習作 9

誰かさんと誰かさんが麦畑

図書館にて

次の日、朝下駄箱から上履きを取り出すと、紙切れが置いてあった。
「今日の放課後、5時に北門前に変更」
確かに、何をするにしても、学校の中は危ない。きっと裏の雑木林に行く気だな。
5時にもなれば、他の生徒はもう帰っている。
よほどクラスメイトに見られるのが嫌なんだろう。

3時半に放課になった後、図書館で時間をつぶす。
奇しくも、Aも図書館にいた。
司書さんは今日はいない。5時になると用務員さんが図書館のカギをかけにくる。

Aに気付かれないよう、Aの右後ろの席にそっと座る。
すると、彼女は男子向けの性教育の本のようなものを読んでいた。しかも大判の鳥類図鑑で表紙を隠して。
裏から見れば、勃起状態のペニスの絵がでかでかと見えてしまうことにも気づかずに。
強がっている割にずいぶん抜けた子だなと思った。

「男の子の性器について説明します。下から順番に。まず睾丸。ここで精子が作られます。睾丸を包んでいる部分が陰嚢です。そしてペニス。皆さんが小さいころちんちんと言っていたものです。ペニスはいくつかの部分に分けられます。まず根元から。棒のような部分を陰茎、ペニスの先端部分を亀頭といいます。人によっては亀頭が包皮でおおわれている人もいます。このような状態を包茎といいます。若い男の子の中には、自分のペニスが包茎であることを恥ずかしがる人がいるようですが、別に恥ずかしいことでは全くありません。ただ、包茎の場合、包皮と亀頭の間に雑菌がたまりやすいので、毎日よくきれいにするようにしましょう。」
幼いころは、性にまつわる「言葉」を読み、話すだけで興奮することができる。
大人も同じだ。性行為、性器を指す隠語は多い。それはきっと、人は言葉によって興奮することができるからだろう。
淫らで美しい隠語は男のペニスを固くし、女の陰部を湿らし、そして息遣いを荒くさせるだろう。

Aは小刻みに肩を上下させながら、ページをめくる。次のページは、射精のメカニズムについて説明するページだった。
「ペニスが刺激されると、射精が起きます。射精というのは、精子がペニスの先端、尿道口から出ることを言います。セックスでは、射精された精子が女の子の膣の中に入り、精子は女の子の子宮に入ります。セックスは男の子と女の子との間でするとっても大事なことなので、また後の部分でしっかり説明します。普段ペニスは、だらんとしていて下を向いています。ですが、性的に興奮をしたとき、たとえば・・・好きな女の子のことを考えているとき、女の人の裸のことを想像したとき、ペニスは固くなり、上を向きます。これを勃起といいます。勃起したペニスが刺激を受けると勃起したペニスは射精できるように精子を準備し始めます。ペニスへの刺激、これはみんなが自分の手でやるマスターベーション、女の子にやってもらう手での愛撫、口での愛撫(フェラチオといいます。)、またセックスでの膣への挿入などですね。まだこれを読んでいるみんなは、マスターベーション以外の経験がない人が多いと思うけど、知っておいてくださいね。そしてペニスへの刺激が一定のレベルを超えたとき、射精に向けて後戻りできないポイントが来ます。このポイントを超えると、刺激を止めてもあとは射精するだけです。精子が尿道口を伝わって射精される瞬間、男の子はオーガズムを迎えます。」
恐らくAにとっては未知の現象。
今日僕は5時に呼び出されている理由はこれだと直感した。
Aは、「男」を生で見たいのだ。
蟹股に開いた両足の間に、Aの色黒の手が伸びていることを僕は見逃さなかった。
同時に、僕のペニスも勃起した。

Aは小刻みな息をしながら、次のページに進む。マスターベーションについてのページだ。
「マスターベーション。オナニー、自慰、手淫と、色々な言い方がありますね。マスターベーションは将来好きな女の子とセックスするための予行練習。どんどんやってください。恥ずかしいことじゃないんだから。でも2つだけ守ってほしいことがあります。1つ目は、マスターベーションは一人でいるときにすること。トイレのドアを閉めるように、マスターベーションも人に見せるようなものではありません。2つ目は、する前に必ず手を洗うこと。汚い手でマスターベーションすると、ペニスが腫れてしまいます。そんなこと、お母さんに恥ずかしくて言いたくないでしょ?マスターベーションのやり方は・・・きっとみんな、知ってるよね?なので私からは、こんな気持ちでマスターベーションをしてほしいなというお願いをします。エッチな本、エッチな動画でマスターベーションしないでください。代わりに、好きな女の子のことを想像しながらマスターベーションしてください。ねえ、想像してみて。好きな女の子とデートして、ご飯を食べて、公園を歩いて、目と目があって、キスをして、胸の高まりを感じて、そして抱き合い・・・その先にあるセックスを、目を閉じながら想像してみて。そういうマスターベーションで好きな女の子とのその日をイメージトレーニングできた君は、きっとその日、素晴らしいセックスができると思います。」
今にして思えば、エッセイみたいな性教育本だなと思う。僕の小学校は公立ではあったがなかなかリベラルな雰囲気があったのだ。
きっとAは、Aの彼氏とのベッドインを想像しているのだろう。きっと感じ入る所が大きくてそのページを読みふけるものと思ったが、案外にあっさり次のページに進んでしまった。

4時半。
僕はAに気付かれないように図書館を出た。

誰かさんと誰かさんが麦畑

5時を少し過ぎて、Aが校門にやってきた。
顎をちょっとあげて、半ば汚らわしいものを見るような眼で、しかし半ば獲物を食らってやろうとする動物の眼で僕をじろじろ見る。

僕はこれはゲームなのだと思っていた。
機先を制することが何よりも大事。

「で、どこ行くの?」
「ついてくればいいんだよ。」
「裏の山の中?」
「う、うん。」
「じゃあ、行こう。」

二人は黙って雑木林に向かって歩き出した。
奇妙な沈黙が続く。実際、僕とAとの間には性的な関心しか共通の話題が無いのだからわけもない。

Aが言う。
「昨日、オナニーしたんでしょ?」
「うん。」
「オナペットは誰?」
本当に言葉を覚えたばかりの子はやたらにその言葉を使いたがる。
「A」
きっとそういえば喜ぶことは子供心に分かっていた。事実そうだったし。
「キモい。」
Aのキモいは文字通りのキモいの意味でないことはもうわかっている。
「ねえ、おまえのペニス包茎?」
さっきの本は、この火遊びのための予習だったというわけだ。
「うん。」
「くっさ。」
「でも包茎だと簡単にオナニーできるんだよ。」
Aはとにかく男のオナニーが何なのか、知りたくて知りたくて仕方ないのだ。食いついてきた。
色黒の顔に汗を流し少し息をあげながら、声を上ずらせる。
「え、なんで?」
「直接先っぽを触ると痛いんだよ。だけど、皮でこすると痛くなくて、気持ちいい。」
「先っぽって、亀頭?」
「うん。」
「彼、包茎じゃないって言ってるんだけど、じゃあ彼はどうやってオナニーしてるの?」
Aの欲情に、Aの彼への気持ちがほんの少しだけ顔をのぞかせた。
「直接先っぽに触るしかない。でも痛いからね・・・何かで濡らすしかない。」
「何で?」
間髪を入れずAが聞く。
「うーん。一番簡単なのは、唾を手に付けて、その手で先っぽを撫でるやり方。」
Aの表情が一瞬不快感にゆがんだ。しかし、すぐにうっとりした表情に戻った。
街のおじさんが道に吐き捨てる唾程汚いものはないが、男女にとっての唾液は媚薬である。
そうでないならば、何故キスがあるのか、フェラチオがあるのか、クンにリングスがあるのか?
「後は、我慢汁が出てきたら、それを使うやり方もある。」
「我慢汁って何?」
「男が射精する直前に出てくるねばねばしたやつ。」
「それが出たらどれくらいで射精するの?」
「しごくのを遅くしなかったら、1分くらいかな。」

図書館の性教育本では教えてくれない生々しい男の生理に触れて、
Aの質問もどんどん進んでいく。
「ねえ、男ってどこが一番感じるの?」
「裏筋」
「裏筋ってどこ!?」
Aの声がオクターブ上がる。
Aの興奮を感じとって、ひとつゲームをやることにした。

「うーん。ちょっと説明が難しいなあ。俺絵がへたくそだからさあ、Aちょっとペニスを地面に書いてくれない?」
「え、やだよ。キモいよ。」
Aが即座に拒否する。普通の神経をした小学生ができることではない。
「でも、さっき図書館でペニスの絵見てたじゃん?動物図鑑で隠しながら。」

Aの表情が変わった。
しばしの無言。
ゲームをするのに相手に白旗をあげさせてはいけない。ゲームが終わってしまうから。
「僕もあの本図書館の横のトイレで隠れて読んだよ。だからこれはお互いに秘密。」

Aは心底ほっとしたようだった。
この激しい感情のアップダウンによって、Aは変に気分を高揚させていた。
「分かった。描くよ。」

Aは木の棒を拾い、足を大きく開いてしゃがみこみ、無言で絵を描く。
睾丸、陰茎、亀頭を簡単に描き、亀頭の先から射精された精子も付け足した。

僕はAから無言で木の棒を受取、亀頭を指さす。
「ここ。ここが裏筋。」
「それじゃ亀頭のどこが裏筋か分かんない。」

雰囲気にのまれていたのは僕も一緒だった。
僕は何の躊躇もなく、ズボンと下着をおろし、Aに勃起したペニスを見せた。
裏筋―女性から見て亀頭の正面側―を指さし、言った
「ここ。」

Aはあっけにとられ、僕も自分で何をしているのかよく分からず、どれほどか分からないが奇妙な沈黙が続いた。
僕は我に返り、パンツとズボンをはきなおした。
もう亀頭の説明は終わったのだから。

するとAは声を上ずらせ、そして声をかすかにふるわせ、こういった。
「ねえ、ペニス、もう少しよく見せてくれない?」

Aも僕も、羞恥心を脱ぎ捨てて、動物としての人間の素にかえりつつあった。
お互いがお互いに対して直截的だった。

僕はペニスが痛いほどに勃起しているのを感じながら言った。
「いいよ。」


自然は人を自然に立ち返らせる不思議な力を持っているのだ。

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If a body meet a body

Coming through the rye

If a body kiss a body

Need a body cry?

each girl has her body

None, they say, have I

Yet guys they smile at me

When coming through the rye.

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習作 9

麦畑での火遊びは続きます。

習作 9

小学生の麦畑での危ない火遊び

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 成人向け
更新日
登録日
2016-11-11

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