(サンプル)惚れ薬ってどんな味?

第二十二回文学フリマ東京_サンプル

   1

 最近姿を見せていなかったつばさ先輩がひょっこり顔を出したのは、冬休み前日のことだ。
「みんな元気にしてたかい?」
久々の来訪に私たちは歓喜した。
「つばさ先輩だ!」
 ユカが指差しながら叫ぶ間に、カオリちゃんは椅子を蹴倒しながら駆け寄り、
「会いたかったですっ」
と抱きつく。む、抜け駆けはずるい。
私がてけてけと歩み寄ると、
「相変わらず可愛いね、ハジメは」
 ……頭撫でられた。幸せだー。
「相変わらずつばさったら女たらしなのね」柔らかな非難が入る。
 声のした方に目をやると、みゆき先輩が柔和な顔をしていた。
 ああ、この感じだ。
 5人揃って、初めて店名って感じなんだ。
「いやあ、僕ってば相変わらずモテちゃうからつらいよね」
 先輩の高笑いが、こそばゆい。
「ほらカオリ、そろそろ離れろー。先輩が座れないだろーに」
「嫌ですー」
「わがままゆーな!」
「ユカ先輩には関係ないですー」
「なんだとー……じゃあこーしてやる!」ほっぺむにー。
「うーーいたいれすーー」
 ユカちゃん力強いから痛いだろうなあ。
「こらこら、喧嘩しちゃだめだろ?」ユカにデコピン。
「あだっ」
 おでこをさするユカちゃん。つばさ先輩も容赦しないからめっちゃ赤くなってるし。
「カオリも、僕にそろそろコーヒー飲ませてくれ」
 しぶしぶ、といった様子を1ミリも隠さず、不貞腐れながら離れるカオリ。こういうところが、庇護欲をくすぐられる。
 先輩が席に着くのを見計らって、マスターが注文を取りに来る。
「久しぶり」
「マスターの入れるブレンドが恋しくなってね」
「ガキんちょがそれっぽいこと言うようになったな」
 口元に笑みを浮かべながらカウンターへと戻るマスター。
 その口から時折溢れる知的な言葉使いとか、コーヒーへの真摯な態度とか、つばさ先輩に負けず劣らずかっこいい要素が揃っている。けれども。軽く巻いた癖っ毛と、手入れしていない無精髭と、身体の縦横比が1:1と、どう見ても服を着たクマだ。もしくはフィクションに出てくる、山男。多分夜道で声かけられたら失禁すると思う。
 つばさ先輩は運ばれてきたカップに指をかけると私たちに目配せをした。小競り合いを繰り返していたユカとカオリちゃんも慌てて自分の飲み物を手にする。
 曰く、落ち着いた喫茶店では食器同士がぶつかり合う音はカップとソーサーとスプーンの3者の間からのみ、するべきだというつばさ先輩の持論から、私たちの乾杯は軽く掲げる、キザなものだった。
 つばさ先輩は掲げたカップを口元に運ぶか一瞬躊躇したのち、ソーサーに戻した。
「俺のブレンドは冷めても美味しくってのを意識しているとはいえ、どうせなら熱々を飲んでもらいたいものだ」
 カウンター越しにマスターの嫌味が飛んでくる。
「では卒業までに一度は、火傷しながら楽しませてもらうとするよ」
 卒業という単語に、ずきんとした。
「ところで、僕が来てない間に、変わったことはないかい?」
 うーん。毎日毎日喪失感に打ちひしがれていたけれど、それ以上に変わったことはなかったような。
「ただでさえ客の来ない店なのに常連が一人減って、がらーんとしてましたネ」
「ユカちゃんダメだよホントのこと言ったら! ……あ」言ってしまった。
 恐る恐る振り返ると、マスターは悲しげな目をしていた。
「ハジメはユカと違ってわかってくれていると思っていたのに」
「こらこら、中年男性がメソメソしても女子高生には気持ち悪いとしか思われないよ」つばさ
先輩の追撃。
「中年じゃねーよ! まだ20代だぞ?」
「……それは失礼」
 マスターさんって20代だったんだ。東高Oみゆきなのは知ってたけど。
 この喫茶店ロッキーは東高の裏にあるから、もっと高校生で賑わいそうなものだけれど、正門から駅まで15分。途中にマックもサイゼもあるから、みーんなそっちから帰ってしまう。おまけに、裏門を使うのは自転車通学をしている生徒ばっかりだから、みんなロッキーの目の前を自転車で駆け抜けていく。そんなこんなで、私たち以外のお客さんをみたことがないのだけれど、カオリちゃん曰く、ここいらのコーヒー好きの聖地として名高いらしく、土日には遠方からのお客さんで溢れているらしい。平日にマスターが時々お店を空けるのも、最初はパチンコでもしてるのかと思っていたけど、ご近所のお得意さんに配達しているようだ。
 あんまり細かい話はわからないけど、私にとって大事な場所だから、もうちょっとなくならないでほしいな、と思う。
「そういえばマスター、今年の年末は店閉めるんだね」
「まあちょっとな」
 ユカちゃんがけたたましくドアベルを鳴らしながら外の張り紙を確認する。
「本当だー全然気がつかなかったわ。つかマスター、明日から7日までって結構休むのな」
「そんなに?」珍しく反応するカオリちゃん。
「マスター、そんなに休んで、この店潰したら怒りますよ」
「お前みたいなコーヒー好きが常連でいる限りは潰さないように頑張るさ」
「キザなやつだな」と苦笑するつばさ先輩。
 つばさ先輩のグラスが空になりかけて、そろそろお開きかなって雰囲気が漂いだした頃、
「マスター、合鍵を貸してくれないか」
と言い出した。
「なんだ、自習室代わりにでも使うのか」
「違う違う、クリスマスパーティーをここでやろうかと思ってね。……おい、何言ってんだこいつ、みたいな目で見るのはやめろ」
「何言ってんだお前」
「口に出すのもやめろ」
 私はびっくりしたフリをしていたけど、凄い嬉しかった。今年は難しいかなーって思っていた矢先に、一番参加できなさそうだった先輩が言い出してくれたから。
「え、あの、先輩、大丈夫なんすか?」あのユカちゃんですら面食らっている。
「大丈夫だよ、たった数時間の息抜きなんだから」
「そんなもんなんすかねー……」
 マスターはしばらく唸っていたが、やがて、
「火の不始末だけは勘弁してくれよ」
と念押しながら、合鍵を預けてくれた。いい人過ぎやしないだろうか。
 でも、
「やると決まったからには、楽しいパーティにしたいですね」
と思わず言ってしまうぐらい、嬉しかった。カオリちゃんも口には出さないけれども、顔がほっこりしている。
 数日前から、ずっと気になっていた話題ではあったのだ。みんなつばさ先輩と一緒にクリスマスに集まりたかったけれど、この時期の受験生に声をかけるのがはばかられていたのだ。優しいつばさ先輩のことだから、きっと呼べば来てくれただろう。でももしそれで受験がうまくいかなかったら、みんなが苦しい。
「やるとしたら25日でしょ? みんな時間ないし、それぞれにプレゼントを用意するんじゃなくて、プレゼント交換会にしない?」
「あーそうしてもらえると助かるよ」
「じゃー決定っすね」
 一瞬、カオリちゃんの顔が曇った気がした。こういう、常時臨戦態勢なところは見習うべきかもしれない。
 そうでもしないと、つばさ先輩を取られちゃうかもしれない。
 
   ***

 くじ引きで役割分担を決めたら、つばさ先輩がケーキ担当になってしまった。こういうところは、もってるなあというか。
 私の担当は当日の飾りつけだから、誰よりも早く会場に向かう必要がある。正直、不安だ。別に朝に限ったわけではなくて、遅刻癖がある。大事な約束に限って、なぜか妙にゆっくりと準備してしまうのだ。朝のニュース番組の占いに見入ってしまったり、今日履いていく靴下をじっくりと選定してしまったり。
 だから、18時開始のパーティーだろうと、遅刻する可能性は朝6時集合と大して変わらない。
 そんな不安をつばさ先輩に話しながら、私たちは帰路についていた。
「これまでもそんな理由で遅刻してたのか、君は」
 くっくっく、と笑うその無邪気な顔は、凛々しくもある。
「別に先輩やみんなとの約束をないがしろにしているわけではないんですが、結果的にそう振る舞っているのと同じですよね」
 毎回反省はしているのだ。ただ、どうにも、改善されない。
 んー、と唸りながら眉間を人差し指で押さえるという、こてこてのポーズのまま並んで歩いていた先輩だったが、急にぽんと閃いたようだ。
「ハジメくん」
「なんでしょう」
「君は、僕たちとの関係をどう思っているのかな?」
「急に何事ですか?」いつもの突拍子もない思い付きだろうか。
「思うに、君は逃避しているのではないかな。僕たちそのものではないだろうが、例えばこの輝かしい青春の日々の終わりから、とか」
「……わかりません」
「まあもしそうだとしたら、早めに受け入れた方がいい。この世は出会いと別れで満ち溢れていることを」
「……わかりません」
 いや、わかっている。私たちは高校生で、先輩は一つ年上で、一年早く高校を卒業し、新しい出会いの渦に飲み込まれることを。別に私たちのつながりが途切れるわけではない。でも美しい過去の思い出として仕舞われてしまうだろう、きっと。私はその変化に取り残されて、先輩の残した爪痕にすがって生きていく。同じ学び舎、同じたまり場、同じ進路。でもどれだけどれだけ追いかけても、私は一人だ。
「そんな顔をするなよ、僕がいじめたみたいじゃないか」
「先輩がいじめたも同然です。責任とってください」
「可愛い脅迫者だな。どうすれば責任とれるのかな?」
 私をずっと隣に置いてください。
 僕のものだと言い張ってください。
「大変な時期だと思いますけど、どうか当日、いらしてくださいね」
「そんなこと頼まれなくったってそうするのに」
「いいんです。あえての約束ですから」
 先輩が足を止める。振り返った私を直視して、言うのだ。
「約束しよう。当日は、君のユカに、馳せ参じようじゃないか」屈託のない笑顔。
 私はうつむきがちにうなずくとそそくさと振り返って歩きだした。そうしないと顔が赤くなっているのをごまかせないから。
 ああ、やっぱり。
 私はつばさ先輩が好き。

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  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-19

CC BY-SA
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