家出

もう遠い過去の事なので理由は忘れた。
当時高校生だった私は母と喧嘩になり家出をすることになった。
そのとき夜の11時くらいを回っていた。
近くの駅まで歩いていくと怪しいおっさんに声をかけられる。
もちろん無視して駅へと歩く。
取り合えず初乗り切符を買い何処か遠くの駅を目指した。
しかし乗ってまだ十分くらいで電車が停まった。
これが最終電車だった。
仕方なくそこで降り乗り越し分を払い改札を出た。
そこは何もない街だった。
あるのは住宅街とコンビニ、ファミリーレストラン。
開発途中のゴーストタウンだった。
駅前の交番の光だけがやけに眩しかった。
当然そこにいた警察官に職務質問を受ける。
いとこの家に行っていて終電を逃したと嘘をついた。
私は交番から離れ歩いた。
残金はあと五百円。
ファミレスへ行くことも考えたが、帰りの電車賃がなくなったらと思うと使えなかった。
24時間営業のコンビニへ入り私はひたすら雑誌を読んだ。
長居してると思ったら別のコンビニへ行って同じことを繰り返した。
そして襲ってくる睡魔に耐えきれず駅まで戻りバス停で仮眠をとった。
私は一体何をしているのか。
今となっては母と喧嘩になった理由も下らなく思えた。
明日定期試験がある。
ちょうど勉強途中で脱け出してきてしまったことをひどく後悔していた。
冷静になればなるほど無性に家に帰りたくなり始発が来るのをただひたすら待っていた。
五月初旬くらいだったから長袖を来ていても肌寒い。
母とは昔から折り合いが悪かった。
どうにかなる、という適当な母と一か百かはっきりさせたい私とではいつも意見が合わずことあるごとに衝突した。
しかし家出をしたのは初めてである。
母は後悔しているだろうか。
少しでも心配してくれたらこの胸の淀みも少しは楽になるのに、と思った。
だんだんと空が明るくなり改札のシャッターが開いた。
始発だ。
私は起き上がり家に戻るために始発に乗った。
短い家出だったなと、ボーッと流れる景色を見ながら思う。
そして風呂にも入りそびれたことに気付く。
家に帰ったらシャワーをして学校に行こう。
そう決めて目を閉じる。
帰宅すると母は起きていた。
けれど私の朝帰りを咎めはしなかった。
思ったよりも心配はしていなかった。
いなくなってよかった、くらいにしか思っていなかったのかもしれない。
そのまま風呂に入り学校へ行くとクラスの皆も普通だった。
誰も家出したことを知らないから当然か、と思いながらも席につきテストを受けた。
一日で突然世界が変わるわけない。
けれど明らかに私の世界の見方は変わった。
初めは母に対する反抗だった。
だけど、一日彼女と離れることで私は気づいた。一人では何にも出来ない人間だと。
そのとき初めて自立したいな、と思った。
家出は私の大人の第一歩だったのだと気付く。
大人になって真夜中に起きる度それを思い出す。
あの頃確かに私には帰りたいと願う家があったことを。
そして今でも心の何処かで帰りたいと願っている。

家出

家出

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-01

Copyrighted
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