続・美しい言葉を話す女性は美しい(1)

前作「美しい言葉を話す女性は美しい」が好評だったので、もう一つエピソードをご紹介することにしました。
皆さんやはり審美的な読み物がお好きなんですね。そりゃそうですよね。Web小説なんて、電車の中で読むんですから。

前回は、紙幅の問題で2つのエピソードしかご紹介できませんでしたね。
元々のアイデアでは3,4つご紹介する心づもりでしたので、稿を改めてもう一つ、お話したいと思います。


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エピソードをお話しする前に一つ読者の皆さんにお伝えしておかなくてはいけないことがあります。
僕は書き物をする時、結末と、そこに至るまでのストーリー展開をごく大まかに決めた後は、後は筆に任せてある程度書き、そして読み返して内容を調整する、というやり方をします。

このエピソードについてどんどん書き進めて言った結果、これはまずいことになったと思いました。
前作『美しい言葉を話す女性は美しい』を書いた時は、これは映画評論家のように、審美的に、文章をまとめることができました。
しかし今回は、ストーリーが進めば進むほどに、つまり彼女と僕との関係が深まっていけばいくほどに、どんどん文章が主観的になっていってしまうのです。
端的に言えば、「美しかった」という観点ではなく「嬉しかった」という観点になってしまうのです。
しかし、より美しい美とは、その「嬉しかった」感情をもう一度思い出し、その中に浸り、いや浸りつくした後に、その時感じた感情を客観的に記述することによって伝えることが可能になるものであると信じます。

そこで、本稿では、まだ僕が審美的に彼女の言葉一つ一つを受け止められる部分までの記載にとどめ、その後の展開はまた稿を改めてご紹介したいと思います。
あの感情に浸り、浸りつくして、その感情を客観的に記述するというのは、これはなかなかに骨の折れる作業なのです。


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今回も、また素材はフィリピンでの思い出に落ち着きました。
何だってフィリピン人ばかり素材になるのでしょう?それはフィリピンの女性が直情的、感情的、そして刹那的だからだと思います。
本稿の主題は「美」ですね。しかも混じりっ気のない、現実の金銭的問題や政治社会的問題その他諸々を捨象した「美」を描こうとしていますね。
そういうお話を書くのであれば、これはフィリピン人とか、或いはおそらくは、ラテン系の人たちとの恋愛を素材とすべきです。
逆に、生々しい現実と真正面から向き合う者同士の愛、美もあります。むしろそれこそがある種本当の愛であり美です。
そういうものを描きたいのならば、おそらく中華系の人たちとの恋愛が素材として適していると思います。


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この女性はテアといって、背丈は150センチを少し超える位の華奢な人で、最初見たときにはそれこそこいつは栄養失調児だったんじゃないかと思うくらい細身の、というよりは小さい人でした。器量は十人並みといったところでしたけれども、良く笑う人でした。

しかし、この女性の熱量の大きさは半端なものではありませんでしたね。要するに、自分が良いと思ったものに対しては、恥も外聞もなく突っ走るのです。それを他人に咎められたり、からかわれたりすると落ち込むのですが、それでもまたすぐに起き上って突っ走る、そういう人でした。

この人は、彼女の第六感がどう狂ったのか、僕が酒もたばこも女もやらない真面目な好青年だと錯覚したらしく、着任早々2日目でしたか、何かのミーティングが終わった後、いきなり立ち上がるなり話したこともない僕に大声でこういうわけです。
"Hey, Hello! Will you join our team dinner on coming Thursday?"
これは我々出張者団のための歓迎会ですから、そりゃ出ます。
"Yes, I will."
いやまあ出ます、位のニュアンスですね。これは。
"Then what about our outing on this Saturday?"
アウティングというのは、まあいってみれば社員旅行ですね。何かどこかの海に連れてってくれるらしいと先に着任していた上司の田中さんから聞いていました。
"Yes, I will."
ええ出ますよ。そう答えました。
"Okay!!"
分かった!!といった感じです。

僕は、いやはやこの国では人との間合いの取り方が大分日本と違うんだな、と動物園でパンダでも見るような感覚で、彼女が部屋を出ていく後姿を眺めていました。


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テアはその日以降、毎日僕をお昼に誘いに来ました。
"Hey, Hello! will you join us for lunch?"(お昼一緒に行かない?)
僕は日本人ですからね、上司の田中さんに聞くわけです。
「田中さん、お昼はどうしましょうか?彼らと行きます?」
「まあ行くか。社食の味付けには大分飽き飽きしたけどまあ、安く上がるからなあ。」
実際200円も出せばお腹いっぱい食べられるのです。
「じゃあ、まあ行きましょう。」
そこで初めてテアの方を振り返っていうのです。
"Okay, WE will join."(みんなで一緒に行きますよ。)


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この人は本当に頭のねじが10本位ぶっ飛んでいると思います。
なんたって、彼女はミーティング中に僕がトイレに中座した時にトイレの前までついてきたんですからね。
普通だったら「何であんたついてくんの?」と聞くところですが、あまりに状況がぶっ飛んでいるものですから、こちらも何か気圧されて何も言えないわけです。
"Then I will wait for you here."(じゃあ、ここで待ってるね。)
"Oh, Okay..."(はあ、そうですか。)
トイレの中で、何がオーケーだよと自問自答するのです。全くもってオーケーじゃない。何ならWhat's wrong with your brain?とでも言っていいところだ。
しかしここは日本人の人の好さで、そうは言えないんですねえ。


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ある日また例によって、テアに誘われ田中さんその他に声を掛けて社食に行った時のことです。
座席を押えたときには遠くの方に座っていたテアが、トイレに行って食事を買って戻ると僕の隣に座っています。僕は一緒に出張していた先輩の沼田さんと久しぶりに日本語で昼飯を食おうと思っていたのです。
"Ah... you know, you see the difference in height of those two tables right? That one is rather higher. This one is rather shorter. And as you see, I am quite short girl. Then it is much more comfortable to sit on this table. So, I asked Numata-san to change seat. Do you get what I mean? ”
さて、本稿は曲がりなりにも「美しい言葉」が主題ですから、ひとつ夏目漱石の「I Love Youは月が綺麗ですねと訳せ」式の意訳を試みましょう。
「えっとね、、あっちのテーブルちょっと高すぎて座りにくかったから、沼田さんに代わってもらったんだ。ほら、みて。テーブルの高さ違うでしょ。まったくフィリピンの国産物って駄目ね。ねえ、いいでしょ?隣に座って。」
まあ確かに、テーブルの脚の具合がおかしくってちょっと高さが違いましたね。1センチくらい。

女というのは時に照れ隠しに長々とした言い訳をやります。
美しいとは思いませんが、健気だなと感慨深く思います。
もっと言えば、いじらしく思えてきます。
そういう女を目の前にすると、どうしても目尻が緩んでしまいますね。幸せな気分になります。


僕は差向いに座っている田中さんとべちゃくちゃしゃべっていました。田中さんはわが社には珍しい穏やかで、おおらかな人で、でもちょっとさびしがり屋なところがあって、そして街歩きが好きなところが僕と似ていたので、結構馬が合っていました。それに第一、昼飯位は日本語で食いたいという気持ちもあるのですね。

するとテアが出し抜けにこういいました。
"Hey, Do you have a girlfriend or."
ほお、社食でそれをやりますか。なかなかですねえ、あなた。
"No."
彼女の顔がほころぶのが目に見えて分かります。もうね、これは満面の笑みですよ。花で言ったらヒマワリですね。
このまま黙っていようかなという思いが一瞬よぎりました。と、僕の差向いの田中さんの顔が目に入りました。
はい、道を踏み外すようなことをやっちゃあいけませんね。ええ、分かってます分かってます。私曲がりなりにも社会人なんでね。
"But a wife.... and a kid."
彼女はOh..といったきり、30秒くらい下を向いて黙々とフライドチキンを食べていましたが、すぐに周りの現地スタッフとセブワノ語かイロンゴ語かでべちゃくちゃしゃべり出しました。

改めてこうやって書き出してみると、僕もなかなか味のある英語の使い方をすると、みなさん思いませんか?映画のセリフみたいじゃあないですか。
真面目に英語の勉強を学校でやっておいてよかったと思います。世の中何がいつどう役に立つか分かりません。
まあ、テアさんにしてみれば、そんな回りくどい言い方してくれなさんなよというところだと思いますが。


オフィスへの帰りしな、テアが僕の日本での社員証が鞄にあるのを見つけて、これは何だと聞かれたので、いやこれは日本オフィスの社員証だと答えたら、
"Oh, so handsome..."
とため息をついていました。そりゃあなた、4000円払って取った証明写真ですから多少とも映りはいいですよ。1500ペソですよ。
エレベータの雰囲気が凍りついたので、彼女が照れ隠しに
"Oh, it is just a joke. Do not take it seriously, okay?"
とテアを横目に、マアンという女の子がテアにこういいましたね。
"Hey Thea, Stay away from the married. Okay?"
火遊びはおやめなさい。と言っているわけです。マアンさんは、当地で唯一メモ帳を片手に僕と話に来る現地職員で、僕は彼女と話すときにはこうすうっと肩の力が抜けて、なにか久しぶりに実家に帰ったような気分になる、そんな人でした。「Ms.フィリピンの良心」とでも言いたくなる人でしたね。でも彼女もフィリピン人なんですね。ある意味、極端に奥手なだけといってもよかった。しかし本稿の主人公はあくまでテアです。僕は話しているうちに考えがあちこちに飛んでしまう悪い癖があるので、きちんとアウトラインを決めないと話の構成が無茶苦茶になるんです。


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まあしかし、端的に言えば、テアさんという人は、素っ頓狂なところは大いにあるが、しかし基本的には素直で情に厚い人なんですね。しかも情熱的です。
僕はそういう人が好きです。僕もテアに惚れました。その時の様子をお話ししましょう。

例によって、テアが僕をお昼に誘いますが、その日僕は何としても午後の2時までには片付けなくてはいけない仕事がありましたので、断りました。
「まったくフィリピン人ったあいい気なもんさあね、こっちゃあ本社の連中にガミガミ言われて仕事を片付けてるってゆうんに、あいつら馬鹿笑いしながら昼飯食ってやがる。まあこっちゃあこっちであいつらの10倍月給取ってるんだからしょうがないっちゃあしょうがないけどねえ。」
僕は自分で自分に愚痴るときには群馬弁になります。日系アメリカ人も1世2世だと臨終の言葉は日本語だそうですよ。母語っていうのは重いですね。

ため息をつきながら仕事を片付けているとき、マアン嬢が僕に声を掛けました。
"Hello, Sir. won't you have a lunch?”
"No. I got a task which has to be done by 2 in this afternoon. I'll go by myself after I have it done."
"All right. I got it."
まことに、どこまでも日本のOL然とした、さっぱりした応答ですよね。僕はこういうのも好きなんです。
簡潔かつ明瞭。これはすがすがしいですね。美しいと言ったら大げさですが、心地いいですよね。
元来僕は個人主義者で、一人でいる時間がないと気が狂う類の人間ですから、こういう間合いは嫌いじゃないんです。

彼女も昼飯を食いに行くのかと思いきや、彼女はまだ何か話すことがあるようでした。
"You know Sir, the reason why I asked if you are going to have a lunch or not is, Thea pinged me and asked me to urge you to eat lunch. She cares of your body.”
本社の連中の無理難題な指示と現地の連中の適当さに半ばやさぐれていた僕には、テアの想いが胸にしみいるようにすうっと入っていきました。
これは惚れましたね。すっかり惚れました。もし女性の読者がいらしたら、是非友達をキューピッドにして意中の人にメッセージを伝えたらいいと思います。きっと効きますよ。

マアン嬢はもうランチに行くというので、取り敢えずこういっておきました。
"Okay. Please say Thank You to Thea for me."

しかしマアン嬢も妙な人です。火遊びはおやめなさいと言っておきながら、火遊びの手伝いをしているわけですから。

続・美しい言葉を話す女性は美しい(1)

続・美しい言葉を話す女性は美しい(1)

前作「美しい言葉を話す女性は美しい」が好評だったので、もう一つエピソードをご紹介することにしました。 皆さんやはり審美的な読み物がお好きなんですね。そりゃそうですよね。Web小説なんて、電車の中で読むんですから。

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  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-17

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