机の落書き~放課後の日課~

 僕には放課後の日課がある。


学校の三階にあるパソコン教室へ、足を運びドアを開ける。
一つ一つの机に、一台ずつパソコンが置かれている。
部屋の入口から見て、正面の一番奥にある窓際の席。
椅子に座り、持ってきたペンケースを机の右端に置く。
キーボードを手前にずらし、ディスプレイを落とさないよう注意しながら左側に除ける。
ディスプレイの下にはいつも通り、短い文章が書かれていた。

『「あと少しだ。頑張れ!!」勇者は仲間たちに励まされながら、最後の力を振り絞った。剣を構え、歯を食いしばり、叫ぶ。「あああああああああああああっ!!!!!」ザシュッと、鋭い音が響いた。一瞬の後、ドラゴンは悲鳴を上げ、地響きとともにその場へと倒れこんだ。』

これは、昨日僕が書いた物語の続きだ。まあ、知らない人がみたら意味の分からない落書きだろう。おそらくシャープペンシルで書かれただろうそれは、百文字から二百文字程度の短文で、誰が書いたかも分からない。ただ、校内での事なので、生徒の誰かではないかと思っているぐらいだ。
おそらく、これを書いた相手も僕の素性は知らないだろう。
そんな誰かの物語を、まずはケータイに写真で保存し、消しゴムで消す。
そうして同じ所へ、その続きを書いておき部屋を出る。
すると、次の放課後に見に来るころには、相手からの返事と物語の続きが書かれている。
その繰り返しだ。

この奇妙なやり取りは、パソコン室での授業中僕がその机に書かれた落書きを見つけて、返事の様なものを書いてしまったことがはじまりだった。

お茶の入ったペットボトルを机の上で倒しこぼしてしまい、それを拭くために一度机の上のパソコン機器を動かした時に、その落書きが目に入った。
それは物語の簡単なあらすじとその冒頭部分だった。
異世界の勇者が、世界を脅かす闇のドラゴンを倒すために、仲間とともに立ち上がるというありがちな話だったが、どうにも好奇心を刺激された。顔の知らない誰かの書いたその物語を、読んでみたくなってしまったのだった。

はじめの頃は、相手が分からない恐怖心やらためらいなんかもあったし、逆に相手を怖がらせたりしてしまうかもとも考えたが、結局、僕は自分の好奇心に負けてしまった。
けれど、僕が話の続きをお願いする返事を書き出してからしばらくは、なかなか返答が来なかった。変な奴だと思われたか、あるいは書いた本人にとっては、ただの落書きで書いたことも忘れていて、僕の返事など読んですらいないかもしれない。

恥ずかしさもあったが出来心とはいえ、一度書いてしまった物をすぐには消す気になれず、相手からの返事も来ないまま一週間、二週間、三週間と時間だけが過ぎていった。
一か月後。
次第にじれったくなってきた僕は、あの日書かれていた物語の続きを、勝手にそこへ書いてしまった。今思えば、その日は友人とつまらない喧嘩をしてしまい、機嫌が悪かった。家に帰って冷静になり、八つ当たりのようなことをしてしまった自分を反省する。

(そもそも僕の勝手で机にメッセージを残していただけで、相手はただの暇つぶしで、落書きをしただけかもしれない、なら僕の返事事態気づいてないかも…。それぐらいならいいけど、もしかしたら本当に怖がらせたりしているかも…しれない…。)

今まで気づいてはてはいても、なんとなく頭の隅に追いやっていたことを考えてみる。
返事など期待していないだろうただの落書きに、突然顔も名前もわからない人間から、返事を書かれたらやはり気持ち悪いだろう。しかも今日は、勝手に話の続きまで書いてしまったのだ。

(もう、止めよう。一応、謝罪文だけ一週間ぐらい残しておくか…。)

そんなことを考えながら。

翌日、昨日決めたことを実行するべくパソコン室へ向かう。
いつもなら、今日こそは返事があるかも知れないと、とても高揚した気持ちで向かうのだが、今日は今までと違い沈んでいた。
部屋の入口から見て、正面の一番奥にある窓際の席。今までと同じように、キーボードを手前にずらし、ディスプレイを落とさないよう注意しながら左側に除ける。気持ちは今までと違い沈んでいたのだが、昨日自分が書いた物を消そうと覗き込んだとたん、一気に今までと同じ、いやそれ以上に高揚する。

そこには僕の落書きへの返事が―つまり、僕の書いた物語の続きが書かれていたのだ。
「勝手に人の話を書くな!」という、お怒りのメッセージと共に。
僕は、とにかく驚いてうっかり腰を抜かしてしまった。覚えていないが、何やら奇声を発していたような気もする。…誰もいなくて良かった。

その後も一人、誰もいない部屋で赤くなった顔をさまそうと両手で扇いだり、気持ちを落ち着かせようと心臓のあたりをさすってみたり、表情はおそらくゆるみまくっていただろう。などなど、結構不審な行動をしていた。気がする。…本当に誰もいなくて良かった。

しばらくしてようやく冷静さを取り戻し、もう一度、机の上を覗き込む。
間違いなく、昨日自分が書いたものではない文字が、文章が並んでいる!
じわじわと喜びが心の中から溢れ出してくる。嬉しくて、嬉しくて、再び顔がだらしなくゆるんでいくのが、止められなかった。

一通り感動を噛みしめた後、感謝と謝罪の言葉ともにまた物語の続きの続きを書く。
するとまた翌日には、物語の続きの続きの続きが書かれていた。
相手は最初、僕が自分の物語を勝手に書くことに怒ったりしていたが、ある時から受け入れてくれたみたいだった。
返事を貰えてから、二週間後くらいだったろうか。それまでは、物語の続きを書いてもらい僕の感想を読んでもらう、そしてたまにまた勝手に続きのようなものを書いてしまい怒られる―いや、書いたんじゃない。リクエストしたんだ。ちょっと長文になってしまって勘違いされてしまったが、こんなキャラとかシーンとかも書いてほしいっていう。…とにかく!リクエストなんだ!

そんな僕の熱意が通じたのか、相手の態度は徐々に寛容になっていった。
そうして、そんなにこの物語を書きたいなら一緒に書こうか?との提案を貰えたのだ。
(いや、書きたかったというか…、ひょっとしてあのリクエスト、まだ誤解されているのか?あれは、リクエストなんだよ。だから…(略)。)
…とにかく。
こうしたやり取りをしていく中で、もう好奇心だけじゃない。この物語に対する愛着が出てきていた僕は、是非ともという返事を返した。
その時、同時にその続きを書いたからかそれ以来、せっかち君、などというあだ名のようなものが相手の中で、定着してしまったようでたびたび僕への呼称として、書かれるようになった。
(いや、僕ってせっかちか…?そんなことないと思うのだが、思ったらすぐ行動。がせっかちじゃなかったか?僕は、毎日のように寝坊する弟をしっかり起こしてから登校してるし、話の長い姉の文句やら、愚痴やらも我慢して聞いてるんだぞ!せっかちなら…(略)。)
…とにかく。
そこからはもう、リレー小説の真似事のように学校のある日は、ほぼ毎日物語の書きあいが行われてきた。

このやり取りはもう五か月近くにもなる。
相変わらず、相手のことは知らないまま。
そろそろこの勇者の物語も大詰めだ。
いつも通り、落書き―物語の続きをケータイに保存し、消しゴムでそれを消す。
そうして僕はワクワクしながら、今日もシャープペンシルを取り出した。

机の落書き~放課後の日課~

机の落書き~放課後の日課~

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-09

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