清く、正しく、美しく
歌声が聴こえる。耳に心地よく忍び込んでくるソプラノ。ぼくは窓の枠にもたれて外の風景を眺めやっているふりをしながら、その実、彼女の歌声にしっかりと耳を傾けている。天使の歌声、と密かに名づけているのは照れ臭くて誰にも言えない。
すみれの花咲くころ はじめて君を知りぬ
君を想い日ごと夜ごと 悩みしあの日のころ
音楽室で、音楽の先生の伴奏に合わせ、こうして歌唱するのが彼女の日課になっている。彼女には夢があるから。夢を叶えてほしいと願う反面、そう思うことは彼女がひどく遠くへ行ってしまうことを意味する。でも、やはり、彼女の喜んだ顔が見たい。
ふと気づいたら、歌声が止んでいた。何とはなしに音楽室の扉に目を向けると、その扉が開いて、制服姿の彼女が出てきた。一瞬、目が合った、気がした。黒縁の眼鏡越しの瞳が、またたく。
特段親しいわけではないのだから、励ますこともできない。ただ、彼女の夢が現実になることを祈るだけ。
清く、正しく、美しく