1
1
それは、非常に稀な事だったのではないのだろうか。仕事を終えて、ビール片手に道を歩いていた。いつも通りに路地を曲がり、古くさいアパートの姿が見える筈だった、のだが。
「燃えてる...」
そう、燃えていた。炎がアパートを包んでいる、火事みたいだというか、それは火事だった。つまり、自分の家が燃えていた。周りには適度な野次馬と、消防車の明るい色彩。とりあえず、これが現実なのかはわからないが、確かめるべく歩みを進める。うん、間違いない。煙が凄い。なんか焼肉屋に来たみたいになってる。間違いない、火事だこれ。
「勘弁してくれよ」
思わずそう呟いたが、炎は止む事を知らずに、楽しそうにごおごおと燃えている。くそっ、代わりに上司の家が燃えれば良かったのに。
「すみません、通してください」
そんな物騒な事を考えながら、野次馬を二つに分ける。皆自分の顔を見たが、悲壮感が漂っているのか、特に何も言わずに通してくれた。最前列まで来て、自分の借りている部屋を確認する。なるほど。
「駄目だこれ」
そこには、完全に手遅れな光景が広がっていた。詳しく説明すると、自分の借りている部屋は二階建ての内の一階の右端なのだが、まずその辺りから激しく燃え上がったらしく、黒く変色しており、どうしようもない感じになっている。そこから更に火が上に燃え移ったのか、二階が激しく燃えている、という状況であった。さながらジェンガの最終局面の様になっており、つまりはアパートが倒れそうになっていた。勘弁してくれよ、明日も仕事なんだよ、俺の責任じゃないよね、これ。
「すみません、住んでいる者なんですが」
慌ただしく動く消防隊員に声をかける。ちらっとこっちをみて、こう言った。
「うわっ!君口臭いな~」
1