あんたアホちゃうか。あんたかてアホやで。なんでしっとん。それならお笑いしよか。もうやってるで(5)

五 春やで・夏やで

「いないよちゃん。春やで」
「ほんまやなあ。いたよちゃん。春やなあ」
「春や言うたら、何思いだす?」
「そりゃ、桜もちやろ。いちごも美味しいで」
「あんたは食べ物のことしか頭にないんか」
「頭だけでないで。ほら、この体見てみい。全部、食べ物からできとるんやで」
「何、開き直っとんのや」
「ほら見てみい」手や足を開き、大の字になるいないよ。
「隕石の塊みたいな体、お客さんに見せてどないすんのや。ぶつかってくるんかと思うて、お客さんがひいてしまうやろ」
「あんたが開き直っとる言うから、体を開いただけや。それに、誰が隕石や。あたしは、M七十八星雲からやってきた、ウルトラマンの妻のウルトラウーマンかいな」
「誰がウルトラ―ウーマンや。そんなこと、ミジンコほども言うとらんで。ほんま、あんたは転んでもただでは起きん性格やなあ。あんたに何言うても、そのゴムまりが爆発したような体で跳ね返されてしまうわ」
「隕石から今度はゴムまりかいな。いたよちゃんは、いろんな例えが言えて、かしこいなあ」
「いや、いなよちゃんこそ、いろんな物に例えられて、うらやましいわ」
「ありがとう」
「いやに、素直やなあ」
「いたよちゃん。やっぱり、素直が一番やで。甘いもんも、辛いもんも、苦いもんも、酸っぱいもんも、みんな、美味しいんや。ほら、見てみい。何でも素直に食べたおかげで、こんなに大きくなったで」
「いないよちゃんの話は、やっぱり食べ物に行きつくんかいな」
「まだまだ大きくなるで」
「もう、ええわ」

 拒食症と過食症、というコンビ。それを武器に、と言うか、結果的にそうなったのだが、お客さんから笑いを取り、仕事は、舞台からテレビ、映画と順調に増えた。ある意味、いたよちゃんは、自分の身を削りながら、あたしは食べ物と言う鎧を身に着けながら、お笑いの世界を突き進んでいった。そんな二人に転機が訪れた。人を笑わすことが好きで入った世界で、人を笑わすことの難しさを知り、人を笑わすことの意味に迷いが生じてきた。
 自分は、自分たちは、何をしているのだろうか、どこへ行こうとしているのだろうか、このままでいいのだろうか。このまま年をとるのだろうか。年をとったらどうなるのだろうか。いつお笑いをやめるのだろうか。やめた後はどうなるのだろうか。不安と安不が交互に訪れる。
 ああでもない、こうでもないと、様々なことが頭をよぎる。面白いネタは浮かばないのに、将来への不安は、モグラたたきのモグラのようにどこからでもあたしの脳みそを突き破って、しかも、たけのこのように大きく成長する一方だ。そうなると、叩いても引っ込まない。悪戦苦闘しながら、ノコギリで押したり引いたりして切り取るか、鉈を振り下して倒すしかない。不安を切り取った瞬間、疲れ果てたあたしは大地に倒れる。その間にも、別の場所から、不安のたけのこが地面を突き破り、伸びていく。

「いないよちゃん。もうすぐ夏やけど、夏休みにはどこか行く?」
「そうやなあ。あたしは海や。最近、新しい水着を買うたんや。ひまわりの花柄やで」
「いたよちゃんはスタイルがええから、水着がよく似合うわ」
「そんなことないわ。あんまり誉めんといて」
「最近は、犬と一緒にサーフィンをする人もいるから、鳥ガラも泳いでも許されるんとちゃうか」
「誰が鳥ガラや。それに、あたしが泳ぐのに、なんでいちいち許されないといかんのや。それなら、いないよちゃんはどこに行きたい?」
「そうやなあ。あたしも、やっぱり、海かな」
「海で何すんのん?ビーチ相撲か?」
「なんで、海水浴場へ行ってまで相撲せなあかんのや」
「最近、ビーチバレーやビーチサッカー、ビーチ将棋にビーチ神経衰弱なんか、砂浜でスポーツするのがはやっとるやろ」
「砂浜で将棋やトランプはせんやろ。そんなんやっとったら、日射病で頭がくらくらになって、考えられへんで。それこそ、神経が衰弱してしまうわ」
「うまいこと言うなあ」
「そうか。それなら、ビーチアイススケートもあるし、ビーチ水球もあるで」
「ビーチで氷は溶けてしまうやろ。砂の上には水がないから、水球はできんで」
「あんまり細かいこと言わんといて。これはお笑いや。常識をくつがえすんのがお笑いや。ドラえもんのどこでもドアみたいに、どこへでも行けるんや」
「確かに、いないよちゃんは、ドラえもんや」
「今度はドラえもんかいな。人を体型で判断せんといて。それにしても、海や言うたら、やっぱり海水浴やで」
「いないよちゃんも泳ぐんかいな。そのドラえもんの体に合う水着があるんかいな」
「失礼やなあ。ある訳ないやろ。あたしはドラえもんやで」
「何、自慢しとんのや。それやったら、いないよちゃんは水着を付けんでも、誰も気がつかんわ」
「そうかいな。真っ裸やで。そんな訳ないやろ」
「ダダダダダダダダ、って音楽が聞こえてきたら、海で泳いどった、あたしみたいな、若いスタイルのええ可愛いらしい女の子が、キャーって可憐な声を上げて、海中に引つ込まれるんや」
「なんや、急に、海に来たんかいな」
「ドラえもんのドアや。どこでも瞬時に行けるで」
「それはええけど、あたしみたいな、はいらんわ。ドラえもんのドアでもそれは不可能や。それからどないなるんや」
「いちいち突っ込まんといて。それが、何人も続いて、海水浴場では、何とかせなあかんや言うて、宇宙戦艦ヤマトに頼むんや」
「宇宙戦艦かいな。そこは宇宙やなく、海水浴場やろ?」
「何でも、話が大きい方がええんや」
「大きすぎるわ。ほんで、どうなるん?」
「また、ダダダダダダダダダと音がしてきて、宇宙戦艦ヤマトがその音に向かって波動砲を撃つんや」
「海水浴場に波動砲かいな。地球が壊れてしまうで。それに、音楽やけど、さっきよりダが一つ多いで」
「なんや、数えとったんかいな。体の割りに、性格細かいなあ。そんなんでは、このストレス社会を乗りきれへんで。もっと、おおらかに。おおらかに」
「そんなに、首に筋を立ててしゃべらんでもええんとちゃうか。まずは、魁よりはじめよや。自分の首筋をおおらかにした方がええで。その首筋を見ているだけで、ストレスが溜まるわ。それが原因で、太ってしもたわ」
「ほっといて。あんたが突っ込むから、時間が押しとるで。ほら、舞台の袖から、進行係が手を回しとるで」
「あたしらはとんぼか。そんなに手を回したら眼を回して舞台の上で倒れてしまうわ。あはあーん。あんた、あたしに気があるな。あたしを気絶させて、どうにかしようという魂胆かいな。えげつないやっちゃ」
「いないよちゃん。あんた、誰としゃべってんねん。お客さんはこっちやで」
「ほんで。宇宙戦艦ヤマトがどうなるん?」
「なんや。ちゃんと聞いてくれとったんかいな。変わり身が早いなあ。その音に向かって波動砲を撃つんや。すると、いないよちゃんが海面に浮いとったんや」
「あたしはジョーズか」
「いや水泳の上手なドラえもんや」
「ドラちゃん、ドラちゃん」

 お笑いのネタを考えるのにストレスを感じたものの、いないよちゃんと一緒に舞台に立つのは楽しかった。面白くないネタでも、彼女が突っ込んでくれるので、話が広がった。お客さんも楽しんでくれた。彼女なしでは生活が成り立たなかった。あんなにネタを考えるのに苦痛だったのに、いざ、いないよちゃんがいなくなった今、ネタを考えなくてもいいとなると、余計にストレスを感じた。生きること自体にストレスを感じた。
 フロアーに落ちているゴミを見つけると、無性に拾いたくなった。床に座りこんで髪の毛一本でも拾った。ゴミがなくなると、ポケットからティッシュを取り出し、ちりじりに引きちぎると床にばら撒いた。そして、それを拾った。部屋の中を、熊のように。いや、いないよちゃんなら、相撲取りのようにと言うか、歩きまわった、一周したら、もう一周した。バターになるくらい部屋の中をぐるぐると歩き回った。
 それが何日も続くと、今度は、反対に、ゴミを拾うことに無頓着、無関心になった。パンの袋やチョコレートの銀紙をはじめ、新聞も、チラシも床やテーブル、洗濯機の上などに広がった。それでも、全然、気にならなかった。ゴミの上に、ゴミが重なる。まるで、ゴミの古墳で、ゴミの地層だ。その中で埋まるあたしもゴミなのか。自己嫌悪を通り過ぎて、どうにもならないことに、かえって、日向ぼっこをしているような長閑な気持ちになった。地球の最後の日はこんな気持ちになるのだろうか。だが、地球最後の日よりも、あたしの最後の日の方が近いだろう。
「いないよちゃん。元気?。きゃあー」
 玄関から元気な声が聞こえてきた。マネージャーだ。いつもなら、玄関から入って来た後、すぐにリビングのドアを開けるのに、今日は、なかなかやってこない。そう言えば、さっき、悲鳴のような声がした。のろのろと立ち上がるあたし。ところどころで、フロアーに散らばっている雑誌や積み重なった新聞などにつまづきながらも、ようやく、この世界から抜けだせるドアを開けた。いや。開かない、開かぬなら開けて見せよう、本能寺。久しぶりに、何にも考えていないけれど、面白いことが言えた。忘れないうちに、ネタ帳に書いておこう。それで、ネタ帳はどこだ。ない。いや、あるのだろうけれど、あまりにも、部屋に物が散乱していて、どこにあるのかわからない。だけだ。
 早く書かないと忘れてしまう。何か書くものは。辺りを探すが、ゴミの山だ。新聞紙の隅でも、チラシの裏でもいい。チラシを手にとっていざ書こうとすると、「た、助けて」とかぼそい声が聞こえた。マネージャーの声だ。ネタを記録することよりも人命救助が先だ。あたしはあたしになりに急いで(第三者から見れば、動物園のなまけもの動きだろうが)玄関に向かった。リビングから玄関に通じるドアが、ドアが開かない。何かが邪魔している。ガラス越しに見えるのは、人影だ。マネージャーか。
「ちょっと、そこをどいてくれない?ドアが開かないの」
 声だけでなく、ドアを叩く。ノックだ。中からノックだ。ふと思う。部屋の中から外に向かってノックするのは可笑しい。だって、自分はここにいる。はいってますよ、と中からノックすればいいのか?これも可笑しい。ネタになるかな。鉛筆は?ボールペンは?ネタ帳は?と物だらけの部屋の中を見渡す。そのうちに、ノックもないのにドアが開いた。
「いないよちゃん。大丈夫?」そこには顔を引きつらせた、大丈夫そうには見えないマネージャーが立っていた。
「ありがとう。それより、マネージャーこそ大丈夫?」
 マネージャーの顔から足先までを上から下へ、下から上へと順に見つめる。
「ちょっと滑って、転んじゃった。あははは」マネージャーはところどころに見え隠れする茶色の床を目指してゆっくりと足を出した。
「ちょっと、ひどいんじゃないの」マネージャーはあたしの部屋をぐるりと見回した。
「そうね。ちょっと散らかっているかも」
「ちょっとじゃなくて、かなりよ。ふう」マネージャーは安住の地をやっと見つけたかのように椅子に腰を下ろす。
「痛い」マネージャーが突然立ち上がり、お尻を触っている。椅子には数個の押しピンが転がっていた。ここには安住の地はないのだ。あたしにも、マネージャーにも。
「もう。やだ。帰る」訪れた要件も言わず、その言葉だけを残して、マネージャーは部屋を出て行った。玄関前で、もう一度転び、二度あることは三度ある、の格言を実体験しながら。あたし、マネージャーとお笑いのコンビを組もうかしら。マネージャーからお笑い芸人に転向。転びマネージャー。面白い。早速、ネタ帳に書かないと。あたしは少し元気になったような気がした。

あんたアホちゃうか。あんたかてアホやで。なんでしっとん。それならお笑いしよか。もうやってるで(5)

あんたアホちゃうか。あんたかてアホやで。なんでしっとん。それならお笑いしよか。もうやってるで(5)

五 春やで・夏やで

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-12

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