桃太郎

 鬼ヶ島は今日も平和だった。
 仔鬼たちが駆けっこをして遊び、女鬼たちが井戸端会議に花を咲かせる。
 男鬼たちは農業や漁業などの仕事をして、日が暮れれば家に帰る。
 平々凡々な日々が過ぎ、鬼たちはささやかな幸せを堪能していた。
 都の方では鬼のふりをした人間が暴れて、鬼に責任を擦り付けているという噂もあったが、鬼たちにとってみれば、自分たちが平和に生活できれば人間などどうでも良かった。
 そう、鬼ヶ島はあくびが出るほど平和だったのだ。あの男が来るまでは――。
 ある日、島の周りを見張っている鬼が他の鬼たちに言った。
「なんか海の向こうから、この島に渡ってくる舟があるぞ」
 鬼たちは集まって、見張りの鬼が指差した海の方を見た。
 確かに海の向こうから、小舟がどんぶらこと鬼ヶ島に近寄ってきていた。
 小舟は何も迷う様子なく、鬼ヶ島の岩場に漂着した。
 鬼たちが固唾を飲んで見守る中、小舟からは一人の人間の男が降りてきた。
「人間だ、人間が降りてきたぞ」
「本当だ、人間だ。人間がここに何の用だ?」
「あっ、おい、人間だけじゃないぞ!他にもいる」
 その男の後ろからは、犬と猿と雉が一匹ずつ降りてきたのだ。
「犬と猿と雉をお供に引き連れた人間とは珍しい」
「まぁ、何はともあれお迎えせねばな」
「そうだそうだ、人間だろうが畜生だろうが、この島に来た余所者はみんなお客さんだ」
 鬼たちは心優しい者ばかりだったので、その男を手厚く迎え入れることにした。
 代表の鬼として、青鬼が一人、男の前へと進み出た。
「へいへい、ようこそいらっしゃいました、鬼ヶ島へ」
 青鬼はにこっと笑ったが、男はなぜか不機嫌そうな仏頂面だ。
「あなたはどちら様で、どこからいらっしゃったんですか?」
 青鬼が根気強く笑顔を浮かべて訊ねると、男はまだ仏頂面のまま答えた。
「おれの名前は桃太郎だ。見ての通り本州の方から来た」
「何の目的でしょうか?観光ですか?如何せん何もない島なんですが――」
「――退治しに来た」
「へ?今何と?」
「お前らを退治しに来た。鬼退治だ」
「た、退治って――」
 青鬼はようやく桃太郎と名乗るその男の殺気立った目に気付き、後ずさる。
 しかし、もう逃げるには遅かった。
 桃太郎は刀を抜き、目にも止まらぬ速さで青鬼の身体を真っ二つにしてしまったからだ。
 それを見ていた鬼たちは、みんな悲鳴を上げて逃げ出した。
 桃太郎はそんな鬼たちを追いかけ、次々と切り捨てて殺していった。
 鬼たちの混乱と恐怖はさらに広がった。
 鬼たちを殺したのは桃太郎だけではない。犬と猿と雉もだ。
 雉は目を突き、猿は顔面を引っ掻いて、犬は喉元を噛み切って鬼たちを殺した。
 抵抗する鬼ももちろんいたが、桃太郎たちには遠く及ばず、早々と返り討ちにあった。
 とある赤鬼は、鬼ヶ島の裏側に置いてある舟に妻子を乗せて逃がそうとした。しかし、空を飛んで偵察していた雉に見つかり、桃太郎たちに捕まった。そして必死に「頼む!妻子だけは殺さないでくれ!」と泣きながら哀願したにも関わらず、妻子は首を勢いよく刎ねられて、殺された。桃太郎も犬も猿も雉も、皆一様に愉快そうなにやけ面をしていた。
 赤鬼は怒り狂って桃太郎に襲い掛かったが、心臓を一突きされて死んだ。
 消えゆく意識の中、急に現れた人間に殺される理不尽さを呪いながら死んでいったのだ。
 桃太郎たちは鬼ヶ島の鬼たちを一人残らず殺すと、「ちっ、宝はねぇのかよ」と唾を吐き捨て、また小舟に乗って本州の方へと帰っていった。小舟の上で桃太郎たちは楽しげに世間話でもするような調子で、「まぁ宝はなかったけど、鬼は退治したからな。相当の褒美をもらえるだろ」「そりゃもう、とんでもない褒美が俺たちを待っているのに違いないぜ」「おいおい、一人占めするなよ。山分けだからな」「とかいって、あんたがこっそり私たちに隠れて、盗んじまったりするんじゃないのかい?」そんな風なことを話してげらげらと笑っていた。
 桃太郎たちが去った鬼ヶ島には、死屍累々の鬼たちの死体だけが禍々しく残っていた。

桃太郎

桃太郎

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-11-16

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