(サンプル)一年六組は四十二人

北田灰色 作

第二十三回文学フリマ東京_サンプル

第一章 一年六組は四十二人になる

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 僕のクラスに彼女がやってきたのは確か五月の二週目とかだったと思う。
 ちょうど体育祭とその後の打ち上げが終わって、内部進学組と受験組が打ち解けてきて、これからこのクラスの関係性をずるずると引きずった中学校生活が展開されていくんだなってタイミング。様子を伺っていた連中もクラス対抗競技でのリーダーシップをうまく利用して「まとめ役」っていう教師の信頼を獲得して、あからさまなスクールカーストを構築したあと。
 父親の転勤と引っ越し、当たり障りない挨拶を経て、彼女は僕のクラスに所属することになった。控えめに表現しても美少女で、それをひけらかして男に媚びへつらわない彼女は、異性からも同性からも好かれた。当然のようにカーストピラミッドの最上部が彼女のポジションとなり、一度かき乱された僕らのクラスの秩序は一ヶ月もしないうちに以前とは違う形にひとまず落ち着いた。
 クラスの下の方で誰かとひと括りにされることなく、宙ぶらりんな扱いをされて淀んでいた僕と彼女には、クラスの中で一番の共通点があった。ここで言う一番の共通点というのは僕視点であって、当然ながら彼女が一番共通点を持つ人間は他にいるだろう。例えば元ピラミッドの頂点で今は彼女の親友のバスケ部キャプテン候補、とか。彼女にとって僕との関係はコンビニ定員とのそれだろう。そこに行けばいる。事務的なやりとりが発生する。場合によっては手と手が触れ合うことがある。僕は図書委員で、彼女は貸出希望者。
 僕がカウンターに入るのは水曜日の放課後だけで、彼女の貸出記録を見ると毎日何か借りては返して、借りては返してのようだからそんなに頻繁に顔を合わせるわけではないけれども、僕が無駄に脳の容量を使って接客態度の悪い店長のシフトを覚えてしまうように、彼女もなんとなくその日その場所に僕がいるということを脳みその隙間に押し込んでくれた。その証拠に、目があうと会釈してくれるようになった。
 でも彼女の優秀な脳みそは同時に、僕がクラスでどういう状況にあるかということも一瞬にして、しかも寸分の狂いもなく把握していて、だから決して教室内では僕を空気のように扱ってくれた。僕は好奇の視線を浴びることなく、彼女との関係を深めることができて、嬉しかった。みんなが、最近好きな音楽の話や昨日見たドラマの話や薄気味悪い美術部顧問の話で彼女と談笑している中、僕は頭の中で彼女と本についての高尚な会話をしていた。なんならアフタヌーンティーの小道具なんかもさらっと登場する自然な妄想だった。そうして僕は僕の中で、彼女と関係を徐々に深めていった。
 
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 図書室というのは往々にして密談に使われる空間なので、いつでもそこに空気として存在している僕は実はいろんな秘密を抱えていた。もちろん、彼女の秘密も。
 彼女は図書室にいつも一人で来たが、一度だけ未来の女バス部長を連れてきたことがある。部活も活動停止になるテスト期間だというのに、本なんか借りて帰る、そして成績優秀な彼女に対してクラスメイトが疑問を抱くのは何ら不思議ではない。そこで彼女は、やや言いよどみながら、親友に硬い口止めをしながら、頬を赤らめて、次のような秘密を漏らした。彼女の学業成績は大学生の家庭教師によって維持されている。そしてその家庭教師は文系インテリメガネで、よく本をおすすめしてくれる。彼との関係を良好に保つために、本を読んだ感想を共有しているのだ。そこには好意はあるが、恋愛感情ではない。そんな感じのことを彼女にしては冗長に、まどろっこしく、照れ隠しの笑いを乱発しながら伝えていた。
 僕が思い描いていた会話のうち、二割ぐらいはきっとその大学生との会話にも登場しただろう。でも、残りの八割は僕の想像もつかない、小難しい単語を駆使した、嫌味にならない程度に博識なところをひけらかした発言とそれを無条件に褒め称える相槌の応酬なのだろう。別にそのことに嫉妬するわけでもないし、対抗意識も芽生えやしないが、ちょっとイライラした。
 でも次の日になってもその次の日になっても、その話題が校内はおろかクラス内すら駆け巡っておらず、僕の秘密の価値が高まったことによって少し溜飲が下がった。この秘密の価値は後日大暴落するのだが、そもそも彼女のランクも大暴落するので市場に大きな影響は与えなかった。

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 至極当然のことではあるが、話しかけてもかろうじて生体反応を返す程度の、百二十パーセント仕事をサボりそうにないやつと一緒にいたら、俺いなくてよくね?と思うようになるだろうし、それを行動に移すだろう。そうして僕が一人で図書委員の責務を果たしているとき、彼女は目的の本を見つけられずに助けを求めてきた。
「探してる本があるんだけど......」
あくまで対コンビニ定員の態度で。イメトレだけは無駄に重ねていた僕は、偽りでしかないキャラクターで応対する。
「何探してるの?」
彼女の驚きはもっともで、僕も、
「箸いる? スプーンにする?」
とか店員に聞かれたそれなりにびっくりすると思う。
「えっと、草野心平の蛙って詩集なんだけど」
「ちょっと待ってて」
本来ならば、颯爽と本を見つけ出しに行くところではあるが、僕のポンコツな頭では探している最中に著者とタイトルがどちらも改変されることが大いにあり得るので、ワタワタと机上の紙に書き取る作業が発生する。
 綺麗な字を書くということはイメトレだけではどうにもできない点であり、僕は遠い国で使われていそうな字を使ってメモを作るところを彼女に凝視されてしまう。そこで何も言及しないのは彼女のいいところであり悪いところであるが、きっと可愛いからいいところなのだろう。彼女としては僕が正しい書名と著者名をメモするか監視したかったのだろうとは思うが、普段日陰で生きている僕には直射日光はきつい。
 汚すぎて手の震えが反映されているのかいないのかわからないメモを持って僕は本を探す。三メートルぐらい後ろから彼女がついてきている気がするが、タイル状のカーペットが敷き詰められた図書室では足音からは判断できず、かといって振り返るわけにもいかず、神経過敏になって衣擦れの音が聞こえてきたりして、耳キーン。
「あ、......自分で多少探した?」
詩篇のコーナーを素通りしそうになった気まずさをごまかすために、本当に適当な質問をしてみる。
「一応、一通りは。あとは生き物のコーナーも見たんだけどなかった」
「生き物?」
「ほら、タイトル的に誰か間違えてもおかしくないかなーって」
こんな人もまばらな学校図書館でわざわざ本を正しい場所に動かそうとする辺鄙な人はいるはずもなく、つまり遠回しに図書委員の仕事の雑さがこの事態を招いたのだと指摘しているようだ。振り返って、「僕らの無能さではなくて自らの愚かさともっと真摯に向き合った方がいいよ」と言いたかったけれども、学年もクラスも名前も性別もわからないもう一人いるはずの水曜日担当の図書委員のことを思うと言葉が詰まった。
 結局のところ、探していた本は司書の気まぐれによって今月のおすすめコーナーへと移動されていた。たまたま、詩歌コーナーから料理コーナーへと向かう道のりがおすすめコーナーを経ていたからよかったものの、そうでなければ永遠に見つからなかった可能性がある。ちなみに料理コーナーを候補にあげたのは僕で、だって彼女が生き物コーナーに間違えられうるのであれば、食べ物関連で間違えられることだって全然考えられるし。
 これもたまたま、というよりは意図して料理コーナーに行こうって言わなかったから、彼女は僕がどんぴしゃりに蛙にたどり着いたと思っている。やったね。だって、ただでさえ人と喋らない僕が、ちょっとやそっと脳内会話をしたところで現実の彼女と最低限の事務会話以上のことができるわけ無いじゃん。

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2016-11-19

CC BY-SA
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