蟻は瞳を濡らす

 貴方様の慈しみの魂はランプの炎よりも万物の個体を溶解させる核よりも照らし、疲れ切った一滴の油を瞬時に白銀として煌めかせた。蘭の花には昇華を望む露が零れ散り散り空で花火を描き塵の天端に王冠の飛沫を冷たく壊す。酔ったガラス瓶にはスピリッツを魅せて黄金の肉体を誇り大気に感触を与えた。貴方様の無い起源を思い永遠の永遠の蒸気機関車は鋼の車輪を回す、その終点のない疑念は、今ある詩が一瞬の間だけ説く。蟻に、蟻の困窮、苦楚、疼痛を自ら聞き、逸楽、愉楽、溜飲を快く砂糖を授ける貴方様。貴方様が君と呼んだと知った時。

 藁をはむ虎を見て瞳を濡らす。マンタとトビウオの歓喜を見て瞳を濡らす。シルバーレースの葉を木陰の椅子に座って見て瞳を濡らす。隼と雀が月に休んでいるのを見て瞳を濡らす。幾度も流れ星が頭上を越えた後、木星に衝突した火花を見て瞳を濡らす。蟻が再びそこにいる事を見て瞳を濡らす。その後何が瞳を濡らすのか、蟻がまだ知らないのはしごく当然である。

蟻は瞳を濡らす

蟻は瞳を濡らす

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-07

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