アイスキャンディを売り歩くペンギンの団体

 あたしの恋人は高校卒業後、アイスキャンディを売り歩くペンギンの団体に入りました。
 アイスキャンディを売り歩くペンギンの団体は、あたしたちの国からずっと北の、ずっとずっと北の、遙か遠く北の大地に本部をかまえ、いろんな国へアイスキャンディを売りに行く団体なのでした。ペンギンが十三羽、人間が三人、四足歩行の獣が二頭、二足歩行の海底人が一人、団体に在籍していることを、恋人は教えてくれました。恋人との連絡手段はパソコンのメールだけでありましたが、かならず週に二通から三通のメールを送ってくれるのでした。

『ペンギンは随時増えたり減ったりするが、十三羽から十五羽が基本。それぞれが名前を持ち、ペンギン同士ならば個体の判別が可能。人間と海底人には困難を極める』

『人間は三人。出身はバラバラだが、全員男である。年齢は、ぼくがいちばん若い』

『行商に赴く際、荷車を牽くのは四足歩行の獣の仕事だ。とはいえ、荷車にはアイスキャンディを作るための道具だとか、長距離移動に備えた食料や飲料だとか、個人の荷物を積んでいるわけではない。ペンギンが乗るのだ。つまり、馬車ともいえる。だが、四足歩行の獣は馬ではなく、馬とも牛とも見えぬ獣である。ペンギンたちと異なり、こちらの言語は通じず』

『そういえば海底人も男であるが、ぼくと同い年でありながら高校在学中にアルバイトで入団した、いわば先輩である。幼い顔をしているが、金髪である。ピアスをたくさんつけている。キミが好きだと言った漫画のキャラクターに似ている。あの、ケンカばかりしている、不良の』

『雌はペンギンの内の数羽と、二頭いる四足歩行の獣の一頭のみ。余計な心配は無用』

 余計な心配は無用。
 あたしはときどき、恋人からのメールを声に出して読みました。
 こちらの言語が通じないという、馬とも牛とも見えぬ四足歩行の獣のことを、もう少し詳しく知りたいなと思いました。知ったところで、どうってことはないのだけれど。


 アイスキャンディを売り歩くペンギンの団体は年に一度、あたしたちの国にも現れるそうでした。
 でも、あたしは見たことがありません。あたしたちの国の中でも雪が積もる北の方にだけ、ペンギンの団体はやってくるとのことですから、どちらかといえば南の方の、雪が積もるどころか降ることも珍しいあたしがいる地域では、お目にかかることはできないとのことなのでした。

『アイスキャンディの原料は、雪である。ペンギンたちが雪に木の棒をすっと突き刺し、すすっと引き抜くと、アイスキャンディができているのである。味は四種類あり、いちご、メロン、ソーダ、抹茶あずき』

 木の棒をすっと突き刺し、すすっと引き抜くと、アイスキャンディができている。
 恋人からのメールの文面を、声に出して読む。くりかえし、読む。
 木の棒をすっと突き刺し、すすっと引き抜くと、アイスキャンディができている。
 あたしはペンギンのつくるアイスキャンディのことが気になって、日に日に眠れなくなってゆく。


 恋人がペンギンの団体に入団してから、はじめての冬を迎えました。
 あたしは恋人のことを、時折、忘れるようになりました。
 顔が、思い出せないことが、増えました。
 名前も。
 写真を見て、ああ、こんな顔だった、と確認するようになりましたが、それも一週間に一回程度でした。
 恋人からのメールは、さいきん、二週間に一通ほどになりました。仕事が忙しいのだと、このあいだのメールに書いてありました。
 
『先日アイスキャンディを売りに行った国は、国全体が豪雪地帯だった。ペンギンたちはたいそう喜んでいたが、人間と海底人にはつらいものがあった。持ち合わせの洋服をすべて着用した。なんだか雪だるまになった気分だったよ。そんな極寒の地域でも、アイスキャンディはよく売れた。ペンギンの団体は子どもからお年寄りまで、幅広い世代に人気がある。そりゃあそうだよね。ペンギンが、雪に木の棒をすっと突き刺して、すすっと引き抜くだけで、アイスキャンディができるのだもの。
そういえばその豪雪地帯の国で、とある男に出逢った。男は、恋人のためにアイスキャンディを売ってほしいと頼んできたのだが、肝心の恋人とやらが生憎の留守で、戻ってくるまで待っていてくれないかと懇願されたが、なんせ先を急いでいたもので、男の頼みを断ってしまった。申し訳なかったと思うよ。男はとても残念そうな顔をしていた。男の恋人はちがう国のもので、アイスキャンディを売り歩くペンギンの団体を一度も見たことがないというものだから、ぼくとしてもできることなら待っていてあげたかった。キミも、そうだからね。
キミも、アイスキャンディを売り歩くペンギンの団体を、見たことがないだろう?
いつかキミにも見せてあげたい。そして、食べさせてあげたいよ。
仕事がひと段落したら、キミを団体本部へ呼び寄せようと思う。
待っていて、愛しキミ』

 いとし、きみ。
 あたしは、恋人からのメールを声に出して読んだあと、ノートパソコンを床に落とした。
 画面が真っ暗になった。あたしと恋人とを繋いでいた、唯一のもの。 
 あたしは、さいきん、ちょっとおかしい。
 頭の中で一羽のペンギンが、木の棒を雪にすっと突き刺して、すすっと引き抜いて、アイスキャンディを作って、それをまた雪にすっと突き刺して、すすっと引き抜いて、アイスキャンディを作って、それをまた雪にすっと突き刺してを、くりかえしている。エンドレス。終わりのない、アイスキャンディ作り。あたしの頭の中を、ペンギンと、アイスキャンディが占めている。
 そう、恋人であるアナタのことを一片も、思い出せないくらい。
 何故か。
 あたしがおかしくなったのか、それとも、恋人がおかしくなったせいなのか。


(ねえ、だって、あたしの知っているペンギンは、単なるペンギンでしかないよ。動物園にいる、あのさ、)

アイスキャンディを売り歩くペンギンの団体

アイスキャンディを売り歩くペンギンの団体

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-15

CC BY-NC-ND
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