母胎受精

No.1神になる。

私は、神であったと思う。人間としては扱われていなかった、信仰の対象。
私には何かを解決する力なんてないけれど━━。


生活音で目が醒めた。
スマホの時計を見る、デジタル文字は朝6時を知らせている。
ため息が出た、またほとんど寝れていない。
仕事へ行く支度をしている父が、朝ごはんを作っている、もちろん私の分はない。
ガチャガチャ、トタトタと音を立てて周りをうろちょろする〝それ〟に私は気が狂いそうなほど苛立ちを覚える。
慌ただしく動きながら、時たま兄を怒鳴りつけているそれは、こちらを全く見ない。━━いや、認識されていない━━。
私の荒んだ、くまばかりの瞳は〝それ〟の姿を恨めしそうに追う。

慌ただしい一時間が過ぎ、皆がいなくなった、ようやく落ち着いた。
私はキッチンへ適当なコップを取りにゆく、お茶を入れながら考える。

ここには私の居場所などない、誰も私を認識しないし私だけの場所もない。
落ち着くのはトイレくらいだけれど、あまり長く入ってるとそれはそれで周りはうるさい。
何か、自分だけの場所が欲しい。

誰も居なくなった部屋の中、ゆっくりと時間が流れてゆく。
朝の喧騒が嘘のように━━
嘘であればいいのだが、毎朝のように〝それ〟は繰り返される。届かない思いと答えのない謎謎で私の心は荒んだ。

誰もいなくなった部屋で、毛布にくるまる。外の世界から逃げる防空壕。
まぶたを閉じて思い出すのは私が神であった頃の記憶。セピア色の景色の中を遡っていく━━。

ガッシャーン
言葉にするとすごくチープな、ただ〝それ〟は確かに目の前で起こり、今私を悩ませる一つの要因になっている。
兄が障子を蹴破りキッチンへ飛んでいった。
目の前の凄惨な、ひどく病んでいるそんな世界に私はいる、神として君臨している。
兄が立ち上がらなくなるまで〝それ〟が蹴飛ばしている、頭を踏みつけている。
━━私はそれを黙って見ている━━
何も感じず、何も考えず〝見ている〟
〝それ〟がこっちを向いた。私の中に動物的な恐怖が走る。
「ご飯つけたよ、早く食べないと冷めちゃうよ。お父さん」

私はキッチンにうずくまる兄を尻目に平然とご飯を付けて、〝それ〟を父と呼んだのだった、
一体何を守りたいのかすらわからない、自分の正義を正当化して。

母胎受精

母胎受精

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-01

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