アスファルト

アタシができるまで

~幼少期~



アスファルト・・・どこを見ても同じ色
 固くて冷たい
 
 雨が降ると色が濃くなる・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 思い出してみる。
 
 
 
 
 
 古い団地に暮らしてた。
 階ごとに広い踊り場があり、向かい合う2つの棟を繋いでる造り。
 
 
 
 (子供が子供を産む)
 うちはまさにそれ。
 父19、母17の時アタシが産まれた。
 
 「まだ若いから」
 言い訳して好き勝手やってる人達だろう。
 家には父の友人達から母の兄弟までいろんな輩が毎日たむろしタバコ
 をプカプカやっていた。
 そんな濁り淀んだ環境からアタシを救ってくれたのは
 アタシの唯一の心の支えだった母方の祖父母。
 自分達が暮らしていた、その古い団地にアタシ達家族を呼んだのだ。
 
 
 団地に越してきてすぐのこと。
 寒い冬の日、珍しく降った雪を4階にある部屋の窓から顔を出して
 家族みんなでボーっと眺めていたのを覚えてる。
 
 
 
 
 
 
 唯一父に食わせてもらっていたと言える幼少期。
 父は鳶をしていた。
 毎日朝早く家を出ていた。
 
 赤ちゃんだった妹が居たからか、まだ4~5歳だったアタシは幼馴染みの
 男の子と毎日2人で保育園に通った。
 お互い手をギュッと握り合い20分掛けて雨の日も風の日も歩いた。
 
 
 
 アタシが年長の時だったかな。
 父方の祖父が何かで揉めていた父をぶっ殺すと、日本刀片手に
 運動会の日乗り込んできたことがあった。
 
 怖かった。
 ただひたすら怖かった。
 父が殺されてしまう怖さではない。
 なにかもっと深い深い恐怖を感じた。
 
 
 父は3人兄弟の長男で下に弟と妹が居た。
 祖父の家には、祖父、父の妹、祖父の再婚相手が暮らしていた。
 アタシが言えるのか、いかにも何かあるといった家族だった。
 祖父の再婚相手は綺麗な人で″お母さん″ではなく″女″という感じ
 の人だった。
 父の妹、アタシの叔母さんを奴隷のように使っていたみたい。
 でもなぜかアタシはこの人を嫌いになれなかった。
 むしろ優しくて好きだった。
 アタシのことは(見えない存在)として接する祖父とは違い
 この人はなぜかアタシを可愛がった。
 
 この人を本当の祖母と思い過ごしてきた。
 
 いくつの時か、父の本当のお母さんの家に連れて行かれた。
 優しそうなおばあさん。
 狭くて暗くて少し散らかったワンルーム。
 居心地が悪く、座れなかった。
 
 壁に掛けた写真を眺めたり、茶箪笥の上に置いた小さな置物を
 指でつついてみたりしながら過ごした。
 時折ふと、その人の方をちらっと見てみたが最後まで目は
 合わなかった。
 
 その後2~3回会いに行ったが、程なくして病気で死んだ。
 
 
 
 本当の祖母の死の先か後かもう思い出せない、小さいアタシを
 虐めてるのか可愛がってるのかわからないが、よく遊んでくれた
 父の弟がバイク事故で亡くなった。
 「本屋に行く。」
 最後に聞いた叔父の声。
 
 小雨の降る肌寒い日だった。
 
 この時初めて父が泣いているのを見た。
 はっきり覚えていないが母はそうでもなかった。
 昔から叔父のことをあんまり良く言わなかった母。
 嫌いだったのだろう。
 
 叔父が亡くなったのは18歳。
 葬式には可愛いお姉さん達、モヒカンのお兄さん、たくさんの人が
 来て皆泣いていた。
 
 その中でも1番憔悴しきった様子で祖父に支えられながら居たのは
 祖父の再婚相手。
 そう、アタシの祖母。
 
 
 
 「どういう感情?」
 「すごい演技力ねぇ。」
 「わざとらしい。」
 
 うちの内情を知っているのであろう近所のおばさん達が話していた。
 その中から母の声も聞こえた気がする。
 
 
 まだ幼く人の死を理解出来なかったアタシは、泣いている大人達を
 見てなんだかすごく怖かった。
 昨日まで鬱陶しくちょっかいを出してきた叔父が丸坊主になって
 横たわっている。
 パンパンに腫れた顔で目を瞑って。
 その周りに泣いているたくさんの大人。
 
 さらに幼い妹はニコニコしながら叔父の唇を綿棒のような物で
 潤わせていた。






~乾き~




「お前達、先生の話が聞けないなら教室から出て行け!煩い!」
 
 「はぁ?オメーの方がうるせーよ!」
 
 「何!?いい加減にしろ!出て行け!」
 
 「だーかーらー!オメーがうるせーの!」
 
 「やる気がないなら出て行け!」
 
 「お前が出て行け~あははは~。」
 
 
 
 
 
 昼は働き夜学ぶ。
 なぜか小学生の頃から決めていた自分の進路。
 
 定時制高校に入学してすぐ、15歳を過ぎたアタシと先生の会話。
 
 本当、先生の言う通り。
 やる気がないなら行かなければいいのに通った定時制。
 
 夢もない、やりたいこともない。
 
 中学で紹介してもらった近所のエアコンを造る工場で昼働き、
 夕方から学校。
 
 何となく過ぎて行く毎日。
 
 1年で限界を迎えた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 16になり
 働いていた工場を辞めた。
 
 「あんた、一緒に働かない?」
 先輩に誘われスーパーで働き出した。
 
 何もわからない中、急な上司のリストラが原因か、
 突然部門のチーフを任せられた。
 
 いや、違う。
 
 「やらされた」の方がしっくり来る。
 
 
 
 
 
 
 何となく引き受けてしまったが現実はそんなに甘くない。
 ありきたりだが心底そう思った。
 
 
 毎朝午前4時には店に居た。
 真っ暗な店の中、灯りを点け1人黙々と作業した。
 
 
 夕方からはレジ打ち。
 そして最後の締めの作業。
 
 
 毎日早朝から夜遅くまで働いた。
 いっそ職場に寝床を作ろうかとさえ考えた。
 
 人手不足も重なり、休みもまともに貰えなかった。
 きつかった。
 本当に。
 
 
 
 「死んだ魚のような目をしてる」
 
 
 そう言われたこともある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「お前がやるって言っただろ!数字を出せ、数字を!」
 
 「すみません、でももう出来ません。」
 
 「もう出来ませんなんて言える程努力したのか?」
 
 「限界です、辞めさせてください。」
 
 「逃げるのか?」
 
 「・・・逃げません!」
 
 
 
 
 何回繰り返しただろう・・・
 店長とのやり取り。
 
 そんな中でもやりがいを感じていたし充実もしていた日々。
 18歳の誕生日を迎えたその日までは。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 この日をまだかまだかと待ちわびて居たのだろう。
 母の様子から痛い程伝わってきた。
 
 「ごめん、お金借りてほしい!」
 
 「はぁ?」
 
 「ごめん!」
 
 
 
 家の中の空気が重くなるのが昔から本当に嫌だった。
 
 その家の中の空気を握っている人物。
 
 
 「いいよ、わかった。」
 
 
 
 アタシに選択肢なんて最初から用意されていない。
 ましてや(NO)なんて。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 本当にまれに仕事を早く切り上げられる日があった。
 
 
 
 
 「おかえり、洗濯物取り込んで米炊いておけよ」
 
 「うん」
 
 昔のテレビドラマの再放送を部屋の真ん中に寝転がって見ている父。
 
 存在が怖くて怖くて何も反抗出来なかった。
 
 言われたことはすべて
 
 「はい」
 
 
 
 
 「疲れた」
 
 そんな言葉を発することさえアタシには夢のまた夢みたい。
 
 
 
 
 母が帰って来るのが待ち遠しくて待ち遠しくて堪らなかった。
 
 
 冬の冷たい雨の日、真夏の炎天下の空の下。
 毎日休まず交通整理をしていた母。
 
 元々白かった肌の色も、気付けば真っ黒になっていた。
 
 
 
 
 
 「ただいま」
 疲れきって帰宅する母に父は優しかった。
 
 
 「風呂沸いてるよ」
 「肩揉もうか?」
 
 
 
 
 ヘドが出るほど気持ち悪かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「毎月3万じゃ少ねーから今月から5万入れてくれ」
 
 「はい」
 
 
 当然のように言われた。
 
 そして当然のように承諾する。
 
 
 
 子供の頃から
 「家で1番偉いのはお父さん」
 母に言われ育った。
 
 どういう意図で母は言って居たのだろう。
 なんと言うかこう、(理想の家庭)みたいなものがあったのだろうか。
 
 
 ″一家の大黒柱″
 いつも仕事で家に居ないが愛する家族の為必死に働くそれ。
 
 うちにはか細い木の枝が転がっているだけ。
 柱など見当たらない。
 
 
 
 アタシの中のアタシの軸を支えてる歯車が噛み合わなくなる
 のを日々感じながら
 「ガシャン!」
 と壊れてしまうその日に怯える毎日だった。






~終い~




 「ははは、アンタ本当に酷い母親だねぇ。」
 
 「はい、すみません。」
 
 「まぁいいや。で、どうする?いくら必要なの?」
 
 
 
 
 いかにも長い付き合いというのが口調でわかる。
 
 所謂(街金)というやつ。
 
 オールバックの髪型に黒いスーツでタバコを吹かしている。
 後ろにはまだ入社したばかりなのだろう、
 必要以上に意気がった若い男達が一緒になってこちらを
 嘲笑っている。
 
 
 
 
 緊張ではない、恐怖でもない・・・
 
 胸騒ぎみたいな感覚だった。
 
 
 
 
 
 
 父と母の血が流れている。
 そう感じざるを得ない。
 
 
 先程まで確かに感じていた胸騒ぎは何処かへ消えていた。
 
 「とりあえずこれでひと安心」
 とさえ思っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 歯車は壊れなかった。
 
 動いてはいけない部分が動き出しただけ。
 
 ぶっ壊れてくれていたらアタシに明るい未来は来たのか。
 それもそれでないか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「本当にごめんね、貴方には迷惑掛けないから。」
 
 「まぁ既に迷惑だよね?はは・・・」
 
 「うん・・・でも返済はちゃんとするから。」
 
 「どっかで昼でも食べない?」
 
 
 
 
 久し振りの母と2人での外出。
 事が済めばウキウキするような、そんな感じで居た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 父は母が生活の為していた借金を知らない。
 
 いや、知らない筈がない。
 一つ屋根の下暮らしているのに知らない訳がない。
 
 
 根っからの糞野郎だな。
 都合の悪いことは完全見て見ぬ振り。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 予想通りなのか、早速滞る返済。
 
 今思えば当たり前だ。
 返せる見込みがあるなら、きっと初めから借りない。
 
 
 
 
 
 
 
 「誰か知らないけど、男の人から電話入ってるよ。」
 
 「え?あ、はい。ありがとうございます。」
 
 
 
 
 
 
 
 
 「もしもし、お電話変わりました。」
 
 「あ、もしもし?わかる~?この前はありがとうね~。」
 
 
 
 
 街金のその人だった。
 
 職場に電話してきた。
 
 
 
 
 「ごめんね~、お母さんと電話繋がらなくて娘さんに掛けちゃった~」
 
 
 これっぽっちも悪びれなく謝ってくる男。
 
 
 
 
 「あ、いえ。何かありましたか?」
 
 「いやいや、今日お金返してくれる約束でしょ~。」
 
 「あ、そうなんですか。」
 
 「お母さんから聞いてない?」
 
 「はい・・・。」
 
 「本当ダメな母さんだね~あははは~。」
 
 
 
 
 震えた。
 
 こうなることはわかっていた。
 
 母へのものか自分へのものかわからない怒りで
 吐きそうになった。
 
 
 
 
 「とりあえずうちも借したもの返してもらわないと困るわけよ。」
 
 「はい。」
 
 「まぁ娘さん可哀想だけど。ねぇ?」
 
 「はい・・・。」
 
 「今いくら持ってる?5千円でもいいからさ、誠意見せてよ。」
 
 
 
 
 
 少し前に母と2人訪れた場所。
 エレベーターが開くとすぐ受け付け。
 
 
 
 
 「あ~娘さん!ごめんね~!ははは。」
 
 何が可笑しいのか笑っている男。
 
 
 
 
 「あの、これ。」
 
 「あ~、はいはい。ありがとうね~。」
 
 「・・・。」
 
 「家帰ったらちゃんと返してもらいなよ~?」
 
 
 
 
 微笑みながら領収書を渡してくる。
 
 それを受け取りそそくさとその場を去った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ねぇ、迷惑掛けないって言ったよね?」
 
 「ごめん。」
 
 「お金返してよ!」
 
 「ごめん、返せない。」
 
 「はぁ?返せよ!」
 
 「今日の夕飯も買えない・・・。」
 
 「・・・。はい・・・。」
 
 
 
 
 新手のカツアゲだ。
 
 こうやってアタシから根こそぎ奪っていく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ごめん、今お店の外に居る!出て来れる?」
 
 
 
 
 深刻な顔でアタシを待つ母の姿。
 
 用件なんて聞かなくてもわかってる。
 
 一応リアクションはしておく。
 
 
 
 
 
 「いい加減にしてよ!アイツに働けって言いなよ!」
 
 「うん、ごめん。」
 
 「なんでアタシばっかりなの?」
 
 「ごめん。」
 
 
 
 
 
 借金を返すための借金。
 
 こうなればもう終いだ。
 
 「なんとかなる」
 
 絶対に思ってはいけない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「あ~こんにちは~。」
 
 背が高く溌剌とした感じのおばさん。
 
 後ろには正反対の印象のおじいさんが座っていた。
 
 
 
 
 
 「はい、じゃあ5万円ね!」
 
 「ありがとうございます。」
 
 
 
 
 アタシに許可なく手続きを済ませて居たのだろう。
 行ってすぐに渡された現金。
 
 
 
 
 「あんまり娘さんに迷惑掛けたらダメよ!」
 
 「はい。」
 
 
 
 
 
 自分の娘の前で怒られるってどんな感じ?
 母は感情のない人間なんだな。
 
 
 
 この時既に4社で金を借りてしまっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「お客様申し訳ありません。当店、開店は10時からでして・・・」
 
 「すぐ済むから。」
 
 
 
 
 この前のおじいさん。
 
 
 
 
 
 「悪いな、母さんと連絡が取れなかったものでな。」
 
 
 
 
 それ以上は言わないで姿を消してくれた。
 優しささえ感じた。
 
 
 
 
 無理矢理店に入ってきたおじいさんを止めていた店長に
 そのあと何を聞かれ何と答えたか思い出せない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「外線1番にお父さんから電話入ってるよ!」
 
 鳥肌が立ち冷や汗が吹き出してきた。
 
 
 
 
 
 「もしもし・・・」
 
 「お前何やってんだ!金借りたならしっかり返せよ!」
 
 「・・・」
 
 「おい、聞いてんのか!今うちに電話入ったんだよ!」
 
 
 
 
 
 普通の人ならこの辺で堪忍袋の緒が切れるのかな?
 いや、もっと前にとっくに切れてるよな。
 
 
 
 
 
 「いや、でもそれお母さんが借りたんだよ」
 
 「だからなんだ!人のせいにするな!」
 
 「えっ?」
 
 「名前貸したのはお前だろ!お前が悪いんだよ!」
 
 
 
 
 
 
 この日から店の電話が鳴る度動悸がするようになった。
 
 街金より父からの方が怖かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 「もう泣かなくていいよ、俺も悪かったから」
 
 「うん、ごめんね」
 
 
 
 
 また、
 悪いなんて思っていないのに謝る母。
 
 
 
 
 
 「とりあえず今日電話が来たところを含めて、自分の名前のところは
 責任持って自分で片付けろよ」
 
 
 
 
 
 父が言っていることの意味が理解出来なかった。
 
 
 自分を抑えた。
 必死で・・・






~嵐~




完全に怒りが勝った。
 
 
 
 
 「はぁ?何言ってんだよ!こいつが借りたっつっただろ!」
 
 「だからなんだ!お前の名前だろ!」
 
 「ていうかオメーが働かねーからだろ!働けよ!」
 
 
 「もうやめて!全部私が悪いの!」
 
 
 「いや、こいつが悪い!名前を貸すっていうのはこういうことだ」
 
 「うるせーテメー!偉そうに言ってんなよ!」
 
 「お前誰に口聞いてんだ?俺は親だぞ!」
 
 「笑わせんな!テメーのこと親なんて思ったことねーよ!」
 
 
 
 
 
 子供にはすぐ手を挙げていた父がなぜかこの時はしなかった。
 
 
 
 
 
 「もういい!こんな家に居れない!」
 
 「なら出て行け!」
 
 「うるせー!テメー一々もの言うな!死ね!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ねぇお願い、出て行かないで・・・」
 
 「テメーもうるせーんだよ!ざまぁみろって思ってんだろ!」
 
 「そんな・・・本当にごめん・・・」
 
 「お前はアタシよりアイツの方が大事なんだろ!」
 
 「アタシは貴方が居ないと生きて行けない・・・」
 
 「そりゃそうだろ、金借りてくれる奴が居ないとだもんね!」
 
 「そうじゃない!」
 
 「本当にもういいよ・・・」
 
 「やだ、行かないで・・・」
 
 「ていうか本当に・・・アタシのこと産まないでほしかったよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 大声で叫びたかった。
 少しは常識というものがあると捉えていいのか。
 
 溢れ出てきて止まらない、いろんな感情を抑えられずに
 声を殺して泣いた。
 
 嗚咽を堪えることが出来なかった。
 
 
 
 団地のすぐ下にある公衆電話の中でしばらく泣いた。
 
 1人だけ居た親友に電話していた。
 
 
 
 
 
 
 「ごめん・・・もう限界だ・・・家出てきた・・・」
 
 「はいよ~!どこに居るの~?」
 
 
 
 
 
 敢えてなのか明るい口調のその人は10分もしないうちに
 アタシを自分の愛車に乗せていた。
 
 
 
 
 
 「こりゃ軽くドライブだね~あはははは~!」
 
 「・・・。」
 
 「アンタと一緒に暮らせるなんて楽しみ過ぎるでしょ~」
 
 
 むしろこの日を待っていたかのような、そんな口調で言ってくれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「は~い、みんな~!連れてきたよ~!」
 
 「アンタ達遅いから食べ始めっちゃてるよ!」
 
 「おいおい、待っててくれよ~」
 
 「うるさい!いいから2人共座ってさっさと食べな~」
 
 
 
 
 
 
 死ぬほどホッとした。
 
 それと同時に、苛つくほど親友が羨ましくなった。
 
 
 
 
 
 
 

 アタシの啜り泣く声を、この家族は掻き消してくれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「私達みんな8時前には仕事で出ちゃうからアンタ洗濯と掃除頼むね!」
 
 「ごめんねおばさん・・・」
 
 「まぁしばらくゆっくりするさ!」
 
 
 笑顔で階段を降りて行った親友のお母さんが下から叫んでくる。
 
 
 「おばあちゃんには11時にお昼の用意お願いね~!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 アタシは死んで、ここは天国なのか?
 おおげさではなくそう感じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 借金取りの来店、返済催促の電話。
 店の人達は良くしてくれたが、アタシはそこから逃げていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一切電話に出ないアタシの携帯には、泣きながら帰宅を促す母から
 毎日留守電が入っていた。
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 「旅行行こう~!!」
 
 
 
 突然の提案で驚いた。
 
 元気のないアタシを思ってのことだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「運転荒いんだよ!」
 
 「じゃあお前が運転しろよ!」
 
 
 
 
 
 「今日お天気で良かったよね~」
 
 
 お父さんと喧嘩している親友。
 
 お構い無しに後部座席でアタシに話してくるお母さん。
 
 
 
 
 
 みんなで大きなダムを見たり、トロッコ列車に乗ったりした。
 終始笑い声が絶えず本当に楽しかった。
 
 お母さんはこの日の為、アタシに洋服まで買ってくれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 みんながアタシを受け入れてくれればくれるほど申し訳ない
 気持ちで苦しくなった。
 
 居心地の悪さまで感じるようになっていた。
 
 
 
 
 「せめて働こう、お金を入れよう」
 
 
 
 
 
 無料の求人誌をペラペラめくる毎日。
 
 
 
 
 アタシが来る前から呆けが始まっていた親友の祖母。
 
 アタシが過ごしていた2階に上がって来ては
 
 「泥棒!」
 
 と騒ぐようになった。
 
 
 
 
 それがきっかけとなり、みんなが仕事で居ない昼間はアタシも
 外に出るようになった。
 
 
 
 
 近所の図書館で本を読んだり、公園をフラフラしたり。
 
 
 
 
 そんな時ふと母に会いに行った。
 
 
 
 
 
 
 
 「全然電話出てくれないから心配したんだよ!」
 
 
 
 
 仕事中だったにも関わらず号泣している母。
 
 
 
 
 「ていうか帰る気はないから」
 
 
 
 
 
 
 
 
 「待ってるから」
 
 母の声を背に、その場を後にした。
 
 
 
 
 なぜ母に会いに行ったのかは考えないようにした。
 
 
 
 
 
 バカなアタシはこれを期に母からの電話を取るようになった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「本当にごめん。助けてほしい!」
 
 
 
 もう反抗する気もなくなってしまったのか。
 
 
 
 
 
 
 「いいよ、わかった。夕方会おう。」
 
 
 
 それだけ言って電話を切った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 無職の娘に金をせびる。
 相当困っていたのだろう。






~罪~




「はじめまして~、いくつなの?」
 
 「19です。」
 
 「今日はどうしたの?」
 
 「お小遣い欲しくて・・・」
 
 「あはは、やっぱりそうか。いいよ、いくらくらい?」
 
 「えっ、いくらくらい?」
 
 「君こういうの初めてだね?」
 
 「はい・・・」
 
 「ははは、そうか。なら教えてあげるよ。」
 
 「はい。」
 
 「大体ね、この世界は″込み2″が相場だよ。」
 
 「はあ・・・込み2・・・」
 
 「そう、ホテル代込みで2万円。」
 
 「あぁ!そういうことか!」
 
 「あはは。で、どうする?会ってみる?」
 
 「え、あ、はい!」
 
 「そんなに緊張しなくていいよ。」
 
 
 
 
 
 
 
 約束通りに現れた男の人。
 
 優しそうな30代半ばくらい。
 
 
 踏み込んではいけない世界に入ってしまったアタシを、その男は
 笑顔で自分の車に乗せた。
 
 
 
 
 
 
 「あははは、緊張しなくていいって言ったでしょ?」
 
 「でも・・・」
 
 「食事だけにする?渡す額減っちゃうけど。」
 
 「・・・ううん!ホテル行く!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「今日は初めてだし″別2″にしてあげるよ。」
 
 「いいんですか?」
 
 「また会った時はよろしくね~」
 
 
 
 
 最初に会った場所にアタシを降ろし、男は去って行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 夕方母に会い、1万を渡す。
 
 

 
 「えっ!どうしたの、このお金・・・」
 
 「いらないなら返して。」
 
 「・・・ごめんなさい。」
 
 
 
 
 
 
 
 こんなやり取りを1ヶ月程した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 何十人に援助してもらっただろう。
 
 アタシは完全に″慣れて″しまっていた。
 
 
 
 
 昼過ぎからまた会っていた。
 いつも通りホテルに向かう。
 
 「何となく癖のある奴」
 そう思った。
 
 
 
 
 
 
 「ごめん、俺1人でゆっくり入りたいんだけど先いいかな?」
 
 「うん、いいよ。」
 
 「ありがとう。その後ゆっくり入ってね。待ってるから。」
 
 
 
 一々うるせー奴。
 
 
 
 すっきりした男が今度はアタシをシャワーへ促す。
 
 
 
 「待ってるからゆっくりね!」
 
 
 妙にハイテンションな男。

 
 
 
 
 
 男に触られた感触を消すのに必死になりながらも、
 慌てふためくような不信な物音に気が付いては居た。
 
 
 
 
 
 
 「やっぱり・・・」
 
 
 部屋はもぬけの殻。
 
 慌てた男が落としていった靴下が片方だけあった。
 
 
 
 
 「やるだけやってトンズラかよ。」
 
 
 
 
 
 なぜか笑えた。
 
 
 
 
 部屋のドアは清算しないと開かない仕組み。
 
 もちろん清算は済み、開いている。
 
 よって慌てる必要なんてなかった。
 
 
 
 まだ力が入らない自分の足を持ち上げ洋服を着させた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 話も盛り上がっていないのに、随分遠くまで行くなぁ。
 こういうオチか。
 
 待ち合わせた場所から駆け離れたラブホテル。
 
 
 
 
 
 何も考えず歩いた。
 ひたすら歩いた。
 
 なぜか溢れてくる涙が鬱陶しかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「もう帰りなさい。」
 
 居候生活が2ヶ月に入った頃、突然言われた。
 
 
 
 
 
 
 「今日お母さんから電話が入ったよ。すごく心配してるよ。」
 
 「ごめんね、おばさん。」
 
 「またいつでも遊びにおいで。」
 
 
 
 
 
 身支度を済ませ外に出ると母の姿があった。
 
 
 親友のお母さんに深々と頭を下げる母。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「やっぱり自分の家が1番だろ。」
 
 
 
 軽く笑いながら話し掛けてくる父。
 
 母は言葉無く俯いている・・・
 そう思った。
 
 
 
 
 
 「あのさ、お父さん・・・もう限界だよ!」
 
 
 
 初めて見る母の顔。
 
 怒り、悲しみ、悔しさ、辛さ、情けなさ。
 全部が混じったような、そんな顔。
 
 
 
 
 
 
 「えっ・・・」
 
 「なんでアンタは働かないの?」
 
 「だって腰が・・・」
 
 「アンタの腰は何十年も痛むの?」
 
 「なんだよ急に!」
 
 「急じゃない!いつまでこんな生活続けるの!」
 
 「うるせー!誰が毎日洗濯、掃除してやってるんだ!」
 
 
 
 
 根っからのクズだと思った。
 
 
 
 アタシも黙っていられなかった。
 
 
 
 
 「お前、アタシが居ない間も飯食ってたよな?」
 
 「なんだ、お前は黙ってろ!」
 
 「アタシがおかあに金渡してたのも知ってるよな?」
 
 「だったらなんだ!」
 
 「無職のアタシがどーやって金つくってたかわかるか?」
 
 「なぁ、お前も!!!」
 
 
 
 
 
 
 母の言葉に正直驚いたが、勘違いしないでほしい。
 
 母に賛同したわけではない。
 
 
 
 
 
 
 
 黙り込む父と母。
 
 妹や弟も聞いていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「テレクラで知らねーオッサン達とセックスして金貰ってたんだよ!」
 
 
 
 
 
 泣き出す母。
 
 
 
 
 
 
 「テメーらはそんな金でアタシに食わせてもらってんだよ!」
 「感謝しろ!有り難いと思え!アタシの言う通りにしろ!」
 「死ね!みんな死ね!死ね!」
 
 半狂乱だった。
 
 
 
 
 
 
 「わるかった、もうわかったからやめてくれ。」
 
 暑くもないのに額に汗を滲ませた父が言った。
 
 
 
 
 
 
 
 「ぎゃぁぁぁ・・・うわーん・・・あぁぁぁぁぁ・・・」
 
 感情のコントロールが完全に出来なくなっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 次の日、仕事を休んだ母が運転する車の助手席。
 
 弁護士の元へ向かっていた。
 
 
 
 
 
 
 負の連鎖を断ち切るべく、借金の相談に来たのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 実際にはどのくらいだったのだろう・・・
 
 何十年と経っているような、そんな暗い借金生活。
 
 
 出口の見えない長い長いトンネルから救い出してもらった。






~アスファルト~




「これで最後の返済だよ。お疲れさま。」
 
 借金の相談に行った、弁護士の助手の人からの電話。
 
 
 
 
 涙が溢れて来た。
 
 でもそれを拭いたくなかった。
 
 本当に目の前が明るくなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 正直なところ、まだ父は無職のまま。
 
 借金がなくなっただけで現状はそのまま。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 これから何が起きるかもわからない。
 きっと何も変わらない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 でも生きていくしかない。
 
 アタシには死ぬ勇気がない。
 
 あの最悪だった日々、それも考えた。
 
 でも出来なかった。
 
 出来なくて良かった。
 
 子供は親を選べない。
 
 親だって子供を選べない。
 
 散々言ったが父と母はアタシが子供で良かったかな?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 少しだけ心に余裕が出来たアタシ。
 
 目を瞑って、思い出してみる・・・
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 「こっちおいで~」
 
 笑顔で手を広げアタシを抱き締める父。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「寝るならベッドいきなさいよ~」
 
 少し伸びたアタシの前髪を左右に掻き分け頭を撫でる母。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 アタシの心はアスファルト。
 
 どこをみても同じ色
 
 固くて冷たい
 
 雨が降ると色を変える・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 優しい色に。

アスファルト

アスファルト

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-05

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