小説感想か行作家
「ジェネラルルージュの凱旋」海堂尊
平成19年4月23日 「宝島社」
桜宮市、東城大学医学部付属病院の不定愁訴外来に勤める講師、田口公平
リスクマネジメント委員長でもある彼の元に内部告発文書が届く。
『救命救急センター速水部長は、医療代理店メディカル・アソシエイツと癒着している…』
チームバチスタの栄光を読んだ時は、驚いた。なんだろう、この小説のスタイル。なんかカルテみたい。
筆者が現役勤務医というのを見ても驚く。そりゃあお医者さまだし、頭は良いだろうし、文章だって上手いだろう。けど文章が上手いのと小説が面白いのはイコールじゃない。
なのに、なんだこの魅力のあるキャラたちは。医療ミステリーとしても面白いし、これが初執筆? マジで?
この作品はチームバチスタの田口公平シリーズ3作目? かな。
2作目は読まなくても楽しめる。1作目は読んだ方が良いと思う。
オススメしたいのは、速水部長のカッコよさだ。惚れる。
最初っから最後まで全部カッコイイわ。
医療用語が頻繁に出てくるが、場面説明が巧いから問題なく楽しめる。
医療ドラマとかで役者は専門用語使いまくってるけど演出で雰囲気掴めるから平気なのと一緒かな。
ひとつ不満があるなら「恋愛要素いるか~?」とあちこちで思う点。
医療現場の軋轢、絡み合う野心、駆け引き、信頼で充分面白く読んでる時に、ちょこちょこメロドラマみたいなの挟まれると気が散るなぁ。
恋愛要素いれたせいでエピローグがごちゃっとした気がする。そこだけが残念。
2011年2月10日のblog記事
「月は怒らない」垣根涼介
平成20年5月号~7月号、平成22年4月号~6月号、9月号、10月号、12月号~平成23年2月号「小説すばる」
整った鼻梁、切れ長の瞳、色白の細い体躯、地味な格好ではあるが意思の強そうな雰囲気。そしてどこか暗い。
そんな女性、三谷恭子25歳をめぐる3人の男。
不思議な四角関係。
人は孤独を他者に依存することで埋められるのか?
否。
人は溶け合って1つの人生になる事など出来るはずがない。
世の中のすべての人間は等しく『孤独』だ。
垣根さんにしては珍しくおとなしめというか静かな小説だった。
何よりエロ描写がほとんど出てこない。
いつも官能小説ばりに描写多いのに。
ストーリーよりも対話重視で進む。小説の形式を取ったエッセイのようなイメージ。
私は、垣根さんの作品に出てくる「人間の器や質は育った環境で決まる。取り繕ったり飾り付けたりは出来るが『本質』は変わらない」って考え方が好きだ。
小説を読む時に、作品を通して筆者と対話をするのが読書だなぁと常々思っている。
テーマやストーリーが同じでも書く人によって受け手のイメージは変わるだろう。
嫌いなテーマや展開でも無いのに、なんかこの作家さん『合わないな』と感じるのはそれが原因だと思う。
なので、最初に読む小説としては微妙。
垣根さんの他の作品をよく読んでいて、なおかつ好きな人向け。
私なんかは、それにぴったり当てはまるので楽しんで読んだ。
垣根さんとお茶でもした気分で、たいへん心地よい。
ホント、熱くてカッコよくて少年っぽいおっさんだよ。
で、さすがに今回の話では細かい車描写は無いだろうなって読んでたら、なんの脈絡も無いシーンで、めちゃくちゃ詳しい車描写が出てきて、それまで真剣に読みふけっていただけに大笑いした。
またか!
また我慢出来なかったのか!
このへん担当編集さんと、どう折り合いをつけているのか気になる。
そんな妄想が楽しい。
垣根さんファン向けの一冊。
2011年8月17日のblog記事
「人生教習所」垣根涼介
平成23年9月30日「中央公論社」
新聞連載「めだかの学校」を改題、改稿
元日本経団連の会長、鷲尾が主催する就職斡旋セミナーを通して、自身の人生を見直し、再生していく群像小説。
定年退職した人懐こいおっさん竹崎
対人恐怖症で肥満体の29歳処女のフリーライター森川
引きこもりで休学中の東大生浅川
ヤクザから足を洗った無職の38歳柏木
この4人の視点が切り替わりながら、小笠原諸島での10日間が綴られていく。
第一部では読みながら講義を受けているような展開だ。
付き合っているウサギカップルが居て、2兎の住まいが洪水で流されて大きな川を挟んで離ればなれになってしまった。
男ウサギは筏を作りだし1ヶ月後には川を渡って会いに行く、と言いながら3ヶ月経っても筏は完成しない。
女ウサギは川の中のワニに背中に乗せて運んでくれないかと交渉する。
ワニは尻尾を食べさせてくれたら運んでやる、丸ごと食べたいけど我慢してあげようと答える。
女ウサギは悩んだ末に応じる。尻尾を食べられた痛みと恐怖で失神してしまったがワニは約束通り対岸まで運んでくれた。
ウサギカップルは再会を喜び男ウサギは
「これからは必ず君を幸せにするよ」
と約束してくれた。
ここで質問が入る。
百人の会社社長にもっとも多く選ばれた、取引したい動物としたくない動物は?
セミナー運営側の用意した解答は
取引したい動物がワニ
したくない動物は男ウサギ
私も読みながらそれを選んだ。
けれど後になって出てくる合否判定のシーンで元ヤクザ柏木の解答合わせが出てくる。
柏木は最初にワニに丸をつけて消し、取引したい動物に女ウサギを選ぶのだ。
理由はワニ「エグい取引」女ウサギ「滅私奉公型、ベター」
なるほど、ベストではないし、多少トラブルはあってもエグいより長く付き合っていけるという考え方で、セミナー運営側もそれを正解とするのだ。
読んでいて自己啓発本みたいだ。と思った。
だが、垣根さんの書くキャラは相変わらず愛嬌があっていい。
特におっさんが最高だ。エロくて馬鹿でしょうもなくて粗野で、だけどカワイイ。憎めない。
私は案の定、柏木にやられた。いい男だ、萌える。
人生観を考えさせられながらゲラゲラ笑えるシーンもあり読後感爽やかである。
特に喧騒に疲れてる人にオススメ。
力が抜けて前向きな気分になれます。
2012年4月28日のblog記事
「勝ち逃げの女王」垣根涼介
勝ち逃げの女王……平成22年4月号
ノー・エクスキューズ……平成22年7月号
永遠のディーバ……平成22年10月号
リブ・フォー・トゥデイ……平成23年1月号
「小説新潮」
「君たちに明日はない」シリーズの4作目である。
私にしてはめずらしく読み続けているシリーズもの。短編連作だから読みやすいというのもある。だって2作目から読んだくらいだし。
企業小説っていうジャンルはあるけれども、そのだいたいはサクセスストーリーが多い。プロジェクトX的な。
このシリーズはちょっと違う。主人公は村上真介というリストラ請負い会社の面接官。短編連作に出てくる毎回のゲストたちはこれからリストラされるだろうという人達。サクセスストーリーではなく、人生の中で何かに諦めをつける物語なのだ。
でもその結末はいつも明るい。ゲストごとにそれぞれ選択をしていくのだけど、辞めたり、残っても給料が大幅カットになったり、違う部署へ転籍したりするのに、気分は晴れやかなのだ。
リストラ=不幸ではなくて、リスタートなんだ、というテーマで書かれている小説だからかな。主人公の村上真介も面接を通しさまざまな人間と対話することで少しずつ成長していく物語でもある。
人が「仕事ってなんだろう?」と考えるのってどんな時だろう。忙しい時は気づかない、充実してるときも気づかない、味方が多いときも気づかない。
自分自身が“正しい”と思えてるうちはいつまでたってもそんなこと考えない。
私は本州から北海道に移住したことや、父親と就職か進学かで揉めてたこともあり、きっと同年代の女性よりも転職が多い。
あの仕事は自分にとってどうだったか、と考えられるのは大抵辞めたあとだ。
今はその経験から、在職中でも少し考えることが出来てるのではと思う。
社会に揉まれ、企業人として仕事に思うことが色々とある30代以上のおっさんたちにとってもオススメしたいシリーズだ。さらっと読めるんでぜひどうぞ。
2013年5月24日のblog記事
「光秀の定理」垣根涼介
私は歴史、詳しくないので。時代小説は苦手です。ただ垣根涼介さんの作品なら読めるのではないか、と思って購入しました。ちょうど文庫化されてましたし。
そして読めたのですが。読み終わった後も「これ、時代小説だったかな?」などと思っています。舞台は間違いなく時代小説なんですけどね。明智光秀について書かれてますし。
ト書きが親切設計なのですよ。時代小説苦手なかたでも絶対飽きずに読めます。私がスラスラと読めたのですから。
その時代の位や職業が出てくると、すぐに説明が入ります。「今で言う警察総監のような立場」であるとか「つまり外交官のような仕事だ」だとかです。
登場キャラが短歌を詠めば、「つまりこういう意味である」と解説が入ります。歴史の教科書がこれだったら私は歴史好きな学生になったでしょうね。というか垣根さんの「人生教習所」を読んだ時も思いましたが垣根さんみたいな教師がいたら勉強好きになる生徒いっぱいいると思う。
職場の昼休憩時、ニヤニヤしながら読み進めていましたら「そんなに面白いですか?」と聞かれ、「時代小説苦手なんですけどこれはめちゃくちゃ面白いですね」と答えました。本好きの美人さんに「明智光秀の話なんですけど」と言うと「あー……私、明智光秀嫌いなんですよね」と返ってきまして。私は歴史苦手ですから明智光秀に対して何かを思ったことはなかったのですが「私、もう序盤読んだだけで明智光秀好きになりそうです」と答えてました。
この作品は明智光秀を中心に描かれてはいますが「人生の定理」がテーマになってると思います。人はどう生きるべきか、死ぬべきか、何かを為すときに必要なものは何か、賢くなるにはどうしたらいいのか、強くあるためにはどう鍛錬するのか、そんなことを思案する男たちの青春小説って説明したほうが「時代小説」っていうより、ずっとしっくりきますね。
明智光秀の生涯を文献をもとに史実になぞって追いかけていきながら、光秀の生涯の友垣(ともがき)2人がメインキャラクターとして登場します。
剣術の腕を磨き、名をあげてやろうと京に出てきたものの、衣食住に困って辻斬りをしていた浪人、新九郎と、
新九郎が出会った賭け事で生計をたてている、どこの宗派にも属さず、ただ釈尊の教えを読みとこうとする坊主、愚息です。
この2人のキャラがすごくいいんです。序盤の描写で、この2人に惚れ込んで、それが光秀とシンクロしたから、のめりこんだのだと思います。
20歳になったばかりの新九郎が、年上の愚息と一緒にいるうちに、見違えるように成長していくのが、たまらなく嬉しくてね。光秀もそう思っているから、光秀が情けない男として描写されていても愛着がわきます。
そして3人の友情描写がいいんですわ。私はほんと、垣根涼介さんの描く男性が大好きですね。
時代小説はちょっと……というかたに、とってもオススメです。読みやすいですよ。
2017年2月7日のblog記事
「八日目の蝉」角田光代
またまた職場の人が貸してくれたので読みました。ふむ、積読にならない為に「人から借りたから読まなきゃ」というプレッシャーは有効かもしれません。自分で購入した本もこれは人から借りたんだと思い込めれば!
映画はテレビ放映の時に観ました。井上真央ちゃんが凄く可愛かった記憶。あと永作博美さんの顔が好きです。小池栄子さんって演技うまいんだなぁと認識を改めた映画でしたね。それまでは芸人とよく絡むバラエティタレントさんってイメージでしたから。
映画が先でしたのでその俳優さんたちの顔を思い浮かべながら読み進めていました。結末や展開は知ったうえで読んでたのですが、やはり小説になると細かい描写になるので入り込みます。
ただ、文庫なので巻末に解説がありまして。そこに「頼りになる男性が一切出てこないから究極のフェミニズム作品だ」的なことが書いてありまして。
は?
と。口に出しましたね。母性をテーマにはしてると思いますけど。え、じゃあ何。刑事ものとかバトルものとかで男性ばっかり登場して活躍する作品は男尊女卑作品なのかい?
解説から自分では気付かなかった「そこまで深読みはできなかった!」という感動をもらえることは多々ありますので。解説を読むのは好きなんですけど。たまーにこういうハズレ解説を引くとガッカリしますね。
マロンが本にしないよ。と主人公に言うところが一番好きです。映画でもそのシーンがかなり好きでした。地味な絵面で女2人で宿泊先の一室で会話するだけなんですけれど。小説では、以前に自費出版した本でも「コレは書きたくなかった、書けなかった」ってことを主人公がちゃんとわかってる描写があって。
その一線は越えたらダメだ。という角田光代さんの作家としての矜持でもあるのではないんだろうか、なんて想像もしました。
2016年7月3日のblog記事
「レボリューションNo0」金城一紀
平成23年2月28日「角川書店」
生物教師、米倉が発した
「君たち、世界を変えてみたくはないか?」
の台詞で結成された、偏差値「42」のおバカ男子高校生のグループ「ゾンビーズ」シリーズ4作目。
第1作目が【レボリューションNo.3】であることから予想が着くように、今作品は『ゾンビーズ』結成前の物語。
語り手は南方だが、最後まで名前は語られない。【僕】のままだ。
結成前なので、他のシリーズと比べると、最強のチームワークとか、とにかく、皆が仲良くて、愛し合ってて、楽しくてたまらない。ってわけじゃあない。
南方含め、舜臣もヒロシも茅野も井上も、どこか燻っていてふてくされていて、力を持て余し気味だ。
アギーと山下だけは変わってないけど。
学校の屋上で《地上最強王者決定戦》という名の総当たり制の喧嘩をして、煙草を吸いながら健闘を讃えあっていたら、全員停学をくらったところから物語が始まるあたり、まだ体制に無防備で準備不足なのが解る。
けれど、ゾンビーズファンならおなじみのマンキー猿島のランニングいじりとか
「そのウンコ色のカッコいいランニングどこで売ってるんですか?」
引きが強すぎる山下とか
「やだぁぁぁぁぁ!」
山下の体は逆Cの字に折れ曲がりながら3メートルほど宙を飛んだあと、斜面をバウンドしながら転げ落ちていった。
男にも「抱かれてもいい」と思わせるアギーの最強っぷりとか。
ファンには笑いが止まらない、いつも通りのゾンビーズがたっぷり堪能できる。
ラストシーンは、そのまま、歌にしてほしい。
ゾンビーズが生まれるきっかけになった【0】の物語。
ファンは絶対、読んでください。
コレは【1】と【2】も出すのかな!
出してほしいなぁ。
「SP」関連の仕事は落ち着いたんだろうか。
脚本家・金城一紀も好きだけど、作家・金城一紀をもっと楽しみたい。
執筆活動の本腰化を望みます。
あぁ~……楽しかった。
シリーズが気になるかたは
「レボリューションNo.3」
「フライダディフライ」
「SPEED」
を是非どうぞ。
2011年7月22日のblog記事
「悪の教典」貴志祐介
【上巻】
「恐怖」を書かせたら貴志祐介さんより巧い作家さんって私にはちょっと思いつかない。
生徒に人気で、様々な問題を解決し、同僚の教師や教頭からの信頼も厚い優秀な英語教師が主人公。彼には共感能力が欠落していた。
最初の章では、少し打算的な部分があり、若干の残虐性があるものの、教師として問題がない上に男としての魅力もあるように思える。
読み進めるとともに、少しずつ露になっていく共感能力のないことの怖さ。
人間の姿をした化物が集団のなかにいるという恐怖、なにより怖いのは一部始終を見たはずの読者の私が、いまだに主人公に男としての魅力を感じているという事。こんな化物がいたら絶対勝てない。そんな気持ちのまま下巻に続く。
図書館の予約連絡待ちでしばらく読めないけど、恐怖を飼ったまま待つのも、また一興かもしれません。
読む前に「モリタート」オリジナルレコード版を、海外の方がYoutubeにUPされてますので、それを聴いてメロディラインを知ってからだと、かなり浸れます。
海外楽曲がこんなに簡単に聴けるなんて。あらためてネットって良いですね。読書の楽しみ方が増えて幸せです。
2010年12月13日のblog記事
【下巻】
上巻で十分過ぎるほどの恐怖を楽しめた。だけど、その上巻がお膳立てだったと気づく。
上巻では、あちこちに場所が移動したが、下巻では、場所は学校から一切動かない。いわゆる「劇場型」に変わる。
貴志さんは、もともとホラーが巧い。夜の学校で繰り広げられる殺戮はホラー要素も加味しながら、あらゆる演出で恐怖を掻き立てる。
恐怖の引き出し、いくつ持ってるんだ、この人は。
ラスト、震えあがります。
あんまりネタばれさせずに伝えるの難しい。
こわっ。って震えながらゾクゾクして読むのが好きな方に、イチオシっす。
2010年12月18日のblog記事
「鍵のかかった部屋」貴志祐介
佇む男……平成20年5月号
鍵のかかった部屋……平成20年12月号
歪んだ箱……平成22年5月号
密室劇場……平成23年7月号
全て「野生時代」
「硝子のハンマー」「狐火の家」に続く、弁護士の青砥純子と防犯コンサルタント経営者の榎本圭コンビの【密室】シリーズだ。
今回も「狐火の家」と同じ形式の短編集で、巻末話だけ「おふざけ」話というのも共通。
こういうのを読むと、やっぱり貴志さんも【京大出身作家】さんだなぁと感じる。
頭のキレる変態だ。
森見登美彦さんや万城目学さんと一緒である。
このシリーズを好きなファンがこの作品を読んだ場合、ガッカリする事が1つある。
純子と圭の絡みが少ない。
私は、このコンビは大好きで、くっついてほしい派。
「狐火の家」でけっこう距離が近づいていたはずなのに、なんだかよそよそしくて物足りないのである。
それと、主人公コンビのモノローグが少ない。
圭君の純子に対するちょっとエロい目線とかないし。
純子の男として魅力感じるけど好きにはなっちゃダメよ!って葛藤もないし。
ただ、まぁ不満はそこだけ。
本題の【密室】は読み応え十分だ。
今回は犯人が最初に判っている構成になっていて、どうやって【密室を崩すか】が読者に突きつけられる。
密室の状況を展開図で載せてあり、読み進めながら主人公コンビと一緒になって、
「こうすれば行ける?」
「 うわ、これがあるからダメだ。」
「くそ、ソファーさえ無かったら!」
などと密室を崩していくのがとても楽しい。
特に「歪んだ箱」のトリック解明シーンが好きだ。
こういう形の「密室」は読んだことないな~。巧いなぁ。
あと女性で、圭君ファンには美味しいかも。
最初の2話は圭君の台詞で〆られるのだけど。
カッコイイのである。萌えた。キュンキュンきた。
まぁたぶん、このシリーズは今後も続く気がするので、2人の今後には次作に期待しよう。
それに、くっつきそうでくっつかないって時期が一番楽しかったりするしな。傍観者的には。
貴志祐介さんは細かすぎて苦手というかたも。
このシリーズはテイストライトなんで、是非お試しを。
2011年9月20日のblog記事
「ダークゾーン」貴志祐介
平成20年11月号~22年3月号「小説NON」
軍艦島をモチーフにした夢か地獄かバーチャルゲームか解らない世界「ダークゾーン」に閉じ込められた将棋のプロの卵、棋士三段、塚田裕史。
一つ目の赤ん坊に「あなたは赤の王将(キング)だ」と言われ、否応なしに闘い始めなければならなかった。
将棋やチェスやシミュレーションRPGにも似た世界で、戸惑いながらも塚田は生きるか死ぬかの闘いを始める。
序盤の伏線で、結末や展開はあっさりと解る。
まぁこのオチになるよねって話でひねりはない。
ただ、この小説にひねりは要らない。むしろ断章として挟まれる現実世界の回想も「小説」として成立させる為だけにあるようなものだ。
ぶっちゃけ貴志さんはダークゾーンの世界だけを思いきり書きたかったんじゃないのかなと感じた。
この作品は女性には向いていない。
将棋やチェスの知識がある、もしくは戦術シミュレーションゲームの知識がある人で無いと、楽しさは半減以下だ。
ストーリーとしての結末は単純だが、7番勝負の勝敗やプロセスは予想がつかず、最後の最後までどちらが勝つか解らない。
7局ある勝負はあっさりとしていたりゴタゴタだったり、パワーゲーム、頭脳戦、籠城、ゲリラ戦術、と様々で、飽きなかった。むしろ断章邪魔だった。一応断章も読んだけどさ。
駒が入るスペースとか、ポイントアップで昇格、地の利、ハマり、フィーバータイム、ボーナスエリア、駒の優位性や相性、弱点などなど。
貴志祐介さんの魅力は細かな設定を使いきることと、馬鹿馬鹿しい話だろうが設定が突飛だろうが最後まで読ませる引きの強さ、文体から滲みでる狂気だ。
狂った話だと思う。合わない人にはまったく合わないだろう。
ハードモードで頭が痛くなるような戦術ゲームをやり込めばやり込むほど、アドレナリンが出てめちゃくちゃ気持ちいいんだよね!
とか平気で語れる人には楽しめる作品。
もしダークゾーンがゲームとして出されたら。
私はクリアー出来ない。めちゃくちゃ難しいだろうね、コレ。
得意な人がやってるのを横から眺める分には楽しそうだが。
2012年5月18日のblog記事
「死ねばいいのに」京極夏彦
平成21年3月号~平成21年3月号まで間をあけて掲載「小説現代」最終章のみ書き下ろし
二十代後半の派遣社員女性、鹿島亜左美がマンション自室で殺害された。
彼女と偶然知り合い、4日しか会って居なかったフリーター24歳男性の渡会健也は彼女の事を知る為に、知人を訪ね歩く。
「アサミのこと教えてくんないスカ」「死んじまって聞けねぇから、何でもいいから知りたいんス」
「一人目」~「六人目」の章で構成されている。健也目線はなく、健也が訪ね歩いた人達目線で語られる。
健也は6人の人間に「死ねばいいのに」という台詞を言うのだが、その意味は、ひとつひとつ違う。
「う~わ! すっげぇ…。」
読みきった時、こうつぶやいた。コレは人気あって当然だ。めちゃくちゃ面白い。
犯人は途中で分かる。けど、この動機と結末は思いつかない。動機と結末が分かった瞬間に、それまでの伏線が、高速でジグソーパズルが一気に完成したみたいに感じて、脳が快感に酔いしれる。
巧いなぁ。すっげぇなぁ。
技巧だけじゃなく、「死ねばいいのに」に込められた人間味のある温かさとか、キャラも魅力あるし、文句つけようないっす。
「死ぬんじゃなくて生きろよ」っていうメッセージが、アットホームな話の何倍も強烈に伝わってくる。
うう…。他作品読みたい。けど、私、幽霊系だけはどうしても読めないんだよなぁ。
実は科学的ななにかだったって明かされても無理。途中が怖くて読めない。
他作品で霊出ない系、教えてください。
2011年3月28日のblog記事
「ルー=ガルー」京極夏彦
平成13年6月30日「徳間書店」
西暦は2040年あたり。はっきりした表記はない。
牧野葉月はコミュニケーション研修の後、屋上に座って、ただ街並みを眺める習慣があった。
最初に座ってそうしていたのは神野歩未。
学校は解体され、児童は自宅でモニタ学習をする。
週に一度、生身の人間同士の正常な関係を図る為に設けられたのがコミュニケーション研修で、
エリアコミュニティセンターに登校するのだ。
その登校日、屋上に現れたのが都筑美緒。学習レベルが高すぎる天才少女。
葉月は彼女と会話した事はほぼ無かった。
「今日は早く帰れと言われたろ」
葉月たちと同年齢である14歳の少女だけを狙った連続殺人が起こっていた。
美緒が帰った後、葉月は美緒の落としたディスクに気づき、歩未とそれを届けることになった。
他人の自宅を訪問したことなど一度もないのだが。
エリアコミュニティセンターでは猟奇連続殺人事件対策会議が開かれていた。
センターに勤務するカウンセラー不破静枝は憤っていた。
県警刑事部管理官の石田に事件捜査の為にセンターが管理している児童のプライベートファイルの提出要請を受けたからだ。
児童のプライベートは親さえも知る権利がない。
それが「人権」だ。
これはそんな未来のミステリー小説。
753ページか、頼むよ、上下巻にしてくれよ。
98年からネットや雑誌で『2030年~2053年の社会がどうなっているか』を一般公募し、その設定を元に書き下ろされたらしい。
SFが苦手なかたは、設定を頭に叩き込む作業が苦手だという理由を挙げられる。
設定は膨大。私は、その設定をひとつひとつ確認していくのが好きだ。だから、SFが大好きだ。
しかも応募した人もSF好きだろうから。どの設定も興味深く面白い。
京極さんのスゴいところは膨大な設定を破綻なく組み上げられることだ。
読んでいて無理な点が見つからない。だからのめり込める。
しかも設定が細かくて説明的になりがちなSFが見事にミステリーになっている。
序盤からの伏線は全部回収する。
ラストの疾走感といったらない。アニメにしてほしい。
SF活劇、ミステリー、倫理観。
全ての要素が完璧。
SF好きには文句なくオススメ。
ただ、その完璧さが設定読むのが苦手なかたには向いていない。
2011年6月4日のblog記事
「ルー=ガルー2」京極夏彦
平成23年10月14日「講談社」書き下ろし
シリーズ2作品目、ではなくて。
完全な続編。
前回は県議の娘、葉月視点と、カウンセラー不和の視点で語られていた。
今回は前回で拐われた少女、来生(きすぎ)律子視点と。
前回カウンセラー不和と行動を共にしていた警察官の橡(くぬぎ)の視点で語られる。
前作は膨大な設定描写と時代背景説明でト書きが多かったが今作は会話が多い。
私は、SFが大好きで設定が膨大であればあるほど萌える。
前作もゆっくり噛みしめつつ、その世界にどっぷり浸かりながら読んだから、設定は全部覚えていた。
だから、今回は最初っから作品世界にトリップできた。
相変わらず都筑美緒のぶっ飛びかたは最高で最強。
このどうしようもないバカな天才娘は、前回は『ゴジラ』にハマっていたが、今回は『仮面ライダー』にハマってるらしく、言動も作るものも仮面ライダーに影響を受けまくっている。
しかも改造バイク(未来では旧機械は動かしたらダメ)まで出てくるし。
近未来小説に良くありがちなのだが、『古いことをバカにされる』描写が行き過ぎるとストレスがかかる。
その古さを現在生きているのが読み手だからだ。
革新さを出す為に古さを否定され続ける小説は読んでて哀しさとかむなしさが増してしまっていまいちのめり込めない。
京極さんはそのバランスの取り方が巧いと思う。
仮面ライダーの『人体改造』に対して、理屈、理屈で「ありえない」「無駄」といったんはこき下ろしながら。
その時代の人間は「信じてたわけじゃない」「解ってて楽しんでたんだ」
「それって高度だよな」
「だから、昔のエンタメって好きだぜ」
と天才娘の美緒に言わせるところがにくい。
ちょっとラストシーンは前回よりはぱっとしないな。
ただ、すっごく『続く』っぽい終わりかただったから嬉しい。
また読みたい。また会いたい。ずっとずっと終わらないでくれ。
SFが好きな人は是非読んでほしい。
また、SFはあんまり読まないってかたも。
質が高いから挑戦して損はないと思う。
分厚いけど、読み足りなくなる面白さです。
2012年1月29日のblog記事
「虚言少年」京極夏彦
平成21年5月号、8月号、11月号、平成22年2月号、5月号、8月号「小説すばる」一篇は書き下ろし
昭和40年代後半から50年代あたりを舞台にした仲良し男子小学生3人が織りなす
馬鹿の馬鹿による馬鹿の為の小説だ。
連作短篇のかたちで、3人組の1人、内本健吾が語り手である。
きんこん館さんがオススメしていた記事を読んで読みたくなって図書館から借りてきた。
仕事の都合でなかなか読書出来ずに居たのだけどようやく読めた。
読みながら何度も何度も思ったこと。
きんこん館さんは「電車の中で読むと笑いをこらえるのが大変だから注意」とおっしゃってたが。
よく電車の中で読めたなぁ!と思った。
私は、笑い上戸なんだろうか、とにかく、ツボにハマってダメであった。無理だべ。これ笑いをこらえるの。
しかもなんかクスクスどころじゃない。
ウヒ、フヘヘへ、ハッアハハ! ひぃひぃとかなんか下品な笑い方になるんだよ。だって内容が下品なんだもん。
ツボにハマったのは「鍋の!」だ。
真面目な奴の真剣な勘違いほど笑えるものはない。
注意を書くと、この小説は「解りやすい笑い」ではない。
人によっては顰蹙ものの話だと受け取られても仕方ないことのオンパレードだ。
すべるのを笑う。とか。真剣な人の真剣過ぎを笑う。とか。
悲しんで泣いてる人を、いや、よく考えてみ?泣けないよな?なんで泣けるんだよ?的に笑う。とか。
そういう角度を変えひねって視点を変えてマニアック過ぎる笑いを追求するタイプの人にしか笑えない話。
深夜番組のコアな笑いに爆笑できる素養が無ければ無理である。
たとえば
「屁は凄い。」
という導入から始まって、その後8ページにわたり「屁とはうんぬん」とずっと屁について語られ、
だから、屁を礼賛し、信仰し、啓蒙しているのだ!
と力説するような小説だ。
馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しくて最高だ。
いやあ笑った笑った。
小説でここまで声に出して笑うとは思わなかったよ。
ひねった笑いが好きなかたにとてもオススメ。
ただし、周りに誰も居ない時に読まないと笑いをこらえすぎて、屁が出る危険にさらされるだろう。
2012年6月24日のblog記事
「晴天の迷いクジラ」窪美澄
平成24年2月20日「新潮社」
「ふがいない僕は空を見た」の作者が書いた2作目の単行本。
王様のブランチで特集されていて著者インタビューを観て興味を持った。
視点は3つ。倒産仕掛けのデザイン会社に勤める若手デザイナー由人と、
そのデザイン会社の女社長、野乃花、
母親からの過干渉に悩む少女、正子だ。
3人とも自殺したいと思っているのに他人に自殺されるのは嫌で、お互いの心配をする。
練炭を抱えて自殺をしようとしていた野乃花を見つけた由人は、なんとか思いとどませる為に、たまたまニュースで流れていた座礁した迷いクジラを指差し
「クジラ見てから死にましょうよ。」
と言い出すのだ。
読む前のイメージとはだいぶ違ってた。
自殺は良くないんだよ。クジラで癒されてよ。みたいな話かなと、ちょっと思ってて。
もしそんなんだったら嫌だなとかも思ってて。
じゃあ何で読んだの? と聞かれれば"直感"だ。
特集のテレビで観た表紙の絵とタイトルになんとなく惹かれたのだ。
綺麗なんだけど、哀しくて、優しい写真。
クジラ写ってないし。
なのに、本のタイトルは写真のタイトルに思えるくらいマッチしてて、この表紙を作った編集者と筆者に興味を持った。なんとなく面白いんじゃないかと思って。
読んで良かったよ。これだから直感を信じるのも悪くない。たまに失敗するけど。
3人の半生がそれぞれ描かれるのだけど、それが良いのだ。
由人は母親に興味さえ持たれてなくて、
逆に正子は母親の過干渉に悩んでいて、
野乃花の母親は優しくて愛してくれたのだけど貧乏に殺されるのだ。
その3人を対比しながら、少しずつ蝕まれる心と、死にたくなる心情に至る過程が、3人が育った田舎町の描写と東京の街並みの描写を対比しながら丁寧に綴られていく。
心情吐露描写がト書きにほとんど無くて、風景描写とモチーフ描写と台詞だけで顕されるから、余計に心に入り込んでくる。
特に正子が母親によって感情起伏の少ない人形のようになってしまっていく過程と、
それを解きほぐす双子の姉弟の出会いにボロボロと泣いた。
なんなんだ、スゲー来る、この切ない描写。
ものすごく幸せな形では終わらないけれど、後味は良いラストなので是非読んで。
私は「ふがいない僕は空を見た」も必ず読もう。
2012年4月10日のblog記事
小説感想か行作家