あの大きな木の下で

第一話

死んだ人間が生き返ることがあるというのを聞いたことがある。
小学六年生の頃、僕は親友だった林とよく遊んでいた。
そいつはオカルトじみた事が大好きでいつも僕に霊的現象とか超能力とかパラレルワールドについて無我夢中で自己充足のために僕に話していた。それは僕にとって興味を受け付けない話題でいつも曖昧な返事をしてどうにか早く終わらないかと思いながら別のことを考え、一切彼の話を聞こうとしなかった。さすがに態度に出しすぎていたのか彼はいつも話の終盤になると不満そうな顔をして僕に文句を言い、何発か蹴りを入れられると話は終わる。そういった彼の決まった一連の動作が始まるとようやく話が終わると思い僕はいつも解放感に浸されていた。
しかしある日林は病的なまでの形相で僕の家に来た。
彼の表情から遊びに来た様子ではなくただならぬオーラが感じられ、僕は面食らいながらも彼を中に入れ、猛ダッシュで来たのか息切れが激しく大量の汗をかいていたのでタオルとコップ一杯の水を出した。
僕は何故か不吉な予感と感じたことのない恐怖に襲われた。彼の身に一体何かあったのかもしくは彼が犯罪的な何かをしたのか、もしかしたら命を狙われていて今すぐそこまで凶器を持った男が迫ってきており必死になって逃げてきたのかもしれない。当時の僕はとても純粋で純粋であったからこそ彼の変わりように驚いていた。おそらく小学六年生の僕が彼の事を言葉で表したならば”化け物”であり、そしてそれは林に対する僕の恐怖心でもあった。それほどまでに彼は崩れていたのだ。
しかし林がある意味で化け物であった事に間違えはなかった。
次の瞬間彼は強すぎる好奇心から芽生えた恐怖心を含んだかのような笑みを浮かべ震えながら言った。
「俺…死のうと思う」
最初なんと言ったのか理解できなかったのでもう一度聞くと、不意に脇の下からジワリと汗が出ている事に気づいた。
林の目はまるでどんなに鮮やかな色を加えても真っ黒で、その核心には私怨私欲のみが埋めいているような大量殺人の実行犯のそれと一脈相通自ていた。
そしてだんだんと心拍数が上昇している事に気づき、呼吸も早くなる。
僕はようやく開いた口で林にその理由を尋ねた。
するとそれは考えようもない前代未聞だった。
「幽霊になりたいんだ」
多分僕はもうこれから彼が死のうと死にまいとも関わることをやめるだろう。もはや僕の目には林が紫色の血に染まった”化け物”にしか見えなくなっていた。
それから彼は僕に淡々と死に方や幽霊になってからの予定を話した。それは彼にとっていつものようにオカルトチックなことを僕に話しているかのようで、既に顔色は良くなってきていた。おそらく彼が病的なまでにひっそりとしていたのは慣れない過度な運動と、自分は死ぬという強い恐怖心の一時的な表れだったのだろう。

次の日林は通っていた学校の校門前でカッターナイフで手首を切って死んでいた。校門前は真っ赤な血の海から強い腐敗臭が漂い、警察や救急車が何台も停まっており、もはや学校すらほぼ見えない状態であった。

林は小学四年生の頃からふとした事でいじめにあっていた。そのいじめは直接的に攻撃するものでなく、上靴を盗んだりテストの点数を改竄したり給食にわからないようにネジを入れたりクラスメイトが交代で彼の所有物をこっそり破壊したり体操着を破いたり、学年が上がるごとに程度がエスカレートしていった。林は先生や親や僕に、虐められていることを一切話さなかったので彼がそんな事にあっているという事実も知らなかった。彼は虚構の人柄を作っていて、顔や態度にも出さないようにし、破壊された所有物は毎月もらっている小遣いでやりくりしており、自分がいじめられているという事実を完璧に隠していた。
林はどうしようもなく自分が虐められている事を発覚されることが嫌だった。哀れんだり心配されるような弱い人間ではありたくないという強い自尊心を持っていたのだ。
しかし、とうとう虐めはピークに至り、直接的暴力が増えていった。何人もが林の周りを囲み一人ずつ攻撃して彼が一番辛そうな表情をしたら勝利、という彼の体を使った遊びが日に日に増えていった。
当然だが顔中にできた痣や切り傷は隠しようがない。だから家に帰り、その傷について母に問われた時は身震いさえ感じたらしい。
そして林は死ぬ事を決意した。
前々から持っていたオカルト知識で、強い恨みや念を持っていれば死んで幽霊となってあたかも生き返ったようになるーーという知識を身につけており、彼は自身を痛めつけてきた奴らにしんで幽霊となって復讐しようと思ったのだ。
林はうらめしやと、お決まりの言葉を持って出てくる幽霊に相応しかった。それほどに恨みや念を抱えていたのだ。
そうして林は僕に遺書のようなセリフを吐いてから校門の前に行き静かにこの世を去った。
林が幽霊となって復讐できたのかはわからない。だけど多分そんなことは無意味なのであろうと僕は思うのだ。
林が死んだその時から僕は、人が死んでも幽霊となって生き返るーーという事をなんとなく信じがたいように感じないこともなかった。

第二話

話は変わるが僕が高校一年生の時ちょうど入学して間もない頃、下校時に携帯を教室に忘れてしまった事がある。既に午後七時を回っており、家から学校までかなり距離があったので取りに戻ろうか懸念したが、やっぱり自分の個人情報が入っているものを野放しにしては容易に落ち着かなくなり仕方なく学校に取りに行った。
中学から部活動に所属していなかったせいかこんな時間帯に外に出るのはなんだか新鮮な感じがした。飲食店から漂う何種類もの調味料や具材が入った出汁の香り、甲子園に向けて練習する強豪野球部の声、カーライトがまるで一つのイルミネーションのようで、信号機のカラフルな色が混じり一層荘厳さを増している。
いつもと同じ通学路を通っているはずなのに、まるで別の世界に迷い込んでしまったかのように、知っている世界が未知の世界に変わっていた。
いつもなら一時間はかかるはずなのに、まだ一分すら経っていないようだった。
僕はいつの間にか学校に着いていたのだ。
学校には残って勉強している人、まだ部活をして声を張り上げている人、楽しそうに集まっておしゃべりしている人などまだたくさんの生徒がいた。
僕はいつものように自分の教室に向かった。すれ違う人には僕をまじまじと見ては笑っていたが何が可笑しいのだろうか。それは多分僕が制服ではなく部屋着で学校に来てしまい、しかもその服のデザインが明らかにダサいと思われたからだろう。ファッションに全く興味のなかった僕は自分の格好自体外に出るときに一々確認なぞしなかったのだ。
そんなこんなで教室に着くと、中にはどうやらまだ生徒がいるようだった。しかし僕は気にせず中に入り自分の席に向かった。
やはり机の中に携帯があり、ホッとしてこそっとポケットにしまいこみ、教室を出ようとすると不意に声をかけられた。
「忘れ物?」
秋もそろそろ終わりを迎え冷え込んでおり、薄着だったせいで寒さで震えていたはずが、彼女のその一言がはなたれた途端、まるで春が来たかのようにほんのり暖かくなった事に感じた。桜でも咲いてるんじゃないのか、そういった感覚だった。
それは唯僕が久しぶりに異性に話しかけられどぎまぎしたからではなく、彼女のその春の海のように穏やかな声音は不意にも僕の頭の中に何度もリフレインして、クラシックコンサートに行った時にあまりの荘厳さに鳥肌が立つような感覚に襲われたからである。
僕は数秒間の沈黙の後返事をした。
「そうだよ」
鬱陶しいくらいに聞こえていた部活動の声が止んだように感じた。
二人だけのこの空間は彼女の呼吸さえ聞こえそうな位静かで僕の心臓の音が早くなっている事に気付かれそうで怖かった。
そして僕は今までに感じたことがないような不思議な感覚に包まれた。
「私も忘れ物取りに来たんだけど、見つからなくて」
夜の教室にいる彼女は不気味なほど美しかった。それは僕の言葉では表せないほどに。
「探すよ、どんなの?」
今日の僕はいつもの僕じゃないように感じた。いつもの僕ならこんなおせっかいな事はしないし、人とこんなに明るく話したりはしないのだ。なんせ僕は林が死んでからというもの人間が好きでなくなったのだから。
「ベージュ色のハンカチ」
「それは君にとって大切なもの?」
「うん、宝物、死んだおばあちゃんがくれたんだ、結構いい値段するって言ってたよ」
「それは大変なものだ、急いで見つけなくちゃ」
「…ごめんねありがとう」
僕は「いいよ」と言うと机やロッカー、教卓の中など様々なところを探し始めた。

あの大きな木の下で

あの大きな木の下で

ある日僕の前に自分のせいで死んでしまった初恋の相手が幽霊となって現れた。 それによって再度芽生える恋されど悲しき恋。 新たに出会う女性。交差し混ざり合う自己の感情。 彼女は何故僕の前に現れたのか、そして四年前のあの約束の場所で会うはずだった悲しい過去。 過去と現在の様々な思いが駆け巡り僕たちはあの約束の場所で”彼女に”言う”はずだった事を死んでしまった彼女に告げる!!

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-19

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  1. 第一話
  2. 第二話