かなしいことがあった日の夜は犬を数えるといいよ

 かなしいことがあった日の夜は犬を数えるといいよ。犬のことを思い浮かべて、いろんな種類の犬の姿を想像して、数えるといい。そうするとよく眠れるからと教えてくれたのは変人で有名なぼくのおじさんで、おじさんは変人なのだけれど親戚の中ではいちばんやさしい人で、お年玉の金額がいちばん高い人だ。おじさんはお金持ちだった。小説家だった。むかしは売れる小説をばんばん書いたけれど今は売れる小説を書くのに厭きたので、わざと売れない小説を書いているらしい。おじさんは海のある街に住んでいる。おじさんは自分は海から陸に上がってきた海底人なのだと言っていたが、地底から地上にやってきた地底人と言っていたこともあるし、宇宙からやってきた異星人だとも話していたことがあるので、実際のところはよくわからないが人間のようで人間でないことは確かである。人間のようで人間でないおじさんは売れない小説を書きながら毎日海に行く。ただ眺めるだけのこともあれば、ひざまで浸かってみたりもする。冬でも泳いでみたりする。冬の海は痛いとおじさんは語る。どういう風に痛いのかと訊ねたら一度入ってみるといいと言われた。痛いのは嫌なので断った。胸のあたりが急速冷凍されて肺が冷たくなって息がしにくくなるのも勘弁だと思った。おじさんはきっと冬の海に一時間以上潜っても熱い火の中に飛びこんでも高層ビルから飛び降りても死なないような気がする。おじさんはそういう人な気がする。それは結局のところ人ではないからかもしれないけれど、おじさんが何者であろうがおじさんはおじさんであることに変わりない。三十四歳、独身であることも。
 ぼくはおじさんの教えに従い、かなしいことがあった日の夜に犬を数えてみた。柴犬、マルチーズ、フレンチブルドッグ、トイプードル、ダックスフント、セントバーナード、シェパード、ゴールデンレトリバー、チワワ。いろんな種類の犬を思い浮かべて、一匹、二匹と数えてみた。十、二十、三十と。八十、九十、百と。秋田犬、パグ、ビーグル、シベリアンハスキー、ポメラニアン、ボーダーコリーと。布団の中があたたかい。犬にまみれている感じだ。飼っていたハムスターが死んだよ。かなしいね。おじさんはハムスターよりもイグアナを飼えと言っていた。理由はハムスターはやわらかくてイグアナは比較的かたいから。そうだねイグアナの方がよかったかもねと思った冬。

かなしいことがあった日の夜は犬を数えるといいよ

かなしいことがあった日の夜は犬を数えるといいよ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-17

CC BY-NC-ND
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