指輪
私の彼氏にはしっぽがある。髪の毛と同じ、陽の光を受けて透き通るような麦の色。外に出るときはズボンに仕舞い、だぼだぼの服で隠している。でもそれは窮屈なようで、家ではいつもしっぽを出している。
彼と出会ったのは、底冷えする夜のこと。仕事帰り、疲れた体を引きずってたどり着いた近所の公園に、彼はいた。草むらに横たわるように、丸くなって寒さに震えていた。私はそっと近寄っていき、その背中を愛撫してやった。そうすると、彼は一声鳴く。
「一人ぼっちなの?」
尋ねると、ゆっくりと頷く。
「おいで。ここは、寒いでしょう」
手を取って立ち上がらせると、意外と背が高かった。背中は丸まっているけれど。
その日から、彼は私の家で暮らしている。自分のことはほとんど話さないため、どうしてあそこで小さくなっていたのか、これまでどう生活していたのかさっぱり分からない。だけど、ここでの生活は気に入ってくれたようで、縁側で気持ちよさそうにいつも横になっている。ぽかぽか陽気が好きらしい。
私の彼氏には好物がある。焼き魚だ。箸を使うのは苦手みたいで、手で持ってかぶりつく。行儀が悪いとたしなめても、気にする素振りも見せない。骨だけ残して綺麗に食べきると、満足げに目を細める。彼が幸せならそれでいいやと、私も微笑みを返す。
ある日、夕方の散歩に出かけていた彼は帰ってくると、何かを私に差し出した。包装もされていない、むき出しの指輪。琥珀色の宝石が鈍く光っている。
「プレゼント? 私に?」
彼は小さく頷いて、すぐ縁側に横になりにいく。彼はお金を持っていないから盗んだのではないかな、と思うけれど、とにかく指にはめてみる。サイズはぴったりだった。
縁側に寄っていって、彼の傍にしゃがみ込む。ありがとう、と呟き、枕の代わりに膝を貸してやった。私の膝に頭を乗せて寝るのを、彼はいたく気に入っているのだ。
麦色の髪の毛を梳くように撫でてやりながら、遠くの空を眺めると、星がよく見えた。夜の帳にぶら下がるスピカ。
彼の口元に手をもっていくと、指輪をはめた指先を彼の舌が優しくなめる。幾度も。くすぐったい気もしたけれど、彼の気が済むまで好きにさせてやった。
一つの予感だけがあった。
私の彼氏には律儀なところがある。人知れず去るような真似はせず、置手紙を残していった。読みにくい字で「ありがとう さようなら」とだけ記されていた。
指輪