性の快楽

 クレオン星の宇宙艇が、地球という星のすぐ傍までやって来た。
「艇長、今回はこの星を調査してみますか?」
 艇員の一人が特別製の双眼鏡から目を離し、艇長に提案した。
「あの星か。あの星には知的生命体はいるのか?」
 艇長が訊ねると、艇員は再び双眼鏡に目を当てる。
「はい、どうやらいるみたいですね。二足歩行の生物のようです」
「二足歩行型生命体か。それならあまり知能は高くないな」
「少なくとも我々よりは文明が発達していないようですね」
「よし、いいだろう。あの星を調査してみよう」
 艇長の許可も出たので、さっそく艇員の一人が小型宇宙艇に乗り、地球へと偵察に向かった。
 ほどなくして、偵察に向かっていた艇員が帰ってきた。
「では、報告を」
 艇員は一度「ごほん」と咳払いをした。
「この星に住む住民たちは、自分たちのことを人類と呼んでいるそうです。それから自分たちが住むこの星、この星のことは地球と呼称しているようです。空気の割合は、窒素が約78%、酸素が約21%、二酸化炭素が約0・03%、その他が約1%。人類という住人たちの数は推定すると恐らく約七十三億。文明度は3くらいですかね。まだ発展途上星です」
「そうか。それでは文化の方はどうなんだね?」
「面白くて興味深い文化はたくさんあったのですが――その」
 艇員は不意に口ごもった。
「何だ?何か気がかりなことでもあったのか?」
「それが、私にはどうしても理解できない文化がありまして――」
「何を言うか。そもそも文化とはそういうものだろうが」
「それはごもっともなのですが――」
「それで、その理解できない文化とは、どのようなものなのだ?」
「はい、どうやらこの星の住民は、性行為に快楽を覚えるようなのです」
「性行為に――快楽だと?」
 艇長は目を丸くした。それはクレオン星の住民にとっては衝撃的な事実だった。
 クレオン星の住民は、地球人と同じで有性生殖であり、子孫を残す際には男女で性行為を行う。しかし、クレオン星人には、性行為を快楽と感じる機能はなかった。なぜなら性行為は生物として産まれてきたものの当然の義務と使命であり、娯楽ではなかったからだ。
 そんなクレオン星人にとって、性行為が快楽だとは到底信じられないことだった。
「本当なのか?本当に性行為を快楽だと感じるのか?ここの住民は」
「信じられないことですが――」
 艇長は放心した表情でどかっと椅子に腰かけ、ふるふると首を横に振った。
「ダメだ、信じられん。この目で見るまでは」
「それでは見てみますか?こちらの双眼鏡で」
 艇員は艇長に双眼鏡を渡した。その双眼鏡は、数億キロの距離でも余裕で見通せ、またあらゆる物質を見透かすことができる、クレオン星の最新の技術を総動員させた代物だった。
 艇長は窓辺に立ち、その双眼鏡を覗きながら地球を見下ろした。
「艇長、あそこです。あそこに焦点を合わせてください。あの、ピンク色の電飾を纏った看板が、きらきら光っているところです。そうです、そこです。そこはラブホテルといって、この星の住人が性行為に興じるところだそうです。その中をご覧になってください」
 艇長は焦点を艇員の言う通りのビルに合わし、双眼鏡の機能を使って内部を透視した。
「なっ、なんだこれは!」
 艇長はその双眼鏡の先に広がっている光景に、驚愕の声を上げた。
 そのビルのどの部屋でも男女が性行為に興じており、皆一様に恍惚の表情をしていた。
 あのような表情は、クレオン星人は食事中か睡眠中のとき以外には見せなかった。
 つまり奴らは性行為で食事や睡眠と同じほどの快楽を得ているのか、と艇長は唖然とした。
 それだけではない。何と同性同士で性行為に興じている輩がいるではないか。
「おい、あれは何だ?何で同性同士なんかで性行為を?儀式か何かか?」
「いえ、あれは本人たちが望んでやっているようです」
「なぜだ?同性同士では性行為をしても子孫が残せないではないか?」
「この星の住人にとっては、性行為は快楽が第一であり、子孫は二の次のようです」
「子孫が二の次だと?生物にとって子孫を残すのは最大の優先事項じゃないのか?」
「私もそう思います。だからこの星の住人たちのことが理解できないのです」
「おいおい、他にも可笑しなことをしているやつがたくさんいるぞ」
 艇長は視線を右端の部屋に向けられる。
 そこでは裸の男と、身体にフィットした黒光りする服を着た女が奇妙なことをしている。
「あれも――性行為なのか?」
 艇長は困惑した。女が男を鞭打つ性行為なんて聞いたことがなかった。それに鞭打たれた男は、痛めつけられているのにも関わらず、気持ちよさげな表情をしている。
「SMプレイというそうです」
 すかさず艇員が捕捉する。
「SMプレイ?何であんなことを――」
「何でも、性的嗜好というやつだそうで――」
「性的嗜好だと?性行為に嗜好があるというのか?」
「性行為を快楽に感じる連中ですよ。十二分に有り得ます」
「いやしかし、嗜好にしたって可笑しいだろ。あれは暴行だぞ?」
「異性に暴行されることを快楽とする輩がいるようなのです」
「暴行されることが?痛めつけられることが気持ち良いと?」
「そのようです」
「さっぱりわからない」
 艇長は頭を抱えた。
「はい、私にもわかりません。でも何よりも私にはわからないのは、あれです」
 艇員を示した方を、艇長はもう半ば嫌気が差しつつも好奇心で覗く。
「何をやっているんだっ!」
 艇長はそれを見て、思わず声を張り上げた。
 巨漢の男が、まだ幼い少女と性行為に興じていたからである。
「な、ななな、何ということだ。まだ器官も成熟していないような子供に――」
「これもこの星の住民の性的嗜好というやつの一つらしいですが――」
 艇員は眉を潜めた。
「こればかりは一生理解できそうにないですね」
「一生どころか、死んでも理解できないよ、こんなもの」
 艇長は吐き捨てるように言った。
「なんて気味が悪くて野蛮な奴らなんだ。こんな奴らとは交流もできないな」
 艇長は辟易した顔で双眼鏡から目を離し、それを艇員に返した。
「この星の調査はもうやめだ。撤退しよう」
「それがいいですね。この星とはあまり関わり合いにならない方が良いと思います」
 かくして、クレオン星の宇宙艇は地球から去っていった。
 この宇宙艇の調査で「何も問題がない」とされれば、地球はクレオン星と交流を持つことができ、そうすれば文明も今よりも遥かに目覚ましい発展ができ、地球はあっという間に発展途上星から先進星になれた上に、宇宙サミットにも参加できるほどの地位に上り詰められるはずだったが、人類の性的嗜好という特有の性質により、棒に振る結果となった。
 今日も地球という星では、住民たちが性の快楽を求めて喘ぐ声が聞こえてくる。

性の快楽

性の快楽

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2016-11-16

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