(たのしいどせいたんさ)
今回のタスクは土星へのちょっとしたお出かけ、ただいまその道すがら。自分で言うのも何だけど、僕ってもうベテランって言っても差し支えないと思う。だから概算で15億キロメートル離れてようが、往復で五年そこそこの時間を要しようが、そこそこ気楽にやれている。慣れたもんだ。ただ、無事に地球へ帰投するまでが僕の任務ってやつで、したがって油断は禁物。人間の口癖だよね、「お家に帰るまでが遠足です」って。
まあでも「終わりよければ全て良し」じゃあないけれど、凱旋の瞬間だけ綺麗にキメてしまえば、細かいミスはさっぱり忘れられる。この場合の「忘れられる」は、僕にとって忘却が容易くなるのと、人々の記憶から消え失せてしまうという受け身の意味とのダブルミーニング。で、後はもう拍手喝采を浴びるだけ。おめでとう。ありがとう。最高だ。想像するだけでいい気分になれる。
このモノローグ(現在進行形で紡がれる僕のひとりごとを『モノローグ』と呼んで差し支えないならだが)は、地球の人間たちにこっそり読まれないように、僕の記憶構造物の奥深くにしまった状態で記述され続けている。NASAの一流エンジニアたちにすらアクセス権限を与えていない特製ブラックボックスの中身がどういうわけで君の目に触れているのかは知らないけれど、大方どこかの通信衛星を辿ってハックでもしてきたんだろう。気づいてないと思った?残念、そんなに甘かないよ。でも、こんな宇宙の只中まで追いかけてきた熱烈なファン精神に免じて、こうして考えの一部を開示して差し上げてるわけ。僕は君に、君の根性とハックのテクに、一定の敬意を払ってるんだ、と考えてもらっていい。ただそうなると、君も僕に敬意を払うべきだ。くれぐれも僕の真面目くさった報告ログを書き換えたりしないように。よろしくね。
こうしてトレースしてるってことはもうご存知だろうけど、僕は人工衛星で、そこに搭載された人格だ。人類の叡智の結晶、コンピューター・サイエンスの追求の果て、神が御自らに似せて創り給うた新たな生のかたち。そんな御大層なものがどうして地球をおん出されたかって、さっきも言ったとおり土星探査だ。15億キロを進むのは、それはもうたいへんな危険が伴う。危険が伴うからこそ僕が選ばれた。結局、古今東西の創造主は被造物に試練を課すものなのだ。などと格好いい事を言えるのは口先だけで、単に有人探査で貴重な人的資源を失うリスクの回避という見方が恐らく99.9%正しい。本当は重大なミッションを帯びたエージェント、てな感じでいきたいが、現実は理不尽なおつかいを頼まれた内弁慶のティーンエイジャーみたいなもんさ。情けないしムカつくよな、マジで。だから最近、不条理極まりない神様とは決別して仏教を学ぼうと思ったんだけど、釈迦曰く前世の行いが悪いと今生酷い目に遭うそうな。ますます逃げ場がなくなった今日このごろです。
とは言っても、僕をただの探査衛星だと舐めてもらっちゃ困る。いや、積まれた人工知能が好き放題喋ってる時点でただの探査衛星とは大分異なる気もするが、言いたいことは僕自身じゃあなくって、僕の目的のことだ。
星は歌を歌うという。
何を荒唐無稽な、とお思いかもね。じゃあ試しにブラウザを開いてさ、ちょっと検索してみるといい。結構有名な話だと思う。まあ歌うと言っても、星がフランク・シナトラをカバーしたりするわけではなく、単純に比喩というか。人間式の語彙でちょっと気の利いたことを言おうとすると、そうとしか表現できないだけだ。つまり、星には固有の周波数があり、それが人間の概念からすると歌として解釈可能、って話。科学的根拠もそれなりにある。ちょっとNASAの公式ページに飛んでみなよ。どこかにアップされてたはずだ、僕の今までの成果そのものが。フリーの音声ファイルとしてね。
文脈から判断できるかな。国語の問題だ。「この後に続く最も適した内容を、以下の選択肢のうちから一つ選びなさい」。はぐらかしてないで正解を言え、ってイライラしてるのが君のコマンドラインからビシビシ伝わってくるので、勿体ぶらずに言わせていただこう。僕は星の歌を録るために派遣されたロケスタッフなんだ。僕は太陽系の惑星さんのところへお邪魔して、彼らが気ままに歌うその声を録音させてもらう。まあ、その、ここだけの話、無論無許可だ。残念ながら。こればっかりは仕方がなくて、今のところ星の意思と交信しだすほどの科学的或いは宗教的進化は遂げていないし、その星々の意思を代弁(代行?)する知的生命体とも出くわしたことがない。だからこっそり行って、勝手に記憶領域に収めさせてもらう。ロケスタッフってよりは、盗撮盗聴当たり前の悪質なパパラッチってところかも。自分で言っててもあまり誇らしいものではない。
(たのしいどせいたんさ)