犬と猿と

 桃太郎なる人物が戦闘員を募集しているらしい。私は求人広告に記載された番号に電話をかけ、面接を受けたい旨を先方に伝えた。電話の相手は、木曜の13時に履歴書持参で○○ビルまでお越しください、お待ちしております、と言って電話を切った。

 そのビルは比較的あたらしく、全体的にこぎれいな印象だが、想像していたよりもはるかに小さかったため、両隣のビルに圧迫されているように感じられた。受付にいた犬に来意を告げると、犬は、お待ちしておりました、と言い、応接室に案内してくれた。
 部屋に入ると、履歴書はお持ちでしょうか、と聞かれたので、私は、はい、と答えてそれを犬の前に置いた。ありがとうございます、そちらにおかけになってしばらくお待ちください、と言うと、犬は履歴書を咥えて部屋を出て行った。
 私はソファの上で行儀よく待つことにした。応接室にはほとんど物がなかった。隅にぽつんと置かれたごみ箱と、小さなテーブルを挟んで三人掛けのソファが一対、それだけだ…と思いきや、正面の壁の上方に、明らかにこの部屋には不釣り合いなものがかけられていた。大きくて立派な日本刀である。桃太郎なる人物がこの刀で鬼をばっさばっさと斬り倒していく様が目に浮かんだ。
 「や、お待たせして申し訳ない」と言いながら、一人の青年が応接室に入ってきた。後ろには先ほどの犬と、一匹の猿を連れている。青年は私の真正面に、犬は私から見て左側に、猿は右側に腰かけた。
 「本日はお越しいただきありがとうございます、わたくし、桃太郎と申します」と青年は切り出した。「猫の、とら吉さん、でよろしいですね?」
 はい。よろしくおねがいいたします。
 「ご案内の通り、私共は鬼退治の遠征に赴くべく、入念な準備を進めております。現在、人員は私の他にこちらの犬と猿…」桃太郎は両側の二匹に軽く顔を向けた。二匹はぴくりとも動かない。「少なくともあと一匹、即戦力となる戦闘員がほしい、というわけで広く募集をかけた次第です。それで…」桃太郎は手元の履歴書に目を落とした。「とら吉さんはいわゆる飼い猫ということですが…今回こちらに応募された理由をお聞かせ願えますか?」
 私は拙いながらも自分なりに言葉を尽くして志望理由を説明した。飼い猫として何不自由なく生活しているが、このまま食べて寝るだけの暮らしを続けていていいものだろうかと常々考えていたこと、そんな折に今回の求人を偶然見かけ、「正義のために力を尽くそう!」という言葉に強く心ひかれたこと、等々。
 「なるほど…」桃太郎は小刻みに何度も頷いた。「鬼たちは鬼が島を拠点に、近隣の島の人々から金品を強奪しています。昨今、その蛮行はますます苛烈なものになっていると伝え聞いております。状況はまったなしです。あなたのような使命感を持った人材は大歓迎ですよ」彼は静かな微笑みを私に向けた。
 「ところで…特技は『かみつくこと、ひっかくこと』とのことですが…過去に何か退治されたご経験などは…?」
 ええ、実家ではネズミなどを少々…と言ったところで猿が、くっ、と小さく笑った。ような気がした。
 スズメやヘビなども自分で捕って食べたりもします、と私は付け加えた。
 「なるほど…」桃太郎の顔が少し曇った。ような気がした。「では、遠征中の食事に関しては大丈夫ですよね? お腹が空いたらスズメなんか捕ったり、ね?」
 ええ、その点は問題ありません。自分で調達いたします。
 「よかったよかった。いや、広告にも書きました通り、『きびだんご支給アリ』なんですけども、やっぱりそれだけじゃちょっと…なんて声もこちらの二匹からあがっているくらいで…」と言って彼は二匹に目配せした。犬は紳士的な、猿は卑屈な笑みを浮かべた。
 「では…君たちの方から何か聞きたいことはあるかな?」と問われると、「そうですね…」と犬が口を開いた。「猫は一般的に睡眠時間が非常に長いというふうに理解していますが、その点は大丈夫でしょうか?」
 はい、確かに私は普段半日以上を睡眠に費やしておりますが、今回の鬼退治に関しましては、全身全霊、寝る間を惜しんで鬼の討伐に励む所存です。ただ、なにぶん夜行性ですので、鬼を襲撃するのは夜間にしていただきたいというふうに希望するのですが…。
 「ええ、もちろん、夜中に鬼を襲うというのはすでに計画しているところですので問題ありません。ただ…」と桃太郎は話す。「先ほども申し上げた通り、状況はまったなしです。日中はかなりの時間を移動に費やすことになります。その点、猫のとら吉さんにはかなり努力していただかなければならないと思われますが…」
 そうですね…できる限り、頑張らせていただきます…。
 「…はい、わかりました。では君からは何か?」と問われ、猿は「特にありません」とそっけなく答えた。
 「…はい。では面接は以上です。結果は追って連絡いたします。本日はご足労いただきありがとうございました」一人と二匹は立ち上がって礼をした。私は一人と二匹に見送られ、応接室を出た。
 扉を閉めると、私はすぐには立ち去らずに、その場で大きく深呼吸した。意外と早く終わったものの、こんなに長時間話すことには慣れていなかった。
 息を整え、ビルを出ようと歩き出したところで、背後の応接室から猿の言葉がはっきりと聞こえてきた。
 「とら吉って…本物の虎ならよかったんですけどね」

 不採用通知を受け取ってから数週間後、私は新聞の見出しに「桃太郎氏、鬼を退治する」という文字が躍っているのを見つけた。その下の写真には、財宝の山を背に応接室にあった日本刀を手に持って佇む桃太郎と、誇らしげな表情の犬と猿と、それから一羽の雉が写っていた。
 なるほど、雉か…鳥は、飛べるものな…。
 鳥ならば、空から偵察したり、鬼の目を突いて潰したり、それから…わからないけれど、猫よりは絶対に役に立つ。だいたい、かみついたりひっかいたりなんて犬でも猿でもできるんだ。自分は初めからお呼びでなかったんだ。
 今となっては、どうして自分の身の丈に合わない「生きがい」とか「充実感」とかいったものを求めてしまったのか、不思議に思える。私はこれまで通り「呼吸」とか「食事」とか「排泄」とか「睡眠」とかを繰り返して生きていけばいいのだ。それだけで十分なのだ。
 私は日の当たる縁側で丸くなり、目を閉じた。せめて夢の中だけでも虎になれないものか、などと考えながら、私は深い眠りに落ちた。

犬と猿と

犬と猿と

鬼退治と就活。2,691字。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-05

CC BY
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