ハイスピード

三題話

お題
「上機嫌」
「速い」
「金」

 ハイになっているのと上機嫌とでは、同じようで違っていて、それでも結局は同じものなんだなと思う。
 日本語か外国語か、その程度の違い。
 私は今走っていて、前を走るバイクの男は全力で逃げている。
 かろうじて私のほうがほんのちょびっと速いから、いつかは追い付けそうだ。
 ちらちらと後ろを気にしながら走っている辺りがかわいらしいが、それなら止まって私に謝ればいいと思う。
 反省や後悔をしちゃうんだったら初めからやらなければいいのに。
 あはははは。
 ははは……。
 もう日付が変わろうかという時間の全力疾走はあまり気持ちよくないなぁ。やっぱり早朝が一番だ。
 ようやく手を伸ばせば届く距離まで追い付いた私は、男の襟首を掴んで急停止した。
 ぎゃぎゃぎゃぎゃ、と靴底がアスファルトとの摩擦で激しく削れてゆく。男が手放したバイクはバランスを崩して横転回転吹っ飛ぶように地面に叩き付けられて大破した。
 あーあ。
 こうなっても私のハンドバッグを手離さない根性は大したものだが、諦めが悪いのはみっともない。
 うつ伏せに倒れている男の左手からバッグを取り戻し、私はようやく一息吐くことができた。
 はっはー。まさか私と競争するだなんてね。馬鹿なやつ。本気になった私に勝てるわけがないのに。
 ともかくこれで一安心。
 給料日にバッグをひったくられるとか運が悪すぎでしょ。今まで一度も被害に遭ったことないのに。
 なんだかんだ言って、お金が一番大切だ。
 世の中は金・金・金! オリンピックだって金じゃないと価値が無いというような風潮じゃん?
 ははっはー。
 止まったから汗が噴き出してきたよ。背中に流れる汗が気持ち悪い。
 ちょーーーーーーーっとだけ苦労しちゃったもんね。距離にして五キロくらい。さすがの私でもバイク相手はキツかったさ。
 お金の力って怖いね。まさに火事場の馬鹿力ってやつ?
 頑張ってみたら意外なことに追い付けちゃったんだよね。
 まあ誰も信じないと思うけど。
 そこで、警察がやってきた。
 パトカーで大げさにサイレンを鳴らしながら乗り付けて、どたどたと私のもとへ駆け寄ってくる。
 そして説明を求められる私。
「だからひったくり犯を追いかけただけですってば!」
「どうやって?」
「走ってです!」
「犯人の男は?」
「バイクです!」
 ちなみに犯人の男は救急車で運ばれていってしまった。
「犯人の男はバイクで逃げて、あなたは走って追いかけた、と?」
「そうです……って何度も言ってるでしょ!?」
「いや、そう言われましても」
 このように話は一向に進まない。この警官、無能なんじゃないかしら。
 あー、もー、めんどくさいから帰っちゃおうかな。
 私は警官に背を向けて駆け出し……しかし、脚は思うように動かなかった。
 上半身だけが先走り、前のめりになって地面に倒れこんでしまう。
「あ――」
 舗装された地面は硬いはずなのに、まるでベッドに倒れこんだかのような感覚。そして身体はずぶずぶと沈んでいって、私は地面と一体化する。
 視界はぼんやり。周りの音が遠く聞こえる。
 ああ、なんだか気分が悪くなってきた……吐きそう。
 思考もぼんやり。周りの事が認識できない。
 身体も思考も散り散りに。
 細分化された私は消えてなくなった。

ハイスピード

ハイスピード

自分以外の誰かからいただいた3つのお題を使ってSS

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-05

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