ブルーブラック・バイオレンス

美術館に行きたい。

ミュシャを真似た広告を嫌った君の指は、東に浮く雲の隙間をゆっくりと掻き混ぜる。
あの美術館であの絵を見たあの日からうつくしいとは思えなくなってしまったと、怒ったように呟く。
ひとつ知ってしまえばふたつ知らなかった頃には戻れない、ありふれている未知を赤く染め上げる行為を経験と呼ぶのならもう何もいらないんだ、昔食べた駄菓子が今でもおいしいのはきっと懐かしさってやつの所為さ、変わってゆくことも変わらないでいることも怖いと叫んだそばから、たいせつにしておきたかったものから順に消えてゆく、そんな光景を見下ろしている。
記憶をほぐす、ほぐれてゆく、夢の中でも君の音は唯一鮮明でありつづける。
小指の爪と指の間隙にあった拒絶がいつしか断絶されていた。やわらかなおそろしさはすぐそこに潜む、螺旋がほどけ、隔離していた筈の感情は融解する。もはや色彩の善悪は意味をなさない。つめたい深海の岩盤で、オールトの彼方で、君が生まれ溶けてゆく。
思考のざらつきを是正したがる秩序を防げ。手っ取り早い優しさにおおわれてなるものか。テトラポッドは崩れ、無数のパラボラは宙を仰ぐ。
だから君は待ちつづけている。青黒いミュシャの衝撃に対抗しうる鮮烈な五感の響きを。君しか知らぬ西空の紫を、こぼれおちた思い出の穿っていった穴埋めにしようと目論んでいる。

ブルーブラック・バイオレンス

ブルーブラック・バイオレンス

  • 韻文詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-08

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