廃棄物たち
僕らは捨てられた。
ゴミだらけの家で生まれそこで死ぬ運命なのだと告げられるように乱暴にドアが閉まった。
伸ばした手は宙を搔いた。
妹は不安そうに僕を見る。それを見て大丈夫だよと笑った。
両親はゴミを捨てられない人たちだった。
そして毎晩飽きることなくセックスと酒に溺れた。
周りからはゴミ屋敷と言われていた。
何日も捨ててない生ゴミと洗ってない衣服で溢れ返り部屋中に異臭が漂っていた。
だけど僕らにはそれが当たり前だった。
食べ物はゴミ箱から漁ってきたものを食べ、床に散らばった洋服は布団代わりに使っていた。
家に溜まっていくゴミがまるで僕らのようだと思った。
両親から生まれた廃棄物。いずれは捨てられる運命。
それを裏付けるように彼らは僕らに無関心だった。
あるとき、母が出ていった。
彼女はこの生活に嫌気がさしていたらしい。
たまにしか帰ってこない父は家に寄り付かなくなった。
残された僕らは互いに支えあって暮らさざるを得なくなった。
台所の調味料は一通り飲み干した。
それでも空腹はおさまらず部屋にあったダンボールをふやかして食べる。
味のないそれは僕らにとって最後の晩餐と同じだった。
妹はとうとう動かなくなった。
背中と腹がくっつくぐらいあばらが浮き出ている。
僕はそれをただぼんやりと眺めていた。
涙も最初のうちは流れていたけど今はもうすっかり乾いていた。
僕らは廃棄物だ。そしていずれは捨てられる運命。
だけど妹がいたから不思議とそれが寂しくなかった。
力尽きて目を閉じると玄関の方が騒がしくなった。
起きて確認する気力もなかったのでその様子を寝ながら傍観していると知らない大人たちが入ってきた。
僕らは再び外の世界を見ることができた。
数年後、彼女はきれいなドレスを着て男の人と腕を組み歩いていた。
僕は傍らからそれを眺めおめでとう、と言って祝福した。
僕らはあの日近所からの通報によって救われた。
何日も食べ物を口にせず痩せ細った体を見て大人たちは何が食べたいかと尋ねた。
僕は迷わずダンボール、と答えた。
それから今までとは比べ物にならない程のあたたかい食事と布団を与えられた。
妹は高校を出てすぐに結婚した。
純白のドレスを着て化粧をした彼女は見違えるようだった。
そして子供を身ごもった。
僕らは一身同体の双子。
嬉しいのに心の何処かで身を引き裂かれる思いだった。
僕は妹にまで捨てられてしまったのだと思うようになった。
そして僕は決心した。僕らが暮らしていたゴミ屋敷へ行くことを。
両親はもういないけれど僕らにとっては唯一自分たちの実家と言える場所だからだ。
しかし家は綺麗になくなっていた。
ゴミだと思われて全て業者に取り壊されてされてしまったようだ。
跡形もなくなったその場所に膝をつき僕は初めて泣いた。
僕にはもう何もない。何もないんだ。
あの時の感情は今でも口に表すことはできない。
そして十年後、僕はきれいな新品のスーツを着て電車にのっていた。
温かい食事、あたたかい布団、もう見ることはないと思っていた外の世界が当たり前になった。
そして新しく僕の家族になった妻と息子。
彼らは決して廃棄物なんかじゃない。僕を決してゴミ扱いしない、僕の自慢の家族だ。
妹とは今でも連絡をとっている。
彼女の子供が成長しているのを見て素直に嬉しく思った。
でも、時折ふと恋しくなる。
ゴミの山で暮らしていた子供の頃を。
愛情の欠片も感じなかった両親に、一度だけ頭を撫でられた時のことを。
あの家は消したい過去でも憎悪の対象でもなんでもない、僕の世界の一部だったのだ。
廃棄物たち