長島と安吾
「一所に死んでくれ」
坂口はおれを見つめていた。おれから零れ落ちていくガラクタのように意味をなさない言葉たちを一音たりとも聞き漏らさまいと耳を澄ませていたのか、あるいはおれを哀れんで自らは長島のようにはなるまいと心に決めていたのかは判らない。ただ、おれを見て、ゆっくりと意味ありげな瞬きを一つ。
おれは朦朧とした意識の中で、坂口の影を求めた。
「おれは、死んだら、お前を呼ぶよ」
一人で死ぬのが怖かったわけではない。何度も一人で死のうとしてきたのだ。首を括って。劇薬を嚥下して。全身が唇の方からめくれ上がってしまうかのような感覚を知ってなお、おれは死ねなかった。縄は切れたし、薬はおれを殺しはしなかった。
それなのに、こうも簡単に、おれはいま、死のうとしている。
おれの意志ではないのだ。どうにもならぬのだ。それがおれのなかで何か特別の意味を持っている。
「恐ろしいだろう」
恐ろしくなどない、阿呆め。
おれはそんな返答を期待した。坂口がおれを怖がるはずなどないのだ。坂口に怖いものなどないはずなのだ。それがおれの誇りだったし、幾度となく呪った彼の性質だった。
それなのに、坂口はぽつりと「あたりまえだ」と独り言のように零したのである。
おれは呆然としてしまった。悲しみ、怒り。どの言葉もこの感情をあらわせないと思った。きっとおれにはあらわせないが、坂口には書けるのだろうな、とも思った。
このやりとりの後、幾分か経って、おれは死んで終ったのだ。
長島と安吾