サラバ
ナイーブでデリケートな人、ふやけた石鹸のようにどこまでも覚束ない危うさを孕んだ人。
「飲みますか?」
まだまだ早い時間、日付が変わるまで四時間以上は余っている時間、私と彼は品の良いソファに拳二つ分の間を開けて座っていた。彼が私にくすんだ赤いマグカップを差し出す。
中の液体は渇いた土のような色をしており、白く立つ湯気は仄かに甘く薫ったが、そこにミルクの優しさはなく不快だった。
ココアだ、
彼の作るココアは美味しく無い。
随分と値段の張る純ココアのパウダーと聞き慣れない名前のつけられた砂糖を熱いお湯で練ってから作るほど拘る癖に、そのココアを溶かすのはただの沸騰させたお湯だった。しかも水道水である。
「いらない」
私の返事はいつも決まっているのに、彼はココアを作るたび私にそう聞けば、悲しそうに眉を落とすのであった。
「なんで牛乳で作らないの?」
「貴女は牛乳が嫌いでしょう」
私は思わず声をあげて笑った。
サラバ