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男の人の独白が始まって,女の人が中央にいた。すぐ傍で控える若い従者は,俯いているけど,判明する男の子。樹の陰から覗く一人の女の子がハラハラしている。それを演じているのは大人の人。だけど,幼い表情がコロコロ変わった。そばかすに赤いほっぺたが,おさげを振り回して落ち着かない。心配していることは一目瞭然。
やはり開いた口から語られたのは男性的アピール,けれど洗われた各単語に包まれたそれは実にもどかしく,核心に近付けない。それを察したのか,ぐるぐると周りを回る男の人。全く動かない女の人。何を思っているのか,従者の男の子よりは幾分上を向いているとはいえ,その表情は下半分しか窺えない。光がフードの覆いを助ける。動かない唇は無表情の現れのようでもあり,待ちきれないものを信じて待っているようでもあり,暗やみのうちでまぶたを開いて,寂しい目線を傍に向けて,振らない首振りで,関係性を揺さぶる。従者として優秀な男の子が気付いていない訳はない。またそれに,気付いていない女の子じゃない。もちろん,周り続ける男の人は何も知らない。


「緊張感」の一本は,確かに二人の間を繋いでいる。身分の違いは困難とならない,長く過ごしてきた年月は,飛び越えられるだけの地形となって,どこまでも行ける。陽の沈む方向に向かおうか,そうすれば,いつまでもあなたの顔を忘れずに済む。ぼくの姿を見失うこともない。夜はぼくたちの世界からいなくなる。夜がぼくたちを忘れてくれる。ここをまた,訪れることになっても,もう離れることはない。ここが始まりで,永遠の終わりになる。約束はいま結ばれる。短い返事のひとつ,あなたの思いですべてが決まる。ぼくの思いはこうなのだ。ああなのだ。
男の人の口上は,しかしそこからまだ続いた。いい加減,女の子も飽きてきたほど,しかし,女の人と,傍に控える男の子だけが微動だにしない。何も考えていないのか,考え過ぎて,もう考える必要がないのか。こうべを垂れた姿が動かない。立ち続ける姿に,疲れなんて見えない。まだ何も決まっていないのなら,愛を語り続ける男の人に感謝しているだろう。まだ,大事な答えを出すことを先延ばしにすることができる。すでに決まっているのなら,何も問題はない。できる返事は決まっている。閉じた質問に選択肢は二つしかない。どちらにしても,運命は決まる。これからが始まる。これまでが終わる。


女の子のことを忘れてなんかいない。彼女も,二人の運命共同体である。その愛が,男の人あるいは男の子のどちらに向かっていようが,女の子はそこで静かにホッとして,または静かに泣く。顔を覆って欲しくない,ときっと思う人はいるだろう。これだけ魅力的な女の子だから。男の子が,女の子にいつも言ってきた台詞のひとつだ。女の人も,女の子を認めている。その二人を信じている女の子は,だから期待していない訳じゃない。胸の内をさらけ出す,そばかすに赤いほっぺたが,心配を口にできない代わりに,つばを飲み込む。おさげを揺らす。両手を合わせて,そこに息を吐くような仕草は,季節と気温を運び込むようで,懐かしい。女の子は,よくこうして待っていたのだった。お家の手伝いを抜け出して,あとで怒られる覚悟を抱えながら,会える喜びと,過ごせる一日の始まりに向けて,果物のない大きな樹の下で,来てくれるのを待つ。随分と偏った描写だと揶揄できないのは,その場にいる内の,少なくとも三人分の気持ちが重なっているためである。同じ思いを感じることが出来るほどに,似ている。同じぐらいにあるはずの,それぞれに違う部分が関係できない。彼女も,二人の運命共同体である。
託せるものがここにある。


さあ,男の人だ。彼はそこに関係しようとしている。彼の思いから取った行動,それを支える決意である。その割に,核心に踏み込めないでいるのはご愛嬌。少しずつ,そこに向かっている。住んだ場所,過ごして来た自然,囲まれた学び舎,歩んで来た道,そこで諦めて来た夢,捨てなかった目標,手に入れたいもの。手に入れようと試みているもの。様々なことが三人とは違っているのだとしても,彼がきっかけで,事は動いた。彼は怯まない。どんなに彼が口にするものが迂遠かつ冗長に過ぎるものになろうと,彼は核心を見失わない。
常夜灯,と表現するならそうなのだろう。単純に,ランタンみたいなものと言ってしまってもいい。彼は言うのだ。最後の最後まで。


そして,台詞の最後を飾るのは,参考にするにはあまりにも,ありふれたもの。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-17

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