なにか一つだけ
無人島になにか一つだけ持っていけるとしたらなにを持っていきますか。
先生の質問の意図は分からなかったけれど、その言葉は私の心に深く染み込んだ。不思議と。
無人島。誰もいない島。寂しさが胸中を苛む島。でも、ひょっとしたらどこよりも自由が与えられている場所。許すもない。許されるもいらない。街の中にこそ孤独はある、とも言うし。
「夏香はなにを持っていくの?」
授業が終わってから、後ろの席の夏香に尋ねてみた。夏香は大きな瞳を瞬きさせる。
「さっきの話」
「ああ」夏香はようやく理解する。「無人島に持っていくものね」
彼女はうーん、と腕を組みながら思案する。上目遣いの先には、いくつかその候補が浮かんでいるのだろう。
「ケータイかな」
「えー、ケータイなの?」少し呆れてしまった。「電波通じないかもしれないよ」
「通じると仮定して」
ケータイがないと生きていけないよ、と夏香はさっそく机の中のケータイに手を伸ばしながら呟く。ケータイがあったところで、寂しさは紛らわせるのだろうか。
「私は枕だなー」
ふらりと、春海が現れて口を挟む。「枕が変わると眠れなくなるから」
楽天的な彼女らしい答えだ。なによりも睡眠を優先するなんて。もちろん、睡眠は大事なことだけど。
「はいはい、海風に吹かれて優雅に眠りなさい」
夏香にあしらわれて、春海は頬を膨らませる。
「冬葉は? なにがいいと思う?」
隣の席で大人しく文庫本を読んでいる冬葉に声をかける。彼女は読書を妨げられても穏やかなままで、ゆっくりとこちらに首をめぐらせた。
「本」
そっか、と一瞬で納得する。冬葉はそうだよね。
「でも、本だけでいいの? 生き延びるのに使えないと思うけど」
「うん、読書しているだけでいい。できるだけ厚い方がいいかな」
そのとき、私はあることに気が付いた。いつもの、くだらない話を和やかにしているこの光景。
「それで、秋乃はどうなのよ。なにを持っていきたいの?」
私は、と答えを口にする。
「私は友達がいいな」
自分の答えを確かめるように、言ってから一度頷いた。
無人でなくすればいいのだから。
なにか一つだけ