ENDLESS MYTH第3話-20

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 雨に濡れた犬のようなメシアが倒れ込むように、壁に空いた穴から建造物の中に飛び込んだのは、夜も深まってからのことである。
 ニノラ・ペンダースに担がれて飛ぶこと数時間、彼の身体は完全に冷え切っていた。
 しかしメシア・クライストよりも更に深刻だったのは、彼を守護すべく敵と対峙したトチス人の女性アニラ・サビオヴァ。その身体はボロ雑巾のように瓦礫の上に落ち、全身を弾丸で射貫かれたように、皮膚が破裂し、出血していた。
 敵の能力は水。まさかこの状態を見て水滴が弾丸の如く襲ってきたとは誰が予想できるだろうか。
 溢れ出る血液を近くにある布で押せる。が、その布はいつからそこにあったのかすら分からず、吸水性を失い、血液がすぐに身体からあふれ出してくる。
「どうするのよ。何とかしてよ、この状態を!」
 悲鳴に近い叫び声は、ジェイミー・スパヒッチの甲高い叫び声である。
 その横では耳をふさぐように、少年っぽいイラート・ガハノフがどうしてよいのか分からず、ただ事態を傍観するばかりであった。
 傷口を押さえるニノラ・ペンダース、ニャコソフフ人のボウ・ゴウ。そして痛みに苦悶に顔を歪め、オレンジ色の瞳を歪めつつ暴れるアニラの身体を、バスケス・ドルッサが目の前のニノラに擬態した姿で押さえ込んでいた。
 その後ろにはマキナ・アナズと専門外のノーブラン人ボロア・クリーフが立っている。
 するとそこにサンテグラ・ロードが人間ともサイラントイラン人ともつかない、異星人と人間のハーフが雨の中を、室内へ飛び込んできた。
「これを」
 そう言うと中空へソフトボールほどの鉄球を放り投げた。と、その球体は瞬間的に光のカーテンのドームのように負傷したアニラの身体を包んだ。
 途端、彼女は苦しみから解放された、落ち着きを取り戻した。
 医療キッドは、即効性の鎮静効果と、負傷時の精神安定、完治を即座に行う。イデトゥデーションの技術だ。
 押さえ込んでいたニノラは、汗とも雨粒ともつかない額のものを袖で拭い、瓦礫と埃にまみれた、コンクリートのような物質で形成されている床に、尻を落とした。
 ここにきてようやく、一行に一息が訪れたのだった。
 ただポカンと、この様子を眺めるしかなかったメシアに、この一時の安堵を破る言葉はなかった。
 と、そこに轟音の稲妻がこだました。
「ちょっと、ゆっくりできるところはないわけ」
 不機嫌に甲高い声を上げたのは、例のごとくジェイミーである。
 その髪は濡れてボリュームを失い、彼女の不機嫌さをさらに加速させた。
 しかし彼女が周囲を見回しても、その部屋に出入り口らしきところはなく、完全に密閉された1つの四角い部屋であった。
 しかも部屋を見回せば天井も床も継ぎ目がなく、本当に1つの素材で床から天井までが構築された真四角の部屋なのだ。
 未来的な構成に、ジェイミーは興味すらなく、ただこの濡れた空気と陰気な雰囲気にから逃げ出したい気持ちでいた。
 すると壁の前へ突如として踏み出して近づくノーブラン人の男は、その拳で壁を1つの叩いた。
 刹那、壁は粉々に砕け散ると、そこに強引に開いた出入り口が口を開いたのだった。
 砕けだ壁をまじまじと眺め、ノーブラン人は鼻を鳴らして軽く、皮肉に笑った。
「惑星ノドスで同じ技術を見た覚えがある。システムが稼働してたなら、壁が口を開き、出入り口は自動でできたのだろうがな。文明が崩壊してどれだけの時間が経過したのやら」
 と、言い終えると男はその脚で一番先に、壁を抜けて外へと出たのだった。
 続いて不機嫌なジェイミー。彼女とは真逆に妙に楽しげたイラート・ガハノフが続いた。
 メシアもそれに続き部屋を出ようとするも、倒れているアニラが気になって振り向いた。
「彼女なら心配ない。イデトゥデーションの医療キッドで傷は直ぐに完治する。君も少し休んでくるといい」
 そう黒人青年はメシアを気遣う言葉を口にした。
 背中を押されながらも、気になりつつ、壁を抜けたメシア。
 その眼前には広大な空間が広がった。
 高さにして建物30階ぶんは抜けてるであろう吹き抜け。横の広さは1つの町ほどもあり、植物がびっしりと生い茂り、その中央には1つの居僕が凛然直立して、吹き抜けを貫いていた。
 吹き抜けの周囲は格子状になっているがガラスははめ込まれていない。そのせいで風と雨は遠慮を知らない。
 眼を剥いて驚くメシア。
「すげぇえよなぁ。ここがビルの中だなんて信じられねぇよ」
 ポケットに手をつっこみ、天空を見上げるイラートの表情には、ワクワクが散らばっていた。
 建物の中にこんな?
 メシアが知る限り世界最大の建造物はドバイに建設中のドバイシティタワーと、日本の東京バベルタワー、ロシアのロシア宮殿を思い起こさせた。
 彼はどれも眼にしたことはないものの、その巨大さは、テレビやネットで知っていた。
 しかしここにある、彼が立っているその建物のスケールは、そのどれとも異なる、圧倒的なものがあった。
 呆然と立ち尽くすメシアを尻目に、ジェイミーは自らの不快感を消し去る方法を探すべく、中空に浮遊するなり、そのまま滑らかに空中へと飛行して行くのであった。
 改めてこれを目の当たりにしたメシアは、今更ながらこれが現実なのか夢なのか分からなくなり、頭を片手で押さえ、思わず壁際に後ずさりすると、その場に座り込んでしまった。
 彼が座り込んだのは、吹き抜けの空間をぐるりと一周するように壁に設置されたバルコニーのような場所であり、その広さもまた、メシアの感覚を遙かに超える巨大なものだ。
 しかしそれをぐるりと見回した彼は、あることにふと気がついた。バルコニーであるのは確かなのだが、階下に下る階段らしきものも、エレベーターらしき出入りする場所も見当たらない。ここに暮らしていたであろう人々は、どのようにこのバルコニーと階下を行き来したのか? そんな疑問が瞬間的に浮かび上がる。
「文明の頂点がこの風景ってことになるな」
 無理矢理ノーブラン人が拳で広げた壁の穴から黒い顔を出した黒人青年は、吹き抜けを上からゆっくりと見下ろしてくると、階下の植物の生い茂る床を見下ろした。
「文明の頂点・・・・・・」
 どういった意味を持つ言葉なのか、メシアには想像すらできない。
「本当に人が住んでたのかねぇ」
 と、ニノラの言葉に腕組みをするイラートが口先で言った。
「人間が暮らしてたとはかぎらねぇぜ。人間はほろんじまって、別の種族が地球を支配してたかもしれねぇし、もしかすると地球の知的生命体は滅んで、宇宙から来た文明があったかもしれない。まぁ、どっちにせよ、今の俺たちにそれを知ることはできないけどな」
 メシアはその言葉で初めて、ここが地球であるのだと理解し、驚きを瞼に乗せて見開いた。
「地球・・・・・・なのか?」
 そうニノラの顔を見上げてメシアが問いかける。
 黒人青年はゆっくりと頷いて、力強い視線で彼を見下ろしたのだった。
「そうここは地球だ。ただし時間はメシア、君がいた時間よりも遠い遙かな彼方の未来になる。きっと君の時間概念では想像もできないほどに遠い」
 と、黒人の背後からピンク色に渦巻き模様を入れたニャコソフフ人がぬっと出てきた。
「人間かは分からないけれど、生物って不思議よね。あたしが住んでた惑星でも同じだったわ。文明が発達して進化するにつれて、都市機能は1つになって効率的にエネルギーを消費できるこういった巨大な建物を建設してみんなで暮らすようになってた。知的生命体は宇宙に無限といるはずなのに、こうして文明発達のラインは似てくる」
 そういわれてメシアは再び、吹き抜けを貫く巨木を眺めた。
 その時、メシアの前髪を微風が吹き抜けると、真横にさっきまでは居なかったはずのノーブラン人のボロア・クリーフが、その巨大な岩のような身体を立たせていた。
「最上階まで行ってきたが、こいつはいかんな。防衛には向いていない。せいぜい広い空間を利用して逃げ回ることしかできまい」
 そうノーブラン人の彼の能力は亜光速移動。さっき壁に穴を開いてよりこの短時間の間に、亜光速で20キロはあろうかという建物の隅々まで走り回り、拠点をチェックしてきたのだ。
「勢いでここへ入ってきましたが拠点を変えるべきでしょうか?」
 と壁を抜け出てきたのは、ニノラ・ペンダースの姿へ変化したバスケス・ドルッサだ。
 何度見てもメシアはこの他者に変化する彼に慣れることはなかった。
 すると本物のニノラは自分と同じ顔をしたバスケスを横目で見て、首を横に振った。
「無駄に動かないほうがいい。この時代のことはなにひとつ分かっていないんだ。それにデヴィルがまた何を仕掛けてくるかも分からない。我々の敵は【咎人の果実】だけじゃないからな」
 そういうと黒人青年は座り込んだメシアを一瞥した。その心中では本当に救世主を守れるのか、という自分への疑心暗鬼がすきま風のように不安となっていた。
 しかしそれを払いのけたのは、脳内に響いた声であった。
(聞こえるか、ニノラ)
 イ・ヴェンスの声である。彼がテレパシーでニノラに呼びかけてきたのだ。
(ちょっと来てくれ。イデトゥデーションの連中を発見した)
 眉を上げてニノラは軽く頷くと、周囲の仲間をみやって、
「少し離れる。なにかあったらすぐに擦らせてくれ」
 と言うなり黒人青年の身体は光の粒子に包まれると、その場から転送た。

ENDLESS MYTH第3話ー21へ続く
 
 

ENDLESS MYTH第3話-20

ENDLESS MYTH第3話-20

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-02

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