マカレルドロップ

三題話

お題
「夕立」
「サバ」
「ポスト」

 梅雨が明けてからは、暑い日が続いている。
 毎日のように最高気温は三十度を超え、今日なんか三十六度にもなるとテレビで言ってたから、まさにうだるような暑さの世界からは逃避して家に引きこもっている。
 そんな私は大卒ニート三年目で、今は親のすねをかじることで生活している。
 ちゃんと大学を出たのにこの様である。父親なんてもうすぐ還暦を迎えるんだからなんとか今の状態から脱却したいところ。
 ネットのバイト求人を見ながら過ごす昼下がり。クーラーで快適な温度に保たれた部屋にパジャマのままでいる私はこののんびりとした生活にどっぷりと浸かってしまっている。
 友達はみんな就職して働いているので、なかなか忙しい。
 ちなみに彼氏いない歴はイコール年齢。全く笑えない。
 適当にスクロールしているがなかなか応募したいと思うバイトが見つからない。飲食店はホールもキッチンも長続きしなかったし、パチンコは結構キツイし、塾講師なんて無理だし、短期の登録制バイトは登録だけしてあって一度も行ったことがない。
 さて、どうするか。
 バイトよりも就職を先に考えたほうがいいのかな?
 前は「あわよくばバイトから正社員」なんてことを考えたりもしたけど、それは現実的ではないような気がする。
 私は、バイトでもしてせめて月に五万円は親に渡したいと思っている。今のままでは申し訳ないから。
 そんなことを考えながらもあっという間に二年が過ぎて、三年目の夏までその目標は一度も達成されたことがない。
 バイトしていたときも何かに使ってしまったり単純にそこまで稼げなかったり。
 ダメなやつだなと自分でも思う。
 一度こんな感じでマイナス思考になってしまうと、ネガティブスパイラルに陥ってしばらく抜け出せなくなるから、そうなる前に気分転換をすることにしよう。
 快適な部屋から出て、居るだけで汗ばむ家の中を歩いて台所へ向かい、冷蔵庫を開ける。
 昨日買って入れておいた焼きプリンが二個。それがどこにも見当たらなかった。
 …………。
 またアイツか。弟のくせにいつも私のものを――。
 親のお金でそれを買ったのだから、立場的に文句が言えないような気もするが、それとこれとはまた別の問題だ。アイツは姉である私を見下して馬鹿にしている。背は私より低いくせに!
 いや、落ち着け、私。
 やっぱりストレスが溜まってるのかな。ここ半年はコンビニへ行く以外ずっと家にいるから。
 よし、今日は久し振りに遠出をしよう。確か駅前においしいスイーツがあるオシャレなカフェがあったはずだから、そこへ行ってみよう。
 ということでちゃちゃっと着替えて外へ繰り出した。夕方でもまだ太陽が主役として君臨していて、外へ出た瞬間目が眩んだ。
 それにしても暑い。
 これだから日のあるうちは外出したくないんだ。
 でも今更引き返すのは、負けた気がするから出来ない。
 何に負けるのかは自分でもわからない。
 十分ほど歩いたところで暑さにくじけそうになり、二十分が過ぎた頃には後悔し始めて、家を出てから三十分後、ようやく目的のお店へ辿り着くことが出来た。私ってえらい?
 汗だくのまま店内に入り、席へ案内されてようやく体を落ち着かせる。
 おしぼりで汗を拭い、水を一気飲みしたところで、まるでおっさんみたいだなと苦笑しながら店内を見渡すと、一人で来ているのは私だけだった。
 カップルらしき男女がいたり、おばさん軍団がいたり、仲が良さそうな老夫婦がいたり。
 どうやら幅広い年代が利用しているらしい。
 本日のデザートセットなるものを頼み(飲み物は紅茶)、二杯目の水を一気飲みしてケータイをいじる。
 電話もメールも着信無し。
 これは平常運転。たまに友達とメールする以外はメルマガしか来ないのだ。
 そんなこんなで本日のデザートであるフルーツタルトとダージリンティを平らげて、再び暑い外の世界へと繰り出した、つもりだった。
 いつの間にか外は暗くなっている。時間的にはまだ明るさが残っていてもいいはずなのに。
 空を見上げると分厚くて黒い雲が鎮座していて、ぽつりぽつりと嫌な予感。
 運動不足な身体に鞭打って走ったけれど、やっぱり降り出した夏の雨。
 びしょ濡れとなる前に近くのコンビニへ避難して雨が止むのを待つことにする。
 夕立なんて、すぐに止むでしょ。もしくはビニール傘でも買えばいいだけだし。
 せっかくだからと週刊誌の立ち読みで時間を潰す。
 政治家のなんやらとか元アイドルがなんやらとか、いかにもな週刊誌ネタを楽しみながら過ごす夕方の一時。心がおっさんと化しているのは明らかだった。
 ふと外へ目を向けると、ざああと強めに降る雨の中、通りの向こう側にぽつんと佇んでいる真っ赤なポストの後ろ姿が、見捨てられた子犬のように悲しげに映った私の心は相当イカレていたに違いない。
 そして私はポテチとビニール傘を購入し、道路を横切り、ポストの前に立った。
 どこにでもある普通の赤いポストで、何も感じなかった。
 さっき感じた哀愁はどこへいってしまったんだ。
 ここで雨が冷たければ物語的な綺麗さが出るというのに、夏の雨は冷たくない。不快な暑さが軽減されるだけ。
 そして弱まる雨足。もう帰ろう、とポストへ背を向けると、奇妙な音が耳に届いた。
 ぼとぼと。
 ん?
 振り返ると、真っ赤なポストの上に、魚が一匹。周りの地面にも魚がたくさん。
 ずいぶんと局地的な降魚なこと。
 持ち上げてよく見ると、それはサバだった。
 動いてはいないけど、瑞々しくて新鮮なようだ。
 私はポテチをビニール袋から出して、代わりにサバを五匹ほど袋に詰める。
 サバよりアジのほうが好きだけどこの際仕方がない。
 これを持ち帰れば母に褒められるはず。夕飯のおかずを提供するという、完璧な作戦……!
 こうして私は意気揚々とスキップで自宅を目指したのだった。

       …

 結論から言えば、私は母に怒られたのだった。
 正直者は馬鹿をみる。スーパーで買ったと言えばよかったのに、素直に空から降ってきたサバを拾ったと言ってしまったからだ。
 弟にはこれまで以上に馬鹿にされるし、ポテチは取られるし。
 サバ? サバは近くの側溝に流してやったよ。
 家庭内での私の立場が地面を踏み抜いて地下へ潜っちゃったよ! マイナスだよ!
 というわけで、みなさん落ちたサバは放置しましょう。

マカレルドロップ

マカレルドロップ

自分以外の誰かからいただいた3つのお題を使ってSS

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-13

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