生・き・る・希・望
プラットホームに風は吹く。涙目の君は反対側のホームにいる。
君に伝えなけりゃならない、そのために私は走った。
絶望作家の君が、どうしても地獄のことを書きたいのだと言って、世にも不愉快な話を作り、世間に発表した。
私はそれを見て、愕然とし、ぶるぶると震え、「この何にも理解しない、聞かん坊め」と額に手をやり唸り声を出した。
そして一つの走り書きを家族に残し、君の元へと走った。
体でぶつからなきゃわからない、あのバカは。
そう思い、私は自転車で駅まで走り、地下鉄のホームに降り立った。
ホームの向かいに、君が立っていた。
私はノートを広げて、「き・み・は・ば・か・や・ろ・う・だ・!」と伝えた。
君が泣きそうな顔をして見ている。ベンチにまだ座ったままだ。
私はノートをめくり、次の言葉を書いた。
「生・き・る・て・の・は・・苦・し・み・な・ん・だ」
君が頷いた。
「作・家・は・希・望・を・書・か・な・きゃ・な・ら・な・い」
「唯・で・さ・え・ム・カ・つ・く・世・の・中・だ・か・ら」
「それがわかるかー!!」
私はじれったくなって叫んだ。風が轟々と吹いて、私の前髪と君の涙を吹き飛ばしていく。
「どうしようもなく金に負けた大人が君を傷つけたかもしれない、君の才能を妬む奴らがつるんだかもしれない、けどそれがなんだ!君には私がいるじゃないか!君は彼らに負けたんじゃない、自分自身に負けたんだ!!君だって所詮、偉くないんだってことが、どうしていつもわからない!?君を失うことは、痛くも痒くもない!はっきり言って、清々する!!けど生きろよ!!!」
「それが正解ってもんだろう!!」
君が線路に飛び降りた。
私は慌てて自分も飛び降り、こちらに走ってきた彼を抱きしめ、ホームに上がった。
「つ、辛い!」
君が叫んだ。ぼろぼろと涙を零しながら。
うん、と返事をすると、腕の中で君は泣き叫んだ。
「世界に見放されたと思った、し、死んでしまえと言われたから!本当に死んでしまおうかって、何度も何度も考えた。あなたが、」
彼は続けた。
「あなたが作家の義務を、お、教えてくれたのに、それを破ったから。だからこれが義務だと思った、終わりにするんだって、で、でも、」
「来てくれた」
うん、うん、と私は聞いた。
「あなたは本当に来てくれた、来てくれたんだ」
「それだけで十分なんだ」
「誰に認められなくてもいい、いつもあなたの書く文を読みたい、希望の話ばかり聞きたい。あなたと共に歩んでいたい」
「僕はあなたに、認められたい!」
私は彼の頭を殴るように撫で、「十年早いよ、ひよっこが!」と叫び、そして「おかえり」と抱きしめた。
「ただいま」と、彼が腕の中で呟いた。
私たちはまだまだ甘いのかもしれない。
生き方が下手くそなのかも。
それでも希望を描きたい。
息をしていたい。
世界の片隅のプラットホームで、ひっそりと二人、コーヒーを飲む。
そうして「いつまでも、生きていようよ」と手を握ると、君が「うん」と握り返した。
今はそれで、十分だと思う。
11月の風が吹く、階段を上るとメトロが通り過ぎ、風がぶわっと空に向かって舞い上がった。
私はノートを取り落とし、ページがばらけて彼に送った言葉が一枚一枚、空中を踊る。
捕まえようと、二人で腕を伸ばして暫し踊った。
言葉たちは、空へと舞い上がっていく。
「生・き・る」と「希・望」がちらついて、目から離れなかった。
鳩のように舞い上がった白い紙を、二人でしばらく見上げていた。
地下からの脱出口で、ただひたすら空を見上げていた。
生・き・る・希・望
絶望は聞き飽きる。希望は幾ら聞いても飽きない。