美しい言葉を話す女性は美しい

重い内容を書き過ぎたので、ちょっと息抜きをば。単発ものです。

美しい言葉を話す女性は美しいものです。

筆の進むままに、思い出を書き連ねたいと思います。

まず一つ目。僕が昔フィリピンに出張に行っていた時のことです。
突然、僕に本社からの帰任命令が下りました。
僕が慕っていた上司が更迭された直後の帰任命令だったので、本社からはまたフィリピンに戻すとは言われていたものの、おそらくもう当地に戻ることはないのだろうと思っていました。

オフィスを引き払ってホテルに帰ろうとした時。
お世話になった人と一人一人挨拶をしているときに、ある女の子がじっと立って僕が声を掛けるのを待っているのに気づきました。
この子は相当いいところのお嬢さんと見えて、しかも割合に美人で、頭も悪くないのですが、逆にそれを鼻にかけているようなとっつきにくい感じがしたので、僕は彼女とそれほど親しく話したことが無かったのです。
僕は彼女の方を向いて、いやどうもお世話になりました。これからも頑張ってくださいという趣旨のことを話すと、彼女はこう聞いたのです。
So will you be back here again?(また戻ってくるんですか?)
プロジェクトの立ち上がりがなお不安定であれば、もう一度赴任することもあるかと思い、こう答えました。
If the situation here will remain messy, then I will be back.(もし状況が混乱している<messy>ようなら、戻ってくるでしょう。)
すると彼女はニコッとしながら、
Then I will keep it messy. be back here again.(じゃあ私が混乱させ続けておきます。帰ってきてね。)
というのです。

まず、この英語の語感、リズムですね。
これはジャパニーズイングリッシュで言えば、ゼン・アイ・ウィル・キープ・イット・メッシーとなるわけですが、あちらの人が話せば、デンアイルキーピッメッスィーとなるわけです。口に出していただければわかると思いますが、このテンポが小気味いい。
そしてこのテンポに小気味よさが、若干重たくも聞こえるメッセージを程よく中和します。第一、僕はその時点で彼女とさして仲良くなかったのです。ですから、そんな子に「あなた是非ともまた来てくださいね」なんて言われたら、言われた方が気圧されてしまいます。ところがこの英語の意味合い自体に、テンポの良さがいい具合にブレンドされて、程よい好感を僕に与えたのです。
さらに、このkeep it messyというものの言い方にユーモアを感じます。つまり、プロジェクトの状況がmessyであることは良くないことなのです。本来それを望んではいけないことなのです。にも拘わらずI will keep it messyと軽やかに言って見せたところに、ユーモアというか、一種の諧謔精神というか、遊び心を感じるわけです。

そういうフレーズを即座にさらっと言える人は、とても頭のいい、素敵な人です。
この文章をお読みの方はお分かりの通り、僕は物事を一から順々に十まで説明しないと落ち着かない無粋な人間ですから、なおのことこの種の知性を持つ人への憧れを感じます。

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さて、話が長くなったのでもう一つだけ思い出を書いて本稿を書き終えたいと思います。
なるべくこのフィリピン人の女の子とは真逆の美しさを感じられる事例を書くことにしましょう。

僕がしばらく会社勤めをして、ある中国人の先輩の下につきました。彼女はハルビンの出で、大連の大学を出たあとに日本の大学院にすすみ、日本で会社勤めをしていた人でした。決して器量がいいわけではなかったが、素直な女の子がそのまま大人になり、身に合わないスーツを着て日々奮闘し働いているといった感じの、それはそれで好感が持てる人でした。

僕と彼女とは帰りが同じ方面だったので、やがて一緒に会社を出る日が多くなりました。
ある日、彼女が旦那と石垣島に旅行に行く計画だという話を、普段より半オクターブ高い声で話しだしました。
そして2週間くらいおいてから、普段旦那以外とはメールしないのに、同じチームのXXさんが間違ってメールを送ってきてびっくりしちゃったのよみたいな話を、普段より一オクターブ高い声で話しだしました。
ある程度男女の機微に通じた方であればご理解いただけると思いますが、女性に公の場での会話より半オクターブ高い声で話しかけられたら興味を持たれている証拠です。一オクターブ高い声で話しかけられたら好感をもたれているとみてよい。

僕は当時、女性として彼女に惹かれるところはあまりなかったので、少しブレーキを掛けなければと思い、彼女と帰る時間を違えることにしました。彼女が帰り支度を始めたときにわざとスターバックスやトイレに行ったり、逆に少し早めに帰ってしまったり。彼女が嫌いであったわけではありませんが、どうも彼女を女として見て、その人と一緒にいることを考えると、居心地の悪さを感じたのですね。そういう人って、皆さんの身近にいませんか?

ある日のことです。彼女が帰り支度をはじめながら僕に声を掛けました。
「まだ帰らないんですか?一緒に帰りましょうよ。」
「いや、今日はもう一仕事片付けてから帰ろうと思います。」
こう答えると、彼女は「そうですか。」とだけ答えて、帰り支度を続けます。
トイレにでも行ったのか、一旦彼女は席を外しました。そして、戻ってくるなり、僕の眼をじっと見て、こういったわけです。
「ねえ、本当にまだ帰らないんですか?」

僕は、これは「分かった、参りました。ご一緒致しましょう。」という心境で、
「じゃあ帰りましょう。」
と笑顔で答えました。

これはこれで、非常に美しいですね。
野球で言えば155キロのストレートでストライクど真ん中を狙いに来ているわけです。あまりにも直球過ぎて、心打たれるところがありました。
そしてこのいわばシンプルな美を一層引きだたせているのが、1回目の「まだ帰らないんですか?」と2回目の「まだ帰らないんですか?」の間に5分、10分の間があるところです。
「いや、もう少し仕事をして帰ります。」といった直後にもう一度「いや、一緒に帰りましょうよ。」というのは、「今日は僕が奢りますよ」とこないだ奢った知り合いに言われて、まあ今度はお前の番だよなと腹の中で思いながら、しかし「嫌々そんなそんな、ここは割り勘で。」というのと似たようなもので、ある種のお芝居です。
しかし、5分、10分たって、真顔で「本当にまだ帰らないんですか?」と言われれば、とても彼女を一人で帰すわけにはいかないと、大概の男は思うでしょう。

この中国人の先輩にはフィリピン人の女の子のような機知はありませんでした。むしろ不器用なほうです。
しかし、おそらくは彼女は心根が素直であるが故に、その素直さがそのまま言葉に表れたのだと思います。想うところをストレートに表現できるのは、人間としての強さの表れです。このような女性にも、僕は惹かれるものを感じます。恐らく嫁にするべきは、この種の女性であると思います。

美しい言葉を話す女性は美しい

美しい言葉を話す女性は美しい

重い内容を書き過ぎたので、ちょっと息抜きをば。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-16

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