はくしょく


登れない雪の山は,ただただ手が冷たくなるばかり,大人の人に抱っこされても,こっちを向いてはくれない。叩いたら気付いてくれるかもしれない。そう思って,お姉ちゃんと一緒に叩いてみたら,私の所だけ,ぽろぽろっと少し崩れた。直そうと思って,頑張ってみたけど,私が掬うものはそこに引っ付いてくれない。悲しくなって,温かい息を吐きながら,名前を呼んだ。そうしたら,来てくれた。私より大きい体で,私より沢山の雪を持ち上げて,ぺたぺたぺたってしてくれた。それを見ていたお姉ちゃんも,「同じようにして」ってねだって,同じようにしてもらった。雪の山は大きくなった。大きくなって,登れる気がした。けれど,私はそれをしなかった。お家に戻って,欲しいものを引っ張って来た。跡になって,くっついて来た。「どこに行くの」と訊かれたけど,お姉ちゃんが私に代わって答えたから,私は鼻をすすって先へ進めた。
寒くなんてちっとも感じなかった。雪はすっかり止んでいて,服とかに落っこちて来たものもいなくなった。あちこちが明るかった。滑って遊んでも面白い天気に,雪の山はどさっという。知らないふりをして,横目で見合う。遠くに行かないから,早く帰るから,とお母さんに言ったことを繰り返す。白い息が出て行かない。私は頑張ってソリを引っ張る。


家の中では鉛筆を使った。お姉ちゃんからもらったものだった。短いものもあるけれど,色がついている。私は黒の線でお皿の形を描いて,オレンジで果物を描いた。上手に描けた。しばらく眺めて,画用紙をめくった。白いページが二枚あるのを確かめた後で,まとめて切り離して,床の上で横に並べてから,その間をテープでくっ付けた。ひっくり返して,そこもテープでくっ付けた。もう一度ひっくり返して,私はテーブルの上で描き始めた。テーブルよりも長くなった画用紙は,テーブルからはみ出すことになっちゃったけど,気にしないで描いていった。大きな山,飛んでいる鳥,走っている子,足あと,それに車。車は手前で,奥が鳥。繋がる山,『さんみゃく』って言う。雪だるまはなし。それで,と片方の画用紙から真ん中へ。テープの上からは何も描けないことに気付いたけど,気にしないでもう片方へ。到着したら,私は使う鉛筆を変える。使いたい色は決めている。さっき,果物を描いたときに使ったのと同じもの,鼻に近付けたら,クシャミが出た。おかげで鼻がつまっちゃって,香り付きの消しゴムの匂いもしなくなった。ティッシュを探して,台所の方へ行ったら,お母さんが『かけいぼ』を書いていた。そろそろおやつにするから,と言われた。「うん!」という返事をしてから飛んで戻って,私はもう一つだけ,絵を描いておくことにした。追いかける手足の動き,手袋が落ちて,置いてけぼりになる。色は私の好きな色。あとで必ず取りに行くから。だから,雪のひとつも降らしたりしない。遅い時間にもしない。手ぶらで外に出てるんだから,探し物は,見つけやすいようにしてあげたい。だから。


テレビの前に並べた私のおまじないは,お母さんに片付けちゃダメと言っておいた。まるで寝かされたてるてる坊主みたいな格好だって,お姉ちゃんにからかわれてしまうようなものだから。でも,嫌いなマラソン大会とか,外れたことがない今までがあるんだから。それに,そういうお姉ちゃんだっておまじないをしている。カチコチになったゼリーが,スプーンと並んで外に出されている。食べられるのを待っているみたい。でも,食べられちゃいけない。そういうお願い。時々,盗み食いをしようと動いているみたいに,どさっと音を立てるから,雪の山は全部知っているのかもしれない。陰でこそこそと,お願いを叶えようとしているのかもしれない。それなら,きっと素敵な夜になる。準備がきちんとされているから,出番のない失敗が,泣いてしまうことになる。それなら,私は何をしようか。メッセージカードに書けるスペースがないし,折り紙も無くなっちゃった。まだ開いているお店もない。材料もないから,甘い物も作れない。歌を歌い切れる自信もない。ない,ない,ない。
階段を降りていって,私はおまじないが置いてあるテレビの前に向かった。おまじないは,お母さんにまだ片付けられていなかった。新聞を読んでいたお父さんは,私に「何をしてるの?」とは訊いたりしなかった。お母さんはいなくて,お姉ちゃんはお風呂に入っていた。私はおまじないをした。笑顔にして描いた顔を,もう一度なぞって描いた。顔が破れないように気を付けた。内容は,朝の天気に関わることだった。目の前の予報を裏切って欲しかった。
次の日,私は目覚まし代わりのアラームが鳴る前に,ベッドから飛び起きて,カーテンを開けた。そこに広がるお願いを見たとき,私は興奮して窓を曇らせてしまった。それをパジャマの袖で拭いて,鍵を外して,窓を開けた。充電器のコードを引っこ抜いて,モードを夜間にセットしたら,画面を見ながら角度を決めて,ボタンを押す。何回か同じことをして,ベッドに寝っ転がるようにした方が一番良かった。寒くて,楽しかった。喜んでくれたらいいと思った。鼻をすすった。
吐いた息が浮かんでいった。


押してもらったソリは速かった。

はくしょく

はくしょく

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-01

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