くのもままならない程だ。おまけに臭いがひどい。
マキナも流石に全身が真っ赤に染まっており、握りこんだ武器の一部は欠けてしまってすらいた。
「大丈夫……?なんとか持つ、かな?」
ともあれ、視界内に居たやつらは全員倒すことができたようだ。ムッとする鉄の臭いが辺りに充満している。
ガタン!
物音。残党か、と振り返ってみれば、
「まき、麻季……菜……ちゃん……?」
その正体は兎衣だった。入り口のドアにぶつかりでもしたのだろうか。そういえば先程から姿が見えなかったが、どうやらトイレにでも行ってきていただけだったらしい。
「あら、兎衣。ごめんね、もう、もう大丈夫よ」
「……何を、言ってるの……?」
私の手元。私の目。視線が、交互に行き来する。手に持った包丁が、濡れて水晶のように美しく赤い光を投げ掛けた。
堪えきれなくなったのか、兎衣はペタンとその場に座り込んだ。腰が引けている。顔は怯えている。私のことを、そう、化け物のような目で……
『あいつら』と同じ目で、私を見ている!!
爪で引っ掻いたような、血まみれの手で掴んだような模様のカーテンが一瞬だけ風に揺れて私と兎衣を遮った。
何だ、こんなところにも敵がいると思わなかった。知った今、背筋に氷の棒を突き刺されたような悪寒が駆け巡る。血濡れた得物の柄をぎゅっと握りしめて、奴に向ける。
あぁ、すっかり化けの皮が剥がれたのだろう。兎衣のように見えたそれは、先程のやつらと同じ顔、同じ表情、同じ声で私を遠退けようと鳴いている。叫んでいる。
それが──堪らなく不快だと、言わなかっただろうか。
私は一息、リボンの上から、心臓の辺りに欠けた包丁を差し入れた。もはや慣れた感触、少し押し返されるような勢いも気にならない。白いシャツに、じわり、じわりと血液が滲んでいく。
途端にソレは静かになって、虚ろに、地面に倒れこんだ。呆気ない。所詮彼女も、私を見てなどいなかったのだ。
「……これで最後、かな」
抜けるような青だった空は、いつの間にか、おどろおどろしい雷雲に覆われていた。眼下、つまり校庭には虫のように蠢く数えきれないほどの野次馬と赤いパトランプが敷き詰められており、数百の瞳が私を映している。沢山の銃口が私を捉えている。フラッシュと他人顔。
一際大きくサイレンが耳を突き刺して以後、景色はぷっつりと途絶えた。
外法少女★マジカルぶつり