冷蔵庫の中身。

冷蔵庫の中身

その日は冷たい雨が降っていた。


 雨は嫌いじゃない。
 あきの始めはまだまだ暑いものだと思っていた。しかし午後から降り出した雨は急激に温度を下げていき、傘を持たずに取材をしていた私は会社に戻る前には咳や頭痛などといった典型的な風邪の症状に悩まされていた。

 自分では大丈夫だと思っていたが傍から見ればひどいありさまだったらしく、定時の三時間前に先輩に(いい意味で)追い出されてしまった。

 フラフラしながら家に帰ると珍しく母の車がなかった。きっと買い物にでも出かけたのだろう。

 しかし玄関を開け、リビングに入ると大きな買い物袋を持った母がせっせと食材を冷蔵庫に詰めていた。
 
 「え」と声をもらすと、冷蔵庫と向き合っていた母がこっちをみてにこにこしながらおかえりといった。

 なんで、聞く前に母に風邪薬を渡された。
 「そんなことだろうと思った。さ、早くこれ飲んでしっかり治しなさい。」

 ここは素直に寝ることにした。母はまた冷蔵庫に食材をせっせと詰め込んでいた。

 二時間くらいたっただろうか。電話の音でハッと目が覚めた。
 
 外はもう暗くなって雨はやんでいた。


 電話は病院からで、母が事故にあったとのことだった。

 何度か電話をかけてくれたらしいが気が付かなかったようだ。

 車の事故だったらしく、母の車に逆走してきた車が衝突した事故だった。

 不思議なことに発生時刻は私がまだ会社にいたころだった。

 
 葬儀が終わり、父にだけこのことを伝えた。父は泣き笑いのような顔で
 「もしかしたら風邪をひいたお前のことを心配してたのかもな」
といった。

 葬儀が終わるまではほとんど外食で葬儀が終わったこの日初めて冷蔵庫をひらいた。
 普段母は冷蔵庫をものでいっぱいにしないはずなのに、冷蔵庫には野菜からお肉、漬物まですべて揃っていた。

 今からではもう夜ご飯の時間だったが、母がよく作ってくれただし巻き卵を作ることにした。
 こうして作ってみると本当に大変で、巻くのに悪戦苦闘した。見た目もあまりよろしくなくて、母のとは比べ物にならなかった。

 まあ食べられればいいだろう、と思いその出来損ないのだし巻き卵もどきを口に運ぶ。

 味付けにこだわった記憶はないが、そこにはたしかに母のだし巻卵の味があった。
 
 今となっては遠い記憶がよみがえってくる。
 朝起きたらいつも台所にいた母。
 だし巻き卵をいつもお弁当に入れていた母。
 お弁当では食べられないアツアツのだし巻き卵を休日に作ってくれた母。
 しかしもう母はいない。

 だけどこのだし巻き卵がある。

 きっと母のあのだし巻き卵にするにはきっと時間がかかるし、追いつけないかもしれない。
 でも、それでもいい。

 このだし巻き卵は私と母の思い出だから。

 

 ありがとう、お母さん。

冷蔵庫の中身。

某CMに影響され、私の妄想をたっぷりつめこんだ結果がこうです。衝動的に書いたのでいろいろ見苦しくて申し訳ないです。
また、別の作品でもよろしくどうぞ。

冷蔵庫の中身。

母と私の少し寂しいけれど温かい思い出。

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-01

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted