明けない夜

明けない夜

出落ちです。

深い眠りへ

『えー、約500年ぶりに、日本全土で皆既日食が見れる年ということで…』
6畳間の家具に埋もれた部屋で流れるテレビは、皆既日食のニュースばかりを流していた。試しにチャンネルを変えてみる。
『皆さん!皆既日食まであと、1日と7時間───』
ピッ。
『ほんでな、この皆既月食が見れるんは、これからまた500年先までないらしいで』
『そうなん?ほなあと生きてるうちに4回は見れるな』
『どんだけ生きんね───』
ピッ。電源を消した。

都会から少し離れたこの街は、いたってシンプルな作りになっている。ショッピンモールがあり、娯楽施設が有りすぎず無さすぎず、同じような作りの公園が何箇所かあり、街のシンボルとして大きな時計塔とそれなりの花畑がある。人もまた平均的で、まだスーツに着られているフレッシュマンが朝日に照らされながら歩き、ブティック店の服に身を包んだ奥様方がカフェテラスを占拠し、月のない夜の街を黒い人がひっそりと歩く。なんてバランス取れた街だろうといつも思う。
そんな街にも、やはりイレギュラーはある。ちょっとした事件や、常軌を逸脱した格好の人、頭のネジが飛んでる人、路上で寝ちゃってる人。このイレギュラーがいい仕事をしている。イレギュラーと言われる彼らもまた、バランスを形成するピースに過ぎないのだ。全部揃ってやっと完成。欠けていいピースなど1つもない。
そんな街に住んで、今年で2年になる。殺風景だった部屋も、月2で買う家具に埋め尽くされて賑やかになってきた。部屋の割にでかいテレビ、ソファ、本棚、ベッド、小机と椅子、金のかかっている小物雑貨が陳列されたショーケース。残されているのは1.5畳ほど。ここには何も置くつもりはない。

休日の昼間からソファでごろ寝している今からは想像できないが、高校の頃は世界を変えてやろうと音楽をやっていた。高1から始めたギターも、年を重ねるごとに形になっていき、高2の夏にバンド組んで、路上ライブを繰り返しやるうちに、大会に出て優勝して、このままずっと音楽をやろうと意気込んでた19の夏に、キーボードの安原が妊娠した。ベースの木村との子供らしく、ドラムの飯島と俺は祝福したが、内心はそうじゃなかった。大事な時期に何をやってるんだと思った。そしてお腹が大きくなるにつれて安原はキーボードを弾くのを止めた。それを境にバンドの環境は悪くなっていった。木村と飯島がよく喧嘩するようになり、先に木村が脱退した。飯島と俺はそれからしばらく代わりを探したが、木村の代わりも安原の代わりも見つからず、20歳を迎える年に俺らは解散した。
「楽しかったよ。お前と音楽やるの」
ファミレスで解散会をしていたとき、明太子スパゲッティを食べながら飯島が言った。
「俺も。最高だったよな」
俺もハンバーグを切りながら言った。あっけないもんだ。慎重に編んできた仲だったが些細なきっかけで縺れてしまった。でも、振り返れば振り返るほど楽しい2年間だった。

『ピピピピッピピピピッ』
アラームの音で目が覚めた。いつの間にか寝ていたらしい。時計を見ると16時14分と表記されていた。スヌーズ7回目で起床か。
開いた窓からほのかな陽射しが射しこんでいた。いつの間にか雨は止んだらしい。
さっき消したテレビをつけると、相変わらず皆既日食のニュースを報じていた。一通りチャンネルを切り替えて電源を消し、寝巻きから私服に着替えて外に出た。
夏も終わり、季節は秋。茶色い木々が目立つようになった。もうしばらくするとこの辺一帯は枯葉まみれになる。
まだ片付いている車道を自転車で進む。目的地は家から一番近いスーパー。それなりにでかい坂道を立ち漕ぎで登っていく。真ん中付近で息があがったが、なんとか上までたどり着いた。
坂の上のスーパーにはカフェスペースがあり、お年寄りや、昼食をとるサラリーマンがチラホラ見受けられた。笑顔の人から暗い人までいろんな人がいる。俺は幼い頃から傍観するのが好きだ。何が楽しくて笑っているんだろうとか、2人で買い物しているのになんであの人は不機嫌そうなんだろうとか、そういうことを考えるのが好きだった。
今日もチラチラと観察してみるが、見たような顔ばかりだ。もう大体の顔は覚えてしまった。怒った顔、不機嫌な顔、悲しみの顔、笑顔。マイナス(つら)が好きなんだろうか、あまり楽しい顔は知らないな。ぼーっと店内をうろついていると、携帯が震えた。取り出して画面を見ると、加奈子からだった。
『今日は早めに帰れそう。仁はどんな感じ?』
『買い物してる。終わったら行くね』
俺もメッセージを送って、携帯をポッケにしまった。

加奈子は俺の彼女だ。友達の開いてくれた呑み会に来てた女の子で、なかなかのルックスに天然というオプションがついている。高嶺の花に見えた彼女だったが、連絡先を交換して、何回かデートに行った後に彼女から告白してきたもんだから、最初の方は友達が仕掛けたドッキリだと思ってた。それから1ヶ月、2ヶ月と過ぎて、加奈子にドッキリなの?と聞いたら、大爆笑した。一通り笑った後で、加奈子が言った。
「私もそうかと思ってた」
泣きながら笑ったその顔は、嬉し泣きなのか、笑泣きなのかわからなかった。

今日の夕ご飯の材料を買って加奈子の家に向かった。まだ帰ってきてないはずだから、驚かせてやろうと思っていたが、すでに帰ってきていた。
「おかえり」
手を洗いながら加奈子が言った。
「ただいま」
靴を脱いで、俺も手を洗う。
「早かったね」
「びっくりさせようと思って急いで帰ってきたからね」
そう言うと加奈子はふふっと笑った。
「それは残念でした〜」
そう言って、リビングにかけて行った。俺も手を拭いてリビングに向かうと、加奈子が両手を後ろに回してこっちを見ていた。
「…何?」
俺がそう言うと、加奈子はニヤリと笑って、両手を前に出した。
「じゃーん!プレゼント」
差し出された両手に乗っていたのはミサンガ。赤、白、水色で編まれたそれは、不器用な加奈子にしてはなかなかのものだった。
「これを右手につけると、恋愛成就なんだよ」
高校の時の癖で右足につけようとしている俺に加奈子が言った。右足から右腕に結ぶと「お揃いだね」っと自分の左腕に結んであるミサンガを見せてくれた。ピンクと黒で編まれたセクシーなデザインだった。
「ありがとね」
「どういたしまして」
「何願おうかな…」
いろんなことを考えた。
「私はね、仁と一緒にいれますようにって願ったよ」
「…照れくさいな」
本心だ。
「……よし。願った」
「何にしたの?」
「え?秘密」
「なんでー。教えてよ」
「秘密です!」
“加奈子を幸せにできますように”
これが千切れる頃には、きっと幸せになっているだろう。

夕飯は俺が買ってきた材料でバターチキンカレーを作った。2人で作る料理の1つで、ネットで作り方を見ながら作ったらうまくできた料理1号だ。ちなみに余談だけど1号が誕生するまでには、それはそれは長い道のりがあって、数々の犠牲の上の1号だった。あまりのうまさに感動して泣いたのはいい思い出だ。
「んー!美味しい。今日もうまくできたみたい」
確かに美味しい。バター好きの俺にはたまらない一品(ひとしな)だ。
「じゃあ次は別な料理にも挑戦してみよう」
「うーん…上手くいくかな」
「違う違う。上手く作るんだよ」
そう言うと加奈子は笑った。
「そうだね!がんばろ!」
バラエティを見ながらそれを食べた後は、デザートのプリンを2人で食べた。今だにあーんとか…うん。嬉しいし、美味しいけど、ちょっと恥ずかしい。
後片付けをして、部屋でイチャついて、お風呂をあがる頃には23時を過ぎていた。歯磨きをして同じベッドに潜ると、加奈子が眠そうな声で言った。
「明日の3時は皆既日食っていうので、昼なのに夜みたいになるんだって。知ってた?」
「知ってるよ。鬱陶しいくらいニュースでやってたし、それを題材にした漫才までやってたよ」
「えーすごい。どんな感じ?」
「次の皆既日食が見れるのが、500年後らしいよ。そうなんだ。じゃあ後4回は見れるな。何年生きるんだよ。みたいな」
「おもしろいね」
「そうかな」
俺の説明じゃ全然面白くんなかった。芸人さんってすごいんだな。
「じゃあ…おやすみ」
「うん。おやすみ」
大好き。
俺に背を向けて眠る加奈子が空中に溶かすように呟いた。
俺も大好きだよ。
背を向けた加奈子を抱きしめながら、俺も目を閉じた。
2人はそのまま穏やかに眠った。死んだわけではないが、それはそれは穏やかに眠った。

翌日。アラームの音で目が覚めた。午前7時30。今回はスヌーズに頼ることはなかった。隣で眠る加奈子は、まだ起きていない。10時半出勤の彼女は、後1時間半ほど眠っているだろう。
起こさないようにベッドを抜けて、歯磨きをして、昨日の残りを半分食べた。2日目のカレーが美味しいのは食材の旨味が溶け出すかららしい。確かに昨日作ったカレーとはまた違った味がした。
食器を洗って、着替え終わる頃には、8時を少し過ぎていた。まだ寝ている加奈子に「またね」と小声で言った。たまに「いやだー」と返してくれるときがあるが、今日は返ってこなかった。

午前10時半。バイト開始の時刻である。
「おはようございます」
「おはよう」
先輩の明奈さんはいつも優しい声で返してくれる。2つ上の綺麗な人だ。欠点を探せば探すほど長所が出てきてしまうような人だ。
「今日はこの時間からなんだね」
「はい。明奈さんは9時半からですか?」
「そう。朝から夕方までずっといるよ」
ずっといるよって言われただけでドキッとしてしまうのは、俺が女性に対して免疫がないとか、明奈さんを好きとかじゃなく、単純にこの人がずるいんだろう。
「おはよう仁君」
「おはようございます」
店長の松永さんだ。トレードマークのぽっこりお腹が特徴的な42歳のバイトリーダー。話せば話すほど優しい人で、バイト初日は松永さんと行動して、仕事を一通り見せてくれた。
「今朝の作業は落ち着いてるから、裏方でジュースの補充を頼んでいいかな?」
「分かりました」
ジュースの補充は、このバイトの醍醐味だと言ってもいいだろう。それなりに楽な作業の上に、時間も程よく潰せる。
まずは缶の入った段ボールと、ペットボトルの段ボールをそれぞれの通路において、1つ1つ丁寧に補充していく。たまに新しいジュースが入ってくると、テンションが上がる。大体30分かけてその作業を行い、レジに向かうと、暇そうな先輩方が駄弁っていた。
「おはようございます」
「おー!おはよう仁君!ちょうど君の話をしてたんだ」
そう言って、矢川さんが俺の目の前にスマホを提示した。画面には俺と加奈子が写っていた。
「これの説明をしてもらおうか」
なんで説明をしなくてならないのか。そんな事が頭を駆け巡ったが、めんどくさい事になりそうなので正直に答える。
「実は先輩方には黙っていたんですが、俺、彼女いるんですよ」
おいおい嘘だろ…と、奥に座っている馬渕さんが頭を抱えた。同じように矢川さんも口を開けたまま静止している。
「いやいやいや、なんですかその反応。いいじゃないですか彼女がいても」
「違うんだ仁君。俺たちは知りたいんだ。こんな可愛い子…どうやってひっかけたんだ」
「言い方悪いですよ。飲み会で知り合って、ライン交換して、デートして、やっと。ですよ」
「え!?呑みの勢いで…とかじゃなくて?…お前すげぇな…。やばくないっすか?馬渕さん」
「あぁ。こいつ…できる…」
顔を上げた馬渕さんがじっくりと俺を見つめる。そんな視線を無視して、商品発注のパッドを手にとった。
「あ、それならもういいよ。今日の分は発注しといた。それよりも仁君の話しようぜ!」
妙にテンションの高い矢川さんと、相変わらず俺を見ている馬渕さんがめんどくさかったが、これはこれで楽しいなとしばらく話し込んだ。

「ありがとうございましたー」
お客さんを見送って時計を見ると、14時40分を指していた。そろそろ皆既日食がどうたらでみんなが騒ぎ出す頃だ。
「ちょっと暗くないっすか?」
「そうか?まだ分からん」
モップをかけている矢川さんとレジ打ちの馬渕さんがカウンターを挟んで会話している。
「仁君知ってるー?今日は皆既日食って言って、昼と夜が逆転する日らしいよ」
「へぇ、どんな原理なんですか?」
あえて馬鹿なフリをしてみる。
「なんか超常現象らしいよ。500年に1回の奇跡らしくって、真っ暗な状態が4、5日ぐらい続くらしい」
こみ上げてくる笑いを必死に堪えながら馬渕さんを見ると、頭を伏せて体を震わせていた。やはり矢川さんは天才だ。
「4、5日も太陽ないってきついっすね…。植物が光合成しないと地球上から酸素なくなりますよね」
「だな!だけどそうなったら俺らみんな死んじまうから、その辺は神様がうまくやるっしょ」
「だな」
なんとか復帰した馬渕さんの相槌でこの会話は終わった。
4、5日も続くわけないじゃないですか。意外とすぐ終わっちゃいますよ。矢川さんには後でそう話したんだけど、まさか訂正する羽目になるとは思いもしなかった。今回の皆既日食はただの皆既日食ではなかった。
『怪奇皆既日食』今回の日食はのちにそう呼ばれることになる。

15時2分。14時53分から徐々に暗くなっていった外は、完全に夜になっていた。外に出て上を見上げると、闇の中で光を放つ円があり、月が太陽をしっかりと隠していた。
「すげぇぇぇ!夜だ夜!完全に夜だ!」
「これが500年ものの景色か…」
先輩方が物思いに耽る。
何か変な気分だ。昼に寝て夜に活動していたバンドマン時代を思い出した。深夜なのに体が快調に動き、昼間なのに体がだるい。昼夜逆転の生活の中でひたすらに考えていた。昼が夜で夜が昼ならいいんだけどな、一層の事…夜があけなければいいのにな。
「何を考えているの?」
いつの間にか横に立っていた明奈さんが俺の顔を覗き込んでいた。少し近い気もするが、今は気にならない。
「昔のことを考えてました。バンドマンだった頃は夜に活動して、昼は寝てたなぁっと」
「へぇ、初耳。バンドやってたんだね」
「一応、やってました」
「歌上手いんだ?」
「そりゃもう、すごいですよ」
なんだか調子がいい。緊張することなく、会話が続いている。その様を先輩方から見られている。
「なんか歌ってみてよ」
「え、ここでですか?」
「嫌?」
「いや…ですね」
「そっか」残念そうに言って、続けた。
「じゃあ今度カラオケ行こうよ」
「え!?えっと…」
「もちろんみんなで」
「あ、はい、はい!いきましょう!」
動揺しつつ先輩方を見ると、先輩方も動揺していた。数秒後、2人で顔を見合わせてガッツポーズをした。
「それにしても変だね」うーんと考えながら明奈さんが言った。
「この夜みたいになる時間は5分くらいだって言ってたのに、もうすぐ10分ぐらい経つよね」
確かにいくらなんでも長すぎる気がした。時計を見ると、15時11分を指していた。
「矢川さん、これ、やばいんじゃないですか?矢川さんの言う通り、4、5日ぐらい続くんじゃないですか?」
煽り気味に言うと、いじるなよっと笑いながら肩を叩かれた。

結論から言うと、この日から夜が明けることはなくなった。太陽はずっと月に隠れたまま、出てくることはなかった。

怪奇皆既日食3日目。
日本で白夜ならぬ黒朝(こくちょう)現象が起こっているというニュースが世界を駆け巡り、世界中からいろんな人が日本に訪れようとしたが、度重なる飛行機墜落事故の影響で、それらはすぐにストップした。墜落の原因は不明だが、おそらく磁場の影響と考えられている。
日本は日本で異常事態になっており、まず、温度が異常に下がった。
『この3日間で氷点下10度という異常な寒さとなっており、今後も下がり続けるだろうという予測になっている。このままこの現象が続けば、あと2日もしないうちに日本は氷で覆われることとなり、日本国民は冷凍保存されま───』
途切れ途切れで流れるラジオを消した。

「仁君…大丈夫…?」
「うん。俺は大丈夫だけど、加奈子は?平気?」
「うん…」
眠そうな加奈子を必死に温めながら声を掛け合っているが、大丈夫そうには見えない。電力の供給はほぼ止まっていて、室温はありえないほど冷えているこの中で、生きていけるのだろうか。
数日前のテレビやラジオ放送を聞いている限り、あと数日もすれば日本は完全に氷河期に入り、このまま冷凍保存されてしまうらしい。現に交通網はすでに麻痺していて、国土の表面は氷で覆われている。通信や、電気系統にも影響が出ていて、何も打つ手がない日本は、このまま凍りつく以外の選択肢はない。
「仁…」
力ない声で加奈子が呼んだ。
「寒い?」
「ううん…私ね…仁のこと大好きだよ…大好きだよ…」
「俺も大好きだよ」
いつものように抱きしめる。夜眠るときのように。
「あー…私…幸せだなぁ…幸せ…」
いつの間にか加奈子の震えは治り、綺麗な寝顔のまま動かなくなった。
「…おやすみ。加奈子」
返事はなかった。少しだけよれている布団を掛け直して、俺は部屋を出た。

アパートを出ると、氷漬けになった道路でこけてしまった。血が手を伝って地面に落ちた。手のひらを擦りむいてしまったみたいだ。しかし寒さのせいであまり痛みを感じなかった。
明かりのない街は本当に真っ暗で、こんなに深い闇を体験したことは今までなかった気がする。氷を踏みしめる音だけが響く街は、自分以外の生命を微塵も感じさせない。信号も住宅も動物もみんな眠っていた。
十字路を抜けて住宅地をさらに奥へと進むと、小さな公園がある。滑り台とブランコと砂場だけしかないここは、ランニングの休息所として使っていた場所だ。凍りついた滑り台、誰かが漕いでいたあとを残したままのブランコ、何の変化もない砂場。そこに佇む1人の女性。
「明奈さん…?」
驚いた顔で振り返る明奈さん。
「仁君…?」
『なんでここに?』
2人で声を合わせて言った。
「俺は…散歩ですかね」
ゆっくりと明菜さんのいる砂場に歩いていく。
「こんな時に?おもしろいね」
「明奈さんは?」
「私も…そんな感じ」
「おもしろいですね」
言いながら明菜さんの隣にしゃがんだ。近くで見る明菜さんは泣いているように見えた。
「いやぁ…なんて話していいか分からないですか、明菜さんは泣いてても綺麗ですね」
俺の言葉に明菜が吹き出した。
「なにそれ。意味不明だよー」
「すいません」
俺も笑いながら言った。

「それにしても寒いですね」
「ねぇ。寒すぎる」
「今の気温知ってます?マイナス25度なんですって」
「へぇ。よく生きてるね。私たち」
「ほんとですよ」

「そういえば、先輩方は生きてますかね」
「あの2人なら大丈夫そう。見た目チャラいし」
「関係あるんですか?」
「うーん、分かんないけど、チャラい人って強そうじゃん?」
「確かに。でもあの2人は優しいチャラ男でしたよね」
「分かるー。反応が男子高校生みたいで可愛かったなぁ」
「いつまでもシャイなのって羨ましいです」
「どうして?」
「童心のままだからですよ。俺は緊張しても、それを顔に出さないように必死ですから」
「でもバレバレだったよ。大人になる前の大学生みたいだった」
「…恥ずかしいですね」
「今更いいでしょ」

「だんだんと体が動かなくなってきましたね」
「本当だね。雪国出身だから寒さにはつよいはずなんだけどなぁ」
「明菜さんは雪国生まれだったんですね。てっきり都会育ちのお嬢様かと思ってましたよ」
「偏見だー」
「だってなんか、いい意味でこの街が似合ってなかったんですもん」
「なんでー?」
「例えるなら、ゴミの中で光る宝石、枯葉の中に咲く一輪の薔薇みたいな。明菜さんはそんな感じなんです」
「…さっきから褒めすぎだよー。死ぬかもしれない状況とはいえ、何もしてあげないよ?」
「別に、望んでないですよ。今まで言えなかったから言おうと思って言ってるだけです」
「ずるい人だね」
「お互い様です」

これ以降の会話は、2人だけの秘密だ。

数分後、凍ったベンチに腰掛けていた2人は穏やかに眠った。服の間から覗く白い肌がとても綺麗で、さらに数分が経った頃には、景色の中に溶け込んでいた。

この街だけではなく、日本各地が完全に凍りつくのに7日かかった。
一部の金持ちは地下のシェルターで暮らし、食料が尽きた7日後に息絶えた。
1年間をダンボールで過ごすホームレスはいつもの位置から変わることなく凍っていた。
まだ発見されていない死体も、失踪した人たちもみんな凍った。生き物も植物も凍った。

暗い時間が多い冬が大好きだった。
“このまま夜が開けなければいいのに”と思う夜が何回かあった。
しかし、この数日間。たったの数日間だったけど、やっぱり朝が来て欲しいと願っていた。
眠れない夜も、次の日の朝には忘れられるんだ。

それじゃあおやすみ。また来世。

明けない夜

もう少し書きたかった作品になります。いつかリメイクを。

明けない夜

「今日は何回目の明けて欲しくない夜ですか?」

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-14

Public Domain
自由に複製、改変・翻案、配布することが出来ます。

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