パンドラのハコ
僕の恋人について紹介しよう。
僕の恋人はいつも僕の部屋にいる。
一人では外に出られないのだ。そもそも僕は彼女を外に出す気がない。だからずっと彼女は僕の元にいる。
僕が彼女の好きなところは目である。静かで死んでいるような汚れのない目。彼女の目は恋人である僕さえ映してくれない。真っ黒の長い髪の間から時々覗く綺麗な目に惹かれるまま、僕は彼女自身を知りたくなった。その目は彼女の内側を映し出すことなくただただまっすぐを見据えていた。
彼女は呼吸をしない。僕たちとは違うのだから当然だけど、時々いないような気がして不安になる。そういう時は寝そべった僕のおなかあたりの上に彼女をのせて一緒に呼吸する。僕が吸うと同時に彼女も空気を吸う。僕が吐くと彼女も空気を吐く。その時だけ彼女は人間になる。
しかし、彼女は少々出来過ぎていた。傷や汚れひとつない美しい肌、誰もに好感を持たせる容姿、捉えどころのない視線には僕の心を夢中にさせ離さない魔力がある。このことは僕を不安にさせた。
僕は裁縫箱の中から小さなハサミを取り出していた。
この不安を掻き消すために彼女の頰に傷をつけ、欠点をつくる。
(痛いよ)
彼女は喋らない。だけど声は僕だけに聞こえる。
満足した僕の目には青い蝶が3匹映り、欠点のある完璧な恋人の誕生を祝しているようだった。
「あ、青色だ。青色の蝶だ。僕は青色が一番に好きなんだ」
彼は幸福の絶頂の中、手に持った小さなハサミで
恋人と同じく、動くこともなくなり、呼吸もせず、視線に何もうつさぬようになった。
狭い部屋の中、恋人の隣りで。
パンドラのハコ