ヒトガタ下異無

ガタガタと身体を震わせ
男は森深く走り込んでいた

冴えない頭を押さえながら
静かに呟いた声さえも雨音に
遮られて己の心臓だけが
焦りに胸を踊らせていた

雨が降って来やがったな…畜生め!
身体が冷えてしかたねぇな…にしても
いつもいつも俺ばかりツイてねぇな
おうおう立派な木があるじゃねーか!
切って金にしたいが、いかんせん
雨で服が張り付いて気持ちがわりぃ…
今日は雨宿りさせて貰うぜ?って
木は喋れねぇーよな…馬鹿か俺は

男は小汚ない格好をした
いかにも行き当たりばったりに
人生を歩んで来た風貌であったが
昔からアル者に好かれていた

それからというもの

雨音は更に激しさを増すばかりで
止もうとはしなかった。

男も苛立ちを隠しきれずに
口からは1つ 2つと愚痴が増え
天を睨む回数も増えていった。

雨音に紛れ下駄の音がする
ガタン カタン ガタン カタン

ん?なんだありゃー花魁か?
おいおい、こんな森深くに
一体何してんだ…あの女

男は ふっと過る嫌な匂いと
この世に生きれぬ者の雰囲気を
五感はたまた六感で捉えた

いや、待てよ…危ねぇー匂いだ
ここまで来て、そりゃーねぇーぜ
なんだってぇーんだ畜生!しかし
アレは…違いねぇ、物の怪だ。

好き好んで物の怪に会う馬鹿は
居ないだろう。畜生やっぱり
ツイてねぇーぜ…オラーよ

男は チッっと舌打ちを鳴らすと
雨降る天を仰いだのであった

チリン チリン チリン チリン
遠くの方から鈴の音が聞こえてくる

あの花魁がコチラに向かって歩みを
早めて行くのを男は見逃さなかった

軽く立ち眩みがする感覚
それと同じ位に思考を鈍らせる
高貴な匂いと森林独特の匂いが
男の五感を刺激責めるのであった

どうする、ここで逃げれば
何をやられるか分からねぇーな
賭け事は好きだが命を賭けるのは
正直言うと嫌だな…はっはは

空笑いを含ませて自分を保とうと
するが間に合わない纏まらない
考えは雨音に消される時の間

ふっと鈴の音が消えた

男は目を見開いたまま放心状態で
暫く金縛りにあったかのように
ピクリとも動けずに居たのであった

な、なんなんだよ…はっはは
冷や汗出ちまったぜ…はっはは
身体の震えも止まらねぇーよ
はっはは…しかし一体なんなんだ
あの花魁…それに見たこともねぇよ
あんな見事な着物は…すげぇな。

緊張から開放された男から
安堵を隠しきれずに1つ 2つと
言葉を吐き出すのであった。

男は心を静める為に深く息を
吸い込み深く吐き出しまた
深く息を吸い込み吐き出した
その瞬間の事であった

【身体の一部下さいな】

不意に後ろから女の声がした瞬間
心臓を鷲掴みされた衝撃が男の
身体を支配するのであった

わっちが見えるかえ?…うむ
匂うの~この匂いは…きな臭いのぅ
まーよいよい生き様には興は無いが
それにしても…主よ、名は なんじゃ?

花魁姿の女は男に問うが思考が
追い付かない男の口はパタパタと
世話しなく動いているだけであった

主よ…男じゃろ!何をしてるのじゃ!
はよ申してみるんじゃ!
ああ、そうかそうか…わっちから
名を申すのを忘れていたのぅ~
わっちの名はウツワじゃ!で、ほれ
次は主の番じゃぞ?ほれほれ申してみぃ

思考の混乱が弱々しくなるのを
感じ身体の震えも弱まりを感じ
暫くしてポツリと呟いた

な、名はハコって言う

男は小さく口にし気を失った

続く

ヒトガタ下異無

ヒトガタ下異無

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-09

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