依存
一章 わたしは君に依存する
二章 わたしが依存した君
一章 わたしは君に依存する
今日も君のクラスに行く。それがわたしの日課だった。
白組の教室を外から覗くと、知らない生徒の姿ばかりが映る。でも、その中からただ一人、知っている君を見つけた時の喜びは知らない生徒を目にする異様さよりはるかに大きく心地よい。外から流れるそよ風に押されるがまま君のいるところへと走っていく。
「今、なにしてるの?」とか、「最近は何か良いことあった?」などと、何気ない会話に花を咲かせる。そして、会話が途切れると、時間を見計らって、教室を出る。
その時、胸には寂しい気持ちもあるものの友達と話せたことへの嬉しさの方が心を占めていた。天にも昇る心地だ、とは言い過ぎかもしれないが、わたしには本当にこの上ない同年代の友人との会話だった。
だが、わたしは知らなかった。いや、気づかなかった。周囲のその敏感すぎる視線に。そして、それに悩み苦しむ君に。
わたしはその日も君のクラスに何気なく足を踏み入れていた。君はいつものようにわたしと話をしていたが、なぜか表情は辛くどこか心が抜けているかのような無情な瞳があった。君は唐突に、話したいことがある、とわたしに囁いた。さらに、ここでは何かと話しにくいので屋上に行こうと言った。わたしは君に連れられるがまま、屋上に行った。内心そわそわしていた。そして、君は屋上の端の方へ行き、わたしに手招きをした。こっちに来てほしい、というかのように。そこに行かないといけないと話せないものなのかと首を傾げた。けど、わたしは君がいるところならどこでもよかった。君と一緒にいられるなら、どんな場所も受入れようと思った。これがきっと、わたしの君への愛の表し方だと確信し、君のそばに立った時、もうすでにわたしは君の罠に掛かっていた。無防備だったわたしの背中は何か強い力に押されていた。とっさにわたしは足を留めようと踏ん張る。その衝動に耐えきれない足は前に進み出し、なんとかギリギリ宙に浮くことはなかった。振りかえようとした次の瞬間、わたしは屋上から突き出されていた。まるで計量スプーンに入りきれなかった米をへらできれいに取り除くかのように、わたしは君によって取り除かれた。残念なことにわたしはその時の君の顔をはっきりと見ていない。たとえ、見ていたとしても記憶には刷り込まれていないだろう。きっと、わたしは自分の中にある君へのイメージを壊したくなかったのだろう。君のことが気に入り過ぎて、君を自分の恋しい人かのように思い込み、君自身を無下にしていた。だから、君はそんなわたしを好ましく思わなかったのだろう。だからあのような行動に出たのだろう。でも、不思議なことにわたしは君を憎んでも恨んでもいない。よく分からないが、憎む理由がないのだ。わたしの生を無駄にしたって、それは君が苦しんでいたから当然の行いなのだと思う。むしろ、君の怒りを買ったわたしが悪いのだ。わたしは君と仲良くなりたかった。仲良くなって、もっといろいろなことを話したいと思っていた。それがいつの間にかわたしは行きすぎた行動に出たのかもしれない。君の気持ちを考えず、君と無理に会話を続けていたのかもしれない。なら、わたしは身を引いて、君と距離を置けばよかったのだろう。でも、そんなことはわたしにはできない。できるはずないのだ。わたしは君と出会ってからずっと君から離れられない。君に密かに依存していた。どこの国にも機関にも宗教団体にもグループにも属さないわたしは君という輪だけは入れた。でなければ、わたしは君以外に属する場がもうない。
最後に一つ言っておこう。わたしは君に属して、そして、このような形となったのは本望だ。なぜなら、君といてやっと頼られることを知って、自分の存在を認められたように思う。だから、散りざまがこれでよかった。
君の依存者 〇〇年✖️✖️月✖️日
二章 わたしが依存した君
今日も彼女が来る。それが私には日常の出来事だった。
彼女がいるのは紅組の教室。私がいるこの白組からは教室が二つ分ほど離れている。それでも、彼女はめげずにやって来る。まったりとした足取りで、美味しいなお弁当匂いに誘われたかのように私の机の前に立つ。
「あの…いいかな?」
少し気を遣いげに
「今、何してるの?」
優しい声で
「へぇ、真面目だね」
明るく、相槌を打つ。
彼女は中学以来の友達。親密とまではいかない、友達。
毎日のようにくる彼女は古典の話に出てくる百夜通いを思い出させる。百晩連続で自分の元に通いに来れた男としか結婚できない。それは鬼のような仕打ちだ。通いに来る男と言ったら、執着心と十分な体力ないといけない。結局、百夜連続で通える者などいなかった。
なら、彼女で試してみよう。
私はある賭け(ゲーム)をしてみた。一人で賭ける、リスクのない賭け。賭ける日数は100日。それを超えたら、今度は私が彼女の元に通おう。今まで、通ってくれた分のお返しとして。もちろん、彼女が通い続けられればの話だけど。
翌日、私はこの賭けを面白く進めるため、幾つか仕掛けをした。彼女が来る時間帯とわざとすれ違ってみる。あまりやる過ぎると、変に勘ぐられるので、これは週に一回だけ。
そして、彼女が来ても、わざと勉強に集中しているフリをする。これは彼女に変に思われることはない。それに効果も抜群のはず。なぜなら、彼女は人の迷惑になることを一番嫌うからだ。私が勉強していれば、きっと話しかけることはない。これを週に二回。
テスト一週間前は毎日。
私はワクワクした。教室の扉から彼女が来るのを。私の行動にどんな反応をするか、楽しみだ。
一か月通しでやってみた結果、彼女はまだ毎日のように来ていた。
ああ、そんなに私が好きなんだ。
そんなに私に来てもらいたいんだ。
優越感に浸りながら、私は楽しくなってきた。それはもう癖になる楽しさだった。
それから、また二ヶ月、三ヶ月、四ヶ月いよいよ、五ヶ月目に入った。
ついに、彼女が来れない日が来た。昼休み、彼女いつもが来ていた時間。扉を開ける人の姿に彼女はいない。昼休みが過ぎても、放課後になっても、私は彼女を待った。
私はゾクゾクした。いつ、来るともしれない彼女が来そうで来そうで怖い。彼女が来たら、賭けは続く。来なければ、賭けは終わる。そして、彼女はついに来なかった。
賭けは穏便に終わりを告げたにも関わらず、私はまだ、実感を持てなかった。
あんなに彼女は私の事が好きだったのに。こんなにもあっさりと…来なくなるなんて。
でも、これで解放された。
今までは、この賭けをあっさり終わらないようにする為に彼女の調子に合わせて、彼女と会って、話したりしたけど、これからはもう、そんなことをする必要もない。
その日を境に、私と彼女の関係はパタリと止まった。彼女は来ても、私はそれを避けた。寝るなり、勉強するなり、他のところに行くなりして、彼女と話さなかった。
冷たくあしらったと言うべきか。
だけど、彼女はそれでも来ていた。私の姿を探し、見つけては覗き見をすると、切なげに身を引いた。そこまで来て、なぜ私に話しかけてこない。彼女の物怖じな性格に呆れた。分かってる。彼女は私の自由領域を壊すこともまして入り込む勇気もないのは。
ある日、私は廊下で彼女に呼び止められた。やっと、来たか。
私は彼女の遅い反応に待ちくたびれていた。
彼女は聞くのだろう。私が何故、こんなにもよそよそしいのかと。
が、彼女は私の予測をまんまと裏切った。
「あの…」
おずおずと
「今度の土曜日、」
優しい声で
「一緒に食事しないかな?」
明るく誘う。
私はもう彼女とは関わらないと決めていた。
しかし、少しぐらいは振り向いてやってもいいか。彼女の行いが報われないのを哀れに思い、軽い気持ちで私は頷いた。
だけど、彼女は違った。
彼女は私に本気で、真面目に、向き合おうとした。私の誕生日祝いという事実を伏せた食事会。もらった物はそんなに高価なものではなかったけど。彼女のくれた手紙は端から端までびっしりと私のことを褒めていた。
私は衝撃を受けた。耐えきれない。重くて重くて。ああ、なんということだ!私は受け止めきれない気持ちを受け取ってしまった。
もともと、彼女は私が好きなタイプの人ではなかった。だから、毎回彼女が来るのは煩わしかった。でも、わざわざ来てくれた人の恥をかかせてはいけない。そう思って来る者拒まず、話し返した。だけど、私にも限界があった。いちいち対処できない。そこで、けじめをつけようと思った。賭けというゲームを使って彼女を弄び、最終的には自分の中で彼女との縁を切る。彼女が百夜通いで来れるなどと初めから信じてない。事実、彼女もできなかった。それで、縁は切れたはずなのに、彼女の真剣な想いのせいで私の心は揺らいでしまった。私は私を必要としてくる彼女を拒めなくなった。
人の道理としてか、私自身の気持ちとしてかは、分からない。今度こそ、私は彼女に囚われてしまった。
私の心に張り巡られた彼女の糸、
逃げられない。
彼女の猛烈なアプローチ、
断れない。
嫌、こんなのは嫌。彼女とこれ以上縁を結ぶ者ですか!彼女と関わると面倒な事しかない
嫌嫌嫌嫌々嫌々イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ
気づくと、私は屋上にいた。
雲ひとつない空は私の心を潤した。
もういない。
ー誰が?
もう悩まなくていい。
ー何を?
私が拒めない彼女のこと。
ーどうした?
私の手は震えていた。足もすくみ、立ち上がれない。ああ、もし、私と彼女でどっちが一番倒れやすいか賭けたら、きっと私の勝ちだ。あとの一押しがなかったら、今頃、彼女はまだ生きていた。私を悩まして苦しませて、ついぞ私を自分のものにし兼ねない。
そうだ。きっと、そうだ。彼女は私に引っ付く害虫。弱いうちにむしり取らないと、強くなっては取れなくなってしまう。
でも、もう大丈夫。私はその害虫から解放された。これで安心。安心のはず。
なら、どうして、私は、
ワタシハワタシハワタシハワタシハ
ナイテ イルノ
雲ひとつない空にあってはいけない水がこぼれた。私は気付けなかった。
私も本当は
彼女に依存してたんじゃないかって、
彼女が煩わしいと思うほどに
彼女を意識してたって…
今や、彼女がくれるあの日常はもうない。
わたし(彼女)が依存した君(私)
〇〇年✖️✖️月✖️日
依存