干しっぱなしだった洗濯物を取るためにベランダに出ると、秋の風が鼻孔をくすぐった。
「さむっ」
 陽はとっくに沈んでしまっている。紫色の空。向かい側のマンションもちらほら電気がついている。道路を走る車のスモールライトとヘッドライトが入り交じる微妙な時間。温かい部屋から出たから、外の凜とした冷たい空気が染みる。
 もったいないことをしたな、と思う。昨日まで怒濤のような平日を過ごして、その反動からか休日の今日は陽が暮れるまで寝続けてしまった。昨日まで「眠りたい」と呪文のように呟いていたのに、実際にやってみたら、自分が世界から取り残されてしまったような気がして、なんともいえぬ寂しさを覚える。
 二日間干しっぱなしだった洗濯物はぱさぱさになっている。夜露に濡れて乾いてを繰り返した服をぱたぱたとはたけば、強すぎる日向の香りがした。
 誰かに会いたい。
 そんなことを思っている自分に気付いて、私はちょっと笑ってしまう。お前、昨日まで一人の時間が欲しいって言ってたくせに。都合良くころころとよく考えを変えられるよな。——だけど、ふと想ったその気持ちの重さに気付いて、笑うのをやめて小さくため息をつく。
 洗濯物を取り込む手を止める。マンション横の街路樹が小さく揺れている。駐輪場にスクーターの大学生が帰ってくる。ぱたん、とシートの下にヘルメットをしまう。すぐ横の下り坂を高校生くらいの集団が自転車で下っている。近くの高校から運動部の締めの挨拶。吹奏楽部の金管楽器の音。冷たい秋の風。
 鼻の奥がむずむずする。
 誰にも聞こえないくらい小さな声で「さむ」と呟いて、思いっきり空気を肺いっぱいに吸い込んで、洗濯物を取り込むのに戻る。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-05

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